アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】
【春遊び/うたたね】
「本名は黒子テツヤ。人間だった頃は高校生でした。」
黒子はロボットのホテル従業員が持って来たバニラシェイクを、ストローですする。
そして「マジバのやつより、高級な感じですね」と苦笑した。
あの惨劇の日、黒子はいつも通りのことをしていた。
学校に行って、授業を受けていたのだ。
世界が戦争状態になっていると言われたし、何となく物々しい雰囲気だったと思う。
でも高校生の黒子にとっては、あまり実感がなかった。
実際に日本が直接爆撃を受けたり、他国の兵士が日本を攻めて来たわけでもないからだ。
所詮は海の向こうのこと。
母親が買い物に行くと、いろいろなものが高くなったと文句を言う。
あくまでその程度のことで、さっさと無駄な争いはやめればいいのにと思っていた。
それは黒子に特別危機感がなかったわけでもなく、当時の高校生の誰もがそう思っていただろう。
仮に黒子に危機感があったとしても、何もできなかったに違いない。
その日のことを黒子はよく覚えている。
前日までは冷え込んでいたが、この日は嘘のように気温が上がった。
午後の心地よい日差しを受けて、窓際の席だった黒子はついついうたたねをしてしまったのだ。
だが校舎が破壊される轟音と衝撃で、一気に目が覚めた。
当然授業どころではなくなり、教師も生徒もパニック状態になりながら、校舎の外へと飛び出した。
火神君もきっと死んだんだろうな。
黒子はこのときのことを思いだすと、いつも心が痛む。
クラスメイトで、部活も同じで仲のよかった男だ。
全員が逃げ惑う大混乱の中で、はぐれてしまったのだ。
もう会えないのなら、最後に何か言うべきだった。
今までありがとうとか、楽しかったとか。
高校生活を楽しくしてくれた彼に、何も言えなかったことだけが悔やまれる。
黒子は幸いにも、校舎が崩れ落ちる前に外に出ることができた。
だが逃げ遅れて、校舎の下敷きになった生徒もかなりいたはずだ。
教師たちももう何もできない。
怒鳴る者、泣き叫ぶ者、呆然と立ち尽くす者。
そして生き残ってもケガをして、流血している者が多数いた。
黒子もその1人で、左の肩口からかなり大量に出血していた。
「学校が爆撃を受けて、ケガをしました。」
黒子はバニラシェイクをすすりながら、その一言で片づけた。
もちろんあの日の惨劇は、決してそんな簡単なものではない。
だがその詳細を口にしたくはなかった。
それに目の前にいる吸血鬼やその「伴侶」たちには、どうでもいいことだろう。
*****
「わからないんです。肝心なことが。」
黒子は淡々とそう告げると、手にしていたバニラシェイクのカップをテーブルに戻した。
中身はまだ半分ほど残っている。
いつかまた飲みたいと思っていた大好物は、思ったほど美味くなかった。
空爆を受けてケガをした黒子は、辺りを見回した。
崩れて、瓦礫の山と化した校舎。
校庭に逃れたものの多くが、黒子同様ケガをしている。
何人かの生徒が、携帯用モバイルを操作していた。
だがおそらくどこに連絡しても、ケガの手当はしてもらえないだろう。
何しろ、ここから見える限りの建物は、破壊され尽くしていたからだ。
ケガをした人間は、きっと何千人ではきかない。
何万人、いや何十万人か。
「家は、どうなった?」
黒子は誰にともなく、そう呟いていた。
両親と暮らす家は徒歩20分ほどの近所にある。
おそらく無傷ではないだろう。
父は多分、会社に行っているはずだが、母は?
黒子は残骸と化した校門の脇を抜けて、外へ出た。
出血している左肩はただでさえズキズキと痛み、1歩進むたびにさらに抉られるような衝撃が走る。
それに左腕は肩からの出血で、ぐっしょりと濡れていた。
「学ランでよかった」
黒子はまたポツリと呟いた。
昔、高校はだいたい学校が決めた制服だったと聞くが、もうほとんど廃止されている。
だが黒子の高校は昔ながらの学生服を着ることが義務付けられていた。
黒い学ランなので、血がそれほど目立たない。
もし自分の血をモロに見てしまったら、きっとそれだけで倒れてしまったかもしれない。
「でも、遠い」
黒子は家に向かって歩き出したものの、10メートルほど歩いたところで、座り込んでしまった。
何とか塀に寄りかかり、倒れ込まずには済んだようだ。
だが多分もうダメなのだろう。
これ以上は1歩も動けそうにない。
黒子はそのまま目を閉じた。
きっとこのまま、ここで死んでしまうのだと思った。
「大丈夫か」
誰かの声が聞こえたが、黒子は目を開けることもできずに「大丈夫じゃありません」と答えた。
だからもう放っておいてくれてかまわない。
だけどその人物は黒子の前にかがむと、片手で顎を掴んで口をこじ開ける。
そして何かを口に押し込まれた。
それが相手の指だとわかり、黒子は思わずそれを噛んでいた。
瀕死の状態だったから、それほど強い力ではなかっただろう。
それでも相手の指を傷つけ、血の味が口の中に広がった。
*****
「つまりお前は吸血鬼の『伴侶』でありながら、主が誰だかわからねーのか。」
黒子の話を聞き終えた蛭魔は、そう言った。
阿部と高野もなんとも言えない表情だ。
黒子は自分の数奇な運命を語った。
あの惨劇の日、黒子は瀕死の重傷を負い、事実死にかけていた。
だが通りすがりに現れた男が、黒子の口に自分の指を含ませ、その血を飲ませた。
吸血鬼の血を飲まされた者は、その「伴侶」になる。
黒子はそのまま意識を失い、気づいた時には不老不死の身体になっていたということだ。
そして当の吸血鬼は、もうその場にはいなかった。
「その人の顔とか見なかったの?」
「はい。目を開けることができなかったので」
「もう1度会ったらわかる?雰囲気とかでさ」
「自信がありません。」
まずは律の問いに、黒子は淡々とそう答えた。
廉がポツリと「寂しく、ない?」と問いを重ねる。
黒子はかすかに小首を傾げると「もう、慣れました」と答えた。
「でもどうして知ったんだ?吸血鬼だの『伴侶』だのって。」
「随分前に、偶然すれ違った吸血鬼の人が教えてくれました。」
「吸血鬼?誰だ?」
「ええと確か桐嶋さん。『伴侶』の方もご一緒でした。」
次に聞いたのは高野だ。
そして懐かしい名前を聞いて、思わず少しだけ顔がほころぶ。
桐嶋、そしてその「伴侶」は、かつて親しい友人だった。
今のそのつもりでいるのだが、この惨劇の混乱で連絡が取れなくなっている。
「で、お前はその主を捜してるのか?」
「はい。ボクを死ねない身体にしたのは、どんな人かと思いまして。」
「そんなためだけに?」
「時間だけはたっぷりあるので。暇つぶしです。」
そしてさらに阿部が質問しても、黒子はあくまでも淡々としていた。
何か隠してるようでもなく、気負っている様子も見えない。
「それにしてもお前、本当に影が薄いな。」
「それは人間だった頃から、よく言われました。」
最後に蛭魔が感想を漏らすと、黒子はかすかに頬を緩めた。
どうやら笑っているらしい。
影が薄いのも、表情が乏しいのも、この少年のキャラのようだ。
だがそれこそ、黒子をここまで生かしてきたとも言えるだろう。
もっとはっきりと「気」を感じられるようだったら、とっくにどこかの魔物の餌食になっていたはずだ。
瀬那は長い話に飽きてしまったようで、ソファにもたれて、うたた寝をしている。
でも残りの面々は、顔を見合わせて考え込んだ。
答えなど簡単に出せない。
それほどこの少年の出現は予想外だったのだ。
*****
「バニラシェイク、ごちそうさまでした。シャワーも借りられて、助かりました。」
黒子は立ち上がると、丁寧に頭を下げる。
全員が「もう、行くのかよ」と心の中でツッコミを入れた。
このまま行かせるべきか、引き留めるべきなのか。
誰もすぐには判断がつかないのだ。
だが黒子は1歩も歩くことができなかった。
足を踏み出した途端「わ!」と叫んで、その場に倒れ込んでしまう。
理由は簡単、うたた寝していた瀬那が、しっかりと黒子のシャツの裾を掴んでいたのだ。
床に膝をついてしまった黒子は、それを見て「あ」と声を上げる。
そして瀬那に「すみません。離してもらえますか?」と声をかけた。
その言葉に、うたたねから目覚めた瀬那はじっと黒子を見た。
黒子はたじろぎながら「何でしょう?」と聞く。
だが瀬那はニッコリと笑うだけで、何も答えなかった。
「テメー、しばらくここにいろ。」
おもむろに口を開いたのは、蛭魔だった。
黒子は「どうしてでしょう?」ともっともな質問を返してくる。
「瀬那がお前を気に入ったからに決まってるだろ」
蛭魔はあっさりとそう答えた。
そう、黒子が一緒にいる理由は、それだけで充分だ。
「ところで黒子君。君の主について、何かヒントはないの?」
唐突にそう切り出したのは、律だ。
黒子は主である吸血鬼の顔も名前も知らない。
だけどあの惨劇の日に東京にいたのは、間違いない。
つまりそれならば、律たちが知っている可能性も高いのだ。
「身長とか体格とかにおいとか。手がかりがあれば一緒に捜せるかも」
律の言葉に、黒子は「ええと」と首を傾げる。
瀬那の指はいつのまにか黒子のシャツを離していて、黒子は再びソファに腰を下ろした。
そして何となくなし崩しに、黒子を受け入れた雰囲気になってしまっている。
「その人がボクから離れていくとき、誰かと話していた気がします。」
「え?他にも誰かいたってこと?」
「はい。それで、断片的で自信がないんですが『キセキ』とか、言ってたような」
「キセキ!?」
その名前に、瀬那を除いた全員が、顔を見合わせた。
キセキと呼ばれた5人の吸血鬼を、彼らは知っていたからだ。
【続く】
「本名は黒子テツヤ。人間だった頃は高校生でした。」
黒子はロボットのホテル従業員が持って来たバニラシェイクを、ストローですする。
そして「マジバのやつより、高級な感じですね」と苦笑した。
あの惨劇の日、黒子はいつも通りのことをしていた。
学校に行って、授業を受けていたのだ。
世界が戦争状態になっていると言われたし、何となく物々しい雰囲気だったと思う。
でも高校生の黒子にとっては、あまり実感がなかった。
実際に日本が直接爆撃を受けたり、他国の兵士が日本を攻めて来たわけでもないからだ。
所詮は海の向こうのこと。
母親が買い物に行くと、いろいろなものが高くなったと文句を言う。
あくまでその程度のことで、さっさと無駄な争いはやめればいいのにと思っていた。
それは黒子に特別危機感がなかったわけでもなく、当時の高校生の誰もがそう思っていただろう。
仮に黒子に危機感があったとしても、何もできなかったに違いない。
その日のことを黒子はよく覚えている。
前日までは冷え込んでいたが、この日は嘘のように気温が上がった。
午後の心地よい日差しを受けて、窓際の席だった黒子はついついうたたねをしてしまったのだ。
だが校舎が破壊される轟音と衝撃で、一気に目が覚めた。
当然授業どころではなくなり、教師も生徒もパニック状態になりながら、校舎の外へと飛び出した。
火神君もきっと死んだんだろうな。
黒子はこのときのことを思いだすと、いつも心が痛む。
クラスメイトで、部活も同じで仲のよかった男だ。
全員が逃げ惑う大混乱の中で、はぐれてしまったのだ。
もう会えないのなら、最後に何か言うべきだった。
今までありがとうとか、楽しかったとか。
高校生活を楽しくしてくれた彼に、何も言えなかったことだけが悔やまれる。
黒子は幸いにも、校舎が崩れ落ちる前に外に出ることができた。
だが逃げ遅れて、校舎の下敷きになった生徒もかなりいたはずだ。
教師たちももう何もできない。
怒鳴る者、泣き叫ぶ者、呆然と立ち尽くす者。
そして生き残ってもケガをして、流血している者が多数いた。
黒子もその1人で、左の肩口からかなり大量に出血していた。
「学校が爆撃を受けて、ケガをしました。」
黒子はバニラシェイクをすすりながら、その一言で片づけた。
もちろんあの日の惨劇は、決してそんな簡単なものではない。
だがその詳細を口にしたくはなかった。
それに目の前にいる吸血鬼やその「伴侶」たちには、どうでもいいことだろう。
*****
「わからないんです。肝心なことが。」
黒子は淡々とそう告げると、手にしていたバニラシェイクのカップをテーブルに戻した。
中身はまだ半分ほど残っている。
いつかまた飲みたいと思っていた大好物は、思ったほど美味くなかった。
空爆を受けてケガをした黒子は、辺りを見回した。
崩れて、瓦礫の山と化した校舎。
校庭に逃れたものの多くが、黒子同様ケガをしている。
何人かの生徒が、携帯用モバイルを操作していた。
だがおそらくどこに連絡しても、ケガの手当はしてもらえないだろう。
何しろ、ここから見える限りの建物は、破壊され尽くしていたからだ。
ケガをした人間は、きっと何千人ではきかない。
何万人、いや何十万人か。
「家は、どうなった?」
黒子は誰にともなく、そう呟いていた。
両親と暮らす家は徒歩20分ほどの近所にある。
おそらく無傷ではないだろう。
父は多分、会社に行っているはずだが、母は?
黒子は残骸と化した校門の脇を抜けて、外へ出た。
出血している左肩はただでさえズキズキと痛み、1歩進むたびにさらに抉られるような衝撃が走る。
それに左腕は肩からの出血で、ぐっしょりと濡れていた。
「学ランでよかった」
黒子はまたポツリと呟いた。
昔、高校はだいたい学校が決めた制服だったと聞くが、もうほとんど廃止されている。
だが黒子の高校は昔ながらの学生服を着ることが義務付けられていた。
黒い学ランなので、血がそれほど目立たない。
もし自分の血をモロに見てしまったら、きっとそれだけで倒れてしまったかもしれない。
「でも、遠い」
黒子は家に向かって歩き出したものの、10メートルほど歩いたところで、座り込んでしまった。
何とか塀に寄りかかり、倒れ込まずには済んだようだ。
だが多分もうダメなのだろう。
これ以上は1歩も動けそうにない。
黒子はそのまま目を閉じた。
きっとこのまま、ここで死んでしまうのだと思った。
「大丈夫か」
誰かの声が聞こえたが、黒子は目を開けることもできずに「大丈夫じゃありません」と答えた。
だからもう放っておいてくれてかまわない。
だけどその人物は黒子の前にかがむと、片手で顎を掴んで口をこじ開ける。
そして何かを口に押し込まれた。
それが相手の指だとわかり、黒子は思わずそれを噛んでいた。
瀕死の状態だったから、それほど強い力ではなかっただろう。
それでも相手の指を傷つけ、血の味が口の中に広がった。
*****
「つまりお前は吸血鬼の『伴侶』でありながら、主が誰だかわからねーのか。」
黒子の話を聞き終えた蛭魔は、そう言った。
阿部と高野もなんとも言えない表情だ。
黒子は自分の数奇な運命を語った。
あの惨劇の日、黒子は瀕死の重傷を負い、事実死にかけていた。
だが通りすがりに現れた男が、黒子の口に自分の指を含ませ、その血を飲ませた。
吸血鬼の血を飲まされた者は、その「伴侶」になる。
黒子はそのまま意識を失い、気づいた時には不老不死の身体になっていたということだ。
そして当の吸血鬼は、もうその場にはいなかった。
「その人の顔とか見なかったの?」
「はい。目を開けることができなかったので」
「もう1度会ったらわかる?雰囲気とかでさ」
「自信がありません。」
まずは律の問いに、黒子は淡々とそう答えた。
廉がポツリと「寂しく、ない?」と問いを重ねる。
黒子はかすかに小首を傾げると「もう、慣れました」と答えた。
「でもどうして知ったんだ?吸血鬼だの『伴侶』だのって。」
「随分前に、偶然すれ違った吸血鬼の人が教えてくれました。」
「吸血鬼?誰だ?」
「ええと確か桐嶋さん。『伴侶』の方もご一緒でした。」
次に聞いたのは高野だ。
そして懐かしい名前を聞いて、思わず少しだけ顔がほころぶ。
桐嶋、そしてその「伴侶」は、かつて親しい友人だった。
今のそのつもりでいるのだが、この惨劇の混乱で連絡が取れなくなっている。
「で、お前はその主を捜してるのか?」
「はい。ボクを死ねない身体にしたのは、どんな人かと思いまして。」
「そんなためだけに?」
「時間だけはたっぷりあるので。暇つぶしです。」
そしてさらに阿部が質問しても、黒子はあくまでも淡々としていた。
何か隠してるようでもなく、気負っている様子も見えない。
「それにしてもお前、本当に影が薄いな。」
「それは人間だった頃から、よく言われました。」
最後に蛭魔が感想を漏らすと、黒子はかすかに頬を緩めた。
どうやら笑っているらしい。
影が薄いのも、表情が乏しいのも、この少年のキャラのようだ。
だがそれこそ、黒子をここまで生かしてきたとも言えるだろう。
もっとはっきりと「気」を感じられるようだったら、とっくにどこかの魔物の餌食になっていたはずだ。
瀬那は長い話に飽きてしまったようで、ソファにもたれて、うたた寝をしている。
でも残りの面々は、顔を見合わせて考え込んだ。
答えなど簡単に出せない。
それほどこの少年の出現は予想外だったのだ。
*****
「バニラシェイク、ごちそうさまでした。シャワーも借りられて、助かりました。」
黒子は立ち上がると、丁寧に頭を下げる。
全員が「もう、行くのかよ」と心の中でツッコミを入れた。
このまま行かせるべきか、引き留めるべきなのか。
誰もすぐには判断がつかないのだ。
だが黒子は1歩も歩くことができなかった。
足を踏み出した途端「わ!」と叫んで、その場に倒れ込んでしまう。
理由は簡単、うたた寝していた瀬那が、しっかりと黒子のシャツの裾を掴んでいたのだ。
床に膝をついてしまった黒子は、それを見て「あ」と声を上げる。
そして瀬那に「すみません。離してもらえますか?」と声をかけた。
その言葉に、うたたねから目覚めた瀬那はじっと黒子を見た。
黒子はたじろぎながら「何でしょう?」と聞く。
だが瀬那はニッコリと笑うだけで、何も答えなかった。
「テメー、しばらくここにいろ。」
おもむろに口を開いたのは、蛭魔だった。
黒子は「どうしてでしょう?」ともっともな質問を返してくる。
「瀬那がお前を気に入ったからに決まってるだろ」
蛭魔はあっさりとそう答えた。
そう、黒子が一緒にいる理由は、それだけで充分だ。
「ところで黒子君。君の主について、何かヒントはないの?」
唐突にそう切り出したのは、律だ。
黒子は主である吸血鬼の顔も名前も知らない。
だけどあの惨劇の日に東京にいたのは、間違いない。
つまりそれならば、律たちが知っている可能性も高いのだ。
「身長とか体格とかにおいとか。手がかりがあれば一緒に捜せるかも」
律の言葉に、黒子は「ええと」と首を傾げる。
瀬那の指はいつのまにか黒子のシャツを離していて、黒子は再びソファに腰を下ろした。
そして何となくなし崩しに、黒子を受け入れた雰囲気になってしまっている。
「その人がボクから離れていくとき、誰かと話していた気がします。」
「え?他にも誰かいたってこと?」
「はい。それで、断片的で自信がないんですが『キセキ』とか、言ってたような」
「キセキ!?」
その名前に、瀬那を除いた全員が、顔を見合わせた。
キセキと呼ばれた5人の吸血鬼を、彼らは知っていたからだ。
【続く】