「おお振り」×「◆A」6年後
【仕切り直し】
交流戦が終わり、季節は本格的な夏になった。
プロ野球選手として初めて迎える夏、三橋は身体の異変を感じていた。
学生の頃には夏が好きだし、どんなに暑くても大丈夫だった。
気温30度を超えるマウンドでも、平気で投げていた。
だが今年は妙に気にかかる。
じめじめした暑さが身体にまとわりついているような気がするのだ。
そんな三橋の異変に気が付いたのは、御幸だった。
何となく三橋の動きに覇気がないように感じて「どうした?」と聞いてきたのだ。
御幸先輩、鋭い!阿部君みたい。
三橋はそう思いながら、正直に暑さによる不調を口にしたら、怒られた。
プロは体調管理が大事、そういうのを放っておくと取り返しがつかないことになるかもしれないのだと。
そこで医師の診断を受けさせられたが、幸いなことに異常はなかった。
プロとして気負いから、疲れが一気に出たのだろうと診断された。
そこでまた三連戦の谷間で移動がないオフ日に、三橋はマンションに戻ることにした。
阿部の顔でも見て、甘やかしてもらえと御幸に言われたからだ。
そして今回の「里帰り」は、御幸も一緒だった。
チームが違うため、日程が合うはずがない沢村も来られることになったからだ。
4人は阿部の部屋に集まり、デリバリーのピザとワインで部屋飲みになった。
家主である阿部が、サラダだの野菜のグリルだの、栄養を補うようなメニューを自作していた。
そして三橋が元気よく「カンパイ!」とグラスを掲げ、楽しい飲み会が始まった。
久しぶりに4人揃ったことで、誰の顔も明るかった。
「栄純、君、も、来られた、のは、よかった、けど」
ピザを頬張りながら、三橋が沢村を見た。
沢村は「気にすんな。オレとしてもよかったし」と笑う。
本来、沢村のチームの次の三連戦は九州だ。
だが移動日に沢村が東京にいるのは、二軍落ちしたからだった。
1ヶ月ほど前、沢村は危うく野球賭博に誘い込まれそうになった。
知らせを受けた阿部が沢村を回収し、結果的に直前で救出できたのは偶然だ。
その後、沢村の先輩が2名、野球賭博で摘発された。
あのとき沢村と一緒に誘い込まれた投手だ。
事態が発覚すると、2名の先輩投手は契約を解除され、沢村は二軍行きを宣告出されたのだ。
「二軍、なんて。おかしい。栄純、君、は、やってないのに!」
三橋は憤慨しながら、ワインをガブリと飲み干した。
阿部は慌てて「水みたいに飲むな!」と怒る。
だが三橋はワインのボトルを取り上げると、空のグラスになみなみとワインを注ぎ足した。
「いいんだ。オレが助かったのは阿部に救出されたからで、偶然みたいなもんだし」
「でも」
「最近調子も悪かったんだ。仕切り直すにはちょうどいい。」
沢村は憤慨してくれる三橋を宥めながら、ピザをかじった。
大丈夫、沢村は腐らずに前を向いている。
久しぶりに楽しい夜になりそうで、三橋も沢村も上機嫌だった。
*****
「見事に寝ちまったな」
御幸は床にゴロリと横たわる三橋と沢村を見て、苦笑する。
阿部はピザの空き箱や皿を片づけながら「本当に見事ですね」と同意した。
ハイペースでワインを飲んだ三橋と沢村は、見事に酔い潰れて寝落ちした。
2人の身体にタオルケットをかけた阿部は、冷蔵庫から缶ビールを2本取り出す。
そして御幸に1本手渡すと、残りの1本を開けて、缶のままゴクゴクと飲んだ。
投手2人のハイテンションを見守る形になった捕手2人。
顔を見合わせると、静かに二次会を始めた。
「三橋のこと、ありがとうございます。」
「ああ。わかりやすかったからな。」
阿部は三橋の体調不良を見抜いた御幸に、頭を下げた。
ずっと一緒にいた学生時代なら、阿部だって気付けた。
だが離れている今、気付けてやることなんかできやしない。
「それより沢村のこともちゃんと礼を言ってなかったな。」
「ああ、それは気付いた田島と知らせてきた三橋に言ってやってください。」
「田島と三橋にももちろん感謝してるけど、お前にもだ。ありがとな。」
今度は御幸が阿部に頭を下げた。
沢村が野球賭博の噂がある男と出かけるのを見たのは田島で、三橋に知らせてきた。
だが実際に沢村を回収しに行ったのは、阿部だった。
このマンションに連れ帰り、一晩介抱してくれたのだ。
沢村はへべれけに酔っ払っており、かなり大変だったと聞いている。
「沢村の二軍落ちって、賭博と関係してるんですか?」
「わからないな。沢村はこのところ調子が悪かったし」
「でもまぁ、沢村ならすぐ一軍に戻れるでしょうけど」
「そうでないと困るな」
阿部と御幸は、床で折り重なるように寝入っている三橋と沢村を見た。
2人とも寝顔は幼くて、子供のようだ。
三橋は体調を崩し、沢村は思わぬトラブルに巻き込まれた。
だけどこうして楽しく飲んで騒いで寝れば、明日には元気になる。
阿部も御幸も、そんな前向きな恋人がかわいくてたまらないのだ。
「御幸先輩、沢村と寝ますよね。隣に運びます?」
阿部の言葉に、御幸が「いつも悪いな」と答えた。
本当は夜通し騒ぎたいところだが、シーズン中にはそれはできない。
「シーズンが終わったら、盛大におごらせてもらうよ。」
「楽しみにしてます。」
それがお開きの言葉となり、御幸は阿部を背負って、隣の三橋の部屋に移動した。
阿部は2人を送り出すと、三橋を抱き上げて、ベットに運んだ。
【続く】
交流戦が終わり、季節は本格的な夏になった。
プロ野球選手として初めて迎える夏、三橋は身体の異変を感じていた。
学生の頃には夏が好きだし、どんなに暑くても大丈夫だった。
気温30度を超えるマウンドでも、平気で投げていた。
だが今年は妙に気にかかる。
じめじめした暑さが身体にまとわりついているような気がするのだ。
そんな三橋の異変に気が付いたのは、御幸だった。
何となく三橋の動きに覇気がないように感じて「どうした?」と聞いてきたのだ。
御幸先輩、鋭い!阿部君みたい。
三橋はそう思いながら、正直に暑さによる不調を口にしたら、怒られた。
プロは体調管理が大事、そういうのを放っておくと取り返しがつかないことになるかもしれないのだと。
そこで医師の診断を受けさせられたが、幸いなことに異常はなかった。
プロとして気負いから、疲れが一気に出たのだろうと診断された。
そこでまた三連戦の谷間で移動がないオフ日に、三橋はマンションに戻ることにした。
阿部の顔でも見て、甘やかしてもらえと御幸に言われたからだ。
そして今回の「里帰り」は、御幸も一緒だった。
チームが違うため、日程が合うはずがない沢村も来られることになったからだ。
4人は阿部の部屋に集まり、デリバリーのピザとワインで部屋飲みになった。
家主である阿部が、サラダだの野菜のグリルだの、栄養を補うようなメニューを自作していた。
そして三橋が元気よく「カンパイ!」とグラスを掲げ、楽しい飲み会が始まった。
久しぶりに4人揃ったことで、誰の顔も明るかった。
「栄純、君、も、来られた、のは、よかった、けど」
ピザを頬張りながら、三橋が沢村を見た。
沢村は「気にすんな。オレとしてもよかったし」と笑う。
本来、沢村のチームの次の三連戦は九州だ。
だが移動日に沢村が東京にいるのは、二軍落ちしたからだった。
1ヶ月ほど前、沢村は危うく野球賭博に誘い込まれそうになった。
知らせを受けた阿部が沢村を回収し、結果的に直前で救出できたのは偶然だ。
その後、沢村の先輩が2名、野球賭博で摘発された。
あのとき沢村と一緒に誘い込まれた投手だ。
事態が発覚すると、2名の先輩投手は契約を解除され、沢村は二軍行きを宣告出されたのだ。
「二軍、なんて。おかしい。栄純、君、は、やってないのに!」
三橋は憤慨しながら、ワインをガブリと飲み干した。
阿部は慌てて「水みたいに飲むな!」と怒る。
だが三橋はワインのボトルを取り上げると、空のグラスになみなみとワインを注ぎ足した。
「いいんだ。オレが助かったのは阿部に救出されたからで、偶然みたいなもんだし」
「でも」
「最近調子も悪かったんだ。仕切り直すにはちょうどいい。」
沢村は憤慨してくれる三橋を宥めながら、ピザをかじった。
大丈夫、沢村は腐らずに前を向いている。
久しぶりに楽しい夜になりそうで、三橋も沢村も上機嫌だった。
*****
「見事に寝ちまったな」
御幸は床にゴロリと横たわる三橋と沢村を見て、苦笑する。
阿部はピザの空き箱や皿を片づけながら「本当に見事ですね」と同意した。
ハイペースでワインを飲んだ三橋と沢村は、見事に酔い潰れて寝落ちした。
2人の身体にタオルケットをかけた阿部は、冷蔵庫から缶ビールを2本取り出す。
そして御幸に1本手渡すと、残りの1本を開けて、缶のままゴクゴクと飲んだ。
投手2人のハイテンションを見守る形になった捕手2人。
顔を見合わせると、静かに二次会を始めた。
「三橋のこと、ありがとうございます。」
「ああ。わかりやすかったからな。」
阿部は三橋の体調不良を見抜いた御幸に、頭を下げた。
ずっと一緒にいた学生時代なら、阿部だって気付けた。
だが離れている今、気付けてやることなんかできやしない。
「それより沢村のこともちゃんと礼を言ってなかったな。」
「ああ、それは気付いた田島と知らせてきた三橋に言ってやってください。」
「田島と三橋にももちろん感謝してるけど、お前にもだ。ありがとな。」
今度は御幸が阿部に頭を下げた。
沢村が野球賭博の噂がある男と出かけるのを見たのは田島で、三橋に知らせてきた。
だが実際に沢村を回収しに行ったのは、阿部だった。
このマンションに連れ帰り、一晩介抱してくれたのだ。
沢村はへべれけに酔っ払っており、かなり大変だったと聞いている。
「沢村の二軍落ちって、賭博と関係してるんですか?」
「わからないな。沢村はこのところ調子が悪かったし」
「でもまぁ、沢村ならすぐ一軍に戻れるでしょうけど」
「そうでないと困るな」
阿部と御幸は、床で折り重なるように寝入っている三橋と沢村を見た。
2人とも寝顔は幼くて、子供のようだ。
三橋は体調を崩し、沢村は思わぬトラブルに巻き込まれた。
だけどこうして楽しく飲んで騒いで寝れば、明日には元気になる。
阿部も御幸も、そんな前向きな恋人がかわいくてたまらないのだ。
「御幸先輩、沢村と寝ますよね。隣に運びます?」
阿部の言葉に、御幸が「いつも悪いな」と答えた。
本当は夜通し騒ぎたいところだが、シーズン中にはそれはできない。
「シーズンが終わったら、盛大におごらせてもらうよ。」
「楽しみにしてます。」
それがお開きの言葉となり、御幸は阿部を背負って、隣の三橋の部屋に移動した。
阿部は2人を送り出すと、三橋を抱き上げて、ベットに運んだ。
【続く】