「おお振り」×「◆A」6年後

【会いたかった】

「三橋、デカくなったなぁ。」
久しぶりに会った阿部の第一声に、三橋は驚き大きな目をさらに見開く。
次の瞬間には拗ねた口調で「しん、せき、みたい」と口を尖らせた。

三橋が久しぶりにマンションに戻ったのは、6月。
プロ野球はセパ交流戦の真っ最中だ。
基本的にプロ野球選手のシーズン中にオフという概念はない。
試合がない日は、だいたい移動と調整に当てられる。
三橋もようやくそんな生活に慣れてきた頃だ。

実に3ヶ月ぶりで再会できたのは、日程の妙だ。
金曜日からの東京での3連戦が終わり、次の火曜日からの3連戦も東京だ。
移動がない貴重な休みの日に、三橋は「里帰り」したのだった。

プロ野球の世界で3か月揉まれた三橋の外見は変わった。
それは阿部だけが気付くものでもないし、決して三橋に限ったものではない。
プロ入りした選手は、とにかくデカくなるのだ。
学生だった頃と違い、勝つために特化した身体を作るからだ。
高校、大学と、いくら食べても太らず、筋肉もつきにくいのが悩みだった三橋。
だけどプロとして、徹底的に身体を作った結果、三橋の身体には程よい筋肉がついていた。

「・・・に、しても、第、一声、が『デカく、なった』って」
「じゃあ、何て言えばいいんだよ。」
「会いた、かった、で」
「そっか。三橋、会いたかった。」

阿部が照れくさそうにそう告げると、三橋は阿部に抱き付いた。
身長は未だに、阿部の方が少し大きい。
だがやはり抱き心地はかなり変わっている。
阿部は一回り大きくなった三橋の身体を抱きしめると「これはこれでいいな」と笑った。

「阿部、君、こそ。もっと、大きく、なってるか、って、思った。」
「太るってことか?一応これでもダイエットしてる。」
「ダイ、エット?」
「っても、カロリー計算くらいだけど。あと酒は控えてる。」
「よかった。すごく、太って、たら、どうしよっか、って」
「なめんなよ」

嬉しそうな三橋の笑顔だけは、高校生の頃と変わっていない。
阿部も頑張る三橋のことを思いながら、ともすれば乱れそうになる生活を必死に整えている。
離れていても大丈夫、まだまだこの恋は終わっていない。
阿部も三橋もそのことを肌で実感できて、嬉しくてたまらない。

「時間もないから」
阿部は三橋の肩を抱いて、ベットに向かう。
久しぶりの甘い夜に、2人の胸が高鳴った。

*****

『いいなぁ、三橋と阿部。』
電話口からは、もう何度聞かされたかわからない言葉がまた聞こえた。
御幸は「お前、それ何度目だよ」と笑いながら、実は自分もそう思っているとは言えずにいた。

三橋が久しぶりに「里帰り」をしている夜、御幸は実家にいた。
御幸も三橋同様、東京におり、移動がないので久しぶりにのんびりした時間を過ごしている。
日程さえ許せば、御幸だって沢村と一緒に過ごしたいと思っていた。
だが沢村は残念ながら、次の3連戦のために名古屋へ移動だ。
だからせめてこうして、いつもより少し長めの電話をしていた。

「今頃、2人でベットの中だろうな。」
『いいなぁ、三橋!阿部も!』
御幸が2人のことを話すと、沢村がまた同じ言葉を繰り返した。
ウンザリした素振りをしながら、御幸は喜んでいる。
沢村が三橋たちをうらやましがるのは、御幸を想ってくれているからだ。
それ以前に沢村の元気な声を聴くだけで、こっちも楽しい気分になれる。

「そういや、三橋。女子アナに言い寄られてたぜ。」
『マジで!?誰!?」
御幸は某局の女子アナの名前を口にした。
すると沢村が『あ~あいつかよ』とウンザリした声を上げる。
とにかくめぼしい新人に声をかけまくることで、有名な女子アナだ。

『でも三橋、うまくことわれたんすか?』
不意に沢村は真面目な口調になって、そう言った。
プロ野球選手にとって、色恋沙汰は意外と難しい問題なのだ。
本当の恋がバレるのも面倒だが、根も葉もない噂が先行するのもウザい。
ネットにでも書かれれば、まことしやかに広がってしまう。

「タイプじゃないって一蹴してた。見事なもんだったぜ。」
『逆恨みされたりしないんすか?』
「あそこまで見込みがないってわかったら、諦めるしかないだろう。」
『だと、いいんすけど。』
「まぁ変に巻き込まれたら、オレもかばってやるしな。」
『そうっすね。三橋のこと、お願いしまっす!』

三橋の心配をする沢村に、御幸はまた笑った。
御幸と三橋が同じチームになり、三橋がどんどん力をつけていくことに、沢村は不安を感じている。
同じ投手のライバルとして、恋人として、嫉妬する部分があるのだろう。
それは御幸も感じているし、御幸が気付いていることを沢村も知っている。
それでもその気持ちとは別に、沢村は三橋を弟分としてかわいいと思っており、トラブルに巻き込まれそうなら心配する。
御幸はそんな沢村のことが好きだし、かわいいと思っているのだ。

「オレらもデートしたいけど、日程が合うのは確か7月だ。」
『マジで!?そんな先っすか!?』
「仕方ないだろ。それまで頑張るしかねーよ。じゃあまたな。」

御幸は苦笑しながら、電話を切った。
なかなか会えないけれど、恋しい気持ちは変わらない。

【続く】
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