「おお振り」×「◆A」6年後
【いろいろラッキー♪】
「楽しみだよな~♪」
沢村が上機嫌でそう告げると、三橋もうんうんと頷いた。
沢村と御幸、三橋と阿部の自主トレが終わり、年が変わった。
正月をそれぞれの実家で過ごした彼らは、現在は三橋と阿部のマンションで過ごしている。
三橋の祖父が所有するマンションの、隣同士の2部屋。
この部屋は往々にして、沢村と御幸のデートの場所になる。
人目につかない上に、少々の酒と菓子を差し入れるだけで泊めてもらえるのは本当にありがたい。
本当は3月末で、阿部も三橋もここを出るつもりだった。
三橋は群馬で就職するつもりだったからだ。
だが三橋のプロ入りが決まったことで、引き続き借り続けることに決めたのだった。
阿部はここから会社に通勤する。
おそらく三橋はまず球団の寮に入るから、ここにはめったに帰ることはできない。
それでもやはり帰る場所が欲しいのだ。
これは沢村と御幸にとってもありがたい話だった。
有名人の2人が安心して人知れず会える、唯一の場所なのだ。
沢村も御幸もここがなくなったらどうしようと、実はかなり真剣に迷っていた。
「三橋の家が金持ちで、助かったよ。」
「オレん家、じゃない。ジィちゃん、の、家」
「でも埼玉の三橋の家もデッカイじゃん。」
「そ、かな?」
三橋の家は資産や平均年収などを見ればかなり裕福なのだが、三橋本人にはその自覚がない。
沢村が「お坊ちゃま」などと茶化しても、三橋は「ちがう、よ!」と笑っている。
年明け早々、沢村と御幸は1週間ほどここに滞在している。
そして明日からまた自主トレ、第2弾だ。
沢村と三橋は、高校時代のチームメイトである小湊春市と田島悠一郎の4名で自主トレだ。
そして御幸は同じ球団の同年代の選手と、やはり自主トレに入る。
その後、球団の合同自主トレに参加した後、シーズンに突入する。
つまり三橋と阿部も、沢村と御幸も一緒に過ごせるのは今夜が最後。
しばしの別れとなる。
そんな最後の夜、沢村は三橋の部屋で話し込んでいた。
ちなみに御幸は、隣の阿部の部屋で捕手談義をしていることだろう。
もうしばらくしたら、御幸と三橋が入れ替わり、恋人同士で熱い夜を過ごす。
「楽しみだよな~♪」
沢村が上機嫌でそう告げると、三橋もうんうんと頷いた。
もちろんそれは明日から始まる、第2弾の自主トレのことだ。
同じくプロに進んだ田島や小湊と、久しぶりに会える。
喋ったりふざけ合ったりするのも嬉しいが、ライバル心もある。
刺激し合いながら一緒に練習するのが、楽しみで仕方がないのだ。
「じゃ、オレ、そろそろ、あっち、行くね。」
「ああ。じゃあな。おやすみ」
三橋は手を振りながら、玄関を出て行った。
そして程なくして、入れ替わるように御幸が入って来た。
「しばらく会えねーから、濃厚なヤツ、やっとくか」
「御幸先輩、品がないっす。」
高校時代のような軽口だったが、少し肌が触れ合っただけで甘い空気に変わった。
*****
「皮肉なことだが、三橋にとってはラッキーな展開だぜ?」
御幸は阿部にそう言った。
阿部は「やっぱりそうなりますか」と答えた。
三橋と沢村、そして御幸は明日から自主トレの第2弾だ。
だが阿部には、もう自主トレはない。
これから三橋としばらくの別れになる。
その最後の夜、沢村は御幸の部屋で話し込んでいる。
明日からまた一緒に自主トレなので「楽しみだ」などと話しているのだろう。
そして阿部の部屋にいるのは、御幸だ。
同じ捕手であるせいか、御幸とはウマが合う。
だからこうして何とはなしに話し込むことも多かった。
「三橋と離れるのは、不安か?」
不意に御幸がそう聞いてきた。
それはまさに阿部の心をズバリと言い当てたものだった。
思い起こせば、高校と大学、合わせて7年の間で月単位で会わないなんてことはなかった。
せいぜい会わない期間は1週間程度だ。
これから会えない時間が長くなる。
阿部はそれが不安だった。
だがずっと沢村と遠距離恋愛状態の御幸に、それを言うのは躊躇われる。
「不安なことはありますが、それじゃないです。」
阿部はさり気なく、話題を変えた。
決して誤魔化したつもりではなく、本当に気になることがあるのだ。
「これの話?」
御幸はテレビの画面を指さした。
阿部は「はい」と頷く。
ちょうどつけっぱなしにしていたテレビでは、ニュース番組をやっていた。
そこでは「ある球団」の選手の何名かが野球賭博をしていたと報じている。
まさに御幸が所属しているチームの話だった。
「こういうのって、気づかないものなんですか?」
「恥ずかしい話だが、はっきり言ってまったく知らなかった。」
御幸は不愉快そうに顔をしかめながら、阿部の問いに答える。
阿部は「でしょうね」と、肩を竦めた。
今回、野球賭博をしていたと報じられたのは、いわゆる「一軍半」の若手投手たちだ。
ここ何年か一軍と二軍の間を行ったり来たりしている。
だからずっと一軍にいる御幸の耳には入らなかったのだろう。
「皮肉なことだが、三橋にとってはラッキーな展開だぜ?」
御幸は阿部にそう言った。
阿部は「やっぱりそうなりますか」と答えた。
そう、三橋にとっては2つ、いいことがある。
1つは、今発覚したことで、球団、そして世間の目のチェックが厳しくなる。
組織的にやっているとしても、当面は自粛するだろう。
つまり新人の年に、三橋にいけない誘惑の魔の手が迫る可能性は格段に減る。
そしてもう1つは、今回摘発された選手が投手ばかりだったことだ。
該当する選手たちは、おそらくは球団を去ることになる。
三橋にとっては、ライバルが減ることになるのだ。
もっとも当の三橋はそんなことなど、まるで考えていないだろうが。
そのとき部屋のドアが開き、三橋が顔を覗かせた。
そして御幸を見ると「交代、です!」と悪戯っぽい笑顔を見せる。
御幸は「もうそんな時間か」と言いながら、腰を上げた。
「じゃあ、おやすみ。」
御幸は手を振りながら、三橋と入れ替わるように部屋を出て行った。
三橋はドアに鍵をかけると、阿部の腕の中に飛び込んだ。
【続く】
「楽しみだよな~♪」
沢村が上機嫌でそう告げると、三橋もうんうんと頷いた。
沢村と御幸、三橋と阿部の自主トレが終わり、年が変わった。
正月をそれぞれの実家で過ごした彼らは、現在は三橋と阿部のマンションで過ごしている。
三橋の祖父が所有するマンションの、隣同士の2部屋。
この部屋は往々にして、沢村と御幸のデートの場所になる。
人目につかない上に、少々の酒と菓子を差し入れるだけで泊めてもらえるのは本当にありがたい。
本当は3月末で、阿部も三橋もここを出るつもりだった。
三橋は群馬で就職するつもりだったからだ。
だが三橋のプロ入りが決まったことで、引き続き借り続けることに決めたのだった。
阿部はここから会社に通勤する。
おそらく三橋はまず球団の寮に入るから、ここにはめったに帰ることはできない。
それでもやはり帰る場所が欲しいのだ。
これは沢村と御幸にとってもありがたい話だった。
有名人の2人が安心して人知れず会える、唯一の場所なのだ。
沢村も御幸もここがなくなったらどうしようと、実はかなり真剣に迷っていた。
「三橋の家が金持ちで、助かったよ。」
「オレん家、じゃない。ジィちゃん、の、家」
「でも埼玉の三橋の家もデッカイじゃん。」
「そ、かな?」
三橋の家は資産や平均年収などを見ればかなり裕福なのだが、三橋本人にはその自覚がない。
沢村が「お坊ちゃま」などと茶化しても、三橋は「ちがう、よ!」と笑っている。
年明け早々、沢村と御幸は1週間ほどここに滞在している。
そして明日からまた自主トレ、第2弾だ。
沢村と三橋は、高校時代のチームメイトである小湊春市と田島悠一郎の4名で自主トレだ。
そして御幸は同じ球団の同年代の選手と、やはり自主トレに入る。
その後、球団の合同自主トレに参加した後、シーズンに突入する。
つまり三橋と阿部も、沢村と御幸も一緒に過ごせるのは今夜が最後。
しばしの別れとなる。
そんな最後の夜、沢村は三橋の部屋で話し込んでいた。
ちなみに御幸は、隣の阿部の部屋で捕手談義をしていることだろう。
もうしばらくしたら、御幸と三橋が入れ替わり、恋人同士で熱い夜を過ごす。
「楽しみだよな~♪」
沢村が上機嫌でそう告げると、三橋もうんうんと頷いた。
もちろんそれは明日から始まる、第2弾の自主トレのことだ。
同じくプロに進んだ田島や小湊と、久しぶりに会える。
喋ったりふざけ合ったりするのも嬉しいが、ライバル心もある。
刺激し合いながら一緒に練習するのが、楽しみで仕方がないのだ。
「じゃ、オレ、そろそろ、あっち、行くね。」
「ああ。じゃあな。おやすみ」
三橋は手を振りながら、玄関を出て行った。
そして程なくして、入れ替わるように御幸が入って来た。
「しばらく会えねーから、濃厚なヤツ、やっとくか」
「御幸先輩、品がないっす。」
高校時代のような軽口だったが、少し肌が触れ合っただけで甘い空気に変わった。
*****
「皮肉なことだが、三橋にとってはラッキーな展開だぜ?」
御幸は阿部にそう言った。
阿部は「やっぱりそうなりますか」と答えた。
三橋と沢村、そして御幸は明日から自主トレの第2弾だ。
だが阿部には、もう自主トレはない。
これから三橋としばらくの別れになる。
その最後の夜、沢村は御幸の部屋で話し込んでいる。
明日からまた一緒に自主トレなので「楽しみだ」などと話しているのだろう。
そして阿部の部屋にいるのは、御幸だ。
同じ捕手であるせいか、御幸とはウマが合う。
だからこうして何とはなしに話し込むことも多かった。
「三橋と離れるのは、不安か?」
不意に御幸がそう聞いてきた。
それはまさに阿部の心をズバリと言い当てたものだった。
思い起こせば、高校と大学、合わせて7年の間で月単位で会わないなんてことはなかった。
せいぜい会わない期間は1週間程度だ。
これから会えない時間が長くなる。
阿部はそれが不安だった。
だがずっと沢村と遠距離恋愛状態の御幸に、それを言うのは躊躇われる。
「不安なことはありますが、それじゃないです。」
阿部はさり気なく、話題を変えた。
決して誤魔化したつもりではなく、本当に気になることがあるのだ。
「これの話?」
御幸はテレビの画面を指さした。
阿部は「はい」と頷く。
ちょうどつけっぱなしにしていたテレビでは、ニュース番組をやっていた。
そこでは「ある球団」の選手の何名かが野球賭博をしていたと報じている。
まさに御幸が所属しているチームの話だった。
「こういうのって、気づかないものなんですか?」
「恥ずかしい話だが、はっきり言ってまったく知らなかった。」
御幸は不愉快そうに顔をしかめながら、阿部の問いに答える。
阿部は「でしょうね」と、肩を竦めた。
今回、野球賭博をしていたと報じられたのは、いわゆる「一軍半」の若手投手たちだ。
ここ何年か一軍と二軍の間を行ったり来たりしている。
だからずっと一軍にいる御幸の耳には入らなかったのだろう。
「皮肉なことだが、三橋にとってはラッキーな展開だぜ?」
御幸は阿部にそう言った。
阿部は「やっぱりそうなりますか」と答えた。
そう、三橋にとっては2つ、いいことがある。
1つは、今発覚したことで、球団、そして世間の目のチェックが厳しくなる。
組織的にやっているとしても、当面は自粛するだろう。
つまり新人の年に、三橋にいけない誘惑の魔の手が迫る可能性は格段に減る。
そしてもう1つは、今回摘発された選手が投手ばかりだったことだ。
該当する選手たちは、おそらくは球団を去ることになる。
三橋にとっては、ライバルが減ることになるのだ。
もっとも当の三橋はそんなことなど、まるで考えていないだろうが。
そのとき部屋のドアが開き、三橋が顔を覗かせた。
そして御幸を見ると「交代、です!」と悪戯っぽい笑顔を見せる。
御幸は「もうそんな時間か」と言いながら、腰を上げた。
「じゃあ、おやすみ。」
御幸は手を振りながら、三橋と入れ替わるように部屋を出て行った。
三橋はドアに鍵をかけると、阿部の腕の中に飛び込んだ。
【続く】