「おお振り」×「◆A」6年後
【一軍に合流!】
明日から一軍に合流だって!
その一文を呼んだ阿部は「マジか」と呟く。
そして素直に喜べない自分に動揺した。
4月に入って阿部は会社勤めをしながら、土日はスポーツトレーナーを養成する専門学校に通い始めた。
新生活は慣れない上に忙しい。
そのおかげで、三橋がいない寂しさはかなりまぎわすことができた。
何しろ疲れているので、夜はベットに倒れ込むようにして眠ってしまう。
三橋のことを考える余裕がないのは、正直なところありがたい。
メールは毎日していた。
三橋は律儀に朝昼夜と3回は必ず送って来る。
練習メニューの内容は、必ず教えろという阿部の指示を忠実に守っている。
二軍ではまぁまぁのペースで登板しており、その結果や感想なども知らせてくる。
または昼のカレーが美味しかったとか、寮の先輩と飲みに行ったとか、野球以外の話題も尽きない。
対する阿部は、自分のことはあまり知らせなかった。
会社の営業職なので、細かい話は下手をすれば機密漏えいになるのだ。
三橋に話したところで何が起きるわけではないが、止めておいた方がいいだろう。
そして4月下旬。
三橋からのメールの書き出しが「明日から一軍に合流」だったのだ。
それを見た阿部は、自分でも信じられないくらい動揺した。
嬉しい気持ちはもちろんあるが、同時に「まだ早い」と思ってしまったのだ。
予想は出来たことだ。
三橋のチームは、野球賭博事件で右投手が減ったところに、故障者まで出た。
チームにとって不運でも、三橋にとっては千載一遇のチャンス。
そして当の三橋は、二軍戦で順調に仕上げている。
だけど阿部にとっては、やはりまだ早いと思ってしまう。
何しろ阿部はまだ会社に入ったばかりで、社会人としては半人前にさえなっていない。
スポーツトレーナーだって目指し始めたばかりで、卵と名乗るのもおこがましい状態だ。
三橋だけが成長して、置いて行かれるのは嫌だ。
手が届かないところに行ってしまいそうで、怖いのだ。
頑張れ。応援してるぞ。
阿部は短い一文を返信した。
そしてメールならこちらの微妙な気分がバレないであろうことに、ホッとしていた。
*****
「う、おお!一軍、だ!」
初めてプレーヤーとして、一軍のグラウンドに入った三橋は興奮状態だ。
御幸は「浮かれ過ぎだ」と苦笑しながら、その気持ちはよくわかった。
三橋ほど態度には出さなかったが、御幸だって初めてのプロの一軍ベンチは興奮したのだ。
三橋はついに一軍登録を果たし、選手としてグラウンドに足を踏み入れた。
明るい照明の下でのナイトゲーム、そして大きな球場に満員状態の観客。
なにもかもが初めての世界だ。
しかも観客では絶対に入ることができない、ロッカールームやブルペン。
今さらのように、自分はプロになれたのだと思い知る。
「今日は多分、出番はないぞ。だけど万一があるかもしれないから、ちゃんと仕上げておけ。」
バッテリーコーチに声をかけられた三橋は「はい!」と元気よく返事した。
三橋の役割はセットアッパー、つまり中継ぎだ。
今日の先発投手は、最近メキメキと調子を上げている。
順当に投げてクローザーにつなげれば、出番はない。
三橋はベンチに腰を下ろして「うおお!」と声を上げた。
一軍のベンチの感触も、新鮮なのだろう。
それを見た御幸は「中継ぎは座ってるヒマ、ねーぞ」と教えてやる。
万が一のアクシデントに備えておくのが、セットアッパーの仕事だ。
いつでも出られるように、身体を慣らしておかなければならない。
「ブルペン、行き、ます!」
三橋は座ったばかりのベンチから、勢いよく立ち上がる。
そのコミカルな仕草に、選手たちがドッと笑った。
三橋が驚き、ビクッと身体を震わせると、その動きが面白くてまた笑いが起きる。
御幸は以前、阿部が三橋は高校でも大学でも、みんなの弟分的な感じだったと言っていたのを思い出す。
案外チームのいいムードメーカーになるのかもしれない。
そんなところは、どこか沢村にも通じる気もする。
三橋は訳もわからず、ペコペコと頭を下げると、また笑いが起こった。
その笑い声に見送られながら、三橋はブルペンに向かおうとする。
そこで相手チームのベンチに目が行った三橋は、そこで懐かしい顔を見つけた。
一緒に自主トレをした大事な友人で、プロでは先輩に当たる沢村だ。
「え、栄純、く~ん!!」
三橋が声を上げながら、ブンブンと手を振る。
すると今度は相手チームから、どっと笑い声が起きた。
そして沢村が一拍遅れて「廉、うるせーよ!」と叫んだ。
沢村はブルペンに向かう三橋の後ろ姿を見ながら、顔を強張らせていた。
早くも一軍に上がってきた三橋は、遠からず御幸に投げる。
わかっていたつもりなのに、なぜか心が焦る。
それは純粋なライバル心なのか、嫉妬なのか。
自分でもよくわからない。
そして御幸は強張った表情の沢村を見ていた。
沢村が何を考えているか察しているつもりだが、どうしようもない。
とにかく今は、試合に集中するしかなかった。
【続く】
明日から一軍に合流だって!
その一文を呼んだ阿部は「マジか」と呟く。
そして素直に喜べない自分に動揺した。
4月に入って阿部は会社勤めをしながら、土日はスポーツトレーナーを養成する専門学校に通い始めた。
新生活は慣れない上に忙しい。
そのおかげで、三橋がいない寂しさはかなりまぎわすことができた。
何しろ疲れているので、夜はベットに倒れ込むようにして眠ってしまう。
三橋のことを考える余裕がないのは、正直なところありがたい。
メールは毎日していた。
三橋は律儀に朝昼夜と3回は必ず送って来る。
練習メニューの内容は、必ず教えろという阿部の指示を忠実に守っている。
二軍ではまぁまぁのペースで登板しており、その結果や感想なども知らせてくる。
または昼のカレーが美味しかったとか、寮の先輩と飲みに行ったとか、野球以外の話題も尽きない。
対する阿部は、自分のことはあまり知らせなかった。
会社の営業職なので、細かい話は下手をすれば機密漏えいになるのだ。
三橋に話したところで何が起きるわけではないが、止めておいた方がいいだろう。
そして4月下旬。
三橋からのメールの書き出しが「明日から一軍に合流」だったのだ。
それを見た阿部は、自分でも信じられないくらい動揺した。
嬉しい気持ちはもちろんあるが、同時に「まだ早い」と思ってしまったのだ。
予想は出来たことだ。
三橋のチームは、野球賭博事件で右投手が減ったところに、故障者まで出た。
チームにとって不運でも、三橋にとっては千載一遇のチャンス。
そして当の三橋は、二軍戦で順調に仕上げている。
だけど阿部にとっては、やはりまだ早いと思ってしまう。
何しろ阿部はまだ会社に入ったばかりで、社会人としては半人前にさえなっていない。
スポーツトレーナーだって目指し始めたばかりで、卵と名乗るのもおこがましい状態だ。
三橋だけが成長して、置いて行かれるのは嫌だ。
手が届かないところに行ってしまいそうで、怖いのだ。
頑張れ。応援してるぞ。
阿部は短い一文を返信した。
そしてメールならこちらの微妙な気分がバレないであろうことに、ホッとしていた。
*****
「う、おお!一軍、だ!」
初めてプレーヤーとして、一軍のグラウンドに入った三橋は興奮状態だ。
御幸は「浮かれ過ぎだ」と苦笑しながら、その気持ちはよくわかった。
三橋ほど態度には出さなかったが、御幸だって初めてのプロの一軍ベンチは興奮したのだ。
三橋はついに一軍登録を果たし、選手としてグラウンドに足を踏み入れた。
明るい照明の下でのナイトゲーム、そして大きな球場に満員状態の観客。
なにもかもが初めての世界だ。
しかも観客では絶対に入ることができない、ロッカールームやブルペン。
今さらのように、自分はプロになれたのだと思い知る。
「今日は多分、出番はないぞ。だけど万一があるかもしれないから、ちゃんと仕上げておけ。」
バッテリーコーチに声をかけられた三橋は「はい!」と元気よく返事した。
三橋の役割はセットアッパー、つまり中継ぎだ。
今日の先発投手は、最近メキメキと調子を上げている。
順当に投げてクローザーにつなげれば、出番はない。
三橋はベンチに腰を下ろして「うおお!」と声を上げた。
一軍のベンチの感触も、新鮮なのだろう。
それを見た御幸は「中継ぎは座ってるヒマ、ねーぞ」と教えてやる。
万が一のアクシデントに備えておくのが、セットアッパーの仕事だ。
いつでも出られるように、身体を慣らしておかなければならない。
「ブルペン、行き、ます!」
三橋は座ったばかりのベンチから、勢いよく立ち上がる。
そのコミカルな仕草に、選手たちがドッと笑った。
三橋が驚き、ビクッと身体を震わせると、その動きが面白くてまた笑いが起きる。
御幸は以前、阿部が三橋は高校でも大学でも、みんなの弟分的な感じだったと言っていたのを思い出す。
案外チームのいいムードメーカーになるのかもしれない。
そんなところは、どこか沢村にも通じる気もする。
三橋は訳もわからず、ペコペコと頭を下げると、また笑いが起こった。
その笑い声に見送られながら、三橋はブルペンに向かおうとする。
そこで相手チームのベンチに目が行った三橋は、そこで懐かしい顔を見つけた。
一緒に自主トレをした大事な友人で、プロでは先輩に当たる沢村だ。
「え、栄純、く~ん!!」
三橋が声を上げながら、ブンブンと手を振る。
すると今度は相手チームから、どっと笑い声が起きた。
そして沢村が一拍遅れて「廉、うるせーよ!」と叫んだ。
沢村はブルペンに向かう三橋の後ろ姿を見ながら、顔を強張らせていた。
早くも一軍に上がってきた三橋は、遠からず御幸に投げる。
わかっていたつもりなのに、なぜか心が焦る。
それは純粋なライバル心なのか、嫉妬なのか。
自分でもよくわからない。
そして御幸は強張った表情の沢村を見ていた。
沢村が何を考えているか察しているつもりだが、どうしようもない。
とにかく今は、試合に集中するしかなかった。
【続く】