アイシ×おお振り×セカコイ【お題:囚われたお題】
【あたたかい】
「すごい!美人がこれだけ並ぶと迫力あるね!」
現れた青年は、開口一番、叫んでいた。
高野と律、羽鳥と千秋は、返す言葉も見つからず、曖昧に頭を下げていた。
幾多の煩雑な手続きを終えて、一行は渡米していた。
もちろん滞在先は、蛭魔たちの住居兼事務所だ。
しばらく不在だったせいで、多少室内は埃っぽい。
だが広くて明るい建物は、新たな客を歓迎しているように見えた。
その青年が現れたのは、渡米した翌日のことだ。
ちょうど変装のために髪を染めていた蛭魔と阿部が、元の髪色に戻したばかり。
律と千秋が呆然と2人の変貌に驚いていた時、ドアホンが鳴った。
青年はどうやら彼らが日本に行き、戻ってきたのを知っているのだろう。
現れるなり「お帰り!」とレンに抱き付いた。
そして高野たち、新しい顔ぶれを見回して「美人だ」と感心している。
「どうも。阿部の弟のシュンです!」
ようやく自己紹介をした青年に、高野と羽鳥が「はぁぁ?」と声を上げる。
レンによくなついているから、てっきりレンの弟だと思ったのだ。
だが阿部は苦虫を噛み潰したような顔で、レンにまとわりつくシュンを見ている。
そこに何だか微妙な三角関係の片鱗が見えて来たが、気付かない振りをする。
そしてシュンの手土産の菓子で、コーヒータイムになった。
「今は大学生なんで、学生寮にいるんです。」
シュンは笑顔で自分の立場を説明する。
かつて彼もまた、能力者を取り巻く陰謀に巻き込まれたことがあること。
事故で長く寝たきりの生活だったが、手術とリハビリで元の生活に戻れたこと。
つらい過去をさらりと語る青年の笑顔は、あたたかい。
「高野さんと羽鳥さんがトラブルシューターに?美人過ぎて目立っちゃうんじゃない?」
シュンが高野と羽鳥の秀麗な顔立ちを見比べながら、そう言った。
派手なこともあるが、概ね人知れず動くことが多いのがトラブルシューターだ。
印象に残る美貌では、業務に差し障ると考えたのだろう。
だがすぐに「蛭魔さんも美人だし、大丈夫か」と独りごちる。
そして「タカ兄は関係ないけど」と澄ました顔で付け加えた。
「まぁまぁシュン君、コーヒー、もう1杯どう?」
「いただきます。セナさん!」
シュンはセナに空になったカップを差し出す。
その屈託のない明るさは、日本での殺伐とした日々を癒してくれるようだ。
憮然としている阿部だって、目の奥が笑っている。
「ずっと笑って生きようと思ってます。寝たきりの間泣いてた分を取り返さなきゃ!」
シュンは別れ際に、力強くそう言った。
そして一同を大いに楽しませて、学生寮へと帰って行った。
*****
「お前はこれからどうするんだ?」
「英会話、頑張る!」
羽鳥は真面目な顔でそう答えた千秋に苦笑する。
将来のことを聞いたつもりだったのだが、目先のことで手一杯の様子の千秋がかわいいと思った。
「このままここで暮らすのか?仕事はどうする?」
「あ、そっち?」
さらに問いかけたことで、千秋は答えを間違えたことに気が付いた。
キョトンと小首を傾げる様子は、まるで少年のようだ。
夕食を終え、後は寝るばかりの2人は、羽鳥に与えられた部屋にいた。
千秋にも部屋はあるのだが、どちらからともなく同じ部屋で休むことになった。
もっともそれは羽鳥たちだけでなく、他の面々も同じだ。
夜は愛する者とあたたかい時間を共有したいと考えるのは、羽鳥たちだけではないのだろう。
「俺も一緒にトラブルシューターやりたいな。」
「・・・お前が?」
意外な申し出に、羽鳥は一瞬言葉が出なかった。
この華奢で一見弱々しそうな青年が、トラブルシューター?
しかも今回の一件では、むしろトラブルを引き起こす側にいたというのに。
「まぁ透視能力は役に立つかもしれないが」
「いや、もう能力は使いたくないんだ。」
「・・・」
羽鳥はまたしても言葉に詰まった。
今の千秋は、もう力を集中させなければ物が透けて見えることはないという。
レンが辛抱強くトレーニングをしてくれたおかげだ。
その途端、体調もよくなり、性格も明るくなった。
そんな千秋がやりたいというなら、応援したい気持ちはもちろんある。
だがやはりどう考えても、千秋がトラブルシューターに向いているとは思えない。
清掃会社で働いていた頃だって、真面目だけど不器用だった。
何よりも羽鳥の精神衛生面を考えたら、無理だ。
トラブルシューターは普通の仕事に比べたら、危険も大きいのだ。
恋人がそんな仕事をするなんて、耐えられない。
そこまで考えて、羽鳥は「あれ?」と思う。
羽鳥と千秋の関係は、恋人でいいのだろうか。
千秋が失踪するまでは、2人の関係は仕事上の上司と部下だった。
気になる存在ではあったが、まだ恋人ではなかったのだ。
だが千秋が拉致されて、大事な存在であることを思い知って、千秋を奪還した。
それですっかり恋が成就した気になっていたが、口に出して想いを告げてはいない気がする。
「あのな、千秋」
「なあに?」
羽鳥はそれを確認しようとして、またしても言葉が出ずに戸惑う。
何だか妙、というか違う気がするのだ。
今更告白するのも、ひどく間が抜けている。
要はすっかりタイミングを外してしまったということだ。
「とりあえず、英会話、頑張れ」
「うん!」
誤魔化すような羽鳥の言葉だったが、千秋は気づかなかったようだ。
羽鳥はホッと胸をなで下ろすと、今するべきことを考える。
とにかくこんがらがった順番を正すことから始めなければならない。
この2人の恋は他のメンバーより、少し遅れを取っているようだ。
*****
「シュン君って面白い子ですね。」
律の屈託のない笑顔に、高野の心も和んだ。
こんな無邪気な表情は、再会してから初めて見るかもしれない。
羽鳥と千秋が寛ぐその隣の部屋で、高野と律も同様に寛いでいた。
蛭魔は高野と羽鳥に「壁はしっかり防音だから」とこっそり耳打ちして、笑っていた。
そんなつもりはなかったのに、余計なことを言われて妙に意識してしまう。
高野は邪な情欲を振り払うように、何とか話題を絞り出していた。
「お前、しばらく事務所の雑用をするんだって?」
「はい。まだ力が暴走しないって自信がなくて。」
律は高野の問いに、礼儀正しく答える。
高野は何度もタメ口でかまわないと言ったのだが、律は「慣れなくて」と苦笑する。
理不尽な監禁によって止められてしまった律の時間。
それを進めるのは、思っているよりずっと大変な作業なのだろう。
「事務所で家事をしようと思って、セナに料理を習うことにしたんです。でも。」
律は高校時代に、夏休みを利用して語学留学をしたことがある。
だから千秋のように言葉の心配はなかった。
発火能力も、レンとセナがトレーニングをしてくれたおかげでかなり制御できるようになった。
それでもまだ外に出る勇気がでないのは、無理もないことだった。
「でも。。。何だ?」
「シュン君の話を聞いてたら、俺も大学に行きたくなりました。」
律の少し寂しげな声色に、高野の心が軋んだ。
大学受験の発表の日に、拉致されてしまった律。
2人で同じキャンパスを歩こうという夢は、果たされることなく終わってしまったのだ。
「そうなるとやっぱり、仕事してお金貯めないと。。。」
「金なら出してやる。だから。。。」
「そういうのはよくありません!」
律が行きたいなら大学の学費を出すことなど何でもない。
恋人なのだし、会社員時代の貯金もある高野としては、ごく当たり前だと思う。
だが律は、思いもかけない強い口調で反論した。
「ちゃんと自分の力で、行きたいんです。」
「別に出世払いでいいんじゃねーの?」
「出世する目途も立たないのに、出世払いなんてできるわけありません。」
「じゃあ貸してやるから」
「ダメです!自分のわがままのためにお金を借りるなんて」
高野は思いもよらない展開に、ただただ驚くしかなかった。
高校時代の律は育ちがよくておっとりしたお坊ちゃんという印象だったのに。
実は芯が強いことは知っていたが、こんなにも頑固な性格だったとは。
「とりあえず働くより、奨学金を狙ったらどうだ?」
「・・・それは合理的ですね。」
ようやく2人の論争に着地点が見つかって、高野はホッとする。
そして今更ながらにこういう恋人らしい時間を積み重ねることができなかったことが悔しい。
「頑張れよ。応援してやるから。」
「ありがとうございます。」
またしても無邪気な笑みに、高野は思わず律を引き寄せ、抱きしめる。
あたたかい恋人の身体は、2人が新たに恋人としての時間を刻み始めたことを実感させてくれた。
*****
「今回、も、どうにか、切り抜けた、ね。」
レンはため息まじりに、ポツリと呟いた。
阿部はその口調から、レンの苦悩を感じ取っていた。
新しい仲間が増えて、事務所は楽しい雰囲気に満ちている。
だがレンはその影でいつも苦しんでいた。
なぜなら8人が集まるきっかけになったのは、全部三橋家が起こした暴挙がきっかけだ。
そしていくら決別しても、三橋家はレンの実家であるのは変わらない。
どうしても自分のせいで、みんなの人生を狂わせたという負い目が消えないのだ。
誰もレンを恨んでいないし、みんながそれなりに幸せを感じている。
レンだってそれをよく理解しているのだが、簡単に割り切れるものではない。
「自分の力、自分の為、だけに、使って、いいのか、な。」
レンはまたポツリと呟く。
阿部はゆっくりと「何?」と聞き返した。
吃音気味で言葉が足りないレンの心を知るために、手間は惜しまない。
「俺も、力、使って、お金儲け、してる。三橋の家、と、同じ。」
「同じじゃねーよ!」
レンの気持ちを理解した阿部は、思わず声を荒げていた。
その剣幕にレンが怯んだのを見て、慌てて「ゴメン」と小さく詫びる。
レンは蛭魔と組んで、株やFXなどをして設けている。
予知能力はそのための強力な武器だ。
レンはそのことと、家を守るために三橋家がしたことを同じと言っているのだ。
自分たちの地位や財産のために、能力を駆使することが正しいのかどうか迷っているのだろう。
「レンの予知で儲かった金で、律や千秋を救出できたんだ。」
阿部は力強く、そう言った。
旅費や偽造パスポートの入手、ホテル滞在費、そしてその間の諸経費。
それらの費用はレンと蛭魔が儲けた金から捻出されている。
つまり能力で恩恵も受けているが、代償も払っているのだ。
決して三橋家のように、私利私欲だけではない。
「大丈夫。俺たちは道を踏み外してなんかいない。」
阿部が安心させるように、きっぱりとそう告げた。
レンは小さく「そ、だね」と頷いてくれた。
「ちなみに律と千秋はどうなるか、見えるのか?」
「2人、とも、学生さんに、なる。」
「学生?」
「律は、大学。千秋、は、語学、学校。」
もちろんレンは同じ屋根の下で、律や千秋が恋人に語っている内容を知らない。
だが新たな道へ足を踏み出す2人の能力者と、彼らを支える恋人たちの未来が見えるのだ。
「なぁ、蛭魔と高野と羽鳥は美人で、俺だけ関係ないって思うか?」
阿部は唐突に話題を変えた。
実はシュンが話したことを、密かに気にしている。
レンに顔で惚れられたとは思っていないが、一応確認しておきたくなった。
「だい、じょ、ぶ。阿部、く、タレ、目、だけど、カ、カッコ、いい。」
「ひときわドモってるな。」
レンのフォローが微妙過ぎて、阿部はガックリと肩を落とした。
当のレンは困ったように、生あたたかい視線を泳がせている。
*****
「寝たか?」
蛭魔はそっと問いかけたが、返事はない。
セナは部屋に入るなり、ベットに倒れ込んで眠ってしまったようだ。
みんなが前に向かって進みだす中、唯一立ち止まっているのがセナだ。
セナはみんなの前では平気な顔をしているが、実はかなり消耗している。
さすがにアメリカ-日本間の瞬間移動は堪えたようだ。
しかも戻るときには、レンを抱えて移動するという離れ業をやってのけた。
だからこうして蛭魔の部屋か自分の部屋にいるときには寝てばかりだ。
「無茶、させすぎたか」
蛭魔は誰も聞いていないのをいいことに、肩を落とす。
リーダー的な存在である蛭魔は、人前で弱音を吐くことはしない。
セナの前ですら、弱い自分は極力見せないようにしている。
だが蛭魔にとっては、本当に反省することが多いミッションだったのだ。
結果的には律と千秋を奪還して、三橋家の動きを封じることができた。
だがその過程は、全然思うようにならなかった。
様々なケースを想定して、何種類もシナリオを用意していたのに。
その最大の要因は、セナが瞬間移動して日本に来てしまったことだ。
おかげで律と千秋の奪還は容易にできたが、作戦の鍵を握るレンが捕えられてしまった。
まったくよく上手くいったものだと、今考えても冷汗が出る。
「あまり、心配させてくれるな」
蛭魔はベットに腰かけると、そっとセナの髪をなでた。
これからも能力者たちのために戦うときがくるのかもしれない。
その時にまたセナに、こんな風に無理をさせることになるのだろうか。
それは想像しただけで、ウンザリと気が重くなる想像だった。
「あれ、すみません。寝ちゃってました。」
髪をなでられる気配で、目を覚ましたのだろう。
セナが重そうな瞼を上げて、蛭魔を見上げている。
蛭魔はすぐに何でもない表情で「いいから寝てろ」と声をかける。
だがセナは首を振って「ごめんなさい」と小さく呟いた。
「何をあやまっている?」
「作戦、たいぶ狂ったでしょ?僕が勝手に瞬間移動なんかしたから」
「それはお前が気にすることじゃない。」
「心配もかけちゃったから。。。次はもっとうまく。。。」
セナは喋りながらまた目を閉じて、眠りに落ちてしまった。
蛭魔はその見事な爆睡っぷりに、唖然とする。
だがセナはお構いなしに、夢の世界へ旅立ったようだ。
まったくかなわない。セナには全部お見通しだ。
蛭魔がリーダーとしての立ち位置と、セナへの想いの板挟みで苦悩している。
そんな隠しているつもりの思いをあっさりと看破し、一緒に背負おうとしてくれるのだ。
「早く、体調戻せよ。」
蛭魔はそっと指を伸ばすと、セナの頬に触れた。
健やかであたたかい寝息は、蛭魔に何にも負けない勇気を与えてくれる。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
「すごい!美人がこれだけ並ぶと迫力あるね!」
現れた青年は、開口一番、叫んでいた。
高野と律、羽鳥と千秋は、返す言葉も見つからず、曖昧に頭を下げていた。
幾多の煩雑な手続きを終えて、一行は渡米していた。
もちろん滞在先は、蛭魔たちの住居兼事務所だ。
しばらく不在だったせいで、多少室内は埃っぽい。
だが広くて明るい建物は、新たな客を歓迎しているように見えた。
その青年が現れたのは、渡米した翌日のことだ。
ちょうど変装のために髪を染めていた蛭魔と阿部が、元の髪色に戻したばかり。
律と千秋が呆然と2人の変貌に驚いていた時、ドアホンが鳴った。
青年はどうやら彼らが日本に行き、戻ってきたのを知っているのだろう。
現れるなり「お帰り!」とレンに抱き付いた。
そして高野たち、新しい顔ぶれを見回して「美人だ」と感心している。
「どうも。阿部の弟のシュンです!」
ようやく自己紹介をした青年に、高野と羽鳥が「はぁぁ?」と声を上げる。
レンによくなついているから、てっきりレンの弟だと思ったのだ。
だが阿部は苦虫を噛み潰したような顔で、レンにまとわりつくシュンを見ている。
そこに何だか微妙な三角関係の片鱗が見えて来たが、気付かない振りをする。
そしてシュンの手土産の菓子で、コーヒータイムになった。
「今は大学生なんで、学生寮にいるんです。」
シュンは笑顔で自分の立場を説明する。
かつて彼もまた、能力者を取り巻く陰謀に巻き込まれたことがあること。
事故で長く寝たきりの生活だったが、手術とリハビリで元の生活に戻れたこと。
つらい過去をさらりと語る青年の笑顔は、あたたかい。
「高野さんと羽鳥さんがトラブルシューターに?美人過ぎて目立っちゃうんじゃない?」
シュンが高野と羽鳥の秀麗な顔立ちを見比べながら、そう言った。
派手なこともあるが、概ね人知れず動くことが多いのがトラブルシューターだ。
印象に残る美貌では、業務に差し障ると考えたのだろう。
だがすぐに「蛭魔さんも美人だし、大丈夫か」と独りごちる。
そして「タカ兄は関係ないけど」と澄ました顔で付け加えた。
「まぁまぁシュン君、コーヒー、もう1杯どう?」
「いただきます。セナさん!」
シュンはセナに空になったカップを差し出す。
その屈託のない明るさは、日本での殺伐とした日々を癒してくれるようだ。
憮然としている阿部だって、目の奥が笑っている。
「ずっと笑って生きようと思ってます。寝たきりの間泣いてた分を取り返さなきゃ!」
シュンは別れ際に、力強くそう言った。
そして一同を大いに楽しませて、学生寮へと帰って行った。
*****
「お前はこれからどうするんだ?」
「英会話、頑張る!」
羽鳥は真面目な顔でそう答えた千秋に苦笑する。
将来のことを聞いたつもりだったのだが、目先のことで手一杯の様子の千秋がかわいいと思った。
「このままここで暮らすのか?仕事はどうする?」
「あ、そっち?」
さらに問いかけたことで、千秋は答えを間違えたことに気が付いた。
キョトンと小首を傾げる様子は、まるで少年のようだ。
夕食を終え、後は寝るばかりの2人は、羽鳥に与えられた部屋にいた。
千秋にも部屋はあるのだが、どちらからともなく同じ部屋で休むことになった。
もっともそれは羽鳥たちだけでなく、他の面々も同じだ。
夜は愛する者とあたたかい時間を共有したいと考えるのは、羽鳥たちだけではないのだろう。
「俺も一緒にトラブルシューターやりたいな。」
「・・・お前が?」
意外な申し出に、羽鳥は一瞬言葉が出なかった。
この華奢で一見弱々しそうな青年が、トラブルシューター?
しかも今回の一件では、むしろトラブルを引き起こす側にいたというのに。
「まぁ透視能力は役に立つかもしれないが」
「いや、もう能力は使いたくないんだ。」
「・・・」
羽鳥はまたしても言葉に詰まった。
今の千秋は、もう力を集中させなければ物が透けて見えることはないという。
レンが辛抱強くトレーニングをしてくれたおかげだ。
その途端、体調もよくなり、性格も明るくなった。
そんな千秋がやりたいというなら、応援したい気持ちはもちろんある。
だがやはりどう考えても、千秋がトラブルシューターに向いているとは思えない。
清掃会社で働いていた頃だって、真面目だけど不器用だった。
何よりも羽鳥の精神衛生面を考えたら、無理だ。
トラブルシューターは普通の仕事に比べたら、危険も大きいのだ。
恋人がそんな仕事をするなんて、耐えられない。
そこまで考えて、羽鳥は「あれ?」と思う。
羽鳥と千秋の関係は、恋人でいいのだろうか。
千秋が失踪するまでは、2人の関係は仕事上の上司と部下だった。
気になる存在ではあったが、まだ恋人ではなかったのだ。
だが千秋が拉致されて、大事な存在であることを思い知って、千秋を奪還した。
それですっかり恋が成就した気になっていたが、口に出して想いを告げてはいない気がする。
「あのな、千秋」
「なあに?」
羽鳥はそれを確認しようとして、またしても言葉が出ずに戸惑う。
何だか妙、というか違う気がするのだ。
今更告白するのも、ひどく間が抜けている。
要はすっかりタイミングを外してしまったということだ。
「とりあえず、英会話、頑張れ」
「うん!」
誤魔化すような羽鳥の言葉だったが、千秋は気づかなかったようだ。
羽鳥はホッと胸をなで下ろすと、今するべきことを考える。
とにかくこんがらがった順番を正すことから始めなければならない。
この2人の恋は他のメンバーより、少し遅れを取っているようだ。
*****
「シュン君って面白い子ですね。」
律の屈託のない笑顔に、高野の心も和んだ。
こんな無邪気な表情は、再会してから初めて見るかもしれない。
羽鳥と千秋が寛ぐその隣の部屋で、高野と律も同様に寛いでいた。
蛭魔は高野と羽鳥に「壁はしっかり防音だから」とこっそり耳打ちして、笑っていた。
そんなつもりはなかったのに、余計なことを言われて妙に意識してしまう。
高野は邪な情欲を振り払うように、何とか話題を絞り出していた。
「お前、しばらく事務所の雑用をするんだって?」
「はい。まだ力が暴走しないって自信がなくて。」
律は高野の問いに、礼儀正しく答える。
高野は何度もタメ口でかまわないと言ったのだが、律は「慣れなくて」と苦笑する。
理不尽な監禁によって止められてしまった律の時間。
それを進めるのは、思っているよりずっと大変な作業なのだろう。
「事務所で家事をしようと思って、セナに料理を習うことにしたんです。でも。」
律は高校時代に、夏休みを利用して語学留学をしたことがある。
だから千秋のように言葉の心配はなかった。
発火能力も、レンとセナがトレーニングをしてくれたおかげでかなり制御できるようになった。
それでもまだ外に出る勇気がでないのは、無理もないことだった。
「でも。。。何だ?」
「シュン君の話を聞いてたら、俺も大学に行きたくなりました。」
律の少し寂しげな声色に、高野の心が軋んだ。
大学受験の発表の日に、拉致されてしまった律。
2人で同じキャンパスを歩こうという夢は、果たされることなく終わってしまったのだ。
「そうなるとやっぱり、仕事してお金貯めないと。。。」
「金なら出してやる。だから。。。」
「そういうのはよくありません!」
律が行きたいなら大学の学費を出すことなど何でもない。
恋人なのだし、会社員時代の貯金もある高野としては、ごく当たり前だと思う。
だが律は、思いもかけない強い口調で反論した。
「ちゃんと自分の力で、行きたいんです。」
「別に出世払いでいいんじゃねーの?」
「出世する目途も立たないのに、出世払いなんてできるわけありません。」
「じゃあ貸してやるから」
「ダメです!自分のわがままのためにお金を借りるなんて」
高野は思いもよらない展開に、ただただ驚くしかなかった。
高校時代の律は育ちがよくておっとりしたお坊ちゃんという印象だったのに。
実は芯が強いことは知っていたが、こんなにも頑固な性格だったとは。
「とりあえず働くより、奨学金を狙ったらどうだ?」
「・・・それは合理的ですね。」
ようやく2人の論争に着地点が見つかって、高野はホッとする。
そして今更ながらにこういう恋人らしい時間を積み重ねることができなかったことが悔しい。
「頑張れよ。応援してやるから。」
「ありがとうございます。」
またしても無邪気な笑みに、高野は思わず律を引き寄せ、抱きしめる。
あたたかい恋人の身体は、2人が新たに恋人としての時間を刻み始めたことを実感させてくれた。
*****
「今回、も、どうにか、切り抜けた、ね。」
レンはため息まじりに、ポツリと呟いた。
阿部はその口調から、レンの苦悩を感じ取っていた。
新しい仲間が増えて、事務所は楽しい雰囲気に満ちている。
だがレンはその影でいつも苦しんでいた。
なぜなら8人が集まるきっかけになったのは、全部三橋家が起こした暴挙がきっかけだ。
そしていくら決別しても、三橋家はレンの実家であるのは変わらない。
どうしても自分のせいで、みんなの人生を狂わせたという負い目が消えないのだ。
誰もレンを恨んでいないし、みんながそれなりに幸せを感じている。
レンだってそれをよく理解しているのだが、簡単に割り切れるものではない。
「自分の力、自分の為、だけに、使って、いいのか、な。」
レンはまたポツリと呟く。
阿部はゆっくりと「何?」と聞き返した。
吃音気味で言葉が足りないレンの心を知るために、手間は惜しまない。
「俺も、力、使って、お金儲け、してる。三橋の家、と、同じ。」
「同じじゃねーよ!」
レンの気持ちを理解した阿部は、思わず声を荒げていた。
その剣幕にレンが怯んだのを見て、慌てて「ゴメン」と小さく詫びる。
レンは蛭魔と組んで、株やFXなどをして設けている。
予知能力はそのための強力な武器だ。
レンはそのことと、家を守るために三橋家がしたことを同じと言っているのだ。
自分たちの地位や財産のために、能力を駆使することが正しいのかどうか迷っているのだろう。
「レンの予知で儲かった金で、律や千秋を救出できたんだ。」
阿部は力強く、そう言った。
旅費や偽造パスポートの入手、ホテル滞在費、そしてその間の諸経費。
それらの費用はレンと蛭魔が儲けた金から捻出されている。
つまり能力で恩恵も受けているが、代償も払っているのだ。
決して三橋家のように、私利私欲だけではない。
「大丈夫。俺たちは道を踏み外してなんかいない。」
阿部が安心させるように、きっぱりとそう告げた。
レンは小さく「そ、だね」と頷いてくれた。
「ちなみに律と千秋はどうなるか、見えるのか?」
「2人、とも、学生さんに、なる。」
「学生?」
「律は、大学。千秋、は、語学、学校。」
もちろんレンは同じ屋根の下で、律や千秋が恋人に語っている内容を知らない。
だが新たな道へ足を踏み出す2人の能力者と、彼らを支える恋人たちの未来が見えるのだ。
「なぁ、蛭魔と高野と羽鳥は美人で、俺だけ関係ないって思うか?」
阿部は唐突に話題を変えた。
実はシュンが話したことを、密かに気にしている。
レンに顔で惚れられたとは思っていないが、一応確認しておきたくなった。
「だい、じょ、ぶ。阿部、く、タレ、目、だけど、カ、カッコ、いい。」
「ひときわドモってるな。」
レンのフォローが微妙過ぎて、阿部はガックリと肩を落とした。
当のレンは困ったように、生あたたかい視線を泳がせている。
*****
「寝たか?」
蛭魔はそっと問いかけたが、返事はない。
セナは部屋に入るなり、ベットに倒れ込んで眠ってしまったようだ。
みんなが前に向かって進みだす中、唯一立ち止まっているのがセナだ。
セナはみんなの前では平気な顔をしているが、実はかなり消耗している。
さすがにアメリカ-日本間の瞬間移動は堪えたようだ。
しかも戻るときには、レンを抱えて移動するという離れ業をやってのけた。
だからこうして蛭魔の部屋か自分の部屋にいるときには寝てばかりだ。
「無茶、させすぎたか」
蛭魔は誰も聞いていないのをいいことに、肩を落とす。
リーダー的な存在である蛭魔は、人前で弱音を吐くことはしない。
セナの前ですら、弱い自分は極力見せないようにしている。
だが蛭魔にとっては、本当に反省することが多いミッションだったのだ。
結果的には律と千秋を奪還して、三橋家の動きを封じることができた。
だがその過程は、全然思うようにならなかった。
様々なケースを想定して、何種類もシナリオを用意していたのに。
その最大の要因は、セナが瞬間移動して日本に来てしまったことだ。
おかげで律と千秋の奪還は容易にできたが、作戦の鍵を握るレンが捕えられてしまった。
まったくよく上手くいったものだと、今考えても冷汗が出る。
「あまり、心配させてくれるな」
蛭魔はベットに腰かけると、そっとセナの髪をなでた。
これからも能力者たちのために戦うときがくるのかもしれない。
その時にまたセナに、こんな風に無理をさせることになるのだろうか。
それは想像しただけで、ウンザリと気が重くなる想像だった。
「あれ、すみません。寝ちゃってました。」
髪をなでられる気配で、目を覚ましたのだろう。
セナが重そうな瞼を上げて、蛭魔を見上げている。
蛭魔はすぐに何でもない表情で「いいから寝てろ」と声をかける。
だがセナは首を振って「ごめんなさい」と小さく呟いた。
「何をあやまっている?」
「作戦、たいぶ狂ったでしょ?僕が勝手に瞬間移動なんかしたから」
「それはお前が気にすることじゃない。」
「心配もかけちゃったから。。。次はもっとうまく。。。」
セナは喋りながらまた目を閉じて、眠りに落ちてしまった。
蛭魔はその見事な爆睡っぷりに、唖然とする。
だがセナはお構いなしに、夢の世界へ旅立ったようだ。
まったくかなわない。セナには全部お見通しだ。
蛭魔がリーダーとしての立ち位置と、セナへの想いの板挟みで苦悩している。
そんな隠しているつもりの思いをあっさりと看破し、一緒に背負おうとしてくれるのだ。
「早く、体調戻せよ。」
蛭魔はそっと指を伸ばすと、セナの頬に触れた。
健やかであたたかい寝息は、蛭魔に何にも負けない勇気を与えてくれる。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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