「おお振り」×「◆A」6年後
【打ち上げ!】
「試合、で、会える、といいね!」
三橋は元気いっぱいに、宣言した。
沢村は「おぉ!負けねーぞ!」と勢い込んで答えて、御幸に「声、でけぇ」と注意を食らった。
自主トレの最終日の夜、4人は宿泊している施設のリビングルームに集まっていた。
テーブルに並ぶのは、デリバリーの食事と缶入りのアルコール類各種。
今日は自主トレの打ち上げと称して、4人だけの飲み会だ。
明日になれば、それぞれの居場所に戻り、早々このメンバーが集まることもない。
だから最後の夜を楽しもうという趣向だった。
先程まで4人で話していたが、今は何となくポジションごとに集まる感じになった。
窓際には沢村と三橋が、自主トレ中世話になったグラウンドを見ながら、お喋りを楽しんでいる。
そして部屋の奥では、御幸と阿部が話し込んでいた。
「ホント、楽し、かった。栄純、君と、練習、できて」
「ああ。オレもだ。ありがとな。廉。」
2人はもう何本目かわからない缶チューハイで、もう1度乾杯をした。
捕手2人はビールとかハイボールなど、甘くないものを好んで飲む。
だが投手組は「お前ら、女子か!?」と言いたくなるほど、甘いものが好きだ。
ちなみに沢村が飲んでいるのはストロベリーチューハイで、三橋はピーチチューハイだ。
「御幸先輩に投げなかったのは、オレに気をつかったからか?」
沢村は酔いにまかせて、気になっていたことを聞いた。
この自主トレは、走り込みと筋トレ、サーキットトレーニングがメインだった。
投げるのは、簡単なキャッチボールのみ。
だが最終日に少しだけ、投球練習をした。
沢村は阿部に20球、御幸に30球ほど投げた。
だが三橋は阿部に50球投げて、終了したのだ。
自主トレの序盤、三橋に嫉妬を感じた沢村は、少々無茶をした。
なぜなら三橋は来シーズンから、御幸のチームでプレイするのだ。
2人の距離が縮まると思ったら妙に焦ってしまい、夜に人知れず練習しようとした。
あえなくバレて、止められてしまったのだが。
三橋は口に出しては言わないが、自分が嫉妬されていることに気が付いていると思う。
だから沢村の前では、御幸に投げなかったのかと思ったのだ。
「ちが、うよ。ズル、したく、なかった。」
「ズル?」
「御幸、先輩、一軍、正捕手。オレは多分、二軍、スタート。投げていい、立場じゃ、ない。」
「・・・そうか。」
三橋の誠実さに、沢村は感動してしまった。
二軍に名を連ねたばかりの身で、一軍正捕手の御幸に投げるのはズル。
だから御幸には投げなかったという三橋の潔さは、見事なほど気持ちがいい。
「頑張ろうな!」
沢村はそう叫んで、飲みかけのチューハイの缶を掲げた。
三橋は「頑張る!」と答えて、自分の缶を沢村の缶にぶつけ、甘い美酒を味わった。
*****
「もう最後かもしれないです。」
阿部はしんみりとした口調で、そう言った。
それを聞いた御幸は「そりゃ聞き捨てならねーな」と言った。
三橋と沢村が「頑張ろうな!」と何度目かわからない乾杯をしているのを見ながら、御幸はため息をついた。
2人の手に赤やらピンクの缶が見えたからだ。
まったくどうして甘ったるい酒が飲めるのか、御幸には理解できない。
「絶対に最後にするなよ。」
御幸はハイボールをグイッと飲み干しながら、そう言った。
阿部は「そうしたいところですが」と言いながら、缶ビールを飲む。
投手2人がはしゃいでいる声が響く中、こちらは静かな雰囲気だ。
阿部が「最後」と言ったのは、この自主トレの参加のことだ。
沢村、阿部、三橋が高校を卒業した年から、この4人でこの場所で自主トレをしてきた。
御幸と沢村は現役のプロ野球選手で、阿部と三橋は大学で野球を続けた。
だからプロと大学生でレベルの差はあっても、何とか一緒に練習できたのだ。
だが来年はかなり事情が違ってくる。
三橋はプロ入りして、身体レベルは格段に上がるだろう。
対して阿部は、趣味で草野球でもやろうかという程度だ。
阿部だけが練習についていけなくなることは、目に見えている。
「全部の練習に参加しなくても、できるとこだけやるってことで、いいじゃないか。」
「それも何か半端な感じで」
「お前、完璧主義者だもんな。」
「・・・そんな風に見えてました?」
「ああ。こと三橋に関して、だけどな。」
御幸の言葉に、阿部は肩を落として「ハァァ」とため息をついた。
こと三橋に関して完璧主義者とは、見事に言い得ている。
高校の3年と大学の4年間。
合計7年を、阿部は三橋に捧げたといっても過言ではない。
これから三橋と離れる生活が想像できず、どうしてもネガティブになる。
「御幸先輩、沢村と離れる時、不安じゃなかったですか?」
「あ?浮気の心配とかか?」
「いや、そういうんじゃないです。一緒にいられる時間がへって生き甲斐がなくなる、みたいな」
「生き甲斐って、お前。。。」
大袈裟な表現に、御幸は一瞬顔をしかめる。
だがすぐに、そうかもしれないと思った。
御幸と沢村は離れても、2人とも野球を続けることができた。
だが阿部は三橋と離れ、野球とも離れるのだ。
自分に置き換えて考えたら、確かに生き甲斐がなくなるほどの喪失感だ。
「阿部、あんまり思い詰めるなよ。三橋はお前が好きだし、オレも沢村も来年もここでお前に会いたい。」
御幸は静かにそう告げると、ハイボールを飲み干した。
そして冷蔵庫に向かうと、ビールを2本取り出して戻り、1本を阿部に差し出した。
「ありがとうございます。」
阿部は礼を言うと、2人は新しいボールで乾杯した。
【続く】
「試合、で、会える、といいね!」
三橋は元気いっぱいに、宣言した。
沢村は「おぉ!負けねーぞ!」と勢い込んで答えて、御幸に「声、でけぇ」と注意を食らった。
自主トレの最終日の夜、4人は宿泊している施設のリビングルームに集まっていた。
テーブルに並ぶのは、デリバリーの食事と缶入りのアルコール類各種。
今日は自主トレの打ち上げと称して、4人だけの飲み会だ。
明日になれば、それぞれの居場所に戻り、早々このメンバーが集まることもない。
だから最後の夜を楽しもうという趣向だった。
先程まで4人で話していたが、今は何となくポジションごとに集まる感じになった。
窓際には沢村と三橋が、自主トレ中世話になったグラウンドを見ながら、お喋りを楽しんでいる。
そして部屋の奥では、御幸と阿部が話し込んでいた。
「ホント、楽し、かった。栄純、君と、練習、できて」
「ああ。オレもだ。ありがとな。廉。」
2人はもう何本目かわからない缶チューハイで、もう1度乾杯をした。
捕手2人はビールとかハイボールなど、甘くないものを好んで飲む。
だが投手組は「お前ら、女子か!?」と言いたくなるほど、甘いものが好きだ。
ちなみに沢村が飲んでいるのはストロベリーチューハイで、三橋はピーチチューハイだ。
「御幸先輩に投げなかったのは、オレに気をつかったからか?」
沢村は酔いにまかせて、気になっていたことを聞いた。
この自主トレは、走り込みと筋トレ、サーキットトレーニングがメインだった。
投げるのは、簡単なキャッチボールのみ。
だが最終日に少しだけ、投球練習をした。
沢村は阿部に20球、御幸に30球ほど投げた。
だが三橋は阿部に50球投げて、終了したのだ。
自主トレの序盤、三橋に嫉妬を感じた沢村は、少々無茶をした。
なぜなら三橋は来シーズンから、御幸のチームでプレイするのだ。
2人の距離が縮まると思ったら妙に焦ってしまい、夜に人知れず練習しようとした。
あえなくバレて、止められてしまったのだが。
三橋は口に出しては言わないが、自分が嫉妬されていることに気が付いていると思う。
だから沢村の前では、御幸に投げなかったのかと思ったのだ。
「ちが、うよ。ズル、したく、なかった。」
「ズル?」
「御幸、先輩、一軍、正捕手。オレは多分、二軍、スタート。投げていい、立場じゃ、ない。」
「・・・そうか。」
三橋の誠実さに、沢村は感動してしまった。
二軍に名を連ねたばかりの身で、一軍正捕手の御幸に投げるのはズル。
だから御幸には投げなかったという三橋の潔さは、見事なほど気持ちがいい。
「頑張ろうな!」
沢村はそう叫んで、飲みかけのチューハイの缶を掲げた。
三橋は「頑張る!」と答えて、自分の缶を沢村の缶にぶつけ、甘い美酒を味わった。
*****
「もう最後かもしれないです。」
阿部はしんみりとした口調で、そう言った。
それを聞いた御幸は「そりゃ聞き捨てならねーな」と言った。
三橋と沢村が「頑張ろうな!」と何度目かわからない乾杯をしているのを見ながら、御幸はため息をついた。
2人の手に赤やらピンクの缶が見えたからだ。
まったくどうして甘ったるい酒が飲めるのか、御幸には理解できない。
「絶対に最後にするなよ。」
御幸はハイボールをグイッと飲み干しながら、そう言った。
阿部は「そうしたいところですが」と言いながら、缶ビールを飲む。
投手2人がはしゃいでいる声が響く中、こちらは静かな雰囲気だ。
阿部が「最後」と言ったのは、この自主トレの参加のことだ。
沢村、阿部、三橋が高校を卒業した年から、この4人でこの場所で自主トレをしてきた。
御幸と沢村は現役のプロ野球選手で、阿部と三橋は大学で野球を続けた。
だからプロと大学生でレベルの差はあっても、何とか一緒に練習できたのだ。
だが来年はかなり事情が違ってくる。
三橋はプロ入りして、身体レベルは格段に上がるだろう。
対して阿部は、趣味で草野球でもやろうかという程度だ。
阿部だけが練習についていけなくなることは、目に見えている。
「全部の練習に参加しなくても、できるとこだけやるってことで、いいじゃないか。」
「それも何か半端な感じで」
「お前、完璧主義者だもんな。」
「・・・そんな風に見えてました?」
「ああ。こと三橋に関して、だけどな。」
御幸の言葉に、阿部は肩を落として「ハァァ」とため息をついた。
こと三橋に関して完璧主義者とは、見事に言い得ている。
高校の3年と大学の4年間。
合計7年を、阿部は三橋に捧げたといっても過言ではない。
これから三橋と離れる生活が想像できず、どうしてもネガティブになる。
「御幸先輩、沢村と離れる時、不安じゃなかったですか?」
「あ?浮気の心配とかか?」
「いや、そういうんじゃないです。一緒にいられる時間がへって生き甲斐がなくなる、みたいな」
「生き甲斐って、お前。。。」
大袈裟な表現に、御幸は一瞬顔をしかめる。
だがすぐに、そうかもしれないと思った。
御幸と沢村は離れても、2人とも野球を続けることができた。
だが阿部は三橋と離れ、野球とも離れるのだ。
自分に置き換えて考えたら、確かに生き甲斐がなくなるほどの喪失感だ。
「阿部、あんまり思い詰めるなよ。三橋はお前が好きだし、オレも沢村も来年もここでお前に会いたい。」
御幸は静かにそう告げると、ハイボールを飲み干した。
そして冷蔵庫に向かうと、ビールを2本取り出して戻り、1本を阿部に差し出した。
「ありがとうございます。」
阿部は礼を言うと、2人は新しいボールで乾杯した。
【続く】