アイシ×おお振り×セカコイ【お題:囚われたお題】

【感傷】

「やるしかない。」
律はじっと入口の扉を凝視していた。
一瞬、心に浮かんだ先輩の顔を、強引に振り払う。
感傷などに浸っている場合ではない。
やるしかないのだ。

律はずっと閉じ込められていた部屋から出されていた。
目隠しをされて、車に乗せられて、ここへ連れて来られたのだ。
さほど長い移動ではなかったと思う。

律を連れてきたのは数人の男たちだった。
顔は初めて見る者ばかりだ。
最初からきっちりと取り決められていたらしく、無駄のない動作だった。
そして「ルリ」も同行し、律は実に久しぶりに外に出たのだ。
だが外の解放感を味わうこともなく、また監禁されることになった。

そこは最初に閉じ込められていた部屋よりは、お粗末だった。
大きさは変わらないが、手入れが行き届いていないらしく荒れている。
だが律はこの部屋の方が好きだと思った。
天井が低く、窓が普通の位置にあるので、外が見えるのがいい。

「私たちは外にいます。次に部屋に入ってきた男を燃やしなさい。」
小さな喜びを見出したのもつかの間、残酷な命令に律は凍り付いた。
人を燃やす。
つまり相手を殺せと言うことだ。

「そうすれば、あなたの先輩は無事よ。」
律の迷いなど見通しているのだろう。
「ルリ」はとどめを刺すように言い放つと、男たちに合図して小屋を出て行く。
男たちはゾロゾロとそれに従った。

「やるしかない。」
1人取り残された律は、決意した。
入ってきた男を焼き殺せば、先輩を助けられる。
それを信じるしかなかった。

*****

「久しぶりだな。三橋瑠里」
蛭魔は冷やかに、女にそう告げた。
たが高野にとっては、女の名前などどうでもよかった。

高野は蛭魔と共に、律の救出に来た。
指定された場所は、古い廃屋のような民家だった。
荒れていて一見して空き家だとわかる。
その前には1人の女と数人の男が待っていた。

「律はこの中よ。」
女は廃屋を指さして、そう言った。
蛭魔はそれには答えずに、じっと女の表情をうかがっていた。
次の展開を思案しているのだろう。
そうしながらも女や男たちを表情で視線だけで威嚇している。

「俺が入る。あんたはここにいてくれ。」
高野は蛭魔にそっと耳打ちした。
こんな物騒な男たちに包囲された状態で、中に入るのは危険すぎる。
だが入らなければ、律の無事を確認できない。
1人が入り、1人がこの場を見張るのが賢明なはずだ。

「わかった。何かあったら大声で叫べ。危険を感じたら迷わず撃て。」
蛭魔も高野にだけ聞こえる声で、そう返してきた。
ここに来る前に、蛭魔から銃を借り受けている。
簡単に撃ち方も説明してもらった。
咄嗟に撃って当てる自信はないが、何もないよりはるかにマシだった。

高野は1人で、廃屋に入った。
狭いので、一目で中がすべて見渡せる。
すぐに奥の壁際に座り込んでいる青年を見つけることができた。

最後に見た時より、表情はやつれている。
元々細かった身体は、ますます細くなっていた。
だがずっと忘れられなかった青年を、見間違えたりはしない。

青年はじっと高野を凝視している。
その瞳は緑色に輝いていた。
確か律の瞳は、髪と同じ茶色だったはずだ。
発火能力を発揮するとき、瞳の色が変化するということだろうか?
だとすれば、感傷に浸っている時間などない。

「律。俺だ。高野政宗だ!」
高野は急いで律に駆け寄ると、その正面に膝をついた。
そして驚きに見開かれた緑色の瞳ごと、細い身体を抱きしめた。

「助けにきたんだ。律」
高野は律の耳元で、そっと囁いた。
律は「本当に、先輩?」と震える声で聞き返してくる。
高野は律を安心させてやるために、抱きしめる腕に力を込めた。

*****

何で、こんなことに。
千秋はその部屋の中で、じっと膝を抱えていた。

吉野が仕事帰りに見知らぬ男たちに拉致されたのは、数日前のことだ。
アパートの前でいきなり殴られ、黒塗りのワゴン車に押し込められた。
その後、ずっと地下室のような窓のない場所に監禁されていたのだ。

この建物に移されたのは、つい先程のことだ。
千秋と交代するように、1人の青年がここから出て行った。
緑色の瞳が印象的な、茶髪の青年だった。
彼は千秋と目が合い、何かを言いかけた。
だが取り囲まれた屈強な男たちに遮られ、何も言えないままに連れ出されてしまった。

あの青年も攫われて、監禁されていたのだろう。
千秋はぼんやりとそう思った。
すごく綺麗な顔立ちだったけど、ひどくやつれているように見えた。
もしかして自分もずっと閉じ込められて、あんな風になってしまうのだろうか。

千秋は自分が攫われた理由を理解していた。
この特殊な能力のせいだ。
何故ならこの部屋は、以前仕事で訪れた部屋だったからだ。
先程の青年が閉じ込められているのも、透視した。
それを職場の上司に言ってしまったせいだ。
それならばもしかして口封じとして、殺されてしまうのかもしれない。

疎遠になっている両親や妹は、千秋がいなくなったことにも気づかないだろう。
職場だって日雇いの身なのだから、連絡がつかなければそれまでのことだ。
ふと頭に浮かんだのは、職場で唯一、千秋に親切にしてくれる上司の顔だった。
あの人-羽鳥は連絡がつかない千秋のことを、少しは心配してくれているだろうか?
押し寄せてきた感傷に、涙が浮かんできた。

だが服の袖で涙を拭おうとした瞬間、不意に目の前に人影が現れた。
千秋は思わず「うわぁ!」と声を上げてしまう。
透視が使える千秋は、この部屋の外まで見渡せる。
目の前にいきなり人が現れるはずがないのだ。

「うわ、ここに来ちゃったのか。。。」
現れたのは千秋と同じくらいの年齢の青年だった。
辺りをキョロキョロと見回すと、ため息をついている。

「吉野、千秋さんですよね?」
青年は千秋の動揺などおかまいなしに、微笑した。
くせのある黒髪と悪戯っぽい笑顔が印象的だ。
千秋は驚くことも忘れて「はい」と頷いた。

「脱出しましょう。」
「え?どうやって?」
千秋が聞き返したのと、入口の扉が向こう側に倒れたのはほぼ同時だった。
青年は手を使わずに、鍵がかかっている扉を吹っ飛ばしたのだ。
そして何事もなかったように、つかつかと扉がなくなった出入り口に向かう。
だが呆然と動けない千秋を振り返ると「あ、そうだ!」と声を上げた。

「僕、小早川セナです。よろしく。」
今更のように名乗ると、またつかつかと歩き始めた。
千秋は「こちらこそ」と間の抜けた反応を返すと、青年の後ろに続いた。

*****

「うわ!派手にやったな。。。」
阿部は呆れたように、そう呟く。
羽鳥は目の前の情景に、声も出なかった。

三星神社。
羽鳥は阿部と共にタクシーを飛ばして、ここに来ていた。
全てを聞かされ、千秋がここに監禁されていると聞いた時に、羽鳥には思い当たることがあった。
ここは羽鳥と千秋が仕事で来た場所だ。
そして千秋が人が閉じ込められていると言い出し、羽鳥はそれを報告した。
もしそのことが原因だとしたら。
今千秋が囚われていることには、羽鳥にも責任がある。

ここは数ある仕事場の中でも、妙な場所だと思った。
神社だというのに、妙に物々しかったのだ。
羽鳥たちが清掃をしているときにも、あちこちに男が立って様子を見ていた。
今にして思えば、あれは羽鳥たちの仕事を確認していたのではない。
外から来た人間を監視していたのだ。

「俺から離れないでくれ。」
阿部はそう言いながら、神社の鳥居を潜った。
羽鳥もその後に続いていく。
あのときとは打って変わって人が少ない。
だが奥の離れ-千秋が人が閉じ込められていると言ったあの小屋の前は大変なことになっていた。

小屋の前には何人もの男が倒れていた。
その小屋にもたれかかるように、1人の青年が立っている。
肩で荒い呼吸をしているのが遠目にもわかった。
そしてその青年の横には、呆然とした表情で座り込んでいる千秋がいた。

「吉野、無事か!」
羽鳥は慌てて千秋に駆け寄ると、肩を抱きながら立たせた。
どうやら驚いているだけで、怪我などはしていないようだ。

「レンから電話で聞いて飛んできたんだけど。これじゃ俺は出番なしだな。」
阿部がまだ呼吸が整わない青年に、そう声をかけている。
軽い口調だが、青年のことを心配している様子が見て取れた。

「終わったようだな。」
そのとき背後から声がした。
蛭魔と高野、そして茶髪の青年-彼がおそらく小野寺律だろう。
ここでレン以外のメンバーは、初めて全員が顔を揃えることになった。

羽鳥は千秋の肩を抱き寄せたまま、その手を離さなかった。
この青年が大事であり、2度と離したくないと思ったからだ。

*****

「やっぱり来たか、蛭魔妖一。それに阿部隆也だったな。」
神社の本殿から現れた老人は、不敵な笑みを浮かべていた。
レンの従兄弟である瑠里と琉もその後ろに陰のように従っている。
蛭魔は1歩前に進み出ると、レンの祖父である老人を鋭い眼光で見据えていた。

「残念だったな。小野寺律も吉野千秋も返してもらった。」
「まったくだ。レンの予知と君たちの実行力には恐れ入る。」
2人の能力者を奪還されたにも関わらず、老人の不敵な笑みは崩れない。
ハッタリか、それとも何か隠している手があるのか。
蛭魔は無表情を装いながら、懸命にそれを読み取ろうとしていた。

「あんたたちが能力者を欲しがるのは、預言者であり続けるためだろう。」
蛭魔の問いかけに老人は無表情だが、瑠里と琉が悔しそうな表情だ。
やはりこの推測は当たっているらしい。

レン曰く、老人にはもう能力はないし、レンの両親の代に能力者はいない。
そして瑠里と琉の力は、レンには及ばない
それでも三橋家の権力を保つためにはどうするか。
それは能力者を使って、わざと災いを起こせばいいのだ。
事前に予言して、その通りの出来事を起こしてしまえば、それは予言と同じになる。

例えば律を使って、火災事故を起こす。
例えば千秋を使って、機密漏えい事件を起こす。
それを予言として伝えることで、三橋家の地位を守ろうとしているのだ。

「諦めろ。不当に人を拉致することなど、俺たちが許さない。」
蛭魔は老人と瑠里と琉の顔を見回しながら、そう宣言した。
だが老人は尚も動じる気配はない。

「最後に小早川瀬那が瞬間移動したのは予知できなかった。」
老人は後ろにひかえる2人の孫を交互に睨みつける。
瑠里と琉は「申し訳ありません」と項垂れる。

「だがおかげで助かった。今、廉はアメリカで1人なのだろう?」
老人の言葉に、蛭魔がセナを振り返った。
確かにレンは今アメリカに1人で留まっており、誰も守るものがいない。
すぐに守るならセナの瞬間移動と念動力しかないが、ここで力を使いすぎて動けないようだ。

「レンがもう1度手に入るなら、小野寺律も吉野千秋も必要ない。さっさと立ち去れ。」
老人が微かに唇を歪めて笑うと、本殿の方へと引き返していく。
どうやら彼らはもう、レンの捕獲に動き出したのだ。

「阿部、レンは?」
蛭魔はすでに携帯電話でレンを呼び出している阿部にそう叫ぶ。
だが阿部は重苦しい表情で首を振った。

まだまだこの戦いは終わらない。
このメンバーにレンを加えなければ、意味がないのだ。

【続く】
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