「おお振り」×「◆A」6年後
【キャンプインの前に】
「なに、これ!」
三橋は久しぶりに訪れた部屋で、憤慨する。
だが阿部は床に転がったまま、鼾をかいていた。
三橋の1月は忙しかった。
沢村や田島、小湊など、同じ歳のメンバーで2回目の自主トレ。
そこから戻るなり、寮へ引っ越した。
さらに球団で若手選手を対象にした、三橋にとっては3回目の自主トレ。
そして2月からのキャンプインを前に、三橋は一度マンションに戻った。
三橋の部屋は、しばらく不在にしたとは思えないほど清潔だった。
阿部は定期的に、空気を入れ替え、掃除をしてくれているのだろう。
だが荷物を置いて、阿部の部屋に入った途端にその落差に驚く。
とにかく荒れているのだ。
テーブルには缶ビールやハイボールの空き缶が、多数転がっている。
おそらく何日分も放置してあるのだろう。
床には脱いだ衣類や、新聞などが散乱していた。
キッチンのゴミ箱を見ると、コンビニ弁当の空き容器や、スナック菓子の包装紙ばかり。
何より耐え難いのは、この埃っぽさだ。
ほとんど留守だった三橋の部屋より埃っぽいなんて、ありえない。
この部屋の主、阿部はというと、床にゴロリと横になって、鼾をかいていた。
どうやら雑誌を読みながら、眠ってしまったのだろう。
手には開いたままの野球雑誌が握られている。
「阿部、君!」
三橋が呆れて叫びと、その声に阿部がビクリを身体を震わせた。
そしてガバリと起き上がると、寝ぼけ眼で「三橋?」と目を眇めて、三橋を見上げた。
その声のひび割れ方でわかる。
阿部はこんな真昼間から、酒を飲んでいたのだ。
「いく、ら、休み、だから、って!だら、し、なさ過ぎ!」
「・・・明日、帰る予定じゃなかったのよ。」
そう、三橋は本当は明日、帰ってくるつもりだったのだ。
だけど急に予定より早く最終日の練習が終わったから、今日のうちに戻ったのだ。
阿部は明日までに掃除をしておけばいいと思ったので、この体たらくを晒すことになったのだ。
「阿部、君。心配、だよ。」
三橋はポツリと、そう告げた。
高校、大学と7年も一緒にいたのだ。
その7年の間、阿部はいつも三橋の世話を焼き、三橋優先の生活を送っていた。
だが今、三橋がいなくなった阿部の生活は荒れているように見える。
「ちゃんと、しない、と。カラダ、壊す、よ!」
「わかったから。大丈夫。」
三橋の本気の抗議にも、阿部は生返事だ。
まったく説得力のない「大丈夫」に、三橋は不安になるばかりだった。
*****
『沢村、絶好調です!今年も勝負です~!!』
電話口から聞こえる大声に、御幸は思わず耳をスマホから離した。
だが手を思い切り伸ばして耳からスマホを遠ざけても、沢村の高笑いはしっかりと聞き取れた。
キャンプインを前にして、御幸は実家にいた。
高校は寮生活、プロ入りしてしまえば、ますます親と過ごす時間は少ない。
なるべく時間がある時には実家に戻り、親と一緒に食事をとる。
それがプロ6年目になる阿部の、今は恒例行事でもあった。
電話の向こうの沢村は、球団の寮にいる。
沢村もプロ5年目、普通だったらいいかげん寮を出たくなる時期だろう。
だけどマイペースの沢村は、そうでもないらしい。
メシも心配もいらないし、楽っすよ。
沢村は豪快にそう言い放ち、寮に居座っている。
「声、デケェよ。相変わらず。」
御幸の第一声は、いつもこれだ。
本当に毎回注意するのに、それはその電話1回しか持たない。
次に電話をしてくるときには、きれいさっぱり忘れているらしい。
まったくそれでプロの投手が務まるのかと思うが、沢村は何とか1軍で頑張っている。
「調子はどうなんだよ。そろそろ先発ローテに入んねーのか?」
御幸はズバリとそう聞いてやる。
恋人同士なんだが、電話のときにはあまり甘い雰囲気にはならない。
理由は簡単、御幸がそうさせないからだ。
何しろ沢村は思ったことは何でも喋る性格の上、声がデカいのだ。
しかも寮にいるとなれば、恋バナなど絶対にさせられない。
『あ、また、そういうプレッシャーを!』
「降谷はもう先発ローテ、入ってるぞ。」
『オレは、スタートが遅いんすよ!もうじき抜かすんで!』
「悠長なこと言ってると、三橋にも抜かれるぞ」
御幸は冗談交じりに、だけど本音を少し滲ませてそう言った。
実はバッテリーコーチから、ある程度は話を聞いていた。
御幸のチームは、野球賭博事件でいきなり投手が何人も減った。
それが全員右投手で、三橋を含めたルーキーの右投手は例年になく注目されているのだ。
本当はそんな話もしたいが、さすがに対戦チームの沢村にそんなことは言えない。
『プロでは4年も先輩なんだから、まだまだ三橋には負けないっすよ!』
電話の向こうから、相変わらずの大声が響く。
御幸は「ああ、頑張れ。それと声デケェって何度も言わせんな!」と文句を言った。
三橋同様、御幸と沢村もあと少しでキャンプインだ。
【続く】
「なに、これ!」
三橋は久しぶりに訪れた部屋で、憤慨する。
だが阿部は床に転がったまま、鼾をかいていた。
三橋の1月は忙しかった。
沢村や田島、小湊など、同じ歳のメンバーで2回目の自主トレ。
そこから戻るなり、寮へ引っ越した。
さらに球団で若手選手を対象にした、三橋にとっては3回目の自主トレ。
そして2月からのキャンプインを前に、三橋は一度マンションに戻った。
三橋の部屋は、しばらく不在にしたとは思えないほど清潔だった。
阿部は定期的に、空気を入れ替え、掃除をしてくれているのだろう。
だが荷物を置いて、阿部の部屋に入った途端にその落差に驚く。
とにかく荒れているのだ。
テーブルには缶ビールやハイボールの空き缶が、多数転がっている。
おそらく何日分も放置してあるのだろう。
床には脱いだ衣類や、新聞などが散乱していた。
キッチンのゴミ箱を見ると、コンビニ弁当の空き容器や、スナック菓子の包装紙ばかり。
何より耐え難いのは、この埃っぽさだ。
ほとんど留守だった三橋の部屋より埃っぽいなんて、ありえない。
この部屋の主、阿部はというと、床にゴロリと横になって、鼾をかいていた。
どうやら雑誌を読みながら、眠ってしまったのだろう。
手には開いたままの野球雑誌が握られている。
「阿部、君!」
三橋が呆れて叫びと、その声に阿部がビクリを身体を震わせた。
そしてガバリと起き上がると、寝ぼけ眼で「三橋?」と目を眇めて、三橋を見上げた。
その声のひび割れ方でわかる。
阿部はこんな真昼間から、酒を飲んでいたのだ。
「いく、ら、休み、だから、って!だら、し、なさ過ぎ!」
「・・・明日、帰る予定じゃなかったのよ。」
そう、三橋は本当は明日、帰ってくるつもりだったのだ。
だけど急に予定より早く最終日の練習が終わったから、今日のうちに戻ったのだ。
阿部は明日までに掃除をしておけばいいと思ったので、この体たらくを晒すことになったのだ。
「阿部、君。心配、だよ。」
三橋はポツリと、そう告げた。
高校、大学と7年も一緒にいたのだ。
その7年の間、阿部はいつも三橋の世話を焼き、三橋優先の生活を送っていた。
だが今、三橋がいなくなった阿部の生活は荒れているように見える。
「ちゃんと、しない、と。カラダ、壊す、よ!」
「わかったから。大丈夫。」
三橋の本気の抗議にも、阿部は生返事だ。
まったく説得力のない「大丈夫」に、三橋は不安になるばかりだった。
*****
『沢村、絶好調です!今年も勝負です~!!』
電話口から聞こえる大声に、御幸は思わず耳をスマホから離した。
だが手を思い切り伸ばして耳からスマホを遠ざけても、沢村の高笑いはしっかりと聞き取れた。
キャンプインを前にして、御幸は実家にいた。
高校は寮生活、プロ入りしてしまえば、ますます親と過ごす時間は少ない。
なるべく時間がある時には実家に戻り、親と一緒に食事をとる。
それがプロ6年目になる阿部の、今は恒例行事でもあった。
電話の向こうの沢村は、球団の寮にいる。
沢村もプロ5年目、普通だったらいいかげん寮を出たくなる時期だろう。
だけどマイペースの沢村は、そうでもないらしい。
メシも心配もいらないし、楽っすよ。
沢村は豪快にそう言い放ち、寮に居座っている。
「声、デケェよ。相変わらず。」
御幸の第一声は、いつもこれだ。
本当に毎回注意するのに、それはその電話1回しか持たない。
次に電話をしてくるときには、きれいさっぱり忘れているらしい。
まったくそれでプロの投手が務まるのかと思うが、沢村は何とか1軍で頑張っている。
「調子はどうなんだよ。そろそろ先発ローテに入んねーのか?」
御幸はズバリとそう聞いてやる。
恋人同士なんだが、電話のときにはあまり甘い雰囲気にはならない。
理由は簡単、御幸がそうさせないからだ。
何しろ沢村は思ったことは何でも喋る性格の上、声がデカいのだ。
しかも寮にいるとなれば、恋バナなど絶対にさせられない。
『あ、また、そういうプレッシャーを!』
「降谷はもう先発ローテ、入ってるぞ。」
『オレは、スタートが遅いんすよ!もうじき抜かすんで!』
「悠長なこと言ってると、三橋にも抜かれるぞ」
御幸は冗談交じりに、だけど本音を少し滲ませてそう言った。
実はバッテリーコーチから、ある程度は話を聞いていた。
御幸のチームは、野球賭博事件でいきなり投手が何人も減った。
それが全員右投手で、三橋を含めたルーキーの右投手は例年になく注目されているのだ。
本当はそんな話もしたいが、さすがに対戦チームの沢村にそんなことは言えない。
『プロでは4年も先輩なんだから、まだまだ三橋には負けないっすよ!』
電話の向こうから、相変わらずの大声が響く。
御幸は「ああ、頑張れ。それと声デケェって何度も言わせんな!」と文句を言った。
三橋同様、御幸と沢村もあと少しでキャンプインだ。
【続く】