「おお振り」×「◆A」6年後
【助け舟】
「ったく、何だこれは?」
御幸は予想外の事態に、呆れるしかない。
阿部は憮然とした顔で「いきなりはずるいっすよ」と文句を言った。
東京で3連戦をこなした夜、御幸は阿部を訪ねた。
特に事前連絡はしていない。
昨年まで、御幸は沢村と会う場所として、よく三橋の部屋を借りていた。
そのため三橋には、合鍵を借りたままだ。
だから阿部が不在なら、三橋の部屋で待たせてもらうつもりだった。
だがタイミングよく、マンションのエントランスで阿部と鉢合わせした。
「御幸先輩?三橋は寮ですよね?」
阿部は御幸の顔を見るなり、そう言った。
だが御幸は「お前に会いに来たんだよ」と苦笑する。
阿部は「は?」と納得いかない様子だが、知ったことではない。
御幸は強引に、阿部の部屋に上がり込んだ。
そして荒れ放題の部屋を見て「ったく、何だこれは?」と呆れることになったのだ。
「いきなりはずるいっすよ」
阿部は憮然とした顔でと文句を言った。
事前に予告してくれれば、掃除をしておいたという意味だろう。
部屋の中はとにかく散らかっていた。
新聞や雑誌、脱いだ衣類などが床に散乱している。
ゴミ屋敷とまでは言わないし、確か青道高校の寮でもこの程度の部屋はあった。
だが今まで三橋と一緒にいる時の阿部の几帳面さを知る御幸は、この変わり方に驚いていた。
「ビールでいいっすか?」
阿部が冷蔵庫を開けながら、そう言った。
御幸は「何でもいいよ」と答えながら、さり気なく冷蔵庫を覗く。
ものの見事に、ビールだらけだ。
「三橋、元気ですか?」
阿部は御幸の前に缶のビールとグラスを置く。
だが御幸は缶のまま、ビールをゴクゴクと飲んだ。
「三橋、心配してるぞ。お前からのメールは短くて、自分のことは何も書いてないって」
「会社の話は書けないんですよ。社外秘の話とかもあって」
「そういうことじゃないだろ。あいつは今、一軍定着をかけて正念場だ。もっと支えてやれよ。」
「・・・それを言いに来たんですか?」
「まぁな。それにこの部屋を見て言いたいこと増えた。ビールばっかじゃなくてメシちゃんと食えよ。」
御幸は言いたいことを言ってしまうと「もう1本、もらう」と立ち上がった。
そしてキッチンで勝手に冷蔵庫をあけると、ビールを1本取った。
阿部と三橋には、恋愛のことでずいぶん助けてもらった。
だから御幸なりの助け舟のつもりだった。
阿部にもそれが伝わったらしく「色々すみません」と呟いた。
*****
「忙しくて、死に、そう」
三橋は思わず愚痴をこぼした。
沢村は「そりゃ大変だな」と心の底から同情した。
三橋は一軍で何回か登板した。
すべてセットアッパー、つまり中継ぎとしての短いイニングだ。
そのほとんどを無難に抑えたが、勝ち星にはなっていない。
だが1回、打ち込まれてしまい、負けが1つついた。
基本的に、今の三橋の立ち位置では、事前に登板予定などないに等しい。
だから時間的に可能な場合は、二軍の試合で調整登板するのだ。
つまり現在はまだ一軍半。
一軍定着が、今の三橋の目標だった。
だがやはり二軍で何回か投げてから、一軍に合流するのはしんどい。
いやただ移動するだけならいいのだが、一軍ではいつでも投げられるようにテンションを保たなければならないのだ。
張りつめた状態を維持するのは、疲れる。
それを三橋流に表現すると「忙しくて、死に、そう」になる。
久しぶりに沢村のチームと対戦となり、2人は試合前の球場で顔を合わせた。
そこで短い時間だが立ち話をするのが、三橋と沢村の習慣になっている。
御幸はいつもそれを見ながら、ニヤニヤと笑っているが、2人は気付いていない。
「栄純、君、は、2軍、は?」
「ああ、1年目の最初の頃はあったぜ。」
「そ、そか。栄純、君、も、あったのか。」
「余程の天才じゃなければ、二軍調整なんて誰でもやってるぜ。」
同じ年齢でありながら、4年早くプロ入りした沢村は、尊大にそう告げた。
だが実は沢村も、調整登板のときはきつくて、御幸にメールで愚痴ったことがある。
御幸からは「文句言わずに、頑張れ」と甘くない励ましが返ってきたが。
三橋に偉そうに言ったセリフも、御幸の受け売りだ。
「でもとにかく1年目に一軍だもんな。廉はやっぱりすげーよ。」
「そ、そかな?」
「阿部も喜んでるだろ。」
「・・・多分」
阿部の名前が出るなり、三橋のテンションが下がった。
そう、最近阿部のメールが素っ気ないのだ。
慣れない仕事で疲れているとはあったが、それにしても短い。
こちらは阿部に聞かれるままに、かなりいろいろ知らせているのに。
「阿部も社会人1年目で、大変なんだろうな。」
沢村はフォローするように、そう言った。
御幸にはこの前、メールを貰っている。
阿部からのメールが減り、しかも短くなったことで、三橋は不安になっている。
だから阿部のマンションを急襲し、説教してやったと書いてあった。
「三橋が活躍すれば、阿部だって絶対嬉しいよ。」
「そう、かな?」
「当たり前だろ。」
力強く断言してやると、三橋は「ウヘヘ」と独特のノリで笑う。
高校時代から変わらないノリが懐かしい。
「じゃあ、今日も頑張ろうな。」
沢村は三橋の肩を叩くと、自チームのベンチへと駆け出した。
三橋は「よろ、しく!」と手を振りながら、沢村を見送った。
【続く】
「ったく、何だこれは?」
御幸は予想外の事態に、呆れるしかない。
阿部は憮然とした顔で「いきなりはずるいっすよ」と文句を言った。
東京で3連戦をこなした夜、御幸は阿部を訪ねた。
特に事前連絡はしていない。
昨年まで、御幸は沢村と会う場所として、よく三橋の部屋を借りていた。
そのため三橋には、合鍵を借りたままだ。
だから阿部が不在なら、三橋の部屋で待たせてもらうつもりだった。
だがタイミングよく、マンションのエントランスで阿部と鉢合わせした。
「御幸先輩?三橋は寮ですよね?」
阿部は御幸の顔を見るなり、そう言った。
だが御幸は「お前に会いに来たんだよ」と苦笑する。
阿部は「は?」と納得いかない様子だが、知ったことではない。
御幸は強引に、阿部の部屋に上がり込んだ。
そして荒れ放題の部屋を見て「ったく、何だこれは?」と呆れることになったのだ。
「いきなりはずるいっすよ」
阿部は憮然とした顔でと文句を言った。
事前に予告してくれれば、掃除をしておいたという意味だろう。
部屋の中はとにかく散らかっていた。
新聞や雑誌、脱いだ衣類などが床に散乱している。
ゴミ屋敷とまでは言わないし、確か青道高校の寮でもこの程度の部屋はあった。
だが今まで三橋と一緒にいる時の阿部の几帳面さを知る御幸は、この変わり方に驚いていた。
「ビールでいいっすか?」
阿部が冷蔵庫を開けながら、そう言った。
御幸は「何でもいいよ」と答えながら、さり気なく冷蔵庫を覗く。
ものの見事に、ビールだらけだ。
「三橋、元気ですか?」
阿部は御幸の前に缶のビールとグラスを置く。
だが御幸は缶のまま、ビールをゴクゴクと飲んだ。
「三橋、心配してるぞ。お前からのメールは短くて、自分のことは何も書いてないって」
「会社の話は書けないんですよ。社外秘の話とかもあって」
「そういうことじゃないだろ。あいつは今、一軍定着をかけて正念場だ。もっと支えてやれよ。」
「・・・それを言いに来たんですか?」
「まぁな。それにこの部屋を見て言いたいこと増えた。ビールばっかじゃなくてメシちゃんと食えよ。」
御幸は言いたいことを言ってしまうと「もう1本、もらう」と立ち上がった。
そしてキッチンで勝手に冷蔵庫をあけると、ビールを1本取った。
阿部と三橋には、恋愛のことでずいぶん助けてもらった。
だから御幸なりの助け舟のつもりだった。
阿部にもそれが伝わったらしく「色々すみません」と呟いた。
*****
「忙しくて、死に、そう」
三橋は思わず愚痴をこぼした。
沢村は「そりゃ大変だな」と心の底から同情した。
三橋は一軍で何回か登板した。
すべてセットアッパー、つまり中継ぎとしての短いイニングだ。
そのほとんどを無難に抑えたが、勝ち星にはなっていない。
だが1回、打ち込まれてしまい、負けが1つついた。
基本的に、今の三橋の立ち位置では、事前に登板予定などないに等しい。
だから時間的に可能な場合は、二軍の試合で調整登板するのだ。
つまり現在はまだ一軍半。
一軍定着が、今の三橋の目標だった。
だがやはり二軍で何回か投げてから、一軍に合流するのはしんどい。
いやただ移動するだけならいいのだが、一軍ではいつでも投げられるようにテンションを保たなければならないのだ。
張りつめた状態を維持するのは、疲れる。
それを三橋流に表現すると「忙しくて、死に、そう」になる。
久しぶりに沢村のチームと対戦となり、2人は試合前の球場で顔を合わせた。
そこで短い時間だが立ち話をするのが、三橋と沢村の習慣になっている。
御幸はいつもそれを見ながら、ニヤニヤと笑っているが、2人は気付いていない。
「栄純、君、は、2軍、は?」
「ああ、1年目の最初の頃はあったぜ。」
「そ、そか。栄純、君、も、あったのか。」
「余程の天才じゃなければ、二軍調整なんて誰でもやってるぜ。」
同じ年齢でありながら、4年早くプロ入りした沢村は、尊大にそう告げた。
だが実は沢村も、調整登板のときはきつくて、御幸にメールで愚痴ったことがある。
御幸からは「文句言わずに、頑張れ」と甘くない励ましが返ってきたが。
三橋に偉そうに言ったセリフも、御幸の受け売りだ。
「でもとにかく1年目に一軍だもんな。廉はやっぱりすげーよ。」
「そ、そかな?」
「阿部も喜んでるだろ。」
「・・・多分」
阿部の名前が出るなり、三橋のテンションが下がった。
そう、最近阿部のメールが素っ気ないのだ。
慣れない仕事で疲れているとはあったが、それにしても短い。
こちらは阿部に聞かれるままに、かなりいろいろ知らせているのに。
「阿部も社会人1年目で、大変なんだろうな。」
沢村はフォローするように、そう言った。
御幸にはこの前、メールを貰っている。
阿部からのメールが減り、しかも短くなったことで、三橋は不安になっている。
だから阿部のマンションを急襲し、説教してやったと書いてあった。
「三橋が活躍すれば、阿部だって絶対嬉しいよ。」
「そう、かな?」
「当たり前だろ。」
力強く断言してやると、三橋は「ウヘヘ」と独特のノリで笑う。
高校時代から変わらないノリが懐かしい。
「じゃあ、今日も頑張ろうな。」
沢村は三橋の肩を叩くと、自チームのベンチへと駆け出した。
三橋は「よろ、しく!」と手を振りながら、沢村を見送った。
【続く】