「おお振り」×「◆A」6年後
【オールスター!その1】
『オールスター、の、間、て、会える、よね!?』
電話から聞こえる弾んだ声に、阿部は絶句した。
そして数秒の間の後「まぁ、そうだけど」と困ったような声を上げた。
三橋はプロ1年目で、まぁまぁ好調な日々を送っていた。
相変わらず役割はセットアッパー、つまり中継ぎだ。
だが最近は試合の状況に寄るが、そのまま最後まで投げることもあった。
そのせいで通算成績にはセーブが2つ、ついている。
阿部と三橋のコミュニケーションは、圧倒的にメールが多い。
電話で話すのは、もっぱら日曜日の夜。
月曜日は試合がないから、三橋が一番リラックスしている時間だった。
あと1週間で、プロ野球はオールスター戦に突入する。
出場選手は1週間ほど前に発表されていた。
御幸は選出されているが、三橋は選ばれなかった。
だが三橋は落ち込む様子もなく、むしろ喜んでいる。
なぜならオールスター戦の期間は、当然他の試合がない。
その間、阿部に会うことができるからだ。
「あのなぁ、選ばれなかったことを少しは悔しがれ」
阿部は電話の向こうの三橋に、文句を言った。
だが三橋がそういう心境にないことは、よくわかっている。
そもそもプロに入れるなんて、思ってなかった。
ドラフトで指名されてプロ入りしたものの、一軍になれる自信もなかった。
それが1年目で1軍におり、そこそこの成績を収めている。
それだけでもう信じられない思いで、この上オールスターなんて夢ですらないのだろう。
『あ、阿部、君、オレ、に、会いたく、ないのか!?』
電話の向こうの三橋が、拗ねた声を出した。
オールスターはやはり三橋にとっては、あくまで自分には関係ないもののようだ。
阿部は「そういう話じゃないだろ」と答えたが、三橋は『ごま、かして、る!』と怒った。
いや、怒っているのではなく、おねだりだ。
甘い言葉をせがんでいるのだが、それは阿部の苦手分野だった。
「あ、会いたい、に、決まってるだろ!」
三橋張りにドモってしまった阿部は、耳まで赤面してしまう。
すると三橋は『阿部君、赤く、なってる?』と聞いてきた。
まったくかなわない。
「ああ、真っ赤だよ」
阿部はそう答えると、敗北感に肩を落とした。
*****
「オールスター、か」
沢村は寮の部屋で1人、スポーツ新聞を睨みながら、ため息をついていた。
沢村はまだ二軍だった。
野球賭博事件の余波は、未だに沢村の日常に影を落としていた。
沢村が関わらずにいられたのは、単なる偶然だと思う。
三橋から連絡を受けた阿部が、拾いに来てくれたから。
もしもあのまま連れていかれたら、賭博に関わってしまっていた可能性が高い。
そして関わったら、沢村の性格上、のめり込んでしまっただろう。
本当に紙一重のところで、沢村は助かったのだ。
沢村はその事情を、正直に打ち明けた。
聞き取り調査をした球団の上層部にも、いろいろ聞いてきた同僚の選手たちにも。
そして聞いた者たちの反応は、人それぞれだ。
関わらなくてよかったねと言ってくれて、以前と変わらずに接してくれる者はもちろん少なからずいる。
だがあからさまに態度が変わった者もいた。
お前ばかり助かってずるいだとか、運がいいだけだとか、露骨な陰口も聞こえてきた。
そんな矢先の二軍落ちだ。
元々調子が悪かったせいか、賭博事件が関わっているのかはわからない。
だが「契約解除に比べたら、二軍落ちなんてなんてことないよな」と言われたのは、つらかった。
確かにその通りだし、反論などできないのだが、やっぱりこたえた。
沢村はどちらかと言えば、気持ちで投げる投手である。
根性や負けん気、そして勝ちたいという心で調子を上げる。
裏を返せば、今置かれているような状況で、調子など上がらないのだ。
二軍でも最悪というほどではないが、今1つ波に乗れていない感じがあった。
そんな矢先のオールスター戦、出場メンバーの発表だ。
スポーツ新聞の記事でそれを見た沢村は、ため息をついた。
御幸はしっかり捕手部門でファン投票1位。
それに降谷も田島も選ばれている。
降谷が同じリーグでなくてよかった。
沢村は今更のように、そう思った。
もしも降谷が御幸に投げているのを見たら、泣いてしまうかもしれない。
今、テレビで三橋が御幸に投げているのを見るだけで、今さらのように嫉妬で心が揺れるのだ。
そのとき、沢村の携帯電話が鳴った。
沢村は相手を確認せずに電話を取り「もしもし」と告げる。
電話の向こうから『元気か?』と聞こえてきたのは、今一番会いたい恋人、御幸の声だった。
『オールスター、今年も出るぞ』
御幸はさり気ない口調でそう言った。
沢村は「おめでとうっす」と静かに答える。
本当は元気いっぱいの声で、そう言いたかった。
だけど無理に声を張っても、鋭い恋人にはきっとバレてしまうだろう。
でもやっぱり今年は、選ばれないでくれればよかったのにと思ってしまう。
そうすればオールスターの間、2人きりで会えるのにと。
沢村はそんな風に考える自分に驚き、人知れず自己嫌悪に陥った。
【続く】
『オールスター、の、間、て、会える、よね!?』
電話から聞こえる弾んだ声に、阿部は絶句した。
そして数秒の間の後「まぁ、そうだけど」と困ったような声を上げた。
三橋はプロ1年目で、まぁまぁ好調な日々を送っていた。
相変わらず役割はセットアッパー、つまり中継ぎだ。
だが最近は試合の状況に寄るが、そのまま最後まで投げることもあった。
そのせいで通算成績にはセーブが2つ、ついている。
阿部と三橋のコミュニケーションは、圧倒的にメールが多い。
電話で話すのは、もっぱら日曜日の夜。
月曜日は試合がないから、三橋が一番リラックスしている時間だった。
あと1週間で、プロ野球はオールスター戦に突入する。
出場選手は1週間ほど前に発表されていた。
御幸は選出されているが、三橋は選ばれなかった。
だが三橋は落ち込む様子もなく、むしろ喜んでいる。
なぜならオールスター戦の期間は、当然他の試合がない。
その間、阿部に会うことができるからだ。
「あのなぁ、選ばれなかったことを少しは悔しがれ」
阿部は電話の向こうの三橋に、文句を言った。
だが三橋がそういう心境にないことは、よくわかっている。
そもそもプロに入れるなんて、思ってなかった。
ドラフトで指名されてプロ入りしたものの、一軍になれる自信もなかった。
それが1年目で1軍におり、そこそこの成績を収めている。
それだけでもう信じられない思いで、この上オールスターなんて夢ですらないのだろう。
『あ、阿部、君、オレ、に、会いたく、ないのか!?』
電話の向こうの三橋が、拗ねた声を出した。
オールスターはやはり三橋にとっては、あくまで自分には関係ないもののようだ。
阿部は「そういう話じゃないだろ」と答えたが、三橋は『ごま、かして、る!』と怒った。
いや、怒っているのではなく、おねだりだ。
甘い言葉をせがんでいるのだが、それは阿部の苦手分野だった。
「あ、会いたい、に、決まってるだろ!」
三橋張りにドモってしまった阿部は、耳まで赤面してしまう。
すると三橋は『阿部君、赤く、なってる?』と聞いてきた。
まったくかなわない。
「ああ、真っ赤だよ」
阿部はそう答えると、敗北感に肩を落とした。
*****
「オールスター、か」
沢村は寮の部屋で1人、スポーツ新聞を睨みながら、ため息をついていた。
沢村はまだ二軍だった。
野球賭博事件の余波は、未だに沢村の日常に影を落としていた。
沢村が関わらずにいられたのは、単なる偶然だと思う。
三橋から連絡を受けた阿部が、拾いに来てくれたから。
もしもあのまま連れていかれたら、賭博に関わってしまっていた可能性が高い。
そして関わったら、沢村の性格上、のめり込んでしまっただろう。
本当に紙一重のところで、沢村は助かったのだ。
沢村はその事情を、正直に打ち明けた。
聞き取り調査をした球団の上層部にも、いろいろ聞いてきた同僚の選手たちにも。
そして聞いた者たちの反応は、人それぞれだ。
関わらなくてよかったねと言ってくれて、以前と変わらずに接してくれる者はもちろん少なからずいる。
だがあからさまに態度が変わった者もいた。
お前ばかり助かってずるいだとか、運がいいだけだとか、露骨な陰口も聞こえてきた。
そんな矢先の二軍落ちだ。
元々調子が悪かったせいか、賭博事件が関わっているのかはわからない。
だが「契約解除に比べたら、二軍落ちなんてなんてことないよな」と言われたのは、つらかった。
確かにその通りだし、反論などできないのだが、やっぱりこたえた。
沢村はどちらかと言えば、気持ちで投げる投手である。
根性や負けん気、そして勝ちたいという心で調子を上げる。
裏を返せば、今置かれているような状況で、調子など上がらないのだ。
二軍でも最悪というほどではないが、今1つ波に乗れていない感じがあった。
そんな矢先のオールスター戦、出場メンバーの発表だ。
スポーツ新聞の記事でそれを見た沢村は、ため息をついた。
御幸はしっかり捕手部門でファン投票1位。
それに降谷も田島も選ばれている。
降谷が同じリーグでなくてよかった。
沢村は今更のように、そう思った。
もしも降谷が御幸に投げているのを見たら、泣いてしまうかもしれない。
今、テレビで三橋が御幸に投げているのを見るだけで、今さらのように嫉妬で心が揺れるのだ。
そのとき、沢村の携帯電話が鳴った。
沢村は相手を確認せずに電話を取り「もしもし」と告げる。
電話の向こうから『元気か?』と聞こえてきたのは、今一番会いたい恋人、御幸の声だった。
『オールスター、今年も出るぞ』
御幸はさり気ない口調でそう言った。
沢村は「おめでとうっす」と静かに答える。
本当は元気いっぱいの声で、そう言いたかった。
だけど無理に声を張っても、鋭い恋人にはきっとバレてしまうだろう。
でもやっぱり今年は、選ばれないでくれればよかったのにと思ってしまう。
そうすればオールスターの間、2人きりで会えるのにと。
沢村はそんな風に考える自分に驚き、人知れず自己嫌悪に陥った。
【続く】