アイシ×おお振り【お題:敵同士10題】
【お互いの立場】
阿部は差し出された紙片を受け取った。
そこにはある住所とそこの住人の名前が記されていた。
「ひるま、よういち?」
阿部は書かれている名前を音読した。
「そうだ。蛭魔妖一。その男がレンを匿っている。」
阿部が立っているのは、まるで大会社の社長室のような部屋だった。
高級そうな広いライティングデスクと、ゆったりとしたデザイナーズチェア。
その椅子に深く腰を下ろした老人が、阿部の雇い主だ。
「蛭魔は裏の世界では有名な男だ。信じて任せたのに、まさかレンと手を組むとは。」
老人が忌々しげに呟くと、するどい眼光で阿部を見据えた。
「レンに蛭魔の能力が加わったら、並大抵のことでは目的を果たすことはできない。」
老人は厳しい口調でさらにそう言い放つ。
デスクを挟んで老人と向かい合うように立つ阿部は、表情1つ変えない。
「ではその場所へ行ってくれ。君ならレンは抵抗しない。蛭魔に手出しをさせないだろう。」
阿部は恫喝するようなその言葉に、短く「はい」と答えた。
もう決めたことだ。この老人に魂まで売り渡した。
だからレンのことで何を聞かされても、感情が動くことなどあってはならない。
「弟の安全と生活は保障してもらえるんですよね。」
「もちろんだ。」
阿部は唯一の望みを、老人に念押しした。
そしてその確約を得ると「はい」と大きく頷いたのだった。
*****
阿部とレン-三橋廉が出逢ったのは、今から3年前。
阿部が高校に入学したばかりの頃だ。
自宅に近い高校へ通っていた阿部は、徒歩で通学していた。
レンはいつもその途中にある神社にいた。
部活の朝練のために、早朝にその神社を突っ切って高校へ向かう。
レンは白衣に赤い袴という巫女の装束だった。
竹箒で掃き掃除をしていたり、雑巾を手に鳥居や燈籠や手水舎を清めていたり。
その様子はひどく丁寧で、何か崇高に見えた。
何回か見かけるうちに、そのうちに挨拶を交わすようになった。
目を合わせて「おはよう」と声を掛け合い、笑う。
その時まで、阿部はレンのことを少女だと思っていた。
だから初めてその声を聞いたとき、それが少年のものであるとわかり、ひどく驚いた。
だが伏し目がちの笑顔はやわらかくて、仕草は可憐で、すべてを含めて可愛いと思った。
お互いの名前も知らず、ただ朝の挨拶を交わすだけの関係。
今にして思えば、あの頃が一番幸せだったと阿部は思う。
2人の関係にまだ名前はなく、お互いの立場なんて考えたこともなく。
顔を見るだけで、満たされている気分になった。
*****
レンと挨拶以外の話をするようになってから、阿部は何かおかしいと思い始めた。
普通に生きているなら誰もが持っている世俗的なものが、レンからはまったく感じ取れなかったからだ。
まずは名前を聞き、年齢を聞く。
レンの誕生日は阿部より半年早いだけで、年齢は1つ年上だが同じ学年のはずだった。
それに阿部の家から徒歩で数分ほどのこの神社の息子で、ここに住んでいるのだと言う。
あれ?と思った。
だったら通っている小学校や中学校は同じはずで、顔くらいは記憶にあってもおかしくない。
もしかして私立の学校に通っていたのか?
だから聞いたのだ。小学校はどこ?中学は?と。
レンは何も答えなかった。
それでもまだ阿部はどこか悠長に考えていた。
途切れてしまった話を再び紡ぐために、阿部はいくつもの話題を投げた。
流行っている音楽とか、プロ野球やサッカーの話、近所の安くて美味しい店とか、コンビニの新商品など。
だがレンはやはり何も答えない。
あえて答えないのではなくて、答えられないのだ。
何か言いたい様子で唇を震わせながら、戸惑うレンからそれがわかった。
レンはずっと学校に通っておらず、一般常識や勉強などは親から教わっていること。
生まれてからただの一度も、神社の敷地内から出たことがないこと。
親族以外の人間で話をしたのは、阿部だけであること。
それらの事実を聞かされたのは、つい最近のことだ。
そのときには何か変だと思いながらも、それでもレンに惹かれる自分を止められなかった。
*****
そしてあの事故の日。
その日は連休で、家族で自宅からさほど遠くない観光地へと旅行に出ることになっていた。
高校生にもなれば、家族旅行など面倒だ。
部活の練習を理由に何とか逃れようとしたが、母親に泣き落とされた。
あんたもシュンちゃんも学校や部活が忙しくてなかなか合わないんだから、たまにはいいじゃない。
そんな風に言われて、目に涙など浮かべられたら、もうかなわない。
こうして阿部家は、父親の運転する自動車で遠出することとなった。
出発の日の直前、阿部は神社に行った。
今日から3日間旅行で会えないけど、4日後にまた来るから。
レンにそう告げる。
だがレンはひどく取り乱して、阿部に縋り付いたのだった。
お願い、行かないで。
好きなんだ、阿部くんのことが。だから。
そう言いながら、レンは阿部に抱きついて離れない。
その様子があまりにも儚げで、頼りなげで。
そして愛おしくて、誰よりも大切で、守りたいと思った。
阿部はレンを抱き締めて、唇を重ねていた。
俺も好きだよ、レン。
でも家族旅行だから。すぐに帰るから。
唇を離して、レンの髪を撫でてやる。
だがレンは譲らなかった。
行ったらもう戻って来られない。もう会えないからダメだ。
レンは阿部の腕の中で、狂ったように叫ぶ。
どういう意味だ?
阿部がその言葉の意味を聞こうとしたとき、レンは阿部の腕の中で意識を失っていた。
*****
さすがにこれは放ってはおけない。
友だちが倒れたから、一緒に行けなくなった。
後から電車で追いかけるから、先に言ってくれ。
阿部は母親に電話して、そう言った。
そしてレンを抱きかかえて、神社の敷地内にある自宅であろう家屋に向かう。
初めて会うレンの両親は、阿部を見てひどく驚いた様子だった。
よくある発作だから、とレンの母親が言う。
病気なんですか?と問い返したが、レンの両親は曖昧に笑う。
そして逆に阿部のことを根掘り葉掘り訊ねてくる。
阿部の名前や素性。
レンと知り合ったのはいつか?
どんな話をしたのか?
そして今日は何があったのか?
阿部はほとんどありのまま答えた。
住所、名前、高校生であること。
知り合ったのは3ヶ月ほど前。
挨拶を交わすようになり、雑談のような会話をした。
そして今日、旅行に行くなと言われたこと。
唯一話さなかったのは、お互い好きだと言い、唇を重ねたことだけだ。
神社を出て、両親と弟を追いかけるべく、早足で帰宅した。
そしてまさに家を出ようとしたその瞬間、父親が運転する自動車が事故に遭ったという電話を受けた。
*****
そこから阿部の生活は一転した。
両親はあの事故でこの世を去り、唯一生き残った弟は後遺症で苦しんでいる。
事故は阿部の父親に過失があったということで、保険金はほとんど下りなかった。
両親が残した貯金も家も、ほとんどが事故の相手への補償に消えた。
阿部は高校を中退して働き始めたのだった。
脊髄を損傷してしまった弟には、莫大な治療費がかかる。
働いて、生活費を切り詰めて、それでもまだ足りない。
阿部は何も考える余裕がなくなった。
毎日クタクタになるまで働いて、眠る前のほんの一瞬だけレンのことを想う。
あの事故以降、あの神社には行っていない。
事故直後の目まぐるしい悪夢のような日々、そして今の自分をすり減らすように働く日々。
とてもレンに会って、話をするような余裕などなかった。
レンはどうしているだろう。
あの時、レンは何が言いたかったのだろう。
そして阿部がレンを無視して車に乗っていたら、どうなっていただろう。
蟻地獄のようにあがき、終わりの見えない日々を送る。
徐々に無気力になっていく阿部に救いの手を差し伸べたのは意外な人物。
あの神社の主で、レンの祖父だと名乗る老人だった。
老人は阿部兄弟の今後の生活と、弟の治療費を一切負担すると請け合った。
そのかわりに阿部に出した条件は、たった1つ。
老人の孫であり、阿部が大事に思うあの少年、レンを殺すことだった。
*****
「阿部くん?」
過去の記憶の中に沈み黙り込んでしまった阿部に、三橋老人が怪訝そうに声をかけた。
慌てて我に返った阿部は「すみません」と小さく答える。
「レンのところに行く前に、弟を見舞ってもかまいませんか?」
そう問いかけた阿部に、老人は頷いた。
レン、俺はずっとおまえのことが好きだったよ。
部屋を退出した阿部は、1人歩きながらレンのことを思う。
今にして思えば、あれは遅すぎた初恋だった。
でももう遅い。
思いもかけない事故のせいで、阿部の運命は大きく変わった。
なぜ、どうして、俺が。俺の家族が。
毎日毎日そう思い、夜な夜な悔し涙で枕を濡らした。
そのせいなのだろうか?
レンの実の祖父である三橋老人がレンを殺そうとしているのに、もうなぜと問う気力さえわかない。
想い人から殺人者へ。
お互いの立場があまりにも変わってしまったことにも、涙すら出ない。
最後に弟に会って、それからレンを殺しに行く。
それしか弟を助ける術はない。
本当はレンを殺した後、一緒に死んでしまいたい。
だがそうしたら、弟は天涯孤独になってしまう。
だからレンを殺した罪を背負いながら、弟を守っていこう。
阿部は諦めたように目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、巫女の装束で花のように笑うレンの姿だった。
【続く】
阿部は差し出された紙片を受け取った。
そこにはある住所とそこの住人の名前が記されていた。
「ひるま、よういち?」
阿部は書かれている名前を音読した。
「そうだ。蛭魔妖一。その男がレンを匿っている。」
阿部が立っているのは、まるで大会社の社長室のような部屋だった。
高級そうな広いライティングデスクと、ゆったりとしたデザイナーズチェア。
その椅子に深く腰を下ろした老人が、阿部の雇い主だ。
「蛭魔は裏の世界では有名な男だ。信じて任せたのに、まさかレンと手を組むとは。」
老人が忌々しげに呟くと、するどい眼光で阿部を見据えた。
「レンに蛭魔の能力が加わったら、並大抵のことでは目的を果たすことはできない。」
老人は厳しい口調でさらにそう言い放つ。
デスクを挟んで老人と向かい合うように立つ阿部は、表情1つ変えない。
「ではその場所へ行ってくれ。君ならレンは抵抗しない。蛭魔に手出しをさせないだろう。」
阿部は恫喝するようなその言葉に、短く「はい」と答えた。
もう決めたことだ。この老人に魂まで売り渡した。
だからレンのことで何を聞かされても、感情が動くことなどあってはならない。
「弟の安全と生活は保障してもらえるんですよね。」
「もちろんだ。」
阿部は唯一の望みを、老人に念押しした。
そしてその確約を得ると「はい」と大きく頷いたのだった。
*****
阿部とレン-三橋廉が出逢ったのは、今から3年前。
阿部が高校に入学したばかりの頃だ。
自宅に近い高校へ通っていた阿部は、徒歩で通学していた。
レンはいつもその途中にある神社にいた。
部活の朝練のために、早朝にその神社を突っ切って高校へ向かう。
レンは白衣に赤い袴という巫女の装束だった。
竹箒で掃き掃除をしていたり、雑巾を手に鳥居や燈籠や手水舎を清めていたり。
その様子はひどく丁寧で、何か崇高に見えた。
何回か見かけるうちに、そのうちに挨拶を交わすようになった。
目を合わせて「おはよう」と声を掛け合い、笑う。
その時まで、阿部はレンのことを少女だと思っていた。
だから初めてその声を聞いたとき、それが少年のものであるとわかり、ひどく驚いた。
だが伏し目がちの笑顔はやわらかくて、仕草は可憐で、すべてを含めて可愛いと思った。
お互いの名前も知らず、ただ朝の挨拶を交わすだけの関係。
今にして思えば、あの頃が一番幸せだったと阿部は思う。
2人の関係にまだ名前はなく、お互いの立場なんて考えたこともなく。
顔を見るだけで、満たされている気分になった。
*****
レンと挨拶以外の話をするようになってから、阿部は何かおかしいと思い始めた。
普通に生きているなら誰もが持っている世俗的なものが、レンからはまったく感じ取れなかったからだ。
まずは名前を聞き、年齢を聞く。
レンの誕生日は阿部より半年早いだけで、年齢は1つ年上だが同じ学年のはずだった。
それに阿部の家から徒歩で数分ほどのこの神社の息子で、ここに住んでいるのだと言う。
あれ?と思った。
だったら通っている小学校や中学校は同じはずで、顔くらいは記憶にあってもおかしくない。
もしかして私立の学校に通っていたのか?
だから聞いたのだ。小学校はどこ?中学は?と。
レンは何も答えなかった。
それでもまだ阿部はどこか悠長に考えていた。
途切れてしまった話を再び紡ぐために、阿部はいくつもの話題を投げた。
流行っている音楽とか、プロ野球やサッカーの話、近所の安くて美味しい店とか、コンビニの新商品など。
だがレンはやはり何も答えない。
あえて答えないのではなくて、答えられないのだ。
何か言いたい様子で唇を震わせながら、戸惑うレンからそれがわかった。
レンはずっと学校に通っておらず、一般常識や勉強などは親から教わっていること。
生まれてからただの一度も、神社の敷地内から出たことがないこと。
親族以外の人間で話をしたのは、阿部だけであること。
それらの事実を聞かされたのは、つい最近のことだ。
そのときには何か変だと思いながらも、それでもレンに惹かれる自分を止められなかった。
*****
そしてあの事故の日。
その日は連休で、家族で自宅からさほど遠くない観光地へと旅行に出ることになっていた。
高校生にもなれば、家族旅行など面倒だ。
部活の練習を理由に何とか逃れようとしたが、母親に泣き落とされた。
あんたもシュンちゃんも学校や部活が忙しくてなかなか合わないんだから、たまにはいいじゃない。
そんな風に言われて、目に涙など浮かべられたら、もうかなわない。
こうして阿部家は、父親の運転する自動車で遠出することとなった。
出発の日の直前、阿部は神社に行った。
今日から3日間旅行で会えないけど、4日後にまた来るから。
レンにそう告げる。
だがレンはひどく取り乱して、阿部に縋り付いたのだった。
お願い、行かないで。
好きなんだ、阿部くんのことが。だから。
そう言いながら、レンは阿部に抱きついて離れない。
その様子があまりにも儚げで、頼りなげで。
そして愛おしくて、誰よりも大切で、守りたいと思った。
阿部はレンを抱き締めて、唇を重ねていた。
俺も好きだよ、レン。
でも家族旅行だから。すぐに帰るから。
唇を離して、レンの髪を撫でてやる。
だがレンは譲らなかった。
行ったらもう戻って来られない。もう会えないからダメだ。
レンは阿部の腕の中で、狂ったように叫ぶ。
どういう意味だ?
阿部がその言葉の意味を聞こうとしたとき、レンは阿部の腕の中で意識を失っていた。
*****
さすがにこれは放ってはおけない。
友だちが倒れたから、一緒に行けなくなった。
後から電車で追いかけるから、先に言ってくれ。
阿部は母親に電話して、そう言った。
そしてレンを抱きかかえて、神社の敷地内にある自宅であろう家屋に向かう。
初めて会うレンの両親は、阿部を見てひどく驚いた様子だった。
よくある発作だから、とレンの母親が言う。
病気なんですか?と問い返したが、レンの両親は曖昧に笑う。
そして逆に阿部のことを根掘り葉掘り訊ねてくる。
阿部の名前や素性。
レンと知り合ったのはいつか?
どんな話をしたのか?
そして今日は何があったのか?
阿部はほとんどありのまま答えた。
住所、名前、高校生であること。
知り合ったのは3ヶ月ほど前。
挨拶を交わすようになり、雑談のような会話をした。
そして今日、旅行に行くなと言われたこと。
唯一話さなかったのは、お互い好きだと言い、唇を重ねたことだけだ。
神社を出て、両親と弟を追いかけるべく、早足で帰宅した。
そしてまさに家を出ようとしたその瞬間、父親が運転する自動車が事故に遭ったという電話を受けた。
*****
そこから阿部の生活は一転した。
両親はあの事故でこの世を去り、唯一生き残った弟は後遺症で苦しんでいる。
事故は阿部の父親に過失があったということで、保険金はほとんど下りなかった。
両親が残した貯金も家も、ほとんどが事故の相手への補償に消えた。
阿部は高校を中退して働き始めたのだった。
脊髄を損傷してしまった弟には、莫大な治療費がかかる。
働いて、生活費を切り詰めて、それでもまだ足りない。
阿部は何も考える余裕がなくなった。
毎日クタクタになるまで働いて、眠る前のほんの一瞬だけレンのことを想う。
あの事故以降、あの神社には行っていない。
事故直後の目まぐるしい悪夢のような日々、そして今の自分をすり減らすように働く日々。
とてもレンに会って、話をするような余裕などなかった。
レンはどうしているだろう。
あの時、レンは何が言いたかったのだろう。
そして阿部がレンを無視して車に乗っていたら、どうなっていただろう。
蟻地獄のようにあがき、終わりの見えない日々を送る。
徐々に無気力になっていく阿部に救いの手を差し伸べたのは意外な人物。
あの神社の主で、レンの祖父だと名乗る老人だった。
老人は阿部兄弟の今後の生活と、弟の治療費を一切負担すると請け合った。
そのかわりに阿部に出した条件は、たった1つ。
老人の孫であり、阿部が大事に思うあの少年、レンを殺すことだった。
*****
「阿部くん?」
過去の記憶の中に沈み黙り込んでしまった阿部に、三橋老人が怪訝そうに声をかけた。
慌てて我に返った阿部は「すみません」と小さく答える。
「レンのところに行く前に、弟を見舞ってもかまいませんか?」
そう問いかけた阿部に、老人は頷いた。
レン、俺はずっとおまえのことが好きだったよ。
部屋を退出した阿部は、1人歩きながらレンのことを思う。
今にして思えば、あれは遅すぎた初恋だった。
でももう遅い。
思いもかけない事故のせいで、阿部の運命は大きく変わった。
なぜ、どうして、俺が。俺の家族が。
毎日毎日そう思い、夜な夜な悔し涙で枕を濡らした。
そのせいなのだろうか?
レンの実の祖父である三橋老人がレンを殺そうとしているのに、もうなぜと問う気力さえわかない。
想い人から殺人者へ。
お互いの立場があまりにも変わってしまったことにも、涙すら出ない。
最後に弟に会って、それからレンを殺しに行く。
それしか弟を助ける術はない。
本当はレンを殺した後、一緒に死んでしまいたい。
だがそうしたら、弟は天涯孤独になってしまう。
だからレンを殺した罪を背負いながら、弟を守っていこう。
阿部は諦めたように目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、巫女の装束で花のように笑うレンの姿だった。
【続く】