アイシ×おお振り【お題:敵同士10題】

【どうしようもないんだ!】

セナは新しい自分の部屋に閉じこもって、毎日ため息をついている。
三橋家との決着をつけて、皆で日本を離れて。
何も考えず、ただ勢いのままについて来てしまったセナは、自分を持て余していた。

三橋家に乗り込んだ後は、とにかく慌しかった。
まずはシュンを三橋家から奪還し、一時的に小さな診療所へ移す。
看板を掲げてはいない怪しい診療所だが、腕は確かだし、口は固いから安心だという。
阿部は健やかな寝息を立てて眠るシュンを見て、安堵の涙を流し、何度も蛭魔に礼を言った。
阿部はレンを殺すと決意したときに、仕事も辞め、住んでいたアパートも引き払っている。
手荷物はほとんど何も持っていない状態だから、準備などほとんどいらない。
何か手伝うと申し出た阿部に、蛭魔は渡米まで弟の傍にいるようにと言い渡した。
恐縮する阿部だったが、シュンの護衛もかねてだと言われたので、その指示に従った。

蛭魔はものすごい勢いで、出発の準備をした。
シュンも含めた5名分のパスポートやビザを揃え、飛行機のチケットや現地での滞在先を手配する。
そうしながら、レンと共にマンションの荷造りをしていた。
その時になって、セナとレンはこのマンションが建物ごと全部、蛭魔の持ち物だと知った。
レンもまた何も持たない身であったので、ほとんどは蛭魔の荷物だ。
最上階のワンフロアを丸々使っていた蛭魔だったが、他の部屋はすべて仕事仲間に貸しているという。
とにかくそのワンフロア分の荷造りはなかなか重労働で、レンは少し体重が落ちたと苦笑していた。

セナはセナで、自分の身辺整理が必要だった。
会社は追われたばかりだったから、仕事の心配はない。
住んでいたアパートの荷物をまとめ、部屋を引き払う。
仲のよかった友人たちに挨拶したり、ごくごく普通の引越し感覚だ。
ただ1つ大変だったのは、両親を説得することだった。
外国へ行くより、日本でちゃんと仕事を探せと、父も母もセナの渡米に難色を示した。
自分の可能性を試したいなどとようやく親を説き伏せたときには、すべての準備は終わっていた。

*****

一行が落ち着いたのは、ロサンゼルスだった。
シュンが入院する病院に程近い場所に、蛭魔は家を借りていた。
シュンの手術やリハビリが終わり、退院するまではここに滞在する。
それ以降、そのままアメリカに留まるか、帰国するかはまだ未定だ。

英語が堪能な蛭魔は、日本とまったく変わらない生活を送っている。
一日のうち、かなりの時間をパソコンに向かい、トレーダーとしての仕事をしている。
そして時折「バイトしてくる」などと言って、出かける。
それにどうやらアメリカにも裏のコネクションを持っているようだった。

阿部はずっと弟に寄り添っている。
蛭魔に頼んで教材を取り寄せ、病室で2人、英会話の勉強をしていた。
阿部の今の希望は、自分も弟もちゃんと学校を卒業することだという。
シュンが退院したら、こちらの学校に入学しようと、準備をしている。
阿部は、蛭魔に就職したら、何としてでも金を払うと言ったらしい。
だが蛭魔はレンから報酬は貰っているから、払うならレンに払えと答えたという。

一番意外なのは、レンだった。
三橋家は、将来財閥家に仕えるためには、英語は必要な知識だと思っていたという。
だから学校に通ったこともないのに、レンは日常生活には困らないほどの英語を学ばされていたのだ。
つまりレンの予知は、言葉が変わってもまったく問題がなかった。
日本にいたときと変わらず、未来に起こる出来事やそれに伴う株価の変動などを蛭魔に教えていた。

レンもまた「バイト」を始めた。
なんとそれは「占い」だった。
蛭魔がどこからか客を見つけてくる。
レンは客の話を聞いて、その未来を予知し、いい方向へ向くようにと少しアドバイスをする。
予知能力者の家系に生まれた、その中でも高い能力を持つレンの言葉はよく当たる。
時に大きな運命を持った客と話すと体調を悪くすることはあった。
だがこの能力を人の役にたてたいと言って、レンは「占い」を続けていた。

*****

「よっ、っと」
セナは意識を集中して、目の前のテーブルの上に置かれたダンベルに思念を送った。
このダンベルは、蛭魔が日課の筋トレをするのに愛用しているもので、ちょうど5キロに設定してある。
セナがくっと拳を握ると、5キロのダンベルがフワリと宙に浮いた。
「えいっ!」
セナが掛け声と共に首を左右に振ると、ダンベルもそれに合わせて空中で揺れる。
そして大きく息を吐きながら、拳に込めていた力をゆっくりと抜く。
ダンベルはもとあった場所に、静かに着地した。

セナは毎日、念動力の訓練をしていた。
何をするにしても、セナの場合はこの能力を自分の思う通りに操れなければならない。
今は感情の波が激しくうねると、勝手に「暴発」してしまうのだ。
日本を出発してからここへ到着するまででも、危ないと思う場面が何回かあった。
そして今は生活環境がガラリと変わって、精神的にも不安定だ。
今日も力を制御できずに、蛭魔のマグカップを割ってしまった。
最初に比べたらかなり能力も制御力も上がってはあるが、まだ油断はできない状態だった。

念動力が完全に操れるようになったとして、だからどうなんだろう。 
レンのような予知能力なら、人の役に立つことができるかもしれない。
だがセナの能力は、一言で言うなれば「破壊」だ。
ただ壊すだけで、そこから生まれるものは何もない。

みんなが活動を始めているのに、自分はまだスタート地点にも立てていない。
そう考えると、気持ちばかりが焦る。
そして情緒不安定になり、また力が「暴発」するのだ。

駄目だ。悪い方に考えてはいけない。
早くこの力を、制御できるようにならなくてはいけない。
セナはもう一度、拳を握り、思念を集中させた。
ダンベルがもう一度、今度は勢いよく飛び上がり、天井に激突する。
まずいと思った瞬間、セナは眩暈を感じて、その場に崩れるように倒れこんだ。

*****

「セナ!大丈夫か?」
セナの部屋でバタンと何かが倒れたような音がした。
続いてバキリという何かが裂けたような音と、ドスンという重い音が響く。
自分の部屋でパソコンを操作し、株価をチェックしていた蛭魔は、急いでセナの部屋に駆けつけた。
声を掛け、ノックをするが応答がない。
蛭魔はドアノブに手をかけ、鍵がかかっていないことを確認する。
そして「入るぞ」と大声で叫ぶと、室内に踏み込んだ。

セナは意識を失って、部屋の床に倒れていた。
部屋の片隅にあるテーブルは真ん中が大きく陥没しており、その横にダンベルが落ちている。
おそらく「念動力」の訓練をしていて、誤ったのだろう。
蛭魔はセナの傍らに膝をつくと、ゆっくりと抱き起こした。

「蛭魔、さん」
すぐに意識を取り戻したセナは、目の前に蛭魔の顔を見つけて、驚いた。
そして自分が蛭魔の腕に抱きかかえられていることに、また驚く。
「僕、気絶してました?どのくらい?」
「何分もたっちゃいねぇよ。」
蛭魔はセナの問いに短く応じると、セナを抱えたまま立ち上がる。
そして軽々とセナを持ち上げて、そのままゆっくりとベットに横たえた。

「とにかくおまえは少し休め。テーブルはまた新しいのを買おう。」
蛭魔がそう言って、部屋を出て行こうとする。
だがセナはすぐにベットから身体を起こして、フラフラと立ち上がった。
振り返った蛭魔が慌てて手を差し伸べると、セナはその腕の中にフワリと落ちた。

*****

「疲れているときにやってもダメだ。レンもそう言ってただろ?」
蛭魔はそう言いながら、セナをさらに深く抱きしめた。
セナは蛭魔の腕の中で、微かに身じろぎながら「でも」と呟く。

「この力を早く何とかしないと!僕は進めないんです!」
腕の中のセナが縋るような目で、蛭魔を見上げる。
そして叫ぶように、言葉を続けた。

「蛭魔さんも、レンも。日本を離れても、うまくやってて!」
「阿部くんと、弟さんも。一生懸命、生きる道を捜してて!」
「でも僕は、この力のせいで、まだ何も出来ないんです。」
「何の役にもたたない、こんな力のせいで、僕1人だけが取り残されてて。」
「早く、早く、何とかしないと。」
「どうしようもないんだ!」

セナの告白のような本音を聞いて、蛭魔はセナを抱きしめる腕に力を込めた。
この小さな身体に、望みもしないのに込められた異能。
いつも素直で真っ直ぐで、ニコニコ笑いながら、皆を明るくしていたセナ。
その心の奥底の葛藤が、切ないほどに蛭魔の締め付ける。

*****

「もしその力を誰かが持たなければならないとしたら、それはテメーでよかったんだよ。」
蛭魔はゆっくりとセナの身体を離し、ベットに腰掛けさせた。
そして自分もその横に並んで座りながら、静かにそう言う。

「だってそうだろ?例えば俺が持ったら、絶対に悪いことに使うぞ?」
蛭魔が冗談とも本気ともつかない顔で、物騒なことを言う。
「そんなこと」
「あるって。だから人に迷惑かけないように、黙々と訓練するテメーが持ってて正解なんだ。その力は。」
意外なことを言われたセナは、キョトンとした顔で蛭魔を見た。

「俺はそういう力がないから、テメーやレンの苦しみはわからねぇけど。」
蛭魔はそう言って、セナの肩に腕を回すと、セナの身体をグイと自分に押し付ける。
「出来ることはしてやりたいし、守ってやりたいと思ってる。」
優しい言葉と蛭魔の体温に、セナの心は歓喜に震えた。
だがすぐに俯いて、大きくため息をつく。
蛭魔の優しさの対象はセナだけではない。レンも阿部もシュンもだ。
セナだけが特別などと思ってはいけないのだろう。

「でもいつも隣にいたいと思うのは、テメーだけだ。セナ。」
まるでセナの心を見透かしたように、蛭魔が耳元で囁いた。
俯いていた顔を上げた瞬間に、セナの唇に何かやわらかい物が触れた。
それが蛭魔の唇だとわかった瞬間、セナの顔が真っ赤に染まる。
次の瞬間、床に転がっていたダンベルが、再び宙に浮き上がった。

「焦んなくていいが、早めに制御できるようになってくれ。そうしないとエッチもできねぇし。」
蛭魔が悪戯っぽくそう言った瞬間、ダンベルが大きな音を立てて、床に落ちた。

*****

セナの部屋の外には、阿部とレンが立っていた。
2人もセナの部屋の大きな物音に驚いて、駆けつけてきた。
だが蛭魔とセナが話しているのが聞こえてきて、部屋に入ることも、立ち去ることもできずにいた。
最初は辛そうに叫ぶセナに切ない気持ちになったが、今はいい雰囲気だ。
蛭魔が茶化すように「エッチもできねぇ」などと言い、セナが「蛭魔さん!」と抗議する。
2人はいつの間にかちゃんとした恋人同士になっていたのだった。

どうしようもないんだ!
セナの叫びが、レンの心を冷たく貫いた。
異能を持って生まれてきてしまった者は、きっと誰しも思うことだろう。
それでもレンはセナが羨ましいと思う。
セナは力が覚醒したときに、誰よりも好きな人が傍にいた。
そしてその人はいつも隣にいて、セナを見守ってくれるのだろう。

だがレンは違う。
レンが阿部に出会ったときには、もうレンは能力者だった。
それゆえの災厄に、好きな人を巻き込んで、苦しめた。

「阿部、くん。」
レンが誰よりも好きな人の名前を呼ぶ。
「シュン、くんに、全部、話すのは。俺に、させて、くれないか?」
レンは覚悟を決めて、そう言った。
阿部は怪訝な表情を浮かべながらも「いいよ」と答える。

セナは一生懸命に、前に進もうとしている。
だから自分も踏み出さなくてはいけない。
審判を受けなくてはならない。阿部とシュンに。

レンは「ありがとう」と小さく告げると、ゆっくりと阿部に背を向ける。
阿部が自分の背中を見ているのがわかったが、構わずに歩き出した。

【続く】
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