アイシ×おお振り【お題:敵同士10題】

【生まれ変わったら】

嬉しいことが2つ、重なった。そして引越し。
4名は久しぶりに、忙しい日々を送っていた。

一行が、渡米から1年近く。
シュンの身体がようやく日常生活が営めるほどに回復し、退院の日が決まった。
今までの借家は、シュンの病院からのアクセスを最優先に選んだものだ。
退院するなら、蛭魔の仕事の都合もよく、阿部兄弟が通う学校が近い街中がいい。
蛭魔はまたしても見事なフットワークで、新しい家を購入した。
買ったんですか?と驚く3人に、蛭魔は「家賃払うの、もったいねぇ」と笑った。
退院したシュンを新居で迎えよう、と張り切る4人に届いたのは意外な知らせ。
セナがデザインコンクールに応募したキャラクターが、賞を受賞したというものだった。

セナは「念動力」の訓練をしつつ、空いた時間は男所帯の家事とデザインに費やしていた。
元々はデザインの仕事が好きで、会社を立ち上げたほどだ。
毎日スケッチブックに鉛筆を走らせたり、パソコンで作画をしたりしていた。
蛭魔も阿部もレンも、家事一切を引き受けた上に、家に閉じこもりがちなセナを心配した。
だが当のセナは、充実した日々だったと思う。
そしてその集大成として、一番よく出来たと思うデザインを1つ、コンクールに応募したのだ。

元々賞をとれるなどと思っていなかったし、知らせが来たときには応募したことさえ忘れていた。
だから阿部やレンに「おめでとう!」と連呼されても、何か今1つピンとこない。
だが新聞やWebサイトで、自分の名前や作品がデカデカと掲載されたときにようやく実感した。
感激してポロポロと涙を流すセナに、蛭魔は「今頃かよ?」と苦笑した。

そしてシュンの退院の日を待って、盛大なパーティが催されることになった。
シュンの退院祝いとセナの受賞祝いだ。
レストランでも予約するか?と蛭魔は言ったが、セナは新居で5名だけがいいと断った。
シュンも快く同意し、阿部とレンが腕を振るうことになった。

*****

「シュンの退院と、セナの受賞を、祝って」
蛭魔が乾杯の音頭を取ると、全員がグラスを掲げて「乾杯!」と声を上げる。
ついに全員が揃った一同の顔は、喜びに満ちていた。

「セナは、就職、するの?」
レンは玉子焼きを口に運びながら、セナに問いかけた。
アメリカなんだからオムレツだろ?という阿部に、こっちの方が美味いと言い張って作ったものだ。
「う~ん、受賞の後、いくつか誘いは来たんだけどね。迷ってるんだ。」
「え?セナさん、就職しないの~?」
横から口を挟んだのは、鶏の唐揚げを頬張ったシュンだ。
火を通しすぎたせいで、少しだけパサついた兄特製の唐揚げを美味そうに食べている。
「うん、デザインの仕事はしたいんだ。でも出来れば会社じゃなくて、フリーランスがいいな。」
「なん、で?」
「うん。他にもやりたいことあるから。時間の自由が利いた方がいい。」
もう一度問いかけたレンに、セナは笑顔でそう答えた。

セナが他にやりたいこととは、自分の異能である「念動力」を生かす仕事だった。
それが何であるのか、そもそもそんな仕事があるのか、今のセナにはわからない。
だがせっかく授かり、ようやく意のままに使えるようになったこの能力は、セナの一部だ。
それを捜すことが決して無駄なことだとは思わない。

「いいなぁ、すごいね、セナさん。」
「ほん、とに!す、ごいっ!」
シュンとレンが顔を見合わせて「すごい」を連発する。
セナはそんな2人の無邪気な賞賛に、照れくさそうに笑った。

*****

「高校をちゃんと卒業したら、蛭魔さんの仕事を手伝いたいんです。」
セナとレンとシュンがセナの将来を話す横で、阿部は蛭魔に話しかけていた。
「俺の仕事?」
蛭魔がワインを口に運びながら、阿部を見る。
先程からグイグイと酒を飲んでいる蛭魔は、全然表情も顔色も変わらず、態度も乱れることがない。

「もちろん、裏の方、だよな?」
「はい。」
そんなことを考えていたのか、と蛭魔は苦笑した。
阿部は高校を卒業すると宣言したものの、それ以降のことを何も言っていない。
だが身体を鍛えたいから、と蛭魔に筋トレのメニューなどの相談をしたり、それを毎日日課にしたり。
何か心に思うことがあるのだろうと思っていた。

「レンを守りたいってことか?」
勘のいい蛭魔が阿部の心を先読みして、そう問いかける。
阿部は照れたように頭を掻きながら「鋭いっすね」と苦笑する。

レンは相変わらず株価の変動の予知をしながら「占い」をしている。
だがそれはあくまでも裏の世界で、だ。
もし表立って看板でも掲げて「占い」などしたら、レンの能力に気づく者が現れるかもしれない。
つまり自分の能力を役に立てたいというレンの希望は、裏の世界でしか実現しないのだ。
そのレンに寄り添い、守るために。
阿部もまた裏の世界に生きることを、決意しているのだ。

「蛭魔さんには、俺とシュンの生活費、出してもらってますから。出世払い、したいし。」
「出世、払いねぇ?」
蛭魔は阿部の言葉に少し笑う。
レンの株価予想で、阿部たちの生活費は充分足りている。
だが阿部は、蛭魔に恩義を感じているようだ。

「高校卒業まで身体をもっと鍛えとけ。筋トレメニューは作ってやる。あと英語は完璧にしとけよ。」
「それは内定、ってことでいいすか?」
蛭魔は阿部の言葉にニヤリと笑って、頷いた。
頼もしいパートナーの誕生も、そう遠い日でもないだろう。

*****

「俺ね、レンさんにお願いがあるんだ!」
宴も終盤、一同の気分もかなり盛り上がった頃、シュンがレンに言った。
兄譲りの大きな声に、レンが一瞬「う、お?」と声を上げて驚く。
「何だよ、レンにお願いって?」
レンより先に兄である阿部が、不機嫌そうにシュンを見た。

「兄ちゃんのこと。タカヤって呼んでくれない?」
その言葉に、一同は沸騰した。
口笛を吹く蛭魔、手を叩くセナ、口をパクパクさせて言葉が出ないレン、顔を真っ赤にして怒る阿部。
「な、何で!」
「ど、どうして?」
「だって俺も阿部くんだし。わかりにくいでしょ。」
阿部とレンが理由を問うと、シュンは涼しい顔でそう答えた。

「うん。確かに。」
「そうだよな?」
阿部とレンが言葉を発する前に、セナと蛭魔が畳み掛ける。
どうやら3対2。形勢はシュンの方が有利だ。

レンは大きく息を吸い込むと、コホンと1つ咳払いをした。
シュンも阿部も、蛭魔もセナも、思わず身を乗り出す。
だがレンは「タ、タ。。。」と言いながら、言いよどんでしまった。

「ああ、レン。無理しなくていいから。」
「ダメ!今度阿部くんって言ったら、俺も返事するからね!」
阿部が呆れたような表情で助け舟を出すが、シュンは容赦なくレンにダメ出しをする。

「タカヤ。。。」
きつく目を閉じて、搾り出すように。
ようやく言い切ったレンは、恐る恐る目を開ける。
ワーワーと茶化すシュンと蛭魔とセナの後ろで、阿部は耳まで赤く染めて、照れていた。

*****

「ありがとう。レン兄ちゃん。」
急に真顔になったシュンが、レンにポツリと言った。
「お、れも。兄ちゃん?」
「だって兄ちゃんの生涯の伴侶なら、俺の新しい兄ちゃんでしょ?」
「あり、がと。。。」
感極まってしまったレンは、ポロポロと涙を零していた。
「ありがと、な。シュン。」
阿部は照れ隠しなのだろう。ぶっきらぼうな口調でシュンに礼を言った。

「俺、生まれ変わったら、絶対にレン兄ちゃんの恋人になる!」
シュンは悪戯っぽい顔で、阿部に宣言した。
阿部が「はぁぁ?」と大きな声を上げるが、シュンはまったくおかまいなしだ。
「この人生はいろいろあったから、もうレン兄ちゃんはしっかりタカ兄のもんだろ?」
タカ兄。まだ2人とも小さな子供だった頃、シュンは阿部をそう呼んでいた。
「だからこの人生は、レン兄ちゃんを諦める。勝負は来世だ!」
「ふざけんな、このヤロー!来世だってレンはやんねぇぞ!」
「取ってみせるも~ん♪」
いきなり始まった阿部兄弟のじゃれあいに、レンの涙が止まった。
頬に涙の珠を残したまま、呆然と兄と弟の掛け合いを見ている。
蛭魔とセナは、そんな3人のやり取りを見ながら、腹を抱えて笑っていた。

「ねぇ蛭魔さんとセナさんも、タカ兄とレン兄ちゃんも一緒に寝るんでしょ?」
楽しかった宴が終了し、片付けや寝支度も終わり、あとは寝るばかりとなった。
シュンは「俺だけ1人かぁ」と少し肩を落とす。
「安心しろ。防音は完璧だ。前回の借家は壁が薄かったから、この家の壁は厚くしてある。」
蛭魔がなんとも下世話なことを言うと、残りの全員が赤面する。
「おまえもはやく彼女作れ。そんで一緒に住め。じゃあな。」
阿部が最後とばかりにそう言うと、それを合図に皆それぞれの寝室へと引き上げた。

*****

「生まれ変わったら、かぁ。。。」
阿部がポツリと呟いた。
阿部の部屋のベットには、阿部とレンが並んでベットに腰掛けていた。

「生まれ、変わったら。俺は、普通に、生まれたい。」
レンは自分の膝の上に組んだ手に視線を落としながら、ポツリと言った。
「こんな、力は、なくて。ただ、普通の、人で。隠れたり、逃げたり、しない、人生、がいい。」
「そうか」
阿部は横から手を伸ばして、レンの手に自分の手のひらを重ねた。
ずっと俯いていたレンは、不意に視界に入った阿部の手のぬくもりに、ホッと息をつく。

「それは生まれ変わったら、のお楽しみだな。」
「うぇ?」
「今はこの人生を楽しもう。その力で俺を助けてくれて、一緒に生きる人生をさ。」
あたたかい阿部の言葉が、レンの心に染み入ってくる。
そうだ。この人生は彼を助けて、彼と共に生きるためにあるのだ。

「なぁレン。もう一度呼んで?タカヤって。」
「う、うぉ!」
「なぁ呼んでよ。」
初めて聞く甘えるような阿部の言葉だ。
レンはフワリと微笑むと「タカヤ」と、小さいがはっきりした声でその名を呼んだ。

その言葉が合図のように。
阿部はレンの身体を抱き寄せて、唇を重ねた。
この人に身も心も人生も全て捧げる。
そんな誓いのように、深くて熱いくちづけだ。

*****

「生まれ変わったら、俺も念動力者になるかな。」
こちらは蛭魔の部屋だ。
蛭魔とセナは、同じベットで身体を寄せ合っていた。

「蛭魔さんは念動力なんてなくても、充分強いじゃないですか。」
「別に強くなりたいからってわけじゃねぇよ。」
セナの茶化すような言葉に、蛭魔が軽口で答えた。

「もっとテメーの近くにいたいし、理解したいんだ。」
蛭魔が不意に真顔になって、言う。
そんなことを考えてくれていたのか、とセナは驚く。
そしてセナも同じくらい、いやそれ以上に彼を大事にしたいと思った。

「じゃあとりあえずこの人生では、知恵を貸してくれませんか?」
「ああ?」
「この力が何かの役に立つような方法。もうずっと考えてるんですけど。僕には思いつけないんです。」
セナが心底途方にくれたという口調で言う。
蛭魔は向かい合って横たわるセナの額に、軽くコツンと自分の額を当てた。

「そうだな。一緒に考えるか。」
「よろしくお願いします。」
そして2人は笑い合うと、お互いの身体を抱きしめる手に力を込めた。
何も入り込めないほどの近さで、2人の愛情が静かに夜に溶けていく。

【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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