アイシ×おお振り×セカコイ【お題:囚われたお題】
【失われたモノ】
独りで戦うしかない。
レンはフラつく身体を懸命に奮い立たせながら、普段決して開けることのない扉を開けた。
セナが日本に飛んだ瞬間、見えたのは祖父と対峙する自分の姿だった。
レンの能力は未来予知であり、直接攻撃に対してはほとんど効力がない。
セナという盾がなくなり、仲間も全員日本にいる。
この状態でレンを狙いにくるのは、わかりやすい結末だった。
襲われたら、ひとたまりもない。
それならばおとなしく捕まるのが正解だろう。
この事務所は、三星神社から出たレンの生活の全てだ。
蛭魔とセナ、そして阿部との大事な思い出が詰まっている。
踏み込まれて、無遠慮に荒らされるのは嫌だった。
一応表向きは捕まって、連行される。
だが実際は違う。こちらから乗り込むのだ。
大事な仲間や罪のない能力者や理不尽に踏みにじる三橋の家。
それをこの手で叩き潰す。
レンは廊下にある隠し扉を開けた。
蛭魔の部屋と阿部の部屋の間にあり、パッと見た目にはただの壁にしか見えない。
だがその中には、蛭魔が収集した銃器の類が収められている。
レンはその中から、一番小さい銃を取り、ポケットに入れた。
そしてもう1つ、壁に掛けてあった機関銃を抱える。
見せ球と隠し球、蛭魔流の駆け引きを真似させてもらうことにする。
蛭魔に射撃の手ほどきは受けているが、当てる自信はない。
できれば相手の命を奪わずに、威嚇、もしくは怪我だけで済ませたい。
だがレンは、それでもかまわないと思い直した。
どうせレンが迎え撃つのは、三橋家から差し向けられた者たちなのだ。
彼らによって失われたモノは計り知れない。
阿部、蛭魔、セナ、そして高野と律、羽鳥と千秋。
みんなが運命を狂わされたのだ。
それに加担した者たちには、それなりの制裁を受けても文句など言えない。
レンは事務所の扉を開くと、機関銃を構えた。
事務所の外を包囲していた者たちは、案の定顔見知りだった。
三橋家にいた頃のおとなしいレンと、機関銃との落差に驚いているようだ。
「事務所に、入るなら、撃つ!」
レンは彼らの先頭にいる幼馴染にそう命じた。
孤独な戦いが、今始まるのだ。
*****
「出ねぇな。やっぱり」
蛭魔は忌々しげに電話を切った。
阿部はずっと不機嫌そうに黙り込んでいる。
セナは居たたまれない気持ちで、じっと俯いていた。
律と千秋の救出を果たした蛭魔たちは、一旦滞在しているホテルに戻っていた。
律と千秋は空いているベットルームで眠っている。
監禁の緊張のせいで、2人とも疲労困憊していたのだ。
広すぎるスイートルームでは、全員が滞在しても狭いことはない。
だがリビングに集まった残りの面々の表情に明るさはなかった。
「ごめんなさい。僕のせいだ。」
セナはもう何度口にしたかわからない言葉を、また言った。
最初からセナの力を使えば、律や千秋の奪還はかなり楽だ。
それをしなかったのは、レンの護衛、その一言に尽きる。
そのことを放棄して、こちらに飛んでしまったために、レンが危機に陥っているのだ。
セナは慌ててアメリカの事務所に飛ぼうとしたが、戻れなかった。
さすがにこんな長距離移動は、そう何度も連続ではできないらしい。
「あまり自分を責めるなよ。」
阿部がポンとセナの肩を叩いて、慰めてくれた。
だがそうされると、ますます申し訳ない気持ちになる。
大事な恋人の安否がわからない阿部の心中は、察して余りある。
「だがレンの予知がないのは、痛いな。」
蛭魔が珍しく弱音を吐いた。
このチームが強かった最大の理由は、レンの予知と蛭魔の頭脳。
2つを効果的に組み合わせることで、数々の危機を凌いできたのだ。
ここへ来て、レンの予知が使えないのはつらい。
「いつかは絶対に三星神社に来る。そこを奪還すれば」
「三橋家の連中もそう思うはずだ。だから別の場所に隠すだろう。俺ならそうする。」
阿部の言葉に、口を挟んだのは高野だった。
セナは蛭魔が面白そうな表情を浮かべているのを見た。
律の奪還の時も、高野の判断は正しかった。
高野だけが先に、律と接触したのが功を奏したのだ。
先に蛭魔が律と顔を合わせていたら、炎に焼かれていたかもしれない。
高野にはどうやら裏の世界に生きるための「才能」があるようだ。
「レンさんという方の居場所なら、わかるかもしれません。」
その時ベットルームのドアが開き、律が顔を出した。
思いもよらない言葉に、全員がその青白い顔を凝視した。
*****
「声が聞こえたんです。」
寝起きの律の声は、少し掠れていた。
それにまだ監禁生活でのやつれはまだ残っている。
だが元々の美貌と相まって、色香さえ醸し出していた。
「律」
高野がすかさず立ち上がり、律に寄り添った。
律はごく自然に、高野にもたれかかる。
事情を知らなければ、痛すぎるほどのベタベタ振りだ。
だがそれを茶化す者はいなかった。
何年もの理不尽な別離の末、ようやく逢えた2人なのだ。
「もう少し休んでいた方が」
セナはまだ歩くのもままならない律に声をかけた。
だが律は静かに首を振る。
そして高野の手を借りながら、ソファに腰を下ろした。
「監禁されているとき、呼んでくれた声があったんです。」
「声?」
「ええ。多分レンさんという人だと思う。」
力に飲み込まれてはいけない。
律はあの離れに監禁されているとき、確かにその声を聴いた。
そしてその声の主の顔も、朧げに見えていた。
フワフワとした茶色い髪と、かわいらしい顔立ち。
だが瞳は凛としていて、力強かった。
「それって、テレパシーか?」
阿部が身を乗り出すようにして、律に迫る。
律は少し考えるような表情になる。
まだ発火能力ともうまく折り合いがついていない律に、それ以上の力などわかりようもない。
「こちらの声は届くのか?」
今度は蛭魔が、律に問いかける。
また律が考えるような表情になった。
何とも心もとないことだが、今は大事な武器だ。
「じゃあもう少し休んでから。。。」
「すぐやります!」
律は蛭魔の言葉を遮って、元気よく宣言した。
美貌の青年は、実はかなり負けず嫌いらしい。
蛭魔はそっと高野に目配せする。
無理をさせないように、という蛭魔の合図を高野は正確に読み取った。
*****
「お前、変わったな。」
幼いころから知っている男は、レンをじっと見ている。
レンは冷やかに「修ちゃん、こそ」と答えた。
機関銃で相手の度肝を抜くことには成功した。
だが結局は多勢に無勢。
機関銃は取り上げられ、そのまま連行されることになった。
迎えに来たのは、レンも幼い頃からよく見知っている男たちだった。
先頭にいるのは、叶修悟。
レンと一番仲良くしていた少年は、その頃の面影を残したまま逞しい青年になった。
今では警護のために、三星神社に詰めている。
叶を寄越したことに、レンは三橋家の悪意を感じた。
彼らは普通の旅客用ではなく、米軍の空港から特別機に乗った。
まったくレン1人を連れて行くのに、どれだけ金をかけるつもりなのかと呆れてしまう。
だがその財力を保ちたいがために、能力者を手に入れようとするのだ。
三橋家から失われたモノ、予知能力の代替として。
「修ちゃんも、律君や、千秋君の、誘拐に、関わってる?」
レンは固い表情で、聞いた。
だが叶は答えない。
その他の顔馴染みの者たちも皆、俯いてしまう。
ここで無表情を装えるほど、彼らは冷酷に徹しきれないのだろう。
叶たちを責める気持ちには、なれなかった。
三橋家の力は強大で、逆らうことは身の破滅を意味する。
それは自分だけでなく、家族にも及ぶ場合もある。
彼らもまた高い給料と引き換えに、失われたモノの大きさを思い知っていることだろう。
今、どこにいる?
ふと頭の中で声が聞こえた。
ここは日本に向かう飛行機の中であり、叶たちもむっつりと黙り込んでいる。
誰かの声が聞こえるはずなどない。
だとすれば、これは。
日本に向かう飛行機だ。
レンは心の中で、そっと答えを返してみた。
すると再び同じ声が聞こえてくる。
わかった。日本に着いたら、教えて。
その瞬間、声の主の顔がぼんやりと見えた。
茶色の髪と緑色の瞳の美貌。
これは小野寺律の思念-テレパシーだ。
レンはそのまま答えなかった。
日本に着いた後、律に念を送れば、きっと阿部や蛭魔たちが助けに来てくれる。
だがもうこれ以上、彼らを巻き込むことは憚られた。
レンの手で祖父を打ち負かさなければ、災いは終わらない気がする。
悪いけど、場所を教えるのはジィちゃん決着つけてからだ。
レンはそのまま目を閉じた。
日本に着くまでは少しでも眠って、力を蓄えるまでだ。
*****
「あの家の中にいます。2階の真ん中の部屋。」
千秋は目の前の家を指さした。
蛭魔と阿部は顔を見合わせると、千秋が指し示した窓を見上げた。
律がレンにテレパシーを送ったが、日本に向かっているという情報しかわからなかった。
レンから来た返事は、それ1回だけだったのだ。
その後何度も律が呼びかけたものの、返事がなかった。
だが律は、レンの気配が近づいてきているのは感じているという。
そこで蛭魔は三橋家が所有している不動産を洗い出した。
三星神社と彼らの自宅、別荘、また三橋家が「予言」を与えている個人や企業。
それらは実に数が多く、日本全国に点在している。
だが律曰く、レンの気配はさほど遠くない場所にあるという。
そこで滞在しているホテルから近い順に、車で回ることにした。
レンタカーのワゴン車に、ぎっしりと7人が乗り込んでいる。
ここから先、力を発揮するのが千秋の透視能力だ。
建物の中の人物の顔を見通し、レンを捜す。
そしてそれは比較的早い段階で、ヒットした。
ここはレンの両親が暮らす家だった。
レンが三星神社を出たことで、レンの両親も三星神社を離れた。
そして現在住んでいるのが、この家だ。
2人暮らしの割には、家屋も庭も広い。
もしかしたらいつかレンが帰ってくる日を待っているのかもしれない。
「レンさん、銃を持ってます!」
しばらく建物を見ていた千秋が、上ずった声で叫んだ。
車内の雰囲気が一気に緊張する。
蛭魔と阿部の読みは当たった。
やはりレンは、自分の手で祖父を殺すつもりなのだ。
「さっさと乗り込もう。俺と阿部とセナで行く。後は車で。。。」
「全員で行きましょう!」
蛭魔の言葉を待たずに口を挟んだのは、千秋だった。
ふと見ると高野も羽鳥も律も、じっと蛭魔を見ている。
全員でレンを取り戻して、この戦いを終わらせたい。
彼らの瞳は雄弁にその思いを語っていた。
「全員で、派手に行くか。」
蛭魔は全員が頷くのを確認すると、無造作にハンドルを切った。
ワゴン車は堂々と敷地の中に乗り入れていく。
これが本当に最後。
仲間を取り戻すための戦いだ。
【続く】
独りで戦うしかない。
レンはフラつく身体を懸命に奮い立たせながら、普段決して開けることのない扉を開けた。
セナが日本に飛んだ瞬間、見えたのは祖父と対峙する自分の姿だった。
レンの能力は未来予知であり、直接攻撃に対してはほとんど効力がない。
セナという盾がなくなり、仲間も全員日本にいる。
この状態でレンを狙いにくるのは、わかりやすい結末だった。
襲われたら、ひとたまりもない。
それならばおとなしく捕まるのが正解だろう。
この事務所は、三星神社から出たレンの生活の全てだ。
蛭魔とセナ、そして阿部との大事な思い出が詰まっている。
踏み込まれて、無遠慮に荒らされるのは嫌だった。
一応表向きは捕まって、連行される。
だが実際は違う。こちらから乗り込むのだ。
大事な仲間や罪のない能力者や理不尽に踏みにじる三橋の家。
それをこの手で叩き潰す。
レンは廊下にある隠し扉を開けた。
蛭魔の部屋と阿部の部屋の間にあり、パッと見た目にはただの壁にしか見えない。
だがその中には、蛭魔が収集した銃器の類が収められている。
レンはその中から、一番小さい銃を取り、ポケットに入れた。
そしてもう1つ、壁に掛けてあった機関銃を抱える。
見せ球と隠し球、蛭魔流の駆け引きを真似させてもらうことにする。
蛭魔に射撃の手ほどきは受けているが、当てる自信はない。
できれば相手の命を奪わずに、威嚇、もしくは怪我だけで済ませたい。
だがレンは、それでもかまわないと思い直した。
どうせレンが迎え撃つのは、三橋家から差し向けられた者たちなのだ。
彼らによって失われたモノは計り知れない。
阿部、蛭魔、セナ、そして高野と律、羽鳥と千秋。
みんなが運命を狂わされたのだ。
それに加担した者たちには、それなりの制裁を受けても文句など言えない。
レンは事務所の扉を開くと、機関銃を構えた。
事務所の外を包囲していた者たちは、案の定顔見知りだった。
三橋家にいた頃のおとなしいレンと、機関銃との落差に驚いているようだ。
「事務所に、入るなら、撃つ!」
レンは彼らの先頭にいる幼馴染にそう命じた。
孤独な戦いが、今始まるのだ。
*****
「出ねぇな。やっぱり」
蛭魔は忌々しげに電話を切った。
阿部はずっと不機嫌そうに黙り込んでいる。
セナは居たたまれない気持ちで、じっと俯いていた。
律と千秋の救出を果たした蛭魔たちは、一旦滞在しているホテルに戻っていた。
律と千秋は空いているベットルームで眠っている。
監禁の緊張のせいで、2人とも疲労困憊していたのだ。
広すぎるスイートルームでは、全員が滞在しても狭いことはない。
だがリビングに集まった残りの面々の表情に明るさはなかった。
「ごめんなさい。僕のせいだ。」
セナはもう何度口にしたかわからない言葉を、また言った。
最初からセナの力を使えば、律や千秋の奪還はかなり楽だ。
それをしなかったのは、レンの護衛、その一言に尽きる。
そのことを放棄して、こちらに飛んでしまったために、レンが危機に陥っているのだ。
セナは慌ててアメリカの事務所に飛ぼうとしたが、戻れなかった。
さすがにこんな長距離移動は、そう何度も連続ではできないらしい。
「あまり自分を責めるなよ。」
阿部がポンとセナの肩を叩いて、慰めてくれた。
だがそうされると、ますます申し訳ない気持ちになる。
大事な恋人の安否がわからない阿部の心中は、察して余りある。
「だがレンの予知がないのは、痛いな。」
蛭魔が珍しく弱音を吐いた。
このチームが強かった最大の理由は、レンの予知と蛭魔の頭脳。
2つを効果的に組み合わせることで、数々の危機を凌いできたのだ。
ここへ来て、レンの予知が使えないのはつらい。
「いつかは絶対に三星神社に来る。そこを奪還すれば」
「三橋家の連中もそう思うはずだ。だから別の場所に隠すだろう。俺ならそうする。」
阿部の言葉に、口を挟んだのは高野だった。
セナは蛭魔が面白そうな表情を浮かべているのを見た。
律の奪還の時も、高野の判断は正しかった。
高野だけが先に、律と接触したのが功を奏したのだ。
先に蛭魔が律と顔を合わせていたら、炎に焼かれていたかもしれない。
高野にはどうやら裏の世界に生きるための「才能」があるようだ。
「レンさんという方の居場所なら、わかるかもしれません。」
その時ベットルームのドアが開き、律が顔を出した。
思いもよらない言葉に、全員がその青白い顔を凝視した。
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「声が聞こえたんです。」
寝起きの律の声は、少し掠れていた。
それにまだ監禁生活でのやつれはまだ残っている。
だが元々の美貌と相まって、色香さえ醸し出していた。
「律」
高野がすかさず立ち上がり、律に寄り添った。
律はごく自然に、高野にもたれかかる。
事情を知らなければ、痛すぎるほどのベタベタ振りだ。
だがそれを茶化す者はいなかった。
何年もの理不尽な別離の末、ようやく逢えた2人なのだ。
「もう少し休んでいた方が」
セナはまだ歩くのもままならない律に声をかけた。
だが律は静かに首を振る。
そして高野の手を借りながら、ソファに腰を下ろした。
「監禁されているとき、呼んでくれた声があったんです。」
「声?」
「ええ。多分レンさんという人だと思う。」
力に飲み込まれてはいけない。
律はあの離れに監禁されているとき、確かにその声を聴いた。
そしてその声の主の顔も、朧げに見えていた。
フワフワとした茶色い髪と、かわいらしい顔立ち。
だが瞳は凛としていて、力強かった。
「それって、テレパシーか?」
阿部が身を乗り出すようにして、律に迫る。
律は少し考えるような表情になる。
まだ発火能力ともうまく折り合いがついていない律に、それ以上の力などわかりようもない。
「こちらの声は届くのか?」
今度は蛭魔が、律に問いかける。
また律が考えるような表情になった。
何とも心もとないことだが、今は大事な武器だ。
「じゃあもう少し休んでから。。。」
「すぐやります!」
律は蛭魔の言葉を遮って、元気よく宣言した。
美貌の青年は、実はかなり負けず嫌いらしい。
蛭魔はそっと高野に目配せする。
無理をさせないように、という蛭魔の合図を高野は正確に読み取った。
*****
「お前、変わったな。」
幼いころから知っている男は、レンをじっと見ている。
レンは冷やかに「修ちゃん、こそ」と答えた。
機関銃で相手の度肝を抜くことには成功した。
だが結局は多勢に無勢。
機関銃は取り上げられ、そのまま連行されることになった。
迎えに来たのは、レンも幼い頃からよく見知っている男たちだった。
先頭にいるのは、叶修悟。
レンと一番仲良くしていた少年は、その頃の面影を残したまま逞しい青年になった。
今では警護のために、三星神社に詰めている。
叶を寄越したことに、レンは三橋家の悪意を感じた。
彼らは普通の旅客用ではなく、米軍の空港から特別機に乗った。
まったくレン1人を連れて行くのに、どれだけ金をかけるつもりなのかと呆れてしまう。
だがその財力を保ちたいがために、能力者を手に入れようとするのだ。
三橋家から失われたモノ、予知能力の代替として。
「修ちゃんも、律君や、千秋君の、誘拐に、関わってる?」
レンは固い表情で、聞いた。
だが叶は答えない。
その他の顔馴染みの者たちも皆、俯いてしまう。
ここで無表情を装えるほど、彼らは冷酷に徹しきれないのだろう。
叶たちを責める気持ちには、なれなかった。
三橋家の力は強大で、逆らうことは身の破滅を意味する。
それは自分だけでなく、家族にも及ぶ場合もある。
彼らもまた高い給料と引き換えに、失われたモノの大きさを思い知っていることだろう。
今、どこにいる?
ふと頭の中で声が聞こえた。
ここは日本に向かう飛行機の中であり、叶たちもむっつりと黙り込んでいる。
誰かの声が聞こえるはずなどない。
だとすれば、これは。
日本に向かう飛行機だ。
レンは心の中で、そっと答えを返してみた。
すると再び同じ声が聞こえてくる。
わかった。日本に着いたら、教えて。
その瞬間、声の主の顔がぼんやりと見えた。
茶色の髪と緑色の瞳の美貌。
これは小野寺律の思念-テレパシーだ。
レンはそのまま答えなかった。
日本に着いた後、律に念を送れば、きっと阿部や蛭魔たちが助けに来てくれる。
だがもうこれ以上、彼らを巻き込むことは憚られた。
レンの手で祖父を打ち負かさなければ、災いは終わらない気がする。
悪いけど、場所を教えるのはジィちゃん決着つけてからだ。
レンはそのまま目を閉じた。
日本に着くまでは少しでも眠って、力を蓄えるまでだ。
*****
「あの家の中にいます。2階の真ん中の部屋。」
千秋は目の前の家を指さした。
蛭魔と阿部は顔を見合わせると、千秋が指し示した窓を見上げた。
律がレンにテレパシーを送ったが、日本に向かっているという情報しかわからなかった。
レンから来た返事は、それ1回だけだったのだ。
その後何度も律が呼びかけたものの、返事がなかった。
だが律は、レンの気配が近づいてきているのは感じているという。
そこで蛭魔は三橋家が所有している不動産を洗い出した。
三星神社と彼らの自宅、別荘、また三橋家が「予言」を与えている個人や企業。
それらは実に数が多く、日本全国に点在している。
だが律曰く、レンの気配はさほど遠くない場所にあるという。
そこで滞在しているホテルから近い順に、車で回ることにした。
レンタカーのワゴン車に、ぎっしりと7人が乗り込んでいる。
ここから先、力を発揮するのが千秋の透視能力だ。
建物の中の人物の顔を見通し、レンを捜す。
そしてそれは比較的早い段階で、ヒットした。
ここはレンの両親が暮らす家だった。
レンが三星神社を出たことで、レンの両親も三星神社を離れた。
そして現在住んでいるのが、この家だ。
2人暮らしの割には、家屋も庭も広い。
もしかしたらいつかレンが帰ってくる日を待っているのかもしれない。
「レンさん、銃を持ってます!」
しばらく建物を見ていた千秋が、上ずった声で叫んだ。
車内の雰囲気が一気に緊張する。
蛭魔と阿部の読みは当たった。
やはりレンは、自分の手で祖父を殺すつもりなのだ。
「さっさと乗り込もう。俺と阿部とセナで行く。後は車で。。。」
「全員で行きましょう!」
蛭魔の言葉を待たずに口を挟んだのは、千秋だった。
ふと見ると高野も羽鳥も律も、じっと蛭魔を見ている。
全員でレンを取り戻して、この戦いを終わらせたい。
彼らの瞳は雄弁にその思いを語っていた。
「全員で、派手に行くか。」
蛭魔は全員が頷くのを確認すると、無造作にハンドルを切った。
ワゴン車は堂々と敷地の中に乗り入れていく。
これが本当に最後。
仲間を取り戻すための戦いだ。
【続く】