アイシ×おお振り×セカコイ【お題:囚われたお題】

【視線】

最近、視線を感じることがある。
最初はただの気のせいだと思った。
だが今は間違いなく、自分は見られていると思う。

今日も律の部屋に、2人の男女が現れた。
女は「ルリ」と、男は「リュウ」と名乗った。
ここに監禁された日から、彼らは毎日現れる。
この視線は彼らのものなのだろうか?

それとも天井から律を見下ろすカメラのせいかもしれない。
頑丈に鍵をかけられ、窓も高すぎて手が届かない。
それでも安心できないのか、天井付近には監視カメラが設置されているのだ。

でもそれでは説明がつかない。
視線を感じるようになったのは、つい最近のことなのだ。
監視カメラや「ルリ」や「リュウ」だったら、もっと早く気づいていてもいいと思う。
それにこの視線の主のイメージが、ぼんやりとわかるのも妙だった。
律より少しだけ年上の男で、フワフワとした明るい茶色の髪をしている。
顔立ちははっきりしないのに、なぜか心配そうな表情をしているのはわかるのだ。

「じゃあ、今日はこれよ。」
声をかけられて、律はハッと我に返った。
差し出されたのは1枚の写真で、そこに写っている風景には見覚えがある。
律が通っていた高校の外観の写真だ。
4月頃に撮られたもののようで、桜並木が綺麗な満開になっている。

「この桜に火をつけるのをイメージして。」
写真を差し出した「ルリ」は冷たい表情で、そう言い放った。
律は黙って頷くと、桜の花が火で燃える光景を頭に思い浮かべた。

ここに連れて来られてまずやらされたのは、紙を燃やすことだった。
灰皿のような入れ物の中に、白いティッシュペーパーが1枚。
これが火で燃えているイメージを、思い浮かべろと言われた。
最初は訳がわからなかった。
だが何か月もそれを繰り返しているうちに、ティッシュペーパーは燃えたのだ。

それから色々な物にを燃やす火をつけるようにと言われた。
木片や布、ペットボトルや金属など。
そして最近では知っている場所の写真を見せられて、これを燃やせと言われる。
ことわれば両親に危害を加えることを匂わされており、嫌とは言えない。

「いつになったら遠隔操作できるのかしら。」
携帯電話で何かを確認していた「ルリ」が苛立った声を上げる。
どうやらこの写真の場所で誰かが監視していたらしい。
そんな「ルリ」の表情を見ているうちに、律は「あれ?」と思う。
視線の主の青年と「ルリ」が、どこか似ているような気がしたのだ。

俺、ついに幻覚が見えるようになったのかな?
律はしょんぼりと肩を落として、ため息をついた。

*****

「蛭魔さん!イメージ変わりましたね!」
「あ、阿部、君も!」
セナとレンは声を上げると、ほぼ同時にスマートフォンを取り出し、カメラを起動させる。
蛭魔と阿部は顔を見合わせると、ため息をついた。

日本に向かうことになった蛭魔と阿部の偽造パスポートが出来上がった。
2人ともアメリカ国籍の日系人として、別の名前で入国する。
そして敵の目を誤魔化すための変装もしていた。
蛭魔はいつも逆立てていた金色の髪を、黒い短髪にしていた。
そして黒だった阿部の髪は、赤みがかった茶色に染めている。
つまり2人とも、別人のように変貌していたのだ。

「こっち向いてください!」
「阿部、君、笑って!」
俄然テンションの上がったセナとレンは、夢中で写真を撮りまくっている。
蛭魔も阿部ももう呆れるしかない。
これから日本を陰から牛耳る者たちに戦いを挑むというのに、緊張感がなさすぎる。

ここから先、蛭魔たちとセナたちは別行動になる。
日本に向かう蛭魔と阿部、ここに残るセナとレン。
セナとレンもを連れて行くかどうか、迷った。
だが予知を繰り返したレンは、体力が落ちている。
それにまた状況が劇的に変われば、また大きな予知をするだろう。
この状況下で、長い旅は難しい。
だからレンとセナは残ることになったのだ。

「今度は2人、並んでください!」
「もっと、寄って!」
セナとレンはきゃあきゃあとはしゃぎながら、写真を撮ることに忙しい。
蛭魔と阿部は苦笑しながら、2人の言う通りのポーズをとった。

「おい、まだかよ。」
「さっさと終わらせろ。」
蛭魔も阿部も文句を言ったが、悪い気分ではない。
恋人は目をハートマークにしながら、変身した自分の姿を愛でているのだから。

能天気すぎるのかもしれない。
だがこの明るさこそ、4人の強みなのだ。
失敗すれば全員、命がないかもしれない。
それでも一歩も引くつもりはなかった。
この明るさと結束で、監禁された少年を何としても助け出したい。

そしてその翌日、蛭魔と阿部は日本に向けて出発した。
セナとレンは事務所に残り、じっと待つことになった。

*****

「その時間は、この事務所にいました。」
セナはウンザリした声で、そう答えた。
相手は少しも表情を変えることなく、じっとセナの表情をうかがっている。

ロサンゼルス市警のパトリック・スペンサー警部、通称パンサーは強盗犯を追っている。
ここのところよく出没している連続強盗犯だ。
そして最重要容疑者として、セナをマークしていたのだ。
難解な鍵をあっさりと破り金品を強奪する手口は、凄腕の錠前師の仕業。
街で評判の鍵開け家業を営むセナは、怪しいというわけだ。

「昨晩夜10時、どこにいた?」
「その時間は、この事務所にいました。」
事務所を訪ねてきたパンサー警部は、いきなりそう聞いた。
そのまま入ってきそうな勢いだったのを、戸口に立って懸命に阻んだ。
まったく見当外れもいいところだ。

「証明できるか?」
「ちょうどその頃、ピザのデリバリーを頼んでます。」
セナはポケットからピザの領収書を取り出すと、パンサーの鼻先に突き出した。
パンサーはそれをひったくり、目を通すと不満そうな表情をしている。

実は昨晩の強盗もレンが予知していた。
だからその時間に合わせて、ピザの配達を頼んだのだ。
おかげでまたレンは寝込んでしまっている。

「いつも綺麗にアリバイがある。それが怪しいんだよな。」
「アリバイがあって疑うのも、どうかと思いますけど」
パンサーが不満そうにしている。
正直言って鬱陶しいこと、この上ない。

だがこの状況下で、これがありがたいことになっていた。
彼らはセナを疑って、この事務所の周りを定期的に回っているのだ。
蛭魔も阿部もいない今。
もし三橋家からの刺客が襲ってきた場合、バリケードになるかもしれない。

「同居人が具合が悪くて寝ているんです。早く帰ってください!」
セナはパンサーの身体を押し出して、外に出た。
パンサーが「また来る」と手を振りながら、去っていく。

「まったく」
その瞬間、セナの背後でバタンと音を立てて、扉がしまった。
その音に驚いたセナが思わず「ああ!」と声を上げていた。

*****

「高野政宗さん?」
蛭魔は男に確認する。
だが男は答えず、胡散臭そうな目でこちらを見ていた。

蛭魔と阿部は1人の男を待っていた。
小野寺律が高校時代に慕っていたという男だ。
レンの予知の中で、律は「先輩」と何度も呟いていたという。
その男の素性は、さほど造作なく調べ上げることができた。
大学を卒業した後、就職して1人暮らしをしている。

蛭魔と阿部はその男、高野政宗のマンションの前で待っていた。
そして会社から帰宅したと思しき高野に声をかけた。
高野はあからさまに疑わしげな視線を向けてくる。
だが無理もないことだ。
いきなり家の前で知らない男に待ち伏せされれば、誰でもそうだろう。

高野は長身で黒髪、女性にモテそうなイケメンだ。
小野寺律も綺麗な顔立ちをしているし、2人が並べばさぞかし絵になる光景になるだろう。
蛭魔はふとそんなことを考えて苦笑する。
彼らがどうなるにしても、その前に片づけなければならないことが多すぎる。

「小野寺律のことで話がある。あんたは律と一緒に生きる覚悟はあるか?」
「何?」
「関わればきっと今の仕事も何もかも失う。日本にもいられなくなるかもしれない。」
「どういう意味だ?」
「それ以上は、答えを聞かなければ話せない。」

高野の質問に、蛭魔は冷徹な答えを返した。
まったく無謀、ほとんど詐欺のような提案だと思う。
だがもしも高野にとって律がもう意味のない存在なら。
迂闊に情報を与えると、今度は高野に危険が及ぶ可能性がある。

「今、返事をしないとダメか?」
「ダメだ。」
「あんたたちの言っていることが正しいという保証は?」
「ない。信じてもらうしかない。」

高野は蛭魔と阿部の顔を見比べるようにしながら、考えている。
無表情を装っているようだが、動揺が見て取れた。
その様子から、蛭魔は確信する。
高野にとって、小野寺律は過去の存在ではないということを。

「5分だけ待つ。その間に決めてくれ。律と一緒に生きるか、永遠に別れるか。」
蛭魔は高野にそう告げた。
理不尽な選択肢だとは思う。
だが今の状況を考えれば、これで決めてもらうしかないのだ。

「俺は」
高野が意を決した様子で口を開く。
蛭魔と阿部は静かに、高野の答えを待った。

*****

「ああ!」
セナは焦って声を上げる。
だがもう時すでに遅し、だ。

市警の刑事を勢いよく追い立てた時に、事務所の扉が閉まってしまった。
この事務所は一見、普通の事務所だが、セキュリティはしっかりしている。
扉はコンピュータ制御で、閉まれば自動的にロックされる。
中からは開くが、外からは鍵がなければ開かない。
つまりセナは閉め出されてしまったのだ。

「参ったな」
セナはドアを見ながら、呆然とするしかない。
鍵は持っていない。
鍵を開ける道具もないし、そもそもコンピュータ制御の鍵は専門外だ。
レンは中にいるが、眠ってしまっているだろう。
携帯電話もないし、大声で叫んでも声も届かない。

残された手段は、念動力でドアを破ること。
だが修理代を考えると、それも躊躇われた。
つまり消去法で残った答えは、レンが目を覚ますまで待つしかない。

だがレンは予知が重なったせいで、熱を出して寝込んでいる。
いつ目覚めるかわからない。
それに具合が悪いのに、横で看病できないのは心配だ。

「まずいよ。何としてもレンのそばにいかなきゃ!」
セナが思わず叫んだ瞬間、視界が暗転する。
ものの1秒、真っ暗になり、すぐに明るくなった瞬間。
セナの目の前にはベットがあり、レンが眠っていた。

「え?」
驚いたセナが周囲を見回す。
ここはよく知っている事務所の中、レンの部屋だ。
さっきまで事務所の外で閉め出されていたセナは、一瞬のうちにレンの部屋に移動していた。

どういうこと?
セナは呆然と立ち竦んだまま、動けなかった。
確かにさっきまで事務所の外にいたはずなのに。
どう考えても絶対にありえないことが、現実に起きたのだ。

「これ、瞬間移動?」
セナは困惑が滲んだ声で、呟いた。
だが当然返事はない。
レンの寝息だけが、静かに響いていた。

【続く】
3/10ページ