アイシ×おお振り×セカコイ【お題:囚われたお題】
【罪の意識】
ここに人が閉じ込められている。
青年はその建物で、呆然と立ち竦んでいた。
青年には子供の頃から、昔から不思議な能力があった。
箱の中身とか、物陰に隠れて見えない物などが見えてしまうのだ。
そのせいで子供の頃から、周りとはうまく人間関係が築けなかった。
子供の頃、来客が菓子折りの包みを出した時、その中身が見えた。
青年は何も考えずに「羊羹よりクッキーがいい」と口走ったのだ。
菓子折りの中身はまさに羊羹で、両親も来客も気まずい雰囲気になった。
その時には周囲の大人たちは、青年が老舗和菓子店の包装紙を見てそう言ったと思った。
だが青年には、中身の羊羹がはっきりと見えていたのだ。
かくれんぼをすれば、誰がどこに隠れているのか見えてしまう。
一緒に遊んでいた子供たちは「千秋君と遊んでも面白くない」と、仲間外れにされた。
そんなことを繰り返して、この能力は自分にしかないということに気付いた。
しかも能力を使うと、いつも周りの人たちは迷惑そうな顔をする。
青年はこの能力を一生隠しておこうと心に決めた。
そんな決意が、青年自身を決定的に苦しめたのは思春期になった頃だ。
青年の能力はますます進化し、服の下の裸身まで見えるようになっていた。
折しも同年代の女子たちは、女性らしい身体に変化する時期だ。
そして家にはさほど年齢が変わらない妹もいる。
彼女たちの身体が、見ようとしなくても見えてしまう。
その罪の意識で、青年は心を病んだ。
学校に行けなくなり、家に引きこもるようになった。
10代の頃は、もう家から出ることもできなくなった。
それでも仕事をしなくては生きていけない。
青年は何とか清掃会社でアルバイトの仕事を見つけた。
高校にも行けなかった青年が就ける職業は少ない。
その中でも清掃の仕事は、あまり人と関わらなくてすむ。
こうして目立たないように、平和に生きていければいいと思っていた。
そして今日はとある神社の清掃の仕事だった。
何人かのアルバイト社員と一緒に来て、青年は庭の清掃担当だ。
半日ほど黙々と雑草取りをして、落ち葉やゴミを集める。
1人だけでできる青年の望み通りの仕事だ。
だが青年は見つけてしまった。
広い庭の一角にポツンと建てられた、小屋というには立派な建物。
その中には1人の少年が、膝を抱えて座り込んでいる。
その表情は泣いているように見えた。
そしてこの小屋は、外から鍵が掛けられている。
ここに人が閉じ込められている。
青年はその建物で、呆然と立ち竦んでいた。
*****
「そんな馬鹿なこと、信じられるか!」
高野は、目の前の男たちを交互に睨みながら、吐き捨てた。
突然現れた2人の男は「小野寺律」のことで話があると言った。
関われば何もかも失うが、それでもいいなら力を貸してほしいと。
高野は彼らの申し出を受けた。
正直言って、覚悟があったわけではない。
今の仕事も失い、日本にもいられなくなるかもしれないと言われてもピンとこなかっただけだ。
胡散臭かったら、相手にしなければいいだけのことだ。
高野は誘われるままに、繁華街のカフェについて行った。
チェーン店のカフェは客が多くて、騒がしく落ち着かない。
だが彼ら曰く、密談は静かな場所よりこういう場所の方がいいらしい。
2人の男の話は、高野の想像の遥か上を行っていた。
彼らは律が超能力者だと言う。
政財界に力を持つ超能力者の家に囚われて、能力を磨く訓練を受けさせられている。
戸籍上は死んだことになっており、このままでは人知れず道具にされてしまう。
だから律の救出に力を貸してほしいと。
だが高野は到底、信用できなかった。
あまりにも話が突飛すぎる。
しかもこの男たちの素性が一切わからないのだ。
むしろ信用しろという方が無理だ。
「悪いけど、帰らせてもらう。」
高野は猛然と席を立った。
だが2人の男は予想していたらしく、表情を変えなかった。
蛭魔と名乗った秀麗な男が、折り畳んだ紙片をテーブルに置いた。
「気が変わったら連絡してくれ。あと危険を感じた時も」
蛭魔のその口振りから、連絡先が書かれているのだろう。
高野は少し迷ったが、その紙片を取り上げるとポケットに入れた。
もし彼らの言っていることが本当なら、これが律と自分をつなぐものになる。
高野は無意識のうちに、そう思ったのだ。
*****
「セナ、元気、ないね。」
レンは黙り込んでいるセナの横顔に、そっと声をかけた。
2人きりのオフィスは1人が黙り込んでしまえば、恐ろしいほど静かだ。
蛭魔と阿部が日本に向かってから、もう数日になる。
偽造パスポートを使っているし、直行便ではなく別の国を経由している。
その上、2人は別々のルートで入国するという徹底ぶりだ。
おそらく彼らはまだ合流したばかりだろう。
まず律が想う先輩、高野に接触した方がいいと提案したのはレンだった。
もう間もなく律は覚醒する。
ただでさえ長期間の監禁で弱った心は、さらに追い詰められるだろう。
そんな律を支えられるのは、高野しかいないはずだ。
オフィスは現在、休業中だ。
蛭魔と阿部がいなければ、トラブルシューティングはできない。
そしてセナの鍵開けも、レンの占いも自主休業だ。
セナは事務所の自分の席で、デザイン画を描いている。
レンはもっぱらいつ来るかわからない予知に備えて、休養だ。
来客用のソファを1人で占領して、本を読んでいる。
律の救出も気になるところだが、レンが目下のところもっと気になるのはセナだった。
ヒル魔たちが出かけた翌日から、元気がない。
だがレンにはその理由も見当がついていた。
「レンにはわかってるんだよね。予知で。」
「ご、ごめん、ね。」
セナがふさぎ込んでいる原因は、新しい能力の覚醒だった。
偶然事務所から閉め出されて、困っているうちに事務所の中にいた。
つまり瞬間移動してしまったのだ。
セナがその能力を覚醒させることを、レンは予知していたのだ。
「罪の意識なんて、感じることないよ。それがレンの能力だもんね。」
「うん。でも。。。」
「ちょっとだけ羨ましい。レンの力は僕の力とは違って人の役に立つ。」
セナが寂しそうに、そう呟く。
レンはそれを聞いて、驚いた。
どちらの能力が優れているなんてありえない。
否定しようとした瞬間、レンは強烈な眩暈を感じた。
何かが大きく動く予知の前兆だった。
*****
「吉野、どうかしたのか?」
羽鳥はアルバイト清掃員の青年に、声をかけた。
青年が納得いかないような表情で、離れの前に佇んでいたからだ。
羽鳥芳雪は、清掃会社で働いている。
元々家事全般は得意で、特に掃除をするのが好きだった。
汚れた部屋が自分の手で綺麗になるのは快感なのだ。
清掃会社に就職したのは、そんな自分の性格に合っていると思ったからだ。
会社で仕事を請け負うと、羽鳥は責任者として依頼された場所へ向かう。
広い場所を清掃するときには、アルバイトの清掃員を何人か伴っていく。
今回の依頼主の三星神社は上得意で、敷地はかなり広かった。
アルバイト清掃員は、基本的に日当払いの日雇いだ。
当然、手際がいい者がよく使われる。
そういう意味で吉野千秋は、あまり人気がなかった。
どちらかと言えば要領が悪いし、何よりも人と関わるのが苦手な様子だった。
だが羽鳥は好んで、吉野千秋を使っていた。
要領はよくないが、決して文句は言わない。
何よりもいつも一生懸命なのがいいと思った。
「吉野、どうかしたのか?」
羽鳥は件のアルバイト清掃員に声をかけた。
彼が納得いかないような表情で、離れの前に佇んでいたからだ。
黙々と働くこの青年が、仕事の時に手を休めているのは珍しい。
「この中に、人が閉じ込められています。」
羽鳥はギョッとして、彼が見つめる建物を凝視した。
窓が高い位置にあるため中は見えないし、音も聞こえない。
それなのに、なぜそんな恐ろしいことをいうのだろう。
「わかった。三橋さんに一応確認しておく。だから仕事しろ。」
羽鳥は一瞬迷ったが、すぐにそう告げた。
異変を感じたなら、些細なことでも依頼主に報告。
羽鳥にとっては、マニュアル通りの対応だ。
だがこの判断が、2人の運命を大きく変えることになる。
羽鳥がそのことで罪の意識に苛まれることになるのは、もうしばらく先のことだ。
*****
「もう1人、保護してほしいんです!」
セナは電話口で声を張り上げていた。
レンがまた予知をした。
蛭魔たちの行動を根底から覆すような大きな予知だ。
レンは力を振り絞るように予知の内容をセナに告げると、眠ってしまった。
蛭魔たちとは、極力連絡を取らないことにしている。
この事務所は蛭魔が万全のセキュリティを張っていて、電話回線の盗聴などの備えも万全だ。
それでもやはり連絡を取り合えば、次の作戦がバレてしまう危険は増す。
だからセナもレンも恋人との電話やメールを我慢していた。
だが今は非常事態だ。
セナは蛭魔の携帯電話に連絡を入れた。
ちなみにこの電話番号は今回の日本の滞在のためだけの番号だ。
「レンが予知したんです。すでに覚醒している透視能力者が、三橋家に出入りしてるって。」
セナは逸る気持ちを押さえながら、懸命に説明した。
レンの今回の予知のイメージには、新たな人物が登場していた。
その人物は透視能力者で、すでに覚醒している。
レンはかつて自分の部屋であった離れに、律ではなくその人物が閉じ込められているイメージを見た。
三橋家がその青年の能力に気づいたら、それは現実のものになる。
覚醒前の律よりも、覚醒したその青年の方が、利用価値が高いと思うだろう。
「三星神社に清掃に入った業者の人です。若い男の人で名前はわかりません。」
童顔で小柄な、黒い髪の青年。
セナはレンから聞かされた人物像を、伝えた。
『わかった。こちらで調べる。レンのことを頼むぞ。』
蛭魔がそう告げて、電話は切れた。
もう少し話したかった、と少々ガッカリしたセナは、慌てて気を引き締めた。
これは遊びではなく、2人の能力者の人生がかかった勝負なのだ。
「瞬間移動も練習しようかな。」
レンは自分の部屋で休んでいることだし、することがない。
それに使える能力が増えれば、みんなの役に立つかもしれない。
セナは意識を集中させると、蛭魔の部屋をイメージする。
そして心の中で「飛べ!」と強く念じた。
【続く】
ここに人が閉じ込められている。
青年はその建物で、呆然と立ち竦んでいた。
青年には子供の頃から、昔から不思議な能力があった。
箱の中身とか、物陰に隠れて見えない物などが見えてしまうのだ。
そのせいで子供の頃から、周りとはうまく人間関係が築けなかった。
子供の頃、来客が菓子折りの包みを出した時、その中身が見えた。
青年は何も考えずに「羊羹よりクッキーがいい」と口走ったのだ。
菓子折りの中身はまさに羊羹で、両親も来客も気まずい雰囲気になった。
その時には周囲の大人たちは、青年が老舗和菓子店の包装紙を見てそう言ったと思った。
だが青年には、中身の羊羹がはっきりと見えていたのだ。
かくれんぼをすれば、誰がどこに隠れているのか見えてしまう。
一緒に遊んでいた子供たちは「千秋君と遊んでも面白くない」と、仲間外れにされた。
そんなことを繰り返して、この能力は自分にしかないということに気付いた。
しかも能力を使うと、いつも周りの人たちは迷惑そうな顔をする。
青年はこの能力を一生隠しておこうと心に決めた。
そんな決意が、青年自身を決定的に苦しめたのは思春期になった頃だ。
青年の能力はますます進化し、服の下の裸身まで見えるようになっていた。
折しも同年代の女子たちは、女性らしい身体に変化する時期だ。
そして家にはさほど年齢が変わらない妹もいる。
彼女たちの身体が、見ようとしなくても見えてしまう。
その罪の意識で、青年は心を病んだ。
学校に行けなくなり、家に引きこもるようになった。
10代の頃は、もう家から出ることもできなくなった。
それでも仕事をしなくては生きていけない。
青年は何とか清掃会社でアルバイトの仕事を見つけた。
高校にも行けなかった青年が就ける職業は少ない。
その中でも清掃の仕事は、あまり人と関わらなくてすむ。
こうして目立たないように、平和に生きていければいいと思っていた。
そして今日はとある神社の清掃の仕事だった。
何人かのアルバイト社員と一緒に来て、青年は庭の清掃担当だ。
半日ほど黙々と雑草取りをして、落ち葉やゴミを集める。
1人だけでできる青年の望み通りの仕事だ。
だが青年は見つけてしまった。
広い庭の一角にポツンと建てられた、小屋というには立派な建物。
その中には1人の少年が、膝を抱えて座り込んでいる。
その表情は泣いているように見えた。
そしてこの小屋は、外から鍵が掛けられている。
ここに人が閉じ込められている。
青年はその建物で、呆然と立ち竦んでいた。
*****
「そんな馬鹿なこと、信じられるか!」
高野は、目の前の男たちを交互に睨みながら、吐き捨てた。
突然現れた2人の男は「小野寺律」のことで話があると言った。
関われば何もかも失うが、それでもいいなら力を貸してほしいと。
高野は彼らの申し出を受けた。
正直言って、覚悟があったわけではない。
今の仕事も失い、日本にもいられなくなるかもしれないと言われてもピンとこなかっただけだ。
胡散臭かったら、相手にしなければいいだけのことだ。
高野は誘われるままに、繁華街のカフェについて行った。
チェーン店のカフェは客が多くて、騒がしく落ち着かない。
だが彼ら曰く、密談は静かな場所よりこういう場所の方がいいらしい。
2人の男の話は、高野の想像の遥か上を行っていた。
彼らは律が超能力者だと言う。
政財界に力を持つ超能力者の家に囚われて、能力を磨く訓練を受けさせられている。
戸籍上は死んだことになっており、このままでは人知れず道具にされてしまう。
だから律の救出に力を貸してほしいと。
だが高野は到底、信用できなかった。
あまりにも話が突飛すぎる。
しかもこの男たちの素性が一切わからないのだ。
むしろ信用しろという方が無理だ。
「悪いけど、帰らせてもらう。」
高野は猛然と席を立った。
だが2人の男は予想していたらしく、表情を変えなかった。
蛭魔と名乗った秀麗な男が、折り畳んだ紙片をテーブルに置いた。
「気が変わったら連絡してくれ。あと危険を感じた時も」
蛭魔のその口振りから、連絡先が書かれているのだろう。
高野は少し迷ったが、その紙片を取り上げるとポケットに入れた。
もし彼らの言っていることが本当なら、これが律と自分をつなぐものになる。
高野は無意識のうちに、そう思ったのだ。
*****
「セナ、元気、ないね。」
レンは黙り込んでいるセナの横顔に、そっと声をかけた。
2人きりのオフィスは1人が黙り込んでしまえば、恐ろしいほど静かだ。
蛭魔と阿部が日本に向かってから、もう数日になる。
偽造パスポートを使っているし、直行便ではなく別の国を経由している。
その上、2人は別々のルートで入国するという徹底ぶりだ。
おそらく彼らはまだ合流したばかりだろう。
まず律が想う先輩、高野に接触した方がいいと提案したのはレンだった。
もう間もなく律は覚醒する。
ただでさえ長期間の監禁で弱った心は、さらに追い詰められるだろう。
そんな律を支えられるのは、高野しかいないはずだ。
オフィスは現在、休業中だ。
蛭魔と阿部がいなければ、トラブルシューティングはできない。
そしてセナの鍵開けも、レンの占いも自主休業だ。
セナは事務所の自分の席で、デザイン画を描いている。
レンはもっぱらいつ来るかわからない予知に備えて、休養だ。
来客用のソファを1人で占領して、本を読んでいる。
律の救出も気になるところだが、レンが目下のところもっと気になるのはセナだった。
ヒル魔たちが出かけた翌日から、元気がない。
だがレンにはその理由も見当がついていた。
「レンにはわかってるんだよね。予知で。」
「ご、ごめん、ね。」
セナがふさぎ込んでいる原因は、新しい能力の覚醒だった。
偶然事務所から閉め出されて、困っているうちに事務所の中にいた。
つまり瞬間移動してしまったのだ。
セナがその能力を覚醒させることを、レンは予知していたのだ。
「罪の意識なんて、感じることないよ。それがレンの能力だもんね。」
「うん。でも。。。」
「ちょっとだけ羨ましい。レンの力は僕の力とは違って人の役に立つ。」
セナが寂しそうに、そう呟く。
レンはそれを聞いて、驚いた。
どちらの能力が優れているなんてありえない。
否定しようとした瞬間、レンは強烈な眩暈を感じた。
何かが大きく動く予知の前兆だった。
*****
「吉野、どうかしたのか?」
羽鳥はアルバイト清掃員の青年に、声をかけた。
青年が納得いかないような表情で、離れの前に佇んでいたからだ。
羽鳥芳雪は、清掃会社で働いている。
元々家事全般は得意で、特に掃除をするのが好きだった。
汚れた部屋が自分の手で綺麗になるのは快感なのだ。
清掃会社に就職したのは、そんな自分の性格に合っていると思ったからだ。
会社で仕事を請け負うと、羽鳥は責任者として依頼された場所へ向かう。
広い場所を清掃するときには、アルバイトの清掃員を何人か伴っていく。
今回の依頼主の三星神社は上得意で、敷地はかなり広かった。
アルバイト清掃員は、基本的に日当払いの日雇いだ。
当然、手際がいい者がよく使われる。
そういう意味で吉野千秋は、あまり人気がなかった。
どちらかと言えば要領が悪いし、何よりも人と関わるのが苦手な様子だった。
だが羽鳥は好んで、吉野千秋を使っていた。
要領はよくないが、決して文句は言わない。
何よりもいつも一生懸命なのがいいと思った。
「吉野、どうかしたのか?」
羽鳥は件のアルバイト清掃員に声をかけた。
彼が納得いかないような表情で、離れの前に佇んでいたからだ。
黙々と働くこの青年が、仕事の時に手を休めているのは珍しい。
「この中に、人が閉じ込められています。」
羽鳥はギョッとして、彼が見つめる建物を凝視した。
窓が高い位置にあるため中は見えないし、音も聞こえない。
それなのに、なぜそんな恐ろしいことをいうのだろう。
「わかった。三橋さんに一応確認しておく。だから仕事しろ。」
羽鳥は一瞬迷ったが、すぐにそう告げた。
異変を感じたなら、些細なことでも依頼主に報告。
羽鳥にとっては、マニュアル通りの対応だ。
だがこの判断が、2人の運命を大きく変えることになる。
羽鳥がそのことで罪の意識に苛まれることになるのは、もうしばらく先のことだ。
*****
「もう1人、保護してほしいんです!」
セナは電話口で声を張り上げていた。
レンがまた予知をした。
蛭魔たちの行動を根底から覆すような大きな予知だ。
レンは力を振り絞るように予知の内容をセナに告げると、眠ってしまった。
蛭魔たちとは、極力連絡を取らないことにしている。
この事務所は蛭魔が万全のセキュリティを張っていて、電話回線の盗聴などの備えも万全だ。
それでもやはり連絡を取り合えば、次の作戦がバレてしまう危険は増す。
だからセナもレンも恋人との電話やメールを我慢していた。
だが今は非常事態だ。
セナは蛭魔の携帯電話に連絡を入れた。
ちなみにこの電話番号は今回の日本の滞在のためだけの番号だ。
「レンが予知したんです。すでに覚醒している透視能力者が、三橋家に出入りしてるって。」
セナは逸る気持ちを押さえながら、懸命に説明した。
レンの今回の予知のイメージには、新たな人物が登場していた。
その人物は透視能力者で、すでに覚醒している。
レンはかつて自分の部屋であった離れに、律ではなくその人物が閉じ込められているイメージを見た。
三橋家がその青年の能力に気づいたら、それは現実のものになる。
覚醒前の律よりも、覚醒したその青年の方が、利用価値が高いと思うだろう。
「三星神社に清掃に入った業者の人です。若い男の人で名前はわかりません。」
童顔で小柄な、黒い髪の青年。
セナはレンから聞かされた人物像を、伝えた。
『わかった。こちらで調べる。レンのことを頼むぞ。』
蛭魔がそう告げて、電話は切れた。
もう少し話したかった、と少々ガッカリしたセナは、慌てて気を引き締めた。
これは遊びではなく、2人の能力者の人生がかかった勝負なのだ。
「瞬間移動も練習しようかな。」
レンは自分の部屋で休んでいることだし、することがない。
それに使える能力が増えれば、みんなの役に立つかもしれない。
セナは意識を集中させると、蛭魔の部屋をイメージする。
そして心の中で「飛べ!」と強く念じた。
【続く】