アイシ×おお振り×セカコイ【お題:囚われたお題】

【意味の忘却】

いつからここにいるのだろう。
なぜここから出られないのだろう。
青年は窓を見上げながら、ぼんやりと考えている。

確かあの日は大事な日だった。
大学受験の合格発表だ。
それを見に行く途中だった。
その大学には、大好きな先輩が通っている。
同じ大学に行きたくて、必死に勉強した。

その発表を見るために、大学に向かう途中だった。
家を出て、最寄の駅に向かう途中、知らない男に捕らえられた。
後ろから羽交い絞めにされて、車に押し込まれたのだ。
それ以来、ずっとこのどこだかわからない場所にいる。

わかるのは、広い敷地の中にある頑丈な和風家屋だということだけだ。
古いが、手入れが行き届いた、天井が高い部屋。
どうやら母屋から少し距離がある離れのような場所のようだ。
だが普通とはかなり違っていた。
頑丈な扉は、外から施錠されていて、中からは開かない。
窓は手が届かない場所にあるので、日差しは入るが、外は見えない。
青年はそんな部屋にずっと閉じ込められていた。

荷物も財布も携帯電話も、全て取られた。
それどころか服も取られて、白い着物を与えられている。
しかも毎日同じデザインの服に着替えさせられ、清潔さは保たれている。
だが青年にはその理由など、見当もつかない。

もうかなり長い間、ここにいる。
正確な時間はわからないが、季節が何回も巡ったことは間違いない。
両親はきっと心配しているだろう。
大学入試はどうなったのだろう?
大好きな先輩は、俺のことを覚えているだろうか?
最初のころはずっとそう考えていた。

だが部屋には、何かの香のような匂いがする。
青年はこの香には幻覚を起こしやすい成分が含まれていることなど知らない。
毎日決まった時間に少しずつ嗅がされ、徐々に思考力が奪われていることも。
考える意味の忘却こそ、青年を捕獲した者の目的だった。

先輩に逢いたい。
今はその想いだけが青年を支えている。
それさえ忘れた時、青年は覚醒すると思われていた。

青年は届かない窓を見上げて、ため息をつく。
美しい緑の瞳は、涙で濡れていた。

*****

「よし、挟み撃ちにするぞ。」
蛭魔妖一は無線機に向かって、そう言った。
かすかなノイズと共に「了解」と答えが返ってくる。
声の主は相棒の阿部隆也だ。

蛭魔と阿部は、アメリカのロサンゼルスにいる。
そこで小さな事務所を構えて、一緒に仕事をしていた。
業務内容は、トラブルシューティング。
日本風に言えば、私立探偵というところだろう。
一応「法に触れない範囲でトラブルを解決」という触れ込みで、客の依頼を受ける。
場合によっては法に触れることもするが、それは公にはしない。

今日の依頼はストーカー退治だった。
依頼主は若い白人女性で、自分に付きまとう男を撃退して欲しいという。
ここまでは日本でもよくある話だが、問題は男の凶悪性だ。
強盗や恐喝を繰り返すワルであり、銃も所持している。

蛭魔たちは男の犯罪の証拠を集めた。
後は男を捕獲して、証拠と共に警察に引き渡せばいい。
この男は、うんざりするほど罪を重ねている。
よほどのことがない限り、当分シャバには出てこないだろう。

「よし、行くぞ!」
合図と共に、まずはヒル魔が男の前に飛び出した。
背後はしっかりと阿部が逃げ道を塞いでいる。
男はジーパンの尻のポケットから銃を取ろうとした。
だが抜く前に阿部が駆け寄って腕をねじり上げ、銃を取り上げた。
蛭魔が怯んだ男の身体をうつ伏せに倒すと、後手に手錠をかけて拘束。
阿部が携帯電話を取り出すと、警察に電話を入れる。
あっという間に任務完了だ。

蛭魔と阿部のコンビは、警察などでは有名だ。
荒事を多くこなしているのに、どちらも怪我をしない不死身のコンビだと。
2人とも表向きは「運がいいだけだ」と言う。
だが本当は、阿部の恋人である予知能力者のおかげだった。

「お疲れ」
蛭魔はパトカーで連行される男を見送りながら、阿部に声をかける。
阿部は「どうも」と短く応じた。
一気に2人の緊張が解けていく。
いくら「不死身」でもやはり凶悪犯を取り押さえる瞬間は、緊張するのだ。

「じゃあ、帰るか」
蛭魔はそう言いながら、追跡中は切っていた携帯電話の電源を入れる。
携帯電話は恋人からのメールを1通、受信していた。

*****

『今日、の、夜。9時頃。アリバイ、作って』
電話口から聞こえるのは、今は親友となった青年の声だ。
セナは短く「ありがとう」と答えると、電話を切った。

もし小早川瀬那に「あなたの職業は?」と問えば「デザイナー」と答えるだろう。
本業は商業デザインだ。
もっとも得意とするのは、キャラクターのデザイン。
ヒット商品を作ったこともあるし、コンクールで賞を取ったこともある。
今はあまり有名でない小さなブランドの、Tシャツの図柄のデザインをしている。

残念ながらそれだけでは、自分の食い扶持だけでやっとだ。
仕事場兼住居は、全面的に恋人に世話になっている。
せめて家賃は入れたいと始めたアルバイト。
それは鍵を開ける仕事-いわゆる錠前師だ。
鍵を失くして困っている人から連絡を受けると、駆けつけて開錠する。
他の錠前師が手に負えないものでも、セナにかかると開いてしまう。
そういう評判で、今や本業よりも収入があった。

種を明かせば、セナには誰にも言えない秘密があった。
セナは念動力者なのだ。
蛭魔や阿部と出逢い、ある事件を経験し、能力が覚醒した。
だから構造さえわかれば、手など使わなくても簡単に鍵を開けられる。
念動力が覚醒した時、セナはこれが何の役に立つのかと酷く困惑した。
悩んだ結果、見つけたのがこの仕事だった。

だがいいことばかりではない。
難解な鍵を破る窃盗事件が発生すると、セナはいつも容疑者にされる。
セナは自分の能力を知られたくないので、人と組んで仕事をしない。
そのせいで同業者からやっかまれているせいもあるかもしれない。
彼らは刑事に事情を聞かれると「セナならその鍵を破れる」などと証言するそうだ。

そんなセナの強い味方が、同居している友人だった。
彼は未来を読むことができる予知能力者。
強盗事件を予知すると、事前に教えてくれる。
セナはそれに従って、アリバイを作るのだ。
人が多い場所に出向いて、目立つ行動を取ったり、防犯カメラに映ったりする。

「はい。開きましたよ!」
セナは出先で鍵を失くしたという客のマンションの扉を開けた。
客は若いアジア系の女性で、セナの早業に驚いている。
女性は料金と一緒に、メモを渡してきた。
書かれていたのは、電話番号と彼女の名前だ。

セナは金だけを受け取り、メモを返した。
綺麗な女性だが、セナには興味がない。
だって大好きな恋人がいるのだから。

「夜9時か。蛭魔さんと食事でも行こうかな。」
アリバイ作りなのに、浮かれた気分になるのは止められない。
セナは客のマンションを出ると、携帯電話を取り出した。

*****

「今日、の、夜。9時頃。アリバイ、作って」
レンは電話の向こうの相手に、どうにか告げる。
相手が短く「ありがとう」と答えるのを確認して、安堵した。
話すのが得意ではなく、電話は苦手なのだ。

三橋廉は、予知能力者だ。
しかもセナのように、普通に生活していて覚醒したわけではない。
予知能力者の家系に生まれて、物心がつく前から能力を磨くことを課せられた。
人と隔離され、ほとんど幽閉された状態で、学校にも行っていない。
そして高い能力を身につけ、一族の後継者となるはずだった。

それがある事件で蛭魔や阿部と知り合い、逃げるように家を出た。
ついでに日本を飛び出して、アメリカの地にいる。
そして予知能力を生かして、占いを始めた。
看板を掲げてはいないが、口コミでよく当たると評判になっている。

その他にも何か大きな事件や世の中の流れを予知すると、蛭魔に伝える。
蛭魔はその情報を元に、株やFXなどのトレーディングをする。
4人が一緒に暮らす事務所兼住居の家賃は、そこから捻出されていた。

レンは事務所で留守番をしていることが多い。
人が多い場所に出ると、いろいろな人の未来が過ぎり、消耗するからだ。
占いの客には事務所に来てもらう。
そうして蛭魔や阿部やセナの危機を予知すると、電話で即座に知らせていた。

「少し、疲れた、かな。」
レンは誰もいない事務所で、ポツリと呟いた。
皆が違う仕事をしており、別会社という形態だが、事務所は1つだ。
それでも他の3人の仕事は外が多いので、充分だった。
1階が広い事務所になっており、2階が4人の住居になっている。

「ちょっとだけ、寝よう。」
レンは接客用のソファに身を沈めた。
さすがにかなり消耗している。
今日は蛭魔たちの仕事と、セナの冤罪の危機を予知した。

「誰か、来たら、起きよう」
レンは言い訳するように目を閉じた。
すぐに睡魔が訪れ、レンはストンと眠りに落ちた。

*****

「レン、帰ったぞ!」
阿部は勢いよく、事務所の扉を開けた。
だが接客用のソファに眠るレンは、動かなかった。

「寝てるのか」
阿部はレンが寝ていることに気付くと、声をひそめる。
今日は阿部たちのストーカー退治のときにも、相手が銃を持っていることを予知した。
それに強盗事件も予知して、セナにアリバイを作るように言ったらしい。
午前中は占いの客もいたようだし、疲れているのだろう。

セナと蛭魔は、最近人気のレストランに食事に出かけた。
目的は食事より、その店の防犯カメラに映ることだ。
とにかく今夜はレンと2人きり。
何かレンの好きなものでも作ろうかと、阿部は思案する。

「だ、だめ、だ。それ、は、だめ。。。」
不意にレンが苦しげな声を上げた。
阿部は慌ててレンの顔を覗き込み、ハッとした。
うなされている。
しかもレンの場合、うなされるのは単なる悪夢ではなく、予知夢であることが多い。
阿部はレンの横に座ると、手を強く握った
予知夢ならば途中で中断させず、最後まで見せなくてはいけない。

「!!」
不意にレンが目を開け、ガバリと上半身を起こした。
呼吸は乱れ、ビッショリと汗をかいている。
阿部は手を握ったまま、空いた手でハンカチを取り出し、汗を拭いてやった。

「男の子、が、閉じ込め、られ、てる。緑の、目と、茶色、髪の」
「え?」
「その子、能力、者だ!もうすぐ、覚醒、する!」
「レン、落ち着け。」
「センパイ、逢いたい、って。泣いてる。でも、このまま、じゃ。。。」
「よく思い出せ。他に手がかりは?」
「助け、ないと。大変、な、ことに。。。」

阿部はそれ以上聞くことができなかった。
レンは搾り出しようにそう告げると、またソファに沈んでしまったからだ。
大きすぎる予知夢のせいで消耗し、また眠ってしまったようだ。

レンは緑の瞳と茶色い髪の青年が、危険な状態であることを予知したのだ。
そしてその青年のせいで、何か大変なことが起こることも。
とにかく急いで助けなくてはならないことは、間違いないだろう。

阿部はレンの身体をそっと抱き上げた。
蛭魔と瀬那にはなるべく早く戻ってもらい、正しい情報を集める。
その間にレンをゆっくり休ませてやりたかった。

【続く】
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