アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス【お題:春遊び5題 夏遊び5題 秋遊び5題 冬遊び5題】

【春遊び/花かんむり】

「瀬那、何を作ってるの?」
草原にべったりと座り込んで、無心に手を動かしている少年は、その言葉に顔を上げる。
そしてニッコリと笑うと「プレゼント」と答えた。

「そろ、そろ、帰らない、と。風、が、冷たく、なって、きた。」
「じゃあ瀬那のプレゼントが完成したら、帰ろうか。」
廉と律は顔を見合わせると、相談をまとめた。
昼と夜の温度差が激しいから、油断しているとすぐに身体を冷やしてしまう。
彼ら3人とも人間ではあるが、吸血鬼の「伴侶」。
不老不死の身体を持ってはいるが、それでもやっぱり気温が下がれば寒い。

瀬那は廉や律より500年ほど早く生まれている。
だがこの年齢差はあまり関係ない。
何しろ廉も律ももう2000年以上、生きているからだ。
もう面倒になって、年齢を数えることはとっくにやめてしまっている。
廉も律も元々童顔な上、20代前半で年を取らない身体になった。
それに戸籍や住民票など関係のない世界になった今、年齢など意味を持たない。

だが同じ身体をもつ瀬那の身体には、異変が訪れていた。
まず最初の兆候は、物忘れが増えてきたことだ。
少し前にあった出来事を覚えていなかったり、待ち合わせなどの約束を忘れてしまったり。
それが次第に増えていき、周りの者たちもおかしいと思い始めた。
いわゆる典型的な認知症の症状なのだが、どうしていいのかわからない。
何しろ瀬那は吸血鬼の「伴侶」なのだ。
普通の人間のような病気にかかるのか、医師に診せてどうにかなるものなのか。

そうこうしているうちに、あの惨劇が起こった。
人類はそのほとんどの人口を失い、かろうじて生き残った人間たちもバタバタと死んでいく。
おそらく地球上に生き残っているのは、魔物とその「伴侶」の人間だけだろう。
惨劇の後の混乱をようやく脱した時、瀬那はもう以前の瀬那ではなくなっていたのだ。
記憶はかなりの部分が抜け落ち、精神は幼児の状態まで戻ってしまっていた。

「俺たちもいずれ、こうなるのかな。」
律はポツリとそう呟いた。
魔物はともかく瀬那ほど長く生きた人間はいない。
この症状が瀬那特有のものなのか、長く生きた人間がみんなこうなるのか、誰にもわからないのだ。

「かえ、ろう」
廉はようやくプレゼントが出来上がったらしい瀬那を見ながら、そう言った。
律は「そうだね」と答えて、瀬那の肩を抱きながら、ゆっくりと立ち上がらせた。

*****

「コーヒーとホットミルクをでっかいポットに入れて、部屋に持ってきてくれ」
蛭魔はロビーを周回するこのホテルの従業員に、そう命令した。
従業員は「かしこまりました」と答えて、滑るように走り去った。

蛭魔はロビー横のエレベーターホールに向かうと、音もなくドアが開いた。
さっさと乗り込むと、機械音声が「お部屋でよろしいですか?」と聞いてくる。
蛭魔が黙って頷くと、エレベーターは最上階目指して、昇り始めた。
まったく便利になったものだ。
昔は回数を表示されたボタンを押さなければならなかった。
今では宿泊客の蛭魔を自動認識し、勝手に部屋まで運んでくれる。

だが今は、それも空しい。
もうこの東京には、ほとんど生存者はいないのだから。
このホテルに宿泊しているのは、最上階のスィートルームを使っている蛭魔たちだけだ。
だが太陽光を使った自家発電システムは健在なので、ライフラインは生きている。
このホテルの従業員は全員ハイブリッドのロボットなので、サービスだって受けられるのだ。

全世界があの惨劇に見舞われたのは、何百年前のことだっただろう。
最初は中東の一部の国の内戦だったのに、いつの間にか世界中を巻き込んだ戦争になった。
あちこちで核兵器が使われ、この日本もほぼ壊滅した。
実際に兵器で死んだ者もさることながら、その後の放射能による犠牲者の数も多い。
何しろ今も空気中の放射線量は、普通の人間だったら間違いなく死に至るほど高いのだ。

蛭魔たち吸血鬼にとっては、放射能は大した問題ではなかった。
そんなことで身体に異常をきたすほど、ヤワではない。
魔物たちにとって一番やっかいなのは、エサになる生物が激減してしまったことだ。
人間たちが放射線の影響や食糧難などでバタバタと死んでいくと、次の危機は魔物たちに訪れた。
魔物たちは生き残った人間たちを狙って、争奪戦を繰り広げることになったのだ。
そして蛭魔たちは、愛する「伴侶」を守るために戦わなければならなかった。

今、人間はほぼ絶滅しており、人間を食する「鬼」も同様。
残っているのは人間の血や気を糧に生きるわずかな魔物と「伴侶」として不老不死の人間だけだ。
蛭魔の旧友たちも、多くはもういない。
残っている貴重な友人が、同じスイートルームで暮らす阿部と高野だ。
一時期は離れていたが、今はこうして行動を共にしている。
人間社会がすべて崩壊した殺伐とした世界で、共に生き残るためだ。

エレベーターはすぐに最上階に到達し、軽やかに扉が開く。
掃除などもロボット従業員がこなすので、このホテルの中だけは嘘のように綺麗で平穏だ。
蛭魔は皮肉な笑みを浮かべると、軽やかな足取りで廊下を進んだ。

*****

「きっと蛭魔さんが、瀬那の好きなホットミルクを用意してくれてるよ」
律は瀬那に声をかけると、瀬那は「ミルク!」と無邪気な声を上げる。
その笑顔に廉も微笑を返し、3人はゆっくりと並んで歩きだした。

律たちはかつてベイエリアと呼ばれていた東京某所のホテルで暮らしている。
人間はほとんど死に絶えてしまったのに、そのホテルの自家発電システムは生き残った。
だからほとんど無人であるのに、サービスは提供されている。
ホテル内は街の荒廃ぶりが嘘のように、掃除が行き届いていた。
簡単な飲み物なら、ルームサービスだって頼めるのだ。
食材がないから、レストランなどの営業はできない。
だけど食事をしなくても生きていける彼らには、さほど影響はなかった。

「さぁ、帰ろう」
散歩に出ていた律たちは、ゆっくりとホテルに戻る途中だった。
すっかり少年に戻った瀬那は、無邪気な笑顔ではしゃいでいる。
律と廉は瀬那の両脇を固めるようにして、歩調も合わせている。
ニコニコと笑顔を見せているが、内心は警戒していた。
近辺に魔物の気配は感じないが、油断はできない。
やつらにとって、3人は貴重なエサなのだから。

だから今も律も廉も、銃とナイフをポケットに忍ばせていた。
いざというときには戦う覚悟もできているし、実際そうしてきた。
吸血鬼である主たちに身を守る術も教え込まれているし、抜かりはない。
こうして2人で瀬那を守りながら、ホテルまで戻ってきたのだが。

「律。誰、か、いる」
廉の言葉に、律は「まさか」と声を上げる。
そして意識を集中させるが、魔物の気配はない。
律が「どこ?」と聞くと、廉は前方を指さした。
かつてはアスファルトだったが、すっかり荒れ果てた道の上に誰かが蹲っていた。
ガードレールの残骸に寄りかかって膝を抱え、頭は下を向けている。

「瀬那を守っててくれ」
律は廉にそう告げると、ポケットから銃を取り出した。
銃弾には律の主である高野が念を込めているから、魔物でも倒せる。
安全装置を外しながら、ゆっくりと近づく。
だが蹲っていた人物はまったく動く気配がなかった。

「お前、誰だ!?」
律が声を荒げると、その人物はゆっくりと顔を上げた。
見た目は10代半ばくらいの少年で、驚くほど気配がない。
魔力などの類は感じないが、律は警戒を解かないまま「ここで何をしている!」と聞いた。

「主を捜しています。」
影の薄い少年はそう答えた。
そしてまた下を向いてしまった。
少年は敵なのか味方なのか、これではまったくわからない。

「だい、じょぶ?」
背後から廉が声をかけて来た。
律はじっと少年を見つめたまま「どうしよう」と途方に暮れた。

*****

「で?連れて帰ってきたと。」
高野は呆れたように、そう言った。
蛭魔と阿部も顔を見合わせると、言葉もなく苦笑した。

散歩に出た瀬那と廉と律は、1人の少年を連れて戻った。
小柄でかわいらしい顔立ち、そして不思議な色合いの髪。
何より驚くべきは、彼にはまったく気配がなかった。
今、生きているのは魔物か、魔物の「伴侶」である人間。
いずれにしろ何らかの気配を発しているものなのだが、それがまったくない。

「まずは、これ。はい!」
律は少年に着替えとタオルを手渡すと、バスルームに押し込んだ。
少年はとにかく汚れていたので、身体を清めさせることにしたのだ。
ちなみに着替えは、ホテルの中の倉庫から勝手に拝借している。
このホテルに入っていた衣料品を扱うショップのものだろう。
ショップはいくつもあり、在庫のバリエーションも豊富なので、今のところ困っていない。

「彼は『主を捜してる』って言ってたよ。」
律は少年の最初の言葉を伝え、廉も間違いないと示すように首を何度も縦に振る。
蛭魔と阿部と高野は顔を見合わせて、頷き合った。
つまりあの少年は人間で、魔物の「伴侶」であるということだ。
ではその主は、どこにいるのだろう。

全員が黙り込んでしまい、部屋には少年がシャワーを浴びる音がかすかに響いた。
瀬那だけが笑顔で、砂糖をたっぷり入れたホットミルクを飲んでいる。
蛭魔、阿部、高野はブラックコーヒー、律と廉はコーヒーとミルク半々のカフェオレだ。
とにかく少年に聞かなければ、事情はわからない。
だから少年が出てくるまで、束の間のコーヒータイムだ。

「すみません。さっぱりしました。」
程なくして少年は、さっぱりした姿で現れた。
律がすかさず「何か飲む?」と声をかける。
すると少年は「もしあるなら、バニラシェイクがいいです」と答えた。
影は薄いが、それなりに自己主張はあるようだ。

するといきなり瀬那がホットミルクのカップを置くと、散歩から持ち帰ったものを取る。
そして少年の元へ駆け寄ると「これ、あげる」と差し出した。
散歩した公園に咲いていた花を編んで作った花かんむりだ。
瀬那はこれを作りながら「この前、まもり姉ちゃんに作り方を教えてもらった!」と言っていた。
精神が退行している瀬那の行動は、予想がつかない。
少年は少し驚いた様子だったが「ありがとう」と言って、花かんむりを受け取った。

「ところで君、名前は?」
「黒子です」
少年は静かにそう答えると、瀬那から渡された花かんむりを頭に乗せた。
それは不思議な髪色の少年に、思いのほかよく似合った。

【続く】
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