アイシ×おお振り【お題:敵同士10題】

【出会いは必然?それとも偶然?】

誰かに尾行されている。
セナは足を止めると、その場に屈もうとした。
スニーカーの紐を結び直す振りで、後方の気配を確認しようと思ったのだ。

だがそんな猶予はなかった。
セナが背後の男の気配を感じ取ったときには、すでに呼吸を感じられるほど近い場所にいた。
あっと思う間もなく、ガッシリと太い腕が首に回されている。
背後の男はそのまま腕に力を込めた。
セナは大柄な男に首を吊り上げられるような形になった。

殺される。でも誰に?どうして?
セナは混乱しながら、手足をバタバタと動かして暴れた。
だが背後の男に比べたら小柄であり、力もない。
男が首を絞め上げる力はビクとも揺るがなかった。
次第に気が遠くなってきて、手足が痺れ、抵抗するにも身体に力が入らない。
セナにはもうなす術もなかった。

「最近の殺し屋は間抜けだな。殺す相手の顔も確認しねぇのか?」
不意に冷静な声が響いた。
セナの声でも、背後の男の声でもない。
この場に登場した第3の男が発した声だ。
懸命に振り返ったセナの目に、背後の男のさらに後ろの長身の男が見えた。

殺し屋とか、殺す相手とか。
この日本で、この唐突で非日常的な展開はいったい何だ?
そんなことを思いながら、セナはそのままゆっくりと意識を遠のかせていった。

*****

「だ、大丈夫、ですか?」
セナが意識を取り戻したのは、見知らぬ部屋だった。
そうだ。歩いていていきなり後ろから首を絞められたのだ。
一瞬病院かと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
あの独特な匂いもしないし、部屋には本やらパソコンやら雑多にものが溢れている。
どこにでもありそうなごく普通の部屋のベットに、セナは横になっていた。
そしてベットの横には2人の男が、セナの顔を覗き込んでいる。

セナに少し吃音気味に声をかけてきたのは、男というよりは少年と言った方がよさそうな童顔の青年だった。
薄い茶色のフワフワした髪と、同じ色の大きな瞳。
セナと同じくらい小柄で、可愛らしい。
そしてもう1人は逆立てた金髪と尖った耳に2連のピアスをした、秀麗な顔立ちの青年だ。
セナの記憶が確かなら、彼は先程現れた第3の男だ。

「ご、ごめん、なさい」
どうやら助けてくれたらしい2人に、まずはお礼をと思ったセナが口を開こうとした瞬間。
薄茶色の髪の小柄な青年が、オロオロした様子でセナに頭を下げた。
大きな目には涙の膜が盛り上がっており、今にも頬を転がり落ちそうだ。
「な、何で?」
何故か取り乱している薄茶の髪の青年は、どうやらまともな説明をしてくれそうにない様子だ。
セナは途方にくれたように金髪の青年を見た。

*****

「テメーが殺されかけたのは、こいつと間違えられたからだ」
金髪の青年が、セナの視線の意味を汲んで説明してくれた。
そう言われて、セナは呆然と薄茶の髪の青年を見た。
多分セナよりも年下、どうみても10代に見えるこの頼りなげな存在。
こんな青年が命を狙われるって、いったいどういうことなんだろう?

「まぁ確かに、夜道じゃ似て見えるよな。」
金髪の青年がのほほんとした口調でまた言った。
そう言われて、セナは改めて薄茶の髪の青年を見た。
なるほど小柄な体型はかなり似ている。身長体重はほぼ同じだろう。
それにセナの髪だって、目の前の青年ほどではないが茶色がかったクセ毛だ。
シルエットだけみたら、セナとこの薄茶の青年は瓜二つだろう。

「とりあえず身体の調子はどうだ?」
金髪の青年にそう問われて、身体を起こそうとしたセナだったが、すぐに「うっ」と呻いた。
身体を動かした途端に首に痛みが走ったことに、驚いたのだ。
そうだ、さっき絞められたのだと思い至る。
セナは思わず首を押さえて、再びベットに倒れこんだ。

だが「医者を」と言う金髪の男の言葉を「大丈夫です」と遮った。
セナがこの辺りを歩いていたのは、できればあまり人に言いたくない事情だったからだ。
ここに長居をするつもりなどなかった。

*****

「ごめ、ごめん、なさい。」
薄茶の青年が再びセナに頭を下げた。
今度は先程のオロオロとした様子ではない。
どこか途方にくれたような、呆然とした感じだ。
「そんな。あなたと間違えられたのは偶然なんだし、何とか生きてますから」
セナが取り成すような口調で言う。

「偶然、じゃない、です。」
薄茶の青年が言った。
相変わらず吃音気味ではあるが、口調が先程よりきっぱりとしている。
セナは一気に雰囲気が変わった薄茶の青年の空気に、圧倒された。
「あなたが俺たちに逢ったのは、偶然じゃない。必然です。」
まるで予言のように、薄茶の青年が告げる。

「俺の、せいで。あなたの、運命が、変わった。だから、ごめんなさ。。。」
呆然とするセナの前で、薄茶の青年はそのまま崩れるように、身体を揺らした。
金髪の青年が「おっと」と床に倒れかけた薄茶の青年を、すんでのところで支えた。
薄茶の青年は意識を失ってしまったようだった。
金髪の青年は、慣れた様子で細い身体を抱き上げた。

「ちょっとこいつを寝かせてくるから、待っててくれ。」
金髪の青年がドアを器用に足で開けながら、言った。
お姫様抱っこ、だ。
セナがぼんやりとそんなことを考えながら、頷いた。

*****

「大丈夫なんですか?」
程なくして戻ってきた金髪の青年に、セナは問いかける。
「ああ、いつものことだ」
答える声は事も無げで気軽な風で、だがどこか切り捨てるような感じでもある。
セナは言外にそれ以上は何も聞くなと言われているような気がして、口を噤んだ。

「もう時間が遅い。電車もねぇから泊まっていけ。どうしても帰りたいなら車で送るが」
沈黙を破るように、金髪の青年が言う。
そして思い出したように、ここは自分の仕事場兼住居で、とあるマンションの一室だと付け加えた。
セナはどうにかして、自力で帰ろうと思った。
何だがいわくがありそうな怪しい2人と一緒に、一晩過ごすなど。
だが身体を起こそうとして、首に電気のような痛みが走った。
そのまま再びベットに倒れこんでしまったセナを見て、金髪の青年がため息をつく。

「まだ動かねぇ方がよさそうだな。」
金髪の青年が、テキパキと事務的に手洗いの場所や、照明のスイッチの位置などを説明した。
何か言おうと思ったセナだったが、諦めて黙った。
とにかく少し身体を動かすだけで、ひどく首が痛むのだ。
セナは小さく「ありがとうございます」と言って、ベットに深く身を沈める。

「俺の名前はヒルマだ。さっきのやつはレン。フルネームは勘弁してくれ。」
部屋を出ようとした金髪の青年が、思い出したように振り返り、そう言った。
あの薄茶色の髪の青年がレン。この男がヒルマ。まさか。
セナは懸命に動揺を抑えながら、慌てて「セナです」と名乗った。
ヒルマと名乗った男が「じゃあな、セナ」と言うと、ドアの横のスイッチに手を伸ばして照明を消す。
そしてバタンという音と共にヒルマが出て行き、部屋は暗闇と沈黙に包まれた。

*****

出会いは必然?それとも偶然?
偶然だと思った。でもあのレンという青年は必然だと言った。
もしあのヒルマという男がセナの目当ての男だとしたら、確かに必然だ。

セナは住所と名前だけを頼りに、1人の男に会いに来た。
というより見に来たのだ。
自分の運命を大きく変えた男を。
男の名前は蛭魔妖一。
何歳くらいで、どんな顔をした、どういう男なのか。
影からでいいから、こっそり見てやろうと思っていた。

ヒルマは、セナが捜している蛭魔妖一なのか。
それはきっとすぐにわかる。
セナは蛭魔の住所を知っている。
この場所がその住所であるなら、あの男こそセナの尋ね人だ。

だがあのレンという青年は、わからない。
セナも知らない何かを知っているようだ。
セナが名乗る前から、全てを見通しているようなあの青年は誰だ?
何をどこまで知っている?
彼はセナの運命とどう繋がっている?

とりあえずこの出会いが必然であれ、偶然であれ、利用するべきだろう。
彼らが何者であるのか、どういう人間なのか。
それを知るために、もう少し彼らに近づいてみよう。

セナは、そのままゆっくりと目を閉じた。
知らない部屋の知らないベットは、不思議なほど優しくセナを受け止め、包んでいる。

【続く】
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