アイシ×おお振り×セカコイ【お題:囚われたお題】

【鮮やかに】

「廉、何をする!?」
久しぶりに再会した両親が声を上げる。
だがレンは迷うことなく、一族の長である祖父に銃を向けていた、

ここはレンが生まれた家であり、幼い頃の思い出が詰まった場所だ。
両親とレンだけではいささか広すぎる家。
だが今はひどく狭く感じる。
2階の客間に両親と祖父、瑠里と琉、そしてレンをここまで連れてきた叶たち数名の男。
祖父だけはソファにゆったりと腰を下ろしていたが、後の者は全員立っている。

三星神社でなく、この家に連れて来られた理由は想像がつく。
もちろん蛭魔や阿部たちの追跡を逃れるためだが、それだけではない。
思い出の場所で、レンの出奔により一族から放逐された両親もいる。
ここで情に訴えれば、レンも説得に応じると思っているのだろう。

だがレンは迷わず、隠し持っていた小さな銃を祖父に向けた。
これはもしもの時にと蛭魔が準備していてくれたものだ。
銃身は強化プラスチックで出来ているので、金属探知機に反応しない。
そして超小型なので、隠しやすい。
だが撃てるのは1発だけだ。
いくら強化していても所詮はプラスチック、1発撃つと衝撃で壊れてしまうのだ。

「叶!畠!身体検査はしなかったの?」
「機関銃を持ってたんです。それを取り上げたから大丈夫かと思って。」
瑠里の尖った声に、叶がオロオロと答えている。
それもレンの狙い通りだった。
切り札を隠すための、大胆な仕掛け。
蛭魔の手法を真似させてもらったのだ。

「ごちゃごちゃ、うるさい」
レンは冷やかに言い放った。
構えた銃口も、祖父をじっと見据える視線も、少しも揺るがない。
それはレンが本気であることを、充分に伝えていた。

「これで、終わりに、する。三橋の、家、潰す。」
その場にいる全員が、レンの気迫に圧倒されていた。
当主である祖父でさえ、驚いた表情だ。

「ジィちゃん、さよなら」
レンが見るからに華奢な銃の引き金を引こうとしたその瞬間。
階下でドォンと轟音が鳴り響き、窓の外に炎が上がるのが見えた。

*****

「全員で、派手に行くか。」
蛭魔は全員が頷くのを確認すると、無造作にハンドルを切った。
ワゴン車は堂々と敷地の中に乗り入れていく。
車が停止した瞬間から、レンの奪還作戦が始める。

「じゃあ、一気に行くよ。」
「わかった。」
「いつでもいいよ。」
セナと律と千秋は、顔を見合わせて、頷き合った。
彼らの能力が、奇襲作戦の要だ。

「ドアのすぐ内側には3人いる。南側の部屋に2人。北側の部屋は無人だ。」
家の中を透視した千秋が、早口で報告した。
蛭魔がすぐに「北側だな」と即断する。
それを合図に全員が車を降りると、北側の部屋へと走った。
足音を忍ばせて、建物の影に身を隠す。

物音に気付いたのだろう。
千秋の透視の通り、3人のスーツ姿の男が外へ出てきた。
すぐにワゴン車を発見し、辺りをキョロキョロを見回している。

「じゃあ、行きます。」
律が庭の1点を凝視し、意識を集中する。
緑色の瞳が鮮やかに光り輝き、程なくして庭に置かれていた石灯篭が爆発した。
ほぼ同時に、目を閉じて念じていたセナが瞳を見開く。
すると今度は、南側の部屋の大きな窓のガラスが粉々に弾け飛んだ。

「なるほど、北側の警備が無人だったわけだ。」
羽鳥の言葉に、全員が頷いた。
こちらの窓はシャッター型の雨戸で閉じられているのだ。
容易には侵入できない。
だがすぐにシャッターがスルスルと上がり、窓の鍵も開けられた。

「こっちは随分と穏やかに開けたな。」
「一応鍵開けのプロだってことを、思い出したので」
蛭魔とセナの冷静なやり取りが、全員を力づける。
こうして警備を陽動した一同は、やすやすと邸内に侵入した。

*****

「う、お!?」
手の中の銃がフワリと浮かんだので、レンは思わず奇声を上げた。
銃はそのまま空中を彷徨い、蛭魔の手に収まった。

「これは使い捨ての銃なんだ。1発のコストがデカ過ぎる。」
蛭魔はその銃に安全装置をかけると、服の内ポケットに入れてしまう。
レンは恨みがましい目で、蛭魔とセナを睨んだ。
何しろ自分の祖父を手にかけ、家ごと潰すという一大決心を無にされたのだ。

だがすぐに駆け寄ってきた阿部に肩を抱き寄せられ、ホッと息をついた。
そのときになってようやく自分が緊張していたことに気付く。
そしてこの滑稽な状況に苦笑した。
三橋家とその警護の者たち、そして蛭魔たちが室内にひしめき合っているのが妙に可笑しい。

「久しぶりだな、三橋家のみなさん。」
蛭魔はおどけた仕草で一礼する。
三橋老人は苦々しい顔で、蛭魔を睨み付けた。
次の手を考えているのだろう。
だがそれなりの強者が何人も警護に当たっていたはずだ。
それを軽々と破って侵入を果たした蛭魔たちを、排除するのは簡単ではない。

「これ以上、三橋家のために誰かを巻き込むのは終わりにして。。。」
「そんなこと、できるわけないでしょう!?」
蛭魔の言葉を強引に遮ったのは、瑠里だった。
しばらく見ない間に随分きつい顔立ちになった。
レンは改めて従姉妹の変貌に悲しい気持ちになる。

「三橋家はずっと予知で日本を支えてきたのよ。それを私たちの代で終わらせるなんて」
「そんな、理由で?」
捲し立てる瑠里に、冷やかな声を上げたのは律だ。
その言葉に逆上して、言い返そうとした瑠里が驚愕の表情になった。

「あなた、まさか」
瑠里がヨロヨロと律に近寄ろうとしたので、高野が急いでその前に立ちはだかる。
だが瑠里は何もすることなくその場に膝を折って、座り込んでしまう。
驚いて律を振り返った高野は、その瞳が鮮やかに光を放っているのを見て、言葉を失った。

*****

「律、が、今、三星神社、の、離れ、燃やした。」
レンの言葉に、全員が騒めく。
琉が急いでスマートフォンを取り出し、画面を操作している。
事の真偽を確認するためだろう。

「廉、あなた、予知してたのね。」
瑠里がレンを見上げて、恨みの声を上げた。
レンは静かに頷くと「止めたくなかった」と呟いた。
瑠里の予知はレンより遅く、間に合わなかったのだ。

だが蛭魔たちには、確認するまでもなくそれが真実であるとわかった。
レンの予知能力を信頼していたし、律とはテレパシーで交信できるのだ。
瑠里の言葉で、律の怒りが爆発することをわかっていたのだ。

「そんな、つまらない理由で、何年も、監禁?」
律は静かに怒りを口にした。
高校を卒業して、未来への希望で人生が一番輝く時期。
何年も監禁された理由が「一族を守るため」とは、理不尽過ぎる。
殺気を帯びた律の気配に、一気に場が緊張する。

「律、もう止めろ!」
高野はまだ鮮やかに瞳に光を放つ律を、抱きしめた。
律が力を使って、消耗しているのがわかったからだ。
それに律がこれ以上、破壊活動を見るのがつらかったせいもある。

「もうあんな場所、なくていい」
ポツリと呟いたのは千秋だった。
三星神社の離れは、レンと律、千秋が監禁された忌まわしい場所。
千秋はほんの数日だけだったが、身に染みている。
理由もわからないで、外も見えない小屋に監禁された恐怖は、忘れられない。

「こういう、恨み。全部、背負える、の?」
レンが瑠里の前に立つと、真っ直ぐに見下ろした。
瑠里は項垂れたまま、レンと目を合わせようさえしなかった。

「これで最後だ。これ以上誰かを巻き込むな。できなければ今度こそ容赦しない。」
蛭魔が三橋老人に最後の決断を迫る。
まさか三星神社の一部を燃やされるとは、思わなかったのだろう。
憑き物が落ちたような虚ろな表情の老人は、虚ろな表情で頷いた。

*****

「お前たちは、これからどうするんだ?」
助手席の阿部が声を潜めながら、振り返る。
高野と羽鳥は「う~ん」と唸るような声を上げた。

レンの奪還を果たした一同だったが、帰りの車中は静かだった。
セナ、レン、律と千秋が眠ってしまったからだ。
能力を使い、またホッとしたせいもあるだろう。
4人は最後尾の座席に、重なり合うようにして座り、爆睡している。
まるで仔猫の兄弟だ。

蛭魔と阿部、セナとレンはアメリカに帰るだけだ、
だが高野は仕事を辞めてしまった。
羽鳥も電話1本で強引に休職を申し入れたので、会社に戻れるかどうかわからない。
日雇いの千秋は羽鳥が戻らなければ、使ってもらえる保証がない。
律に至っては死んだことになっており、戸籍すらないのだ。

「とりあえず一緒にアメリカに来て考えたらどうだ?気分転換になるだろ。」
運転席の蛭魔が気のない素振りで提案する。
それを聞いた阿部は苦笑するしかない。
今回の件で高野と羽鳥には、実はトラブルシューターの才能があることがわかった。
蛭魔は何としても欲しいと思っているだろう。
とにかく渡米させて、少しずつその気にさせる作戦なのだ。

「アメリカも悪くない。」
「確かに」
2列目の座席に座る高野と羽鳥が顔を見合わせて頷き合う。
その瞬間、蛭魔の口元に笑みが浮かんだのを、阿部は見逃さなかった。

やがて車が滞在しているホテルの地下駐車場に滑り込む。
高野と羽鳥が、後部座席で眠る4人に声をかけようとした。
だが蛭魔と阿部が「待て」と声をかけ、唇の前に指を立てて静かにするように促す。

怪訝な表情の高野と羽鳥は、次の行動に呆れた。
蛭魔と阿部はスマートフォンのカメラ機能を作動させると、寝顔を撮り始めたのだ。
彼らにすれば「お返し」だった。
偽造パスポートで入国するにあたり、蛭魔も阿部も髪の色を変えて変装している。
そのときにセナとレンに撮りまくられたのだ。

驚いた高野と羽鳥だったが、すぐにどちらからともなくスマートフォンを取り出した。
目の前にはかわいい想い人の寝姿。
鮮やかに記録しておきたいと思うのは、当然のことだ。

【続く】
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