アイシ×おお振り【お題:敵同士10題】
【貴方に殺されたい】
「俺は、2人に。あやまら、ないと、いけない。」
病院の一室、阿部の弟であるシュンが入院する部屋で。
レンは両手を組んで、まるで懺悔するようにそう言った。
シュンの手術は無事に終わり、結果もこの上なくよいものだった。
阿部は最適な病院と医師を捜してくれた蛭魔に感謝した。
だが蛭魔は「テメーらの頑張りだろ?」とサラリと受け流した。
事実阿部は献身的にシュンに寄り添っていたし、シュンもよく耐えた。
そして今はリハビリの時期。
事故の後、自力で指1本動かせなかったシュンの身体は、少しずつその機能を回復しつつあった。
ある程度シュンが回復するまでは、阿部やレン、蛭魔とセナの関係を話さない方がいい。
それは4人が共通して思ったことだった。
超能力だの、殺し屋だの、余計なことで頭を悩ませるより、まずはリハビリだ。
だから蛭魔とセナは度々シュンの病室を見舞ったが、単に阿部の友人だと名乗った。
だがレンが訪れたのは、今日が初めてのことだ。
あの事故について、まだ誰にも言ってないことがある。
それをシュンに話さなければいけないから。
病室を見舞おうとしないレンに、皆が不思議がって理由を聞いたら、レンはそう答えた。
だから手術が終わって、リハビリが順調に進むまで、レンは一度も病室には現れなかった。
そして今日、レンは松葉杖を使って何とか1人で歩けるまでに回復したシュンに会いに来た。
1人部屋の病室には、本日のリハビリのメニューをこなしてベットで休むシュン。
そしてその横にパイプ椅子を出して、阿部とレンが座っている。
レンは自分の名を名乗った後「あやまらないといけない」と切り出した。
そして今までのことを、語り始めた。
蛭魔とセナとシュンを巻き込んだ、阿部とレンのこれまでの物語。
途中たどたどしくつっかえてる箇所には、阿部が言葉を足した。
*****
「ここから、先は。まだ、誰、にも。言ってない、話だ。」
そう言って、レンは何かを決意したように、大きく息を吸い込んだ。
阿部は並んで座るレンの横顔を見た。
今にも泣き出しそうに歪むレンの顔を。
そして不意に抱きしめたいという衝動に駆られて、困惑する。
蛭魔とセナはお互いの想いを確認して、着実に恋人としての関係を育んでいる。
それなのに阿部とレンの関係は、少しも進んでいない。
そのことに阿部は悩んでいた。
阿部はシュンの病院で過ごす事が多いから、会う時間が少ないことは確かにある。
だが阿部には、レンが自分と距離を置いているような気がしてならなかった。
まだ高校生で、神社で顔を合わせるのを日課にしていた日々。
そのときからすでに阿部はレンが好きだった。
離れていた時間はあったが、その間に想いが色あせることはなかった。
それはレンも同じだったはずだ。
だからこそ三橋家は、レンの刺客に阿部を選んだのだ。
まさかもうレンは、自分を好きではないのだろうか?
業を煮やした阿部は、先日レンにそのことを問い詰めた。
阿部はよくも悪くもはっきりしないことが嫌いな性格だ。
だから真っ直ぐに告げた。
阿部は今も、いやむしろ昔以上にレンのことを好きだということ。
だからレンの気持ちを聞かせて欲しいと。
レンは困ったような表情で、答えた。
シュンに自分たちの関係を話すときに、その答えを言う、と。
ついにレンの心が聞ける。
阿部は緊張で冷たくなってしまった拳をギュッと握り締めながら、レンの言葉を待った。
*****
「阿部、くん、の、おうち、の、事故。俺は、予知、した。」
レンは緊張のせいか、言葉尻が震えているが、ますます吃音が酷くなる。
だが阿部もシュンも特に言葉を挟まずに、レンが話すのを待った。
「最初の、予知、では。ご両親と、阿部、くんが、亡くなる、はず、で。」
レンはそこで言葉を切った。
細身の身体が、微かに震えている。
だが意を決した様子で、大きく息を吸い込んで、また話し始める。
「シュン、くんは、軽い、怪我で。すむ、はずだった、んだ。」
「シュン、くんは、負わなくても、いい、大怪我、して。」
「ずっと、病院で。寝た、きり、で。」
「手術も、大変で、リハビリ、きつい、のに。」
「阿部、くん、だって。その、せいで、苦労、して。」
「学校、やめて。ボロボロに、なるまで、働いて。」
「その上、俺の、家の、ゴタゴタに。2人、を。巻き込んで」
「許して、もらえない、の、わかってる。だから俺は。貴方に殺されたい、って、思ってて」
レンは一気に堰を切ったように、まくし立てた。
阿部はようやくレンが抱えていた悩みを理解した。
もし最初の未来の通りだったら、阿部は今、この世にはいない。
シュンは天涯孤独な身の上になっても、身体は無事だ。
事故の後の地獄のような日々を、2人とも送らなくても済んだのだろう。
レンは自分の予知によって変わってしまった未来を、ずっと気にして苦しんでいたのだ。
これがレンの抱える特殊能力。
一生レンが向かい合わなくてはいけない試練だ。
*****
「俺は、レンさんに感謝してます。」
重苦しい沈黙を破ったのは、シュンだった。
シュンはベットの上から、真っ直ぐにレンを見上げた。
その表情は、やわらかくて優しいものだ。
「兄ちゃんが生きててくれた。それだけで俺は嬉しいから。」
シュンがそう言いながら、レンに向かって手を伸ばした。
掛けられている毛布から手を出して伸ばすのは、シュンにとってはまだまだ大変な作業だ。
それでもシュンは懸命に震える手を伸ばしてくる。
レンはおずおずと遠慮がちに、その手を取って、両手で包むように握った。
「許すとか殺すとか。俺はそんなことは思いません。だってレンさんは兄ちゃんの大事な人だ。」
とどめとばかりのシュンの言葉に、レンはついに泣き出した。
不思議な色をしたレンの大きな瞳から、コロコロと涙の球が溢れて落ちる。
阿部にはその涙があまりにも綺麗に見えた。
シュンに「拭いてあげなよ」と言われるまで、見とれてしまったほどだ。
それから一気に打ち解けたレンとシュンは、いろいろな話をした。
日常生活が営めるくらいに、身体の機能が回復したら、いろいろなことがしたい。
中学校、高校、できれば大学も行きたいのだとシュンは語った。
レンが「大学で何を勉強するの?」と聞くと、シュンは医者になりたいと答える。
自分が病気をして、いろいろな人に親切にしてもらった。
だから今度は自分が、病気を治療する仕事に就きたいと言う。
今回のシュンのように、他の医師には治療が難しい症状でも治せるようになりたいのだと付け加えた。
「あ、今はなれるかどうかを予知しないでね。これから頑張るんだから。」
そう言ってシュンが明るく笑った。
阿部は目頭にジワリとこみ上げる涙を指で拭いながら、レンとシュンのやり取りを聞いていた。
「兄ちゃんのこと、よろしくお願いします。」
最後に病室を出ようとした阿部とレンに、シュンは悪戯っぽく笑いながら言った。
*****
病院の面会時間が終わり、帰宅した阿部とレンはリビングに並んで座っていた。
そこは4人の共有スペースになっており、食事をしたり、珈琲を飲んだり、会話する場所だ。
「なぁレン。おまえ俺のこと、避けてたよな?」
阿部の言葉に、セナがおずおずと頷いた。
「それは自分のせいで、シュンが大怪我したと思ってたから?」
レンはまた頷きながら「それだけじゃない」と言った。
「阿部、くんの、運命、も。変えたよ。蛭魔、さんも。セナ、も。」
今度は阿部が、黙って頷いた。
レンは何かを考えるような表情になっているのは、言うべき言葉を捜しているのだろう。
阿部は黙って、レンの次の言葉を待った。
「まずは、シュンくん、と、阿部くん、に。それから、蛭魔、さんと、セナに、謝る。」
「シュンも俺も、レンに感謝してる。蛭魔さんもセナくんも、恨んじゃいないだろ。」
「でも、ちゃんと、したい。じゃないと、俺も、進め、ない。」
この力を早く何とかしないと、僕は進めないんです。
それは確かセナが言っていた科白だった、と阿部は思い返した。
そしてなぜだろうと思う。
レンはセナと違って、言葉の問題もなく、順調に日本と同じ生活を送っている。
そのレンが「進む」と表現して、こんなに必死になる理由はなんだろうかと。
だが次のレンの一言を聞いて、阿部は驚き、顔を真っ赤にした。
「俺、ね。阿部くんが、好き、なんだ。」
阿部は口を開いたものの狼狽して、言葉が出ない。
口をあんぐりと開けた状態の阿部に、レンは更なる爆弾を落とした。
「蛭魔、さん、と、セナ、みたいに。きちん、と、恋人、に!なりたい。。。です。」
「おまえ。。。」
「そのためには、ちゃんと、今までしたこと、許して、もらって」
皆まで言わせない。
阿部はレンの身体を引き寄せて、抱きしめていた。
*****
阿部が心が離れたのか、嫌われたのか、などとつまらない心配をしていたとき。
レンはレンなりに一生懸命に考えていた。
今までにレンと関わって、運命が変わってしまった人たちに詫びる。
そうして自分の中できちんとケジメをつけてから、阿部と向かい合おうとしていたのだ。
こんなに愛らしく健気な者を、もう二度と離したくない。
阿部はレンの両肩に手を置くと、唇を寄せた。
だがもう少しで2人の唇が重なろうとした瞬間。
「まだ、ダメ、だよ。セナ、たちに、許して、もらって、から。。。」
一度はうっとりと目を閉じたレンが、慌てて顔を逸らした。
「別に俺たちゃ、かまわねぇよ。キスでもなんでもやってくれ。なぁ?」
「ええ、もちろん。」
「「!」」
阿部とレンは慌てて身体を離し、声のした方を見る。
リビングの入口には、ニヤニヤ笑う蛭魔と申し訳なさそうなセナ。
不意に割り込んだ声はもちろん2人のものだ。
「立ち聞きですか?趣味が悪い!」
「テメーらだって、この間、セナの部屋の前で俺たちの話聞いてたろ?」
「え?そうなんですか?阿部くん?レン?」
「ご、ごめ、なさい。。。」
甘い雰囲気はどこへやら、一転してリビングは賑やかになった。
一頻り笑いあった後、セナが「珈琲、飲む人-?」と声を上げる。
阿部もレンも手を挙げたので、蛭魔も口を開こうとした。
だが何も言わないうちにセナが「蛭魔さんはブラックですね」と笑った。
これで全員が、一歩踏み出したのだと蛭魔は思った。
あとはシュンが退院して、この仲間に加われば完璧だ。
蛭魔はセナが淹れた珈琲を口に運びながら、会心の笑みを浮かべた。
【続く】
「俺は、2人に。あやまら、ないと、いけない。」
病院の一室、阿部の弟であるシュンが入院する部屋で。
レンは両手を組んで、まるで懺悔するようにそう言った。
シュンの手術は無事に終わり、結果もこの上なくよいものだった。
阿部は最適な病院と医師を捜してくれた蛭魔に感謝した。
だが蛭魔は「テメーらの頑張りだろ?」とサラリと受け流した。
事実阿部は献身的にシュンに寄り添っていたし、シュンもよく耐えた。
そして今はリハビリの時期。
事故の後、自力で指1本動かせなかったシュンの身体は、少しずつその機能を回復しつつあった。
ある程度シュンが回復するまでは、阿部やレン、蛭魔とセナの関係を話さない方がいい。
それは4人が共通して思ったことだった。
超能力だの、殺し屋だの、余計なことで頭を悩ませるより、まずはリハビリだ。
だから蛭魔とセナは度々シュンの病室を見舞ったが、単に阿部の友人だと名乗った。
だがレンが訪れたのは、今日が初めてのことだ。
あの事故について、まだ誰にも言ってないことがある。
それをシュンに話さなければいけないから。
病室を見舞おうとしないレンに、皆が不思議がって理由を聞いたら、レンはそう答えた。
だから手術が終わって、リハビリが順調に進むまで、レンは一度も病室には現れなかった。
そして今日、レンは松葉杖を使って何とか1人で歩けるまでに回復したシュンに会いに来た。
1人部屋の病室には、本日のリハビリのメニューをこなしてベットで休むシュン。
そしてその横にパイプ椅子を出して、阿部とレンが座っている。
レンは自分の名を名乗った後「あやまらないといけない」と切り出した。
そして今までのことを、語り始めた。
蛭魔とセナとシュンを巻き込んだ、阿部とレンのこれまでの物語。
途中たどたどしくつっかえてる箇所には、阿部が言葉を足した。
*****
「ここから、先は。まだ、誰、にも。言ってない、話だ。」
そう言って、レンは何かを決意したように、大きく息を吸い込んだ。
阿部は並んで座るレンの横顔を見た。
今にも泣き出しそうに歪むレンの顔を。
そして不意に抱きしめたいという衝動に駆られて、困惑する。
蛭魔とセナはお互いの想いを確認して、着実に恋人としての関係を育んでいる。
それなのに阿部とレンの関係は、少しも進んでいない。
そのことに阿部は悩んでいた。
阿部はシュンの病院で過ごす事が多いから、会う時間が少ないことは確かにある。
だが阿部には、レンが自分と距離を置いているような気がしてならなかった。
まだ高校生で、神社で顔を合わせるのを日課にしていた日々。
そのときからすでに阿部はレンが好きだった。
離れていた時間はあったが、その間に想いが色あせることはなかった。
それはレンも同じだったはずだ。
だからこそ三橋家は、レンの刺客に阿部を選んだのだ。
まさかもうレンは、自分を好きではないのだろうか?
業を煮やした阿部は、先日レンにそのことを問い詰めた。
阿部はよくも悪くもはっきりしないことが嫌いな性格だ。
だから真っ直ぐに告げた。
阿部は今も、いやむしろ昔以上にレンのことを好きだということ。
だからレンの気持ちを聞かせて欲しいと。
レンは困ったような表情で、答えた。
シュンに自分たちの関係を話すときに、その答えを言う、と。
ついにレンの心が聞ける。
阿部は緊張で冷たくなってしまった拳をギュッと握り締めながら、レンの言葉を待った。
*****
「阿部、くん、の、おうち、の、事故。俺は、予知、した。」
レンは緊張のせいか、言葉尻が震えているが、ますます吃音が酷くなる。
だが阿部もシュンも特に言葉を挟まずに、レンが話すのを待った。
「最初の、予知、では。ご両親と、阿部、くんが、亡くなる、はず、で。」
レンはそこで言葉を切った。
細身の身体が、微かに震えている。
だが意を決した様子で、大きく息を吸い込んで、また話し始める。
「シュン、くんは、軽い、怪我で。すむ、はずだった、んだ。」
「シュン、くんは、負わなくても、いい、大怪我、して。」
「ずっと、病院で。寝た、きり、で。」
「手術も、大変で、リハビリ、きつい、のに。」
「阿部、くん、だって。その、せいで、苦労、して。」
「学校、やめて。ボロボロに、なるまで、働いて。」
「その上、俺の、家の、ゴタゴタに。2人、を。巻き込んで」
「許して、もらえない、の、わかってる。だから俺は。貴方に殺されたい、って、思ってて」
レンは一気に堰を切ったように、まくし立てた。
阿部はようやくレンが抱えていた悩みを理解した。
もし最初の未来の通りだったら、阿部は今、この世にはいない。
シュンは天涯孤独な身の上になっても、身体は無事だ。
事故の後の地獄のような日々を、2人とも送らなくても済んだのだろう。
レンは自分の予知によって変わってしまった未来を、ずっと気にして苦しんでいたのだ。
これがレンの抱える特殊能力。
一生レンが向かい合わなくてはいけない試練だ。
*****
「俺は、レンさんに感謝してます。」
重苦しい沈黙を破ったのは、シュンだった。
シュンはベットの上から、真っ直ぐにレンを見上げた。
その表情は、やわらかくて優しいものだ。
「兄ちゃんが生きててくれた。それだけで俺は嬉しいから。」
シュンがそう言いながら、レンに向かって手を伸ばした。
掛けられている毛布から手を出して伸ばすのは、シュンにとってはまだまだ大変な作業だ。
それでもシュンは懸命に震える手を伸ばしてくる。
レンはおずおずと遠慮がちに、その手を取って、両手で包むように握った。
「許すとか殺すとか。俺はそんなことは思いません。だってレンさんは兄ちゃんの大事な人だ。」
とどめとばかりのシュンの言葉に、レンはついに泣き出した。
不思議な色をしたレンの大きな瞳から、コロコロと涙の球が溢れて落ちる。
阿部にはその涙があまりにも綺麗に見えた。
シュンに「拭いてあげなよ」と言われるまで、見とれてしまったほどだ。
それから一気に打ち解けたレンとシュンは、いろいろな話をした。
日常生活が営めるくらいに、身体の機能が回復したら、いろいろなことがしたい。
中学校、高校、できれば大学も行きたいのだとシュンは語った。
レンが「大学で何を勉強するの?」と聞くと、シュンは医者になりたいと答える。
自分が病気をして、いろいろな人に親切にしてもらった。
だから今度は自分が、病気を治療する仕事に就きたいと言う。
今回のシュンのように、他の医師には治療が難しい症状でも治せるようになりたいのだと付け加えた。
「あ、今はなれるかどうかを予知しないでね。これから頑張るんだから。」
そう言ってシュンが明るく笑った。
阿部は目頭にジワリとこみ上げる涙を指で拭いながら、レンとシュンのやり取りを聞いていた。
「兄ちゃんのこと、よろしくお願いします。」
最後に病室を出ようとした阿部とレンに、シュンは悪戯っぽく笑いながら言った。
*****
病院の面会時間が終わり、帰宅した阿部とレンはリビングに並んで座っていた。
そこは4人の共有スペースになっており、食事をしたり、珈琲を飲んだり、会話する場所だ。
「なぁレン。おまえ俺のこと、避けてたよな?」
阿部の言葉に、セナがおずおずと頷いた。
「それは自分のせいで、シュンが大怪我したと思ってたから?」
レンはまた頷きながら「それだけじゃない」と言った。
「阿部、くんの、運命、も。変えたよ。蛭魔、さんも。セナ、も。」
今度は阿部が、黙って頷いた。
レンは何かを考えるような表情になっているのは、言うべき言葉を捜しているのだろう。
阿部は黙って、レンの次の言葉を待った。
「まずは、シュンくん、と、阿部くん、に。それから、蛭魔、さんと、セナに、謝る。」
「シュンも俺も、レンに感謝してる。蛭魔さんもセナくんも、恨んじゃいないだろ。」
「でも、ちゃんと、したい。じゃないと、俺も、進め、ない。」
この力を早く何とかしないと、僕は進めないんです。
それは確かセナが言っていた科白だった、と阿部は思い返した。
そしてなぜだろうと思う。
レンはセナと違って、言葉の問題もなく、順調に日本と同じ生活を送っている。
そのレンが「進む」と表現して、こんなに必死になる理由はなんだろうかと。
だが次のレンの一言を聞いて、阿部は驚き、顔を真っ赤にした。
「俺、ね。阿部くんが、好き、なんだ。」
阿部は口を開いたものの狼狽して、言葉が出ない。
口をあんぐりと開けた状態の阿部に、レンは更なる爆弾を落とした。
「蛭魔、さん、と、セナ、みたいに。きちん、と、恋人、に!なりたい。。。です。」
「おまえ。。。」
「そのためには、ちゃんと、今までしたこと、許して、もらって」
皆まで言わせない。
阿部はレンの身体を引き寄せて、抱きしめていた。
*****
阿部が心が離れたのか、嫌われたのか、などとつまらない心配をしていたとき。
レンはレンなりに一生懸命に考えていた。
今までにレンと関わって、運命が変わってしまった人たちに詫びる。
そうして自分の中できちんとケジメをつけてから、阿部と向かい合おうとしていたのだ。
こんなに愛らしく健気な者を、もう二度と離したくない。
阿部はレンの両肩に手を置くと、唇を寄せた。
だがもう少しで2人の唇が重なろうとした瞬間。
「まだ、ダメ、だよ。セナ、たちに、許して、もらって、から。。。」
一度はうっとりと目を閉じたレンが、慌てて顔を逸らした。
「別に俺たちゃ、かまわねぇよ。キスでもなんでもやってくれ。なぁ?」
「ええ、もちろん。」
「「!」」
阿部とレンは慌てて身体を離し、声のした方を見る。
リビングの入口には、ニヤニヤ笑う蛭魔と申し訳なさそうなセナ。
不意に割り込んだ声はもちろん2人のものだ。
「立ち聞きですか?趣味が悪い!」
「テメーらだって、この間、セナの部屋の前で俺たちの話聞いてたろ?」
「え?そうなんですか?阿部くん?レン?」
「ご、ごめ、なさい。。。」
甘い雰囲気はどこへやら、一転してリビングは賑やかになった。
一頻り笑いあった後、セナが「珈琲、飲む人-?」と声を上げる。
阿部もレンも手を挙げたので、蛭魔も口を開こうとした。
だが何も言わないうちにセナが「蛭魔さんはブラックですね」と笑った。
これで全員が、一歩踏み出したのだと蛭魔は思った。
あとはシュンが退院して、この仲間に加われば完璧だ。
蛭魔はセナが淹れた珈琲を口に運びながら、会心の笑みを浮かべた。
【続く】