「おお振り」×「◆A」6年後
【魔の手】
「田島、君、だ!」
交流戦が終わる頃、季節はすっかり夏。
試合が終わって遠征先のホテルにいた三橋は、スマートフォンの着信音に驚き、声を上げた。
画面を確認した三橋は思わす「え?」と声を上げた。
電話の相手は高校時代のチームメイトで、クラスメイトだった田島悠一郎だ。
田島とは今でもよくメールをしたりするが、今日は電話だ。
そう言えば電話で話したのは何年前だろうと思いながら、三橋は電話に出た。
「田島、君。久し振り!」
『おう!直接話すのは、久しぶりだな。元気か?』
「元気、だよ。田島、君、も、だよね?」
『当然だろ?』
田島はプロ野球選手になって、身体つきは大きくなったし、表情も大人になった。
だけど性格や喋り方は変わらない。
今もきっと高校生の時みたいに二カッと笑っているのだろう。
そう思うだけで、三橋も楽しい気分になってくる。
『今日の試合の後、沢村を見かけたんだけど』
しばらく近況を話した後、田島が本題を切り出した。
全てを聞いた三橋は「栄純、君、が?」と聞き返す。
田島もこのときばかりは『考えすぎだといいんだけど』と不安そうな声だった。
三橋は電話を切るなり自分の部屋を飛び出し、御幸の部屋に向かった。
「今、田島、君、から、電話、きて、栄純、君、利央、君と、歩いてた、って。利央、君、は」
御幸の部屋に飛び込むなり、動揺した三橋はいつも以上の吃音でまくし立てた。
こうなるともう外国語だ。
御幸は「ちょっと待て。落ち着け」と三橋を宥めた。
「利央って、仲沢呂佳の弟だよな。」
「そ、です。」
「それが沢村と一緒にいたって。」
「はい。だから」
仲沢利央は、三橋や阿部にとって高校時代に対戦した相手校の選手だ。
当時は球場などで顔を合わせれば、冗談を言って笑い合うくらいの仲だった。
だが今の利央は違う。要注意人物の弟だ
利央の兄、仲沢呂佳は現在、都内で飲食店を経営している。
その店は野球賭博の胴元になっており、若いプロ野球選手たちが出入りしているらしい。
現に御幸や沢村が現在所属する球団でも、何人かが賭博に関わり、解雇されているのだ。
「今日、その利央と沢村が一緒にいたのか」
御幸の表情も、心配で曇った。
今日、沢村のチームは田島のチームと東京で試合だった。
だが御幸と三橋は、遠く離れた大阪にいるのだ。
「阿部、君、に、頼み、ます!」
三橋はそう叫ぶと、スマートフォンで阿部の番号を呼び出した。
御幸は「そんな、お前」と咄嗟に止めようとしたものの、それ以上の手が思いつけなかった。
*****
「沢村君だよね?久しぶり!」
試合を終えて、球場を出ようとした沢村は、外国人みたいな青年に声をかけられた。
だが誰だかわからず首を傾げていると「仲沢だよ。桐青の」と告げられ、思わず「はぁぁ!?」と叫んでいた。
沢村のテンションはすこぶる低かった。
試合にはセットアッパーとして登板したが、打ち込まれて3失点。
負けはつかなかったが、内容は散々だ。
それどころかピッチングコーチに、このままでは二軍行きだと仄めかされた。
ここ最近、沢村は打たれてばかりで、勝ちがない。
そんなときに、仲沢利央に声をかけられたのだ。
沢村は「久しぶりだな」と答えながらも、驚いていた。
桐青高校とは、高校の頃、何度か練習試合をした。
利央のことはよく覚えている。
なぜならクォーターの利央の風貌は、かなり目立っていたからだ。
女子マネージャーたちが「カッコいい」「モデルみたい」と騒いでいた。
だが今の利央は、見事に崩れていた。
とても沢村や三橋などと同じ年齢とは思えないほど、老け込んでしまったように見える。
外国の血のせいなのか、利央本人の資質なのかはわからないが。
「これも何かの縁だし、よかったらこれから飲みに行かない?」
馴れ馴れしい声に、沢村はかすかに怯んだ。
嫌な予感しかないし、本能がことわるべきと告げている。
だが利央の背後には、同じチームの先輩投手が2人いた。
その視線に気づいた利央が「もちろん、みなさん一緒に」と笑った。
結局4人で居酒屋に行き、個室で盛大に飲み食いした。
沢村は酔いの回る頭で、必死に御幸のことは言わないようにと自分に言い聞かせていた。
自分が単純で、すぐに口をすべらせてしまう性格なのはわかっている。
御幸と恋人であることは、絶対に秘密。迂闊に口をすべらせてはならない。
だが幸い、誰もそんなことは話題にせず、まぁまぁ楽しい宴だった。
沢村がスマートフォンの着信に気付いたのは、そろそろ2軒目に移動しようかと話し始めた頃だった。
『お前、今どこだ?』
スマホから聞こえてきたのは、阿部の声だった。
素面のときに聞けば緊迫しているのを感じ取れたはずだが、酔っている状態では無理だった。
「どこって。居酒屋だよ。場所は。。。どこだっけ?」
『お前、酔ってるな』
「悪いかよ。いろいろあってなぁ。飲まなきゃやってらんねーんだって。今日だってなぁ」
『いいか、沢村。すぐ店を出て場所を確認しろ。迎えに行くから。』
阿部の畳み掛けるような口調に、沢村は「何なんだよ!」と文句を言う。
だが阿部はそれ以上の強い口調で『さっさとしろ!』と声を荒げた。
【続く】
「田島、君、だ!」
交流戦が終わる頃、季節はすっかり夏。
試合が終わって遠征先のホテルにいた三橋は、スマートフォンの着信音に驚き、声を上げた。
画面を確認した三橋は思わす「え?」と声を上げた。
電話の相手は高校時代のチームメイトで、クラスメイトだった田島悠一郎だ。
田島とは今でもよくメールをしたりするが、今日は電話だ。
そう言えば電話で話したのは何年前だろうと思いながら、三橋は電話に出た。
「田島、君。久し振り!」
『おう!直接話すのは、久しぶりだな。元気か?』
「元気、だよ。田島、君、も、だよね?」
『当然だろ?』
田島はプロ野球選手になって、身体つきは大きくなったし、表情も大人になった。
だけど性格や喋り方は変わらない。
今もきっと高校生の時みたいに二カッと笑っているのだろう。
そう思うだけで、三橋も楽しい気分になってくる。
『今日の試合の後、沢村を見かけたんだけど』
しばらく近況を話した後、田島が本題を切り出した。
全てを聞いた三橋は「栄純、君、が?」と聞き返す。
田島もこのときばかりは『考えすぎだといいんだけど』と不安そうな声だった。
三橋は電話を切るなり自分の部屋を飛び出し、御幸の部屋に向かった。
「今、田島、君、から、電話、きて、栄純、君、利央、君と、歩いてた、って。利央、君、は」
御幸の部屋に飛び込むなり、動揺した三橋はいつも以上の吃音でまくし立てた。
こうなるともう外国語だ。
御幸は「ちょっと待て。落ち着け」と三橋を宥めた。
「利央って、仲沢呂佳の弟だよな。」
「そ、です。」
「それが沢村と一緒にいたって。」
「はい。だから」
仲沢利央は、三橋や阿部にとって高校時代に対戦した相手校の選手だ。
当時は球場などで顔を合わせれば、冗談を言って笑い合うくらいの仲だった。
だが今の利央は違う。要注意人物の弟だ
利央の兄、仲沢呂佳は現在、都内で飲食店を経営している。
その店は野球賭博の胴元になっており、若いプロ野球選手たちが出入りしているらしい。
現に御幸や沢村が現在所属する球団でも、何人かが賭博に関わり、解雇されているのだ。
「今日、その利央と沢村が一緒にいたのか」
御幸の表情も、心配で曇った。
今日、沢村のチームは田島のチームと東京で試合だった。
だが御幸と三橋は、遠く離れた大阪にいるのだ。
「阿部、君、に、頼み、ます!」
三橋はそう叫ぶと、スマートフォンで阿部の番号を呼び出した。
御幸は「そんな、お前」と咄嗟に止めようとしたものの、それ以上の手が思いつけなかった。
*****
「沢村君だよね?久しぶり!」
試合を終えて、球場を出ようとした沢村は、外国人みたいな青年に声をかけられた。
だが誰だかわからず首を傾げていると「仲沢だよ。桐青の」と告げられ、思わず「はぁぁ!?」と叫んでいた。
沢村のテンションはすこぶる低かった。
試合にはセットアッパーとして登板したが、打ち込まれて3失点。
負けはつかなかったが、内容は散々だ。
それどころかピッチングコーチに、このままでは二軍行きだと仄めかされた。
ここ最近、沢村は打たれてばかりで、勝ちがない。
そんなときに、仲沢利央に声をかけられたのだ。
沢村は「久しぶりだな」と答えながらも、驚いていた。
桐青高校とは、高校の頃、何度か練習試合をした。
利央のことはよく覚えている。
なぜならクォーターの利央の風貌は、かなり目立っていたからだ。
女子マネージャーたちが「カッコいい」「モデルみたい」と騒いでいた。
だが今の利央は、見事に崩れていた。
とても沢村や三橋などと同じ年齢とは思えないほど、老け込んでしまったように見える。
外国の血のせいなのか、利央本人の資質なのかはわからないが。
「これも何かの縁だし、よかったらこれから飲みに行かない?」
馴れ馴れしい声に、沢村はかすかに怯んだ。
嫌な予感しかないし、本能がことわるべきと告げている。
だが利央の背後には、同じチームの先輩投手が2人いた。
その視線に気づいた利央が「もちろん、みなさん一緒に」と笑った。
結局4人で居酒屋に行き、個室で盛大に飲み食いした。
沢村は酔いの回る頭で、必死に御幸のことは言わないようにと自分に言い聞かせていた。
自分が単純で、すぐに口をすべらせてしまう性格なのはわかっている。
御幸と恋人であることは、絶対に秘密。迂闊に口をすべらせてはならない。
だが幸い、誰もそんなことは話題にせず、まぁまぁ楽しい宴だった。
沢村がスマートフォンの着信に気付いたのは、そろそろ2軒目に移動しようかと話し始めた頃だった。
『お前、今どこだ?』
スマホから聞こえてきたのは、阿部の声だった。
素面のときに聞けば緊迫しているのを感じ取れたはずだが、酔っている状態では無理だった。
「どこって。居酒屋だよ。場所は。。。どこだっけ?」
『お前、酔ってるな』
「悪いかよ。いろいろあってなぁ。飲まなきゃやってらんねーんだって。今日だってなぁ」
『いいか、沢村。すぐ店を出て場所を確認しろ。迎えに行くから。』
阿部の畳み掛けるような口調に、沢村は「何なんだよ!」と文句を言う。
だが阿部はそれ以上の強い口調で『さっさとしろ!』と声を荒げた。
【続く】