「おお振り」×「◆A」6年後
【焦りと嫉妬】
「そう、いうの、よく、ない、よ?」
突然背後から呼びかけられて、沢村は「おおぅ!」と声を上げてしまう。
その反応の大きさに、声をかけた三橋も驚き「う、お!」と叫んでしまった。
御幸と沢村、阿部と三橋の4人は、現在合同自主トレ中だ。
朝から夕方まで、走り込んだり、筋力アップのためのサーキットトレーニングを中心に身体を作るのだ。
阿部以外の3人は年明けの1月にまた自主トレに入るので、今はその準備段階。
つまり本格的な自主トレに入るための身体づくりが目的だった。
だから今回、ほとんど投球はしない。
せいぜいキャッチボール程度だ。
それが沢村には、どうにも落ち着かなかった。
投げたい。しっかりとピッチング練習がしたい。
こんなに焦るのは、プロ入りして初めてのことだ。
だから夜、沢村はこっそり部屋を抜け出して、グラウンドに出てきた。
ちょっと気分転換の散歩をしてくると言って出たから、捜されることもないだろう。
寝泊まりしている建物から漏れる明かりで、かろうじてボールも見える。
沢村は音が聞こえないように、建物から充分に距離を取る。
そして折り畳み式のゲージを置き、それに向かって勢いよくボールを投げ込んだ。
これならゲージの網が音をかなり吸収してくれるし、バレないだろう。
だが第1球目を投げ込んだ途端、三橋に声をかけられたのだ。
ボールがゲージに当たる音が、2人の叫びと重なった。
「栄純、君、悩んでる?」
三橋はつかつかとゲージに近づき、沢村が投げたボールを拾いながら、そう言った。
こっそりと練習しているのを見つけられた沢村は「別に、悩んでないし」と誤魔化そうとする。
だが三橋はじっと沢村を見つめている。
その視線は雄弁に「嘘でしょう?」と語っていた。
「オレ、に、言わなくて、いい。でも、御幸、先輩、心配してる。」
三橋は静かにそう言いながら、ゲージを畳んだ。
もう投げてはいけないという、三橋の無言の主張だ。
沢村がずっと元気がないことなど、御幸だけでなく三橋も阿部も気が付いている。
だけど敢えて問い詰めることをせず、見守ってくれているのだ。
それでもさすがにこの無謀な投球練習だけは、見過ごせなかった。
だから三橋が止めに来たのだ。
「沢村、オレと三橋で後片付けしておくから、御幸先輩の部屋に行け」
またしても背後からいきなり声をかけてきたのは、阿部だった。
沢村はまたしても「おわ!」と叫んでしまう。
だが阿部は動じることなく「今、全力で投げただろ。肩のケア、忘れるなよ」と言った。
沢村は照れくさくも嬉しく、そして恥ずかしかった。
思いがけない心配りに、頑なな心が解けていく。
「早く、行って」
三橋がそう言ったので、沢村は「悪い!」と手を上げて、走り出した。
向かうのはもちろん、御幸の部屋。
ここまで優しくされているのだ。
もう意地なんか張ってても、滑稽なだけだ。
*****
「沢村、入り、やす!」
沢村は大声で叫びながら、御幸の部屋のドアを開けた。
床に座り、ローテーブルでノートパソコンを使っていた御幸は驚き「ノックくらいしろ!」と怒鳴った。
「ちゃんとストレッチしたか?」
御幸はまずそれを確認した。
表情はからかうような顔をよそおっているが、口調は厳しい。
沢村は「しました!」と脊髄反射のように叫んでから「バレてた?」と呟く。
御幸は「窓から見えた」とネタ晴らしをした。
冷静な顔をしているが、実はかなり驚き、狼狽えたのだ。
部屋でくつろいでいたら、窓の外で何かが動く気配があった。
そこで外を確認したところ、ゲージを広げている沢村を見つけたのだった。
傍らにはバケツ1杯のボール。
沢村が何をしようとしているか、すぐにわかった。
この時期にいきなり投げ込みなんて。
ペースが狂って、下手をすれば来シーズンまで影響する!
慌てて飛び出そうとしたところ、沢村を追いかけていく三橋と阿部が見えた。
そして阿部は振り返ると、御幸と視線を合わせて口だけで「部屋にいてください」と伝えてきた。
沢村を連れてくるからということだろう。
「まぁ適当に座れ。言い訳を聞いてやる。」
御幸はノートパソコンをスリープ状態にしながら、そう言った。
沢村はバツが悪そうな顔で、三橋の対面に座る。
そしてしばらくモジモジと落ち着かないようあったが、いきなり大声を上げた。
「オレ、廉に、嫉妬してました!」
沢村の叫びに、御幸は「ぶは!」と吹き出した。
そして「嫉妬って、お前」と言いながら、くつくつと笑う。
「オレ、大真面目なんですけど。」
笑われた沢村は、ふて腐れたようにそう言った。
御幸は「あんまりストレートだったから」と補足する。
そう、そんなことだろうとは思っていたのだ。
だけどそんなにはっきりと言うとは思わなかった。
「三橋がオレんトコに来るからか?」
「・・・はい」
「オレと三橋がバッテリー組むのが嫌なのか?でもオレもお前も違う相手と組んでるだろ?」
「わかってるけど、あいつは違うっていうか」
「え?」
「御幸先輩、廉みたいな投手、好きでしょう!!」
なるほどこういうのは鋭いのかと、御幸は呆れを通り越して、感動すら覚えた。
確かに三橋みたいな投手は、大好物だ。
それは御幸だけではなく、捕手なら誰でもそうだと思う。
球種が多くて、コントロールがいい。
配球を考えるだけでワクワクするのだ。
おそらく誰よりもそれを感じているのは、阿部だろうが。
高校時代、御幸がケガを押して試合に出たときのことを思い出す。
最初は隠していたが、途中でチームメイトの全員が気が付いた。
だけど沢村だけは気付かず「スランプですか?」なんて言い放ったのだ。
そんな鈍い男が、ここでそんな嫉妬をするとは。
「三橋はあくまで投手で友人。それに三橋には阿部って恋人がいる。」
「わかってるけど!」
「惚れたヤツに嫉妬されるって、嬉しいもんなんだな。」
「ハァァ!?」
御幸が恋人として好きなのは、あくまで沢村なのだ。
だけど軽々しく「好き」なんて言えないキャラだから、少しだけひねくれた言葉でそれを伝えた。
沢村は「何言ってるんすか!?」と文句を言いながら、耳まで真っ赤になっている。
どうやら作戦は成功したらしい。
「お前、今夜はオレの部屋で寝ろよ」
御幸がさらに煽ると、沢村は動揺し「え、あ、は?」と三橋以上の吃音になった。
まったくかわいい。
まだ自主トレ中だが、今夜は少し甘くさせてもらおう。
御幸は未だにオロオロと動揺する沢村を見て、こっそり笑った。
【続く】
「そう、いうの、よく、ない、よ?」
突然背後から呼びかけられて、沢村は「おおぅ!」と声を上げてしまう。
その反応の大きさに、声をかけた三橋も驚き「う、お!」と叫んでしまった。
御幸と沢村、阿部と三橋の4人は、現在合同自主トレ中だ。
朝から夕方まで、走り込んだり、筋力アップのためのサーキットトレーニングを中心に身体を作るのだ。
阿部以外の3人は年明けの1月にまた自主トレに入るので、今はその準備段階。
つまり本格的な自主トレに入るための身体づくりが目的だった。
だから今回、ほとんど投球はしない。
せいぜいキャッチボール程度だ。
それが沢村には、どうにも落ち着かなかった。
投げたい。しっかりとピッチング練習がしたい。
こんなに焦るのは、プロ入りして初めてのことだ。
だから夜、沢村はこっそり部屋を抜け出して、グラウンドに出てきた。
ちょっと気分転換の散歩をしてくると言って出たから、捜されることもないだろう。
寝泊まりしている建物から漏れる明かりで、かろうじてボールも見える。
沢村は音が聞こえないように、建物から充分に距離を取る。
そして折り畳み式のゲージを置き、それに向かって勢いよくボールを投げ込んだ。
これならゲージの網が音をかなり吸収してくれるし、バレないだろう。
だが第1球目を投げ込んだ途端、三橋に声をかけられたのだ。
ボールがゲージに当たる音が、2人の叫びと重なった。
「栄純、君、悩んでる?」
三橋はつかつかとゲージに近づき、沢村が投げたボールを拾いながら、そう言った。
こっそりと練習しているのを見つけられた沢村は「別に、悩んでないし」と誤魔化そうとする。
だが三橋はじっと沢村を見つめている。
その視線は雄弁に「嘘でしょう?」と語っていた。
「オレ、に、言わなくて、いい。でも、御幸、先輩、心配してる。」
三橋は静かにそう言いながら、ゲージを畳んだ。
もう投げてはいけないという、三橋の無言の主張だ。
沢村がずっと元気がないことなど、御幸だけでなく三橋も阿部も気が付いている。
だけど敢えて問い詰めることをせず、見守ってくれているのだ。
それでもさすがにこの無謀な投球練習だけは、見過ごせなかった。
だから三橋が止めに来たのだ。
「沢村、オレと三橋で後片付けしておくから、御幸先輩の部屋に行け」
またしても背後からいきなり声をかけてきたのは、阿部だった。
沢村はまたしても「おわ!」と叫んでしまう。
だが阿部は動じることなく「今、全力で投げただろ。肩のケア、忘れるなよ」と言った。
沢村は照れくさくも嬉しく、そして恥ずかしかった。
思いがけない心配りに、頑なな心が解けていく。
「早く、行って」
三橋がそう言ったので、沢村は「悪い!」と手を上げて、走り出した。
向かうのはもちろん、御幸の部屋。
ここまで優しくされているのだ。
もう意地なんか張ってても、滑稽なだけだ。
*****
「沢村、入り、やす!」
沢村は大声で叫びながら、御幸の部屋のドアを開けた。
床に座り、ローテーブルでノートパソコンを使っていた御幸は驚き「ノックくらいしろ!」と怒鳴った。
「ちゃんとストレッチしたか?」
御幸はまずそれを確認した。
表情はからかうような顔をよそおっているが、口調は厳しい。
沢村は「しました!」と脊髄反射のように叫んでから「バレてた?」と呟く。
御幸は「窓から見えた」とネタ晴らしをした。
冷静な顔をしているが、実はかなり驚き、狼狽えたのだ。
部屋でくつろいでいたら、窓の外で何かが動く気配があった。
そこで外を確認したところ、ゲージを広げている沢村を見つけたのだった。
傍らにはバケツ1杯のボール。
沢村が何をしようとしているか、すぐにわかった。
この時期にいきなり投げ込みなんて。
ペースが狂って、下手をすれば来シーズンまで影響する!
慌てて飛び出そうとしたところ、沢村を追いかけていく三橋と阿部が見えた。
そして阿部は振り返ると、御幸と視線を合わせて口だけで「部屋にいてください」と伝えてきた。
沢村を連れてくるからということだろう。
「まぁ適当に座れ。言い訳を聞いてやる。」
御幸はノートパソコンをスリープ状態にしながら、そう言った。
沢村はバツが悪そうな顔で、三橋の対面に座る。
そしてしばらくモジモジと落ち着かないようあったが、いきなり大声を上げた。
「オレ、廉に、嫉妬してました!」
沢村の叫びに、御幸は「ぶは!」と吹き出した。
そして「嫉妬って、お前」と言いながら、くつくつと笑う。
「オレ、大真面目なんですけど。」
笑われた沢村は、ふて腐れたようにそう言った。
御幸は「あんまりストレートだったから」と補足する。
そう、そんなことだろうとは思っていたのだ。
だけどそんなにはっきりと言うとは思わなかった。
「三橋がオレんトコに来るからか?」
「・・・はい」
「オレと三橋がバッテリー組むのが嫌なのか?でもオレもお前も違う相手と組んでるだろ?」
「わかってるけど、あいつは違うっていうか」
「え?」
「御幸先輩、廉みたいな投手、好きでしょう!!」
なるほどこういうのは鋭いのかと、御幸は呆れを通り越して、感動すら覚えた。
確かに三橋みたいな投手は、大好物だ。
それは御幸だけではなく、捕手なら誰でもそうだと思う。
球種が多くて、コントロールがいい。
配球を考えるだけでワクワクするのだ。
おそらく誰よりもそれを感じているのは、阿部だろうが。
高校時代、御幸がケガを押して試合に出たときのことを思い出す。
最初は隠していたが、途中でチームメイトの全員が気が付いた。
だけど沢村だけは気付かず「スランプですか?」なんて言い放ったのだ。
そんな鈍い男が、ここでそんな嫉妬をするとは。
「三橋はあくまで投手で友人。それに三橋には阿部って恋人がいる。」
「わかってるけど!」
「惚れたヤツに嫉妬されるって、嬉しいもんなんだな。」
「ハァァ!?」
御幸が恋人として好きなのは、あくまで沢村なのだ。
だけど軽々しく「好き」なんて言えないキャラだから、少しだけひねくれた言葉でそれを伝えた。
沢村は「何言ってるんすか!?」と文句を言いながら、耳まで真っ赤になっている。
どうやら作戦は成功したらしい。
「お前、今夜はオレの部屋で寝ろよ」
御幸がさらに煽ると、沢村は動揺し「え、あ、は?」と三橋以上の吃音になった。
まったくかわいい。
まだ自主トレ中だが、今夜は少し甘くさせてもらおう。
御幸は未だにオロオロと動揺する沢村を見て、こっそり笑った。
【続く】