アイシ×おお振り【お題:敵同士10題】
【気持ちは真実】
レンが目を覚まして、我に返るとガバっと身体を起こした。
そしてゆっくりと記憶をたどる。
朝食が出来た、と蛭魔とセナに声を掛けに行って。
そこで見えたのだ。今までと違う新しい未来が。
慌てて自室としてあてがわれている部屋を出て、リビングと呼ばれる共有スペースへ向かう。
そこでは蛭魔とセナが向かい合って座り、レンの用意した朝食を食べていた。
「悪りぃな。先に食ってるぞ」
「ごめんなさい。」
蛭魔とセナがレンに声を掛けてきた。
どうやらそんなに長い時間、寝てしまっていたわけではなさそうだ。
「こちら、こそ。すみません。」
レンは頷くように小さく会釈をすると、朝食の席についた。
蛭魔とセナは特に何を話すこともない。
ただ黙って、朝食を口に運んでいる。
だが決して敵対的な雰囲気ではない。
蛭魔とセナの関係が明らかになり、それは決して友好的なものではないのに。
2人の間には、穏やかで緩やかな空気が流れている。
レンには見えている。
蛭魔とセナがこの後惹かれあい、生涯の伴侶、魂の半身となることが。
少しだけ羨ましいと思う。
蛭魔とセナだって、レンと彼だって、お互いを想う気持ちは真実。
でもレンが愛する彼は、もうすぐレンを殺しに来るのだから。
ただ1つの救いは、蛭魔とセナが知り合うきっかけは間違いなくレンであること。
だから2人が作り出す幸せな空気を少しだけもらって、そして。
「お話、が。あります。」
レンは大きく1つ呼吸をすると、話し始めた。
*****
「どなた、ですか?」
弟の病室を見舞った阿部は、ベットの横のパイプ椅子に座っている青年に問いかけた。
レンを殺しに行った後の自分のことはわからない。
自首などするつもりもないが、逃亡するつもりもない。
逮捕される可能性も高いだろう。
だからその前にと、弟の顔を身に来た。
だがそこで阿部を待っていたのは、見知らぬ青年だった。
「阿部、隆也さん、ですよね?」
可愛らしい顔立ちの小柄な青年が、椅子から立ち上がって頭を下げる。
「小早川瀬那といいます。レンくんの友人です。」
つられて頭を下げた阿部は、レンの名を聞いて驚愕に目を見開いた。
阿部は慌てて、弟のベットに目を向けた。
阿部の弟、シュンはぐっすりと眠っているようだ。
阿部とセナと名乗る青年のやりとりにはまったく反応がない。
「弟さんは僕が来たときからずっと眠っています。だから何も話してません。」
セナの言葉に、阿部はほっと胸を撫で下ろした。
シュンにはレンのことは一切話していない。
話す必要もないと思っていたし、レンを殺すと決めてからは知られたくないと思った。
「あなたにお話があって、来ました。」
セナは真っ直ぐに阿部の目を見据えて、そう言った。
阿部は1つ頷くと、微かに顎をしゃくるようにして、無言のまま場所を変えようと促した。
*****
「蛭魔、さん。今まで、ありがとう、ございました。」
あの朝「お話があります」と前置きした後、レンは蛭魔にそう言って頭を下げた。
そして蛭魔との関係を解消し、出て行くと言い出したのだった。
「どうして?1人で出て行くのは危険ですよ!」
セナは色をなして反対した。
大声を出したせいで、絞められた首がまだズキズキと痛む。
あの時の恐怖と苦痛は、思い出しただけでも身の毛がよだつほど恐ろしい。
どんな事情があるのかは知らないが、あんな暴虐の前にこんな華奢な青年を差し出すようなことはできない。
セナは縋るように蛭魔を見た。
だが蛭魔は何も言わず、無表情にじっとセナを見ている。
「まぁレンと俺とは元々ギブアンドテイクの関係だ。止める理由もねぇ。」
蛭魔はさばさばした口調でそう言い出したとき、セナはついに怒りを爆発させた。
「そんなこと!ひどいじゃないですか!」
セナが蛭魔にくってかかろうとしたのを制したのは、レンだった。
「ひどい、のは、俺、です。このまま、だと。。。」
「せめて聞かせてくれねぇか?テメーの事情ってやつを」
蛭魔はセナの肩をポンと叩くと、レンにそう言った。
「このままじゃ俺たちも目覚めが悪りぃ。」
レンは困ったような表情で、立ち尽くしている。
「セナはテメーに間違えて殺されかけた。聞く権利あんだろ?」
そんな風に言われたら、この純粋な青年は断れないだろう。
セナは蛭魔の話術に感心しながら、レンの言葉を待った。
そしてレンの口から語られたレンの身の上話を聞いて、セナは決意した。
レンの想い人である青年、阿部隆也に会いに行こうと。
*****
阿部の弟シュンが入院する病院の喫茶室で、セナと阿部は向かい合っていた。
午後の早い時間で人も少なく、秘密の話をするにはちょうどよい。
「阿部さんはレンくんの力のことはご存知ですか?」
「ちから?」
「レンくんには未来を見通す能力がある。」
セナの言葉に、阿部はかすかに息を飲んだ。
だが少し考える表情になった後、また口を開く。
「はっきりとは知りません。でも何となくそんな想像はしていました。」
ため息混じりにそう答えた阿部は、セナにはひどく疲れているように見えた。
「レンくんの家は予知能力者の家系で、ある財閥系の一族に代々仕えて繁栄させているんだそうです。」
今レンが蛭魔にしているような情報の予知を、三橋家は生業としているのだという。
そしてレンは一族の中でも特に強い予知能力を持っており、後継者として養育された。
阿部はセナが語る説明を、黙って聞いていた。
気を落ち着けるためなのか、砂糖もミルクも入れないコーヒーをスプーンでかき回している。
「三星神社」
「え?」
「阿部さんとレンくんが出逢ったあの神社に祭られているのは、レンくんだったんです。」
神社の主は一族の当主が努め、後継者として選ばれた子供を祭る。
選ばれた子供は学校などにも通わず、大人になるまでは隔離された状態で過ごす。
ひたすら能力を高めるために、人と関わることも許されず、精神を磨く。
「あの神社、そんな名前だったんだ。」
阿部は渇いた笑いとともにそう言って、かき回しすぎて冷めてしまったコーヒーをようやく口に運んだ。
*****
「あの日、レンくんはあなたの死を見たんだそうです。」
「えっ?」
今まで冷静だった阿部が、初めて驚いた表情になった。
ここから先は阿部にとっては、残酷な話になる。
セナは覚悟を決めたように大きく息をつくと、また口を開いた。
「だからあなたを行かせたくなかった。」
そして一族の最大の禁をレンはしてしまった。
三橋家が仕える一族以外の者のために、阿部のために、能力を使ってしまったのだ。
レン自身は予知の後に気を失ってしまったが、阿部はそのことで足止めされた。
結果として、事故で死ぬはずだった阿部は生き残ってしまったのだ。
掟を破った者は抹殺するのが、また一族の掟だった。
レンは後継者の座から転落し、命を狙われることになった。
「そういえばあの日、レンの両親にいろいろ聞かれた。。。」
阿部はうわ言のように呟いた。
あの日レンの言うことに耳を貸さず、阿部がそのまま立ち去っていればレンは無事だった。
レンはあの時、自分の命をかけて阿部を救ったのだ。
それでも黙っていれば、誰が知ることもなく終わっていたかもしれない。
だが阿部は聞かれるままに、レンの両親に事の経緯を話してしまった。
つまり阿部のせいで、レンは全てを失い、その存在を抹殺される身になった。
「俺のせいで、レンが。。。」
阿部は目に見えて動揺していた。
顔色は蒼白で、唇が震えている。
セナは痛ましい気持ちで、阿部の様子を見ながらため息をついた。
*****
「事故の後、レンくんには別の未来が見え始めたそうです。」
阿部は表情が抜け落ちたような顔で、それでもセナの話を聞いている。
未来の予知というものは非常に不確定要素が多いのだ、とレンは言っていた。
ちょっとしたことで、今まで見えていた未来がガラリと変わるのだという。
特に予知の内容を誰かに告げたりすると、告げられた者はそれによって行動が変わる。
それによって今まで見えていた映像がプツリと消えて、違うものが見え始めたりする。
事故の直後に、レンには見えた。
両親が亡くなり、寝たきりの弟が残され、必死に働く阿部が。
レンは阿部にしてあげられることを懸命に考えた。
そして辿り着いた結論は、自分の命を金に変えることだった。
今となってはただ1つのレンの武器は予知能力だけだ。
これを使って、逃げて逃げて、逃げまくる。
一族の者たちは、レンの意図にいつか気が付くはずだ。
阿部兄弟の生活の安全を望むレンを殺すために、どうすればいいか。
レンの抹殺を阿部に託し、その代償に阿部の望むものを渡せばいい。
それならばレンは、逃げないはずだと。
「だからレンくんは、あなたに殺されるために必死に逃げているんです。」
阿部は目に力を入れ、歯を食いしばるようにして、懸命に涙を堪えていた。
セナもまたレンの身の上を話しながら、うっすらと涙ぐんでいる。
*****
「蛭魔さんはレンくんと同様、あなたと弟さんを保護してもいいと言っています。」
セナがいよいよ本題である話を切り出した。
涙を隠すように下を向いてしまった阿部が、顔を上げる。
セナは涙で潤んだ阿部の目を真っ直ぐに見ながら、話を続けた。
もうすぐ阿部が自分を殺しに来るから、余計な迷惑をかけたくない。
その前に別れようとレンは言った。
だが蛭魔はレンがもたらす情報から得る利益を考えれば、阿部兄弟の生活の保障をしても安いと言った。
もちろんそれも事実なのだろう。
だがそれ以上に、蛭魔もレンを気に入っているのだろうとセナは思う。
レンは蛭魔は元々自分を捕らえに来た人間だと言っていたが、きっと違う。
本当は蛭魔も阿部と同じように、三橋家に雇われてレンを殺しに来たのだろう。
だがレンを見て、あの覚悟を秘めた綺麗な目を見て、殺せなくなった。
特にそんな話もしていないし、確証もないが、多分間違いないとセナは考えていた。
「それで。レンは?」
ついに堪えきれずに、阿部の目から涙があふれた。
問う声は弱々しく掠れて、震えている。
「レンくんの言葉をそのまま伝えます。」
言うべきことはこれが最後だ。
セナは最後に大きく息を吸うと、間違えずに伝えなくてはと拳を握り締めた。
阿部くんに全てをまかせます。
俺の命を、阿部くんと弟さんのために使ってください。
セナの口を使って語られたレンの言葉を聞いた途端、阿部は声を上げて泣き出した。
*****
「助けてください。弟も。レンも。」
しばらく激情のままに泣き、ようやく喋れる状態になった阿部はそう言った。
それを聞いて、セナはホッとして顔を綻ばせた。
渋るレンと蛭魔を説得して、セナは1人で阿部に会いに来た。
いくらレンの想い人であっても、阿部は三橋家に雇われたいわば「敵」。
危険であるからと散々止められた。
それでも来たのは、レンのためだ。
阿部を想い、阿部の弟を気遣い、蛭魔の仕事のことまで配慮し、巻き込まれたセナを心配する。
そんな健気なレンの幸せを心から願うからだった。
阿部の涙に濡れた目を見て、彼の気持ちもまた真実なのだと思う。
レンを心から想いながら、弟を人質に取られた状態で苦悩している。
でも蛭魔の元へ来れば、万事いい方向へ向かうだろう。
とりあえず身辺を整理して、数日のうちに蛭魔の事務所兼住居を訪ねる。
阿部はそう言って、弟を見舞うために立ち上がった。
セナはその後ろ姿を、晴れ晴れとした気持ちで見送った。
この時セナはこれで終わりだと思っていた。
だがすぐに、新たな幕開けだったのだと思い知ることになる。
【続く】
レンが目を覚まして、我に返るとガバっと身体を起こした。
そしてゆっくりと記憶をたどる。
朝食が出来た、と蛭魔とセナに声を掛けに行って。
そこで見えたのだ。今までと違う新しい未来が。
慌てて自室としてあてがわれている部屋を出て、リビングと呼ばれる共有スペースへ向かう。
そこでは蛭魔とセナが向かい合って座り、レンの用意した朝食を食べていた。
「悪りぃな。先に食ってるぞ」
「ごめんなさい。」
蛭魔とセナがレンに声を掛けてきた。
どうやらそんなに長い時間、寝てしまっていたわけではなさそうだ。
「こちら、こそ。すみません。」
レンは頷くように小さく会釈をすると、朝食の席についた。
蛭魔とセナは特に何を話すこともない。
ただ黙って、朝食を口に運んでいる。
だが決して敵対的な雰囲気ではない。
蛭魔とセナの関係が明らかになり、それは決して友好的なものではないのに。
2人の間には、穏やかで緩やかな空気が流れている。
レンには見えている。
蛭魔とセナがこの後惹かれあい、生涯の伴侶、魂の半身となることが。
少しだけ羨ましいと思う。
蛭魔とセナだって、レンと彼だって、お互いを想う気持ちは真実。
でもレンが愛する彼は、もうすぐレンを殺しに来るのだから。
ただ1つの救いは、蛭魔とセナが知り合うきっかけは間違いなくレンであること。
だから2人が作り出す幸せな空気を少しだけもらって、そして。
「お話、が。あります。」
レンは大きく1つ呼吸をすると、話し始めた。
*****
「どなた、ですか?」
弟の病室を見舞った阿部は、ベットの横のパイプ椅子に座っている青年に問いかけた。
レンを殺しに行った後の自分のことはわからない。
自首などするつもりもないが、逃亡するつもりもない。
逮捕される可能性も高いだろう。
だからその前にと、弟の顔を身に来た。
だがそこで阿部を待っていたのは、見知らぬ青年だった。
「阿部、隆也さん、ですよね?」
可愛らしい顔立ちの小柄な青年が、椅子から立ち上がって頭を下げる。
「小早川瀬那といいます。レンくんの友人です。」
つられて頭を下げた阿部は、レンの名を聞いて驚愕に目を見開いた。
阿部は慌てて、弟のベットに目を向けた。
阿部の弟、シュンはぐっすりと眠っているようだ。
阿部とセナと名乗る青年のやりとりにはまったく反応がない。
「弟さんは僕が来たときからずっと眠っています。だから何も話してません。」
セナの言葉に、阿部はほっと胸を撫で下ろした。
シュンにはレンのことは一切話していない。
話す必要もないと思っていたし、レンを殺すと決めてからは知られたくないと思った。
「あなたにお話があって、来ました。」
セナは真っ直ぐに阿部の目を見据えて、そう言った。
阿部は1つ頷くと、微かに顎をしゃくるようにして、無言のまま場所を変えようと促した。
*****
「蛭魔、さん。今まで、ありがとう、ございました。」
あの朝「お話があります」と前置きした後、レンは蛭魔にそう言って頭を下げた。
そして蛭魔との関係を解消し、出て行くと言い出したのだった。
「どうして?1人で出て行くのは危険ですよ!」
セナは色をなして反対した。
大声を出したせいで、絞められた首がまだズキズキと痛む。
あの時の恐怖と苦痛は、思い出しただけでも身の毛がよだつほど恐ろしい。
どんな事情があるのかは知らないが、あんな暴虐の前にこんな華奢な青年を差し出すようなことはできない。
セナは縋るように蛭魔を見た。
だが蛭魔は何も言わず、無表情にじっとセナを見ている。
「まぁレンと俺とは元々ギブアンドテイクの関係だ。止める理由もねぇ。」
蛭魔はさばさばした口調でそう言い出したとき、セナはついに怒りを爆発させた。
「そんなこと!ひどいじゃないですか!」
セナが蛭魔にくってかかろうとしたのを制したのは、レンだった。
「ひどい、のは、俺、です。このまま、だと。。。」
「せめて聞かせてくれねぇか?テメーの事情ってやつを」
蛭魔はセナの肩をポンと叩くと、レンにそう言った。
「このままじゃ俺たちも目覚めが悪りぃ。」
レンは困ったような表情で、立ち尽くしている。
「セナはテメーに間違えて殺されかけた。聞く権利あんだろ?」
そんな風に言われたら、この純粋な青年は断れないだろう。
セナは蛭魔の話術に感心しながら、レンの言葉を待った。
そしてレンの口から語られたレンの身の上話を聞いて、セナは決意した。
レンの想い人である青年、阿部隆也に会いに行こうと。
*****
阿部の弟シュンが入院する病院の喫茶室で、セナと阿部は向かい合っていた。
午後の早い時間で人も少なく、秘密の話をするにはちょうどよい。
「阿部さんはレンくんの力のことはご存知ですか?」
「ちから?」
「レンくんには未来を見通す能力がある。」
セナの言葉に、阿部はかすかに息を飲んだ。
だが少し考える表情になった後、また口を開く。
「はっきりとは知りません。でも何となくそんな想像はしていました。」
ため息混じりにそう答えた阿部は、セナにはひどく疲れているように見えた。
「レンくんの家は予知能力者の家系で、ある財閥系の一族に代々仕えて繁栄させているんだそうです。」
今レンが蛭魔にしているような情報の予知を、三橋家は生業としているのだという。
そしてレンは一族の中でも特に強い予知能力を持っており、後継者として養育された。
阿部はセナが語る説明を、黙って聞いていた。
気を落ち着けるためなのか、砂糖もミルクも入れないコーヒーをスプーンでかき回している。
「三星神社」
「え?」
「阿部さんとレンくんが出逢ったあの神社に祭られているのは、レンくんだったんです。」
神社の主は一族の当主が努め、後継者として選ばれた子供を祭る。
選ばれた子供は学校などにも通わず、大人になるまでは隔離された状態で過ごす。
ひたすら能力を高めるために、人と関わることも許されず、精神を磨く。
「あの神社、そんな名前だったんだ。」
阿部は渇いた笑いとともにそう言って、かき回しすぎて冷めてしまったコーヒーをようやく口に運んだ。
*****
「あの日、レンくんはあなたの死を見たんだそうです。」
「えっ?」
今まで冷静だった阿部が、初めて驚いた表情になった。
ここから先は阿部にとっては、残酷な話になる。
セナは覚悟を決めたように大きく息をつくと、また口を開いた。
「だからあなたを行かせたくなかった。」
そして一族の最大の禁をレンはしてしまった。
三橋家が仕える一族以外の者のために、阿部のために、能力を使ってしまったのだ。
レン自身は予知の後に気を失ってしまったが、阿部はそのことで足止めされた。
結果として、事故で死ぬはずだった阿部は生き残ってしまったのだ。
掟を破った者は抹殺するのが、また一族の掟だった。
レンは後継者の座から転落し、命を狙われることになった。
「そういえばあの日、レンの両親にいろいろ聞かれた。。。」
阿部はうわ言のように呟いた。
あの日レンの言うことに耳を貸さず、阿部がそのまま立ち去っていればレンは無事だった。
レンはあの時、自分の命をかけて阿部を救ったのだ。
それでも黙っていれば、誰が知ることもなく終わっていたかもしれない。
だが阿部は聞かれるままに、レンの両親に事の経緯を話してしまった。
つまり阿部のせいで、レンは全てを失い、その存在を抹殺される身になった。
「俺のせいで、レンが。。。」
阿部は目に見えて動揺していた。
顔色は蒼白で、唇が震えている。
セナは痛ましい気持ちで、阿部の様子を見ながらため息をついた。
*****
「事故の後、レンくんには別の未来が見え始めたそうです。」
阿部は表情が抜け落ちたような顔で、それでもセナの話を聞いている。
未来の予知というものは非常に不確定要素が多いのだ、とレンは言っていた。
ちょっとしたことで、今まで見えていた未来がガラリと変わるのだという。
特に予知の内容を誰かに告げたりすると、告げられた者はそれによって行動が変わる。
それによって今まで見えていた映像がプツリと消えて、違うものが見え始めたりする。
事故の直後に、レンには見えた。
両親が亡くなり、寝たきりの弟が残され、必死に働く阿部が。
レンは阿部にしてあげられることを懸命に考えた。
そして辿り着いた結論は、自分の命を金に変えることだった。
今となってはただ1つのレンの武器は予知能力だけだ。
これを使って、逃げて逃げて、逃げまくる。
一族の者たちは、レンの意図にいつか気が付くはずだ。
阿部兄弟の生活の安全を望むレンを殺すために、どうすればいいか。
レンの抹殺を阿部に託し、その代償に阿部の望むものを渡せばいい。
それならばレンは、逃げないはずだと。
「だからレンくんは、あなたに殺されるために必死に逃げているんです。」
阿部は目に力を入れ、歯を食いしばるようにして、懸命に涙を堪えていた。
セナもまたレンの身の上を話しながら、うっすらと涙ぐんでいる。
*****
「蛭魔さんはレンくんと同様、あなたと弟さんを保護してもいいと言っています。」
セナがいよいよ本題である話を切り出した。
涙を隠すように下を向いてしまった阿部が、顔を上げる。
セナは涙で潤んだ阿部の目を真っ直ぐに見ながら、話を続けた。
もうすぐ阿部が自分を殺しに来るから、余計な迷惑をかけたくない。
その前に別れようとレンは言った。
だが蛭魔はレンがもたらす情報から得る利益を考えれば、阿部兄弟の生活の保障をしても安いと言った。
もちろんそれも事実なのだろう。
だがそれ以上に、蛭魔もレンを気に入っているのだろうとセナは思う。
レンは蛭魔は元々自分を捕らえに来た人間だと言っていたが、きっと違う。
本当は蛭魔も阿部と同じように、三橋家に雇われてレンを殺しに来たのだろう。
だがレンを見て、あの覚悟を秘めた綺麗な目を見て、殺せなくなった。
特にそんな話もしていないし、確証もないが、多分間違いないとセナは考えていた。
「それで。レンは?」
ついに堪えきれずに、阿部の目から涙があふれた。
問う声は弱々しく掠れて、震えている。
「レンくんの言葉をそのまま伝えます。」
言うべきことはこれが最後だ。
セナは最後に大きく息を吸うと、間違えずに伝えなくてはと拳を握り締めた。
阿部くんに全てをまかせます。
俺の命を、阿部くんと弟さんのために使ってください。
セナの口を使って語られたレンの言葉を聞いた途端、阿部は声を上げて泣き出した。
*****
「助けてください。弟も。レンも。」
しばらく激情のままに泣き、ようやく喋れる状態になった阿部はそう言った。
それを聞いて、セナはホッとして顔を綻ばせた。
渋るレンと蛭魔を説得して、セナは1人で阿部に会いに来た。
いくらレンの想い人であっても、阿部は三橋家に雇われたいわば「敵」。
危険であるからと散々止められた。
それでも来たのは、レンのためだ。
阿部を想い、阿部の弟を気遣い、蛭魔の仕事のことまで配慮し、巻き込まれたセナを心配する。
そんな健気なレンの幸せを心から願うからだった。
阿部の涙に濡れた目を見て、彼の気持ちもまた真実なのだと思う。
レンを心から想いながら、弟を人質に取られた状態で苦悩している。
でも蛭魔の元へ来れば、万事いい方向へ向かうだろう。
とりあえず身辺を整理して、数日のうちに蛭魔の事務所兼住居を訪ねる。
阿部はそう言って、弟を見舞うために立ち上がった。
セナはその後ろ姿を、晴れ晴れとした気持ちで見送った。
この時セナはこれで終わりだと思っていた。
だがすぐに、新たな幕開けだったのだと思い知ることになる。
【続く】