アイシ×おお振り×セカコイ【お題:裏切り10題】

【それから】

このままコイツを自分のものにしてしまいたい。
でもそれから先は?
高野は愛する青年の寝顔を見ながら、ずっと考えている。

高野は蛭魔、阿部と共に監禁されていた律の居場所に乗り込んだ。
そして地下室に閉じ込められていた律の姿に愕然としたのだ。
綺麗な顔は無残に腫れ上がっていたし、細身の身体も傷や痣だらけ。
多分かなり出血もしたのだろう。
止まった血が皮膚のあちこちに固まってこびりついている。
そんなボロボロの状態で縛られて、放り捨てられたように床に転がされていた。

もし律が生きていなかったら、その場で横澤を殺していただろう。
いや充分殺すに値するほど、律はひどい状態になっていた。
それでもそれを思いとどまったのは、横澤への思いだった。
吸血鬼である高野に、気さくに接してくれた友人としての横澤をどうしても憎めない。
高野は横澤の所業を許すことにした。
ただしもう2度と友情を結ぶことはないだろう。

結局そこにいた犯人たちは、横澤の組織の人間たちによって連行されていった。
滝井や仲沢ら首謀者は、榛名元希の件に続いて、2度目の事件だ。
多分もう2度と、陽の当たる場所に出てくることはないだろう。

*****

律は連れ帰ったホテルの部屋で、昏々と眠っていた。
高野はその細い身体を抱きしめながら、ずっと悩み続けている。

魔力を使って、身体の傷はすぐに直した。
すると朦朧としていた律は、すぐに深い眠りに堕ちてしまった。
多分今まで、怪我の痛みで眠れなかったのだろう。

そして身体同様ボロボロになった服も脱がせて、入浴させた。
眠ってしまった律は、高野にされるがままだった。
スポンジをボディソープで泡立てて、白い裸身を優しく丁寧に洗った。
湯気に温められて薔薇色に上気した肌の艶っぽさ。
そして無邪気であどけない寝顔。
一度奪われてから取り返した律が、愛おしくてたまらない。

律の身体を拭いて、ベットに寝かせた。
風呂から上がった何も纏わない姿のままだ。
そして高野も裸のまま、ベットで律を抱きしめている。

さっさと記憶を消して、律の部屋に戻してやるべきだ。
悪夢のようなこの出来事を、忘れさせる。
そして普通の人間としての生活を取り戻させる。
それが律にとっての一番の幸せのはずだ。

腕の中の律がかすかに「んん・・」と声を上げて、身じろいだ。
高野は慌てて律の顔を見るが、目を覚ますことはなかった。
だが無意識のまま、高野に擦り寄るように寝返りを打った。
甘えるようなその仕草に、高野の心が揺れる。

せめてあと少しだけ。
高野は無防備な律の寝顔に、そっと唇を寄せた。

*****

「消さ、ないで、下さい。」
「どうして。忘れた方が楽になるぞ。」
「でも、忘れたくない。」
高野と律同様、阿部と廉もホテルの部屋にいた。
ベットに並んで腰掛けた2人はずっと言い合いを続けている。

阿部は廉に向かって、左手を伸ばした。
廉の記憶を消すためだ。
男娼として売り飛ばされた廉は、何人もの客の相手をさせられた。
無理矢理身体を開かされ、蹂躙されたのだ。
救出して阿部の元に戻ってからも、しばらくは起き上がれなかった。

汚れてしまった。もう大事にしてもらう価値なんかない。
廉はそう言って、ずっと泣いていた。
そんな記憶はさっさと消してしまった方がいいと、阿部は思った。
だが廉は阿部の手を避けるように、身体を捩った。
基本的に阿部のすることには素直に従う廉が、珍しく拒否を示したのだ。

「記憶、を消す、んですか?」
廉はおずおずとそう聞いた。
「その方がいい。忘れた方がお前のためだ。」
その言葉に、廉はブンブンと首を振ったのだ。

*****

「廉、お前がつらい目に合ったのは俺のせいだ。俺に関わったせいなんだ。」
「隆也、さんの、せいじゃ、ない。」
「いや俺のせいだ。だから忘れて欲しいんだよ。」
阿部はそう言って、もう一度廉に手を伸ばす。
だが廉はその手を両手で掴んで、そっと戻した。

「俺、は、忘れたく、ない、です。」
「隆也、さんが、助けてくれた。」
「瀬那が、励まし、て、くれた。」
「蛭魔、さん、高野、さんも。」
「大事、な、記憶、です。だから。」
たどたどしく紡がれる廉の言葉を、阿部は静かに聞いていた。
廉は涙に潤んだ瞳で、阿部を見ながら話し続ける。

「だから、消さないで。俺、忘れたく、ない。」
廉がすべてを言い終わった瞬間、阿部が廉を押し倒した。
そして廉に覆いかぶさるように、顔を近づける。
つらい出来事なのに、助けてくれた阿部や瀬那たちの記憶が大事だと言う。
それを忘れなくないという廉が、愛おしい。

「わかった、廉。消さない。でもその代わりに大事にするから。」
「隆也、さん。」
阿部は優しく廉の髪をなでた。
廉は阿部を真っ直ぐに見上げながら、阿部の甘い言葉に酔いしれる。

それから先は、濃厚な時間。
阿部の手や唇が与える蕩けるような快感に、廉は溺れて堕ちていった。

*****

「僕、すごく嫉妬したんですよ。」
瀬那が悪戯っぽい表情で白状する。
それを聞いた蛭魔は、心の底から驚いた。
普段はどんな場面でも冷静で、感情を表に出さない。
阿部も高野も感心するほど、常に冷静な蛭魔が、だ。

蛭魔と瀬那も高野や阿部たち同様、ホテルの部屋で寛いでいた。
部屋のソファにぴったりと寄り添って座っている。
蛭魔は瀬那の髪をなでたり、頬をつついたりしている。
3人の吸血鬼の中ではリーダー的な存在である蛭魔のこんな姿を知るのは瀬那だけだ。

「嫉妬?お前がか?」
瀬那が「はい」と答えて、笑った。
いつも先を読んで、何でもお見通し。
そんな蛭魔がわからないという顔をしているのが面白いのだ。

「蛭魔さん、廉の血を飲んだでしょう?」
律を救出に向かう前、蛭魔たちは動けなかった。
だが限界まで血を取られていた瀬那からは血を飲むのは無理だった。
吸血鬼の「伴侶」は死ぬことはない。
だがあまりにも多量の血がなくなると、眠ったまま目覚めなくなってしまうのだ。
だから3人は廉の血を飲んだ。

「そりゃ、あん時は仕方なかったからな。」
「でもすごく悔しかったんです。蛭魔さんが僕以外の人の血を飲むなんて。」
瀬那が「伴侶」になってから、蛭魔が他の人間の血を飲んだことなどほとんどなかった。
しかも瀬那の目の前で飲んだのは、初めてだ。
いくら急を要していたとはいえ、瀬那にとってはショックだったのだ。

*****

「俺はお前が隆也や政宗に血をやるのを見るたびに、ものすごく嫉妬してたぜ。」
「え~!?」
今度は瀬那が驚く番だった。
瀬那は今まで蛭魔の前で、阿部や高野らにさんざん血を飲まれていたのだ。
そしてその後はいつも貧血状態で、意識がなくなってしまっていた。
蛭魔が毎回嫉妬していたのだなんて、思いも寄らなかった。

「蛭魔さんでも嫉妬なんかするんですね。」
憮然とした様子の蛭魔を見て、瀬那は思わず笑みがこぼれてしまう。
何百年も生きている無敵の吸血鬼も、かわいい一面がある。
そのことがおかしくてたまらない。

「阿部さんと廉はともかく、高野さんはどうするんでしょうね。」
瀬那は真面目な表情で話題を変えた。
律をどうやって救出したのか、細かいことは知らない。
だがボロボロの律を抱いて、このスウィートルームに戻った高野はつらそうだった。
今にも泣き出しそうな表情で、見ている方が切なくなってしまった。

「政宗が決めることだ。俺たちは見守るしかないさ。」
「わかってますけど。でも幸せになって欲しいです。高野さんも、律も。」
「そうだな」
そう言いながら、蛭魔が瀬那の首に歯を立てた。
瀬那が「あっ」と小さく呻いたが、避けるようなことはせず、蛭魔に身体を預ける。
やはり吸血鬼にとっては、最愛の「伴侶」の血が一番美味い。
そして「伴侶」は主に血を捧げることが、最大の喜びなのだ。

*****

「高野さん?あっ!ええっ?」
ようやく目を覚ました律は驚き、声を上げた。
ベットの上に高野と律が、2人とも一糸纏わぬ姿。
しかも律はガッチリと、高野の腕の中に閉じ込められている。
驚くには充分の状況だった。

「あれ?俺は。。。」
律は一生懸命記憶を辿った。
そうだ。帰宅したマンションで、訳もわからず拉致されたのだ。
その後ひどく殴られて、蹴られた。

「俺、死んだのか?」
律はポツリと呟いた。
確かに思ったのだ。最後にもう一度高野に逢いたいと。
今のこの状況は、そんな願望が見せる幻のように思えた。

「死んでねーよ。」
オロオロと戸惑う律に、高野が不機嫌な声を上げた。
真っ直ぐに律を見つめる黒い瞳、しかも2人の顔はドアップと言えるほど近い。
そして高野の目を見つめるうちに、律は大事なことを思い出した。
吸血鬼と「伴侶」という数奇な者たちの物語だ。

「怪我が、なくなってる。。。」
「ああ。治したからな。」
自分の身体を見下ろしながら、律はどこかキョトンとした表情だ。
まだ自分の身に起きたことが、よくわかっていないのだろう。

この顔は反則だ、と高野は心中秘かに悪態をついた。
こんなどこか呆然としたような、無防備で頼りないような表情をされては。
守りたいという庇護欲が、心の底からこみ上げてきてしまう。

「あの、俺と一緒に誘拐された人がいるんですけど。2人。」
「ああ。瀬那と廉なら無事だ。」
「そうですか。よかった。」
律がニッコリと顔をほころばせる。
まるで花が咲くような笑顔に、高野の悲壮な決意がますます揺らいだ。

*****

「高野さん、吸血鬼だったんですね。」
「そうだ。」
「もしかして俺の記憶、いじってますか?何かつながらないところがあるんです。」
そういうこと、できるんでしょう?
律はそんな探るような目で、高野をじっと見た。
高野は黙って頷いた。
確かに、廉が襲撃されたあたりの律の記憶を消しているからだ。

「返してください。俺の記憶。そのかわりに俺の血をあげますから。」
「何を言って。。。」
「俺を高野さんの『伴侶』にしてください。」
高野は驚いて、律をマジマジと凝視した。
律の深い緑色の瞳が、真っ直ぐに高野を見つめ返している。

「俺、もう死ぬんだと思ったんです。痛くて、動く力も残ってなくて。」
律が何かを思い出すように、ポツポツと話し始める。
高野はただ黙ってそれを聞いていた。

「もし死ぬなら、もう一度だけ高野さんに逢いたいと思いました。」
「律。。。」
「あの時の気持ちは嘘じゃないと思うんです。俺は高野さんが好きです。だから。」
最後までは言わせない。
高野は腕の中の律を、さらに深く抱きしめた。
サラサラとした髪の感触、素肌のにおい。
律の身も心もすべて「伴侶」にしたい。

「律。俺の『伴侶』になって。永遠に俺のそばにいて。」
高野は律の髪をなでながら、唇を重ねた。
律が返事のかわりに、舌をからませてくる。
最初から無理だったのだ。
この愛しい存在を手放すことなど絶対に出来ない。

高野の唇がゆっくりと律の首へと移動する。
そして高野は生まれて初めて、心から愛する『伴侶』の血を飲んだのだった。

*****

「「「どう?似合う~~??」」」
3人の「伴侶」たちが、並んで声を上げる。
彼らの主たる吸血鬼たちは、唖然として見ていた。

すべての問題が片付いた後も、6人はホテルで同居していた。
理由は吸血鬼ではなく「伴侶」たちにあった。
もっと言うと昔からの「伴侶」瀬那と、最近「伴侶」になったばかりの廉と律の関係による。

今まで瀬那には、吸血鬼の知り合いはいたが「伴侶」の友人はいなかった。
そんな折りに誕生した2人の「伴侶」廉と律。
同じ立場の者が、しかも同時に2人も現れたことに、どうしても瀬那はテンションが上がる。
また廉や律は「伴侶」になったばかりで、先輩である瀬那の話は貴重だったりする。
そんなこんなで「伴侶」たちは、すっかり打ち解け、固い友情を結んでしまったのだ。

今日は3人で買い物に出かけ、お揃いのシャツを買ってきた。
元々3人とも可愛らしい顔だから、似合うものも似ているのだ。
それにしても3人並んで、同じ服で決めている様子は実に絵になっている。
アイドルグループだと言っても、通用するほどだ。

「瀬那は誰かとお揃いの服を着たことがなかったそうですよ?蛭魔さん!」
「か、かわい、そう、です!」
律と廉が口を揃えて、蛭魔に抗議する。
最近まで普通の人間だった廉や律の当たり前の常識が、瀬那には珍しかったりするのだ。

「もう1枚、お揃いのシャツを買ったんです。今着替えて見せますね。」
瀬那がそう言って笑うと、3人がバスルームへと消えた。
着替えてまたファッショショーよろしく見せるつもりのようだ。

「ガールズトークってこんな感じなのかな。」
高野がそう言うと、蛭魔も阿部も深く頷いた。
そして残された吸血鬼たちは「伴侶」たちの着替えを待つ。
表面的には苦笑しながら、でも内心はその愛らしい姿に惹かれてやまない。

3組の吸血鬼と「伴侶」を追い詰めた事件のそれから。
彼らは実に賑やかで、楽しい時間を過ごしている。

【終】*本編はここまで。以降は番外編です*
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