「おお振り」×「◆A」6年後
【合同自主トレ、再び】
「ここも久しぶりだな~♪」
御幸は明るくそう言った。
沢村はそんな御幸を見ながら、モヤモヤする自分の心を持て余していた。
ドラフト会議が終わって、約1か月後。
12月某日、御幸と沢村、そして阿部と三橋の4人は合同の自主トレを組んだ。
これは沢村がプロに入った年から、恒例行事になっている。
場所は三橋の祖父の伝手で借りることができる、九州某所の施設だ。
キャッチボールやランニングができるグラウンドに、フィットネスジムもある。
何より完全に個人の持ち物なので、マスコミなどをシャットアウトできるのがいい。
「栄純、君、御幸、先輩、お久しぶり、です!」
先に来ていた三橋が挨拶して、阿部が「どうもっす」と会釈する。
御幸が「今年もありがとな」と礼を言った。
贅沢な設備を、4人でゆったり使えることへの感謝だ。
「ありがとう。三橋」
沢村も慌ててそう言ったが、いつもの元気さはなかった。
毎年、ここに来るのは楽しみで仕方がないのに、今年はどうしてもモヤモヤする。
そして何より困るのは、沢村自身がモヤモヤの理由がわからないことだ。
ここに来る道中も、御幸はモテていた。
羽田空港でファンだという女の子に声をかけられ、サインを求められた。
こちらについてからもバスターミナルで、やはり女の子に握手を求められた。
御幸が笑顔でそれに応じるのは、もちろんファンサービスだ。
そのときもモヤモヤしたが、これに関しては理由は明確。
御幸に熱い視線を送る女の子に嫉妬したのである。
所詮行きずりの女の子なのだから、別れてしまえばもう終わりだ。
だが今のモヤモヤはなんだろう?
しかも女の子に感じたような奇妙な感情を、三橋に対して感じるのだ。
三橋がプロ入りしたから?御幸のチームに入ったから?
いや、そんな今さら。
御幸は散々別の投手の球を捕っているのだし、ありえないと思うのだが。
「栄純、君。オレに、いろいろ、教えて、下さい!」
三橋は昔と変わらない笑顔で、沢村に深々と頭を下げた。
それは先にプロ入りしている同じ投手の沢村に対して、教えを乞いたいという純粋な気持ち。
だが沢村はそれさえも妙に気に障った。
だから思わずぶっきらぼうに「オレが教えられることなんてないと思うけど」と答えてしまった。
「そっか。ごめん」
三橋が困ったように笑い、阿部がどうしたんだと言わんばかりに御幸を見た。
3人とも沢村は豪快に「まかせろ!」と高笑いすると思っていたのだ。
御幸は阿部に1つ頷き返すと、何となく元気のない沢村をじっと見ていた。
*****
自主トレの初日は、身体をほぐすだけで終わった。
ランニングやストレッチ、そしてジムでの筋トレだ。
三橋も沢村も投げたがったが、今回は軽いキャッチボール程度しかしない。
あくまでも身体を慣らすことが目的だった。
阿部と御幸は、サウナに入っていた。
この施設は、まぁまぁ広い風呂になんと温泉を引いている。
そしてその他に、最大2人まで入れるサウナ室まであるという充実ぶりだ。
そこで捕手2人は、他愛もない話に興じていた。
「阿部はもう野球、やらないのか?」
御幸はそう聞いた。
三橋のプロ入りも決まり、阿部だけが会社員になる。
野球を辞めてしまえば、こうして自主トレをするのも最後になるかもしれない。
「どうでしょうね。余裕があれば草野球チームにでもと思いますが。」
「もったいねーな。」
「そう言っていただけると、光栄ですね。」
阿部はそう言いながら、御幸を見た。
こうしてタオルを腰に巻くだけの姿になってみれば、よくわかる。
プロとアマでは、根本的に身体がちがうことが。
一見細身だが、しっかりと野球に、そして捕手に特化した筋肉の鎧。
やはりかなわないと、阿部はこっそりため息をついた。
「やっぱり会社勤めになると、続けるのはむずかしいか。」
「それもありますが、やりたいこともあるんですよ。」
「やりたいこと?仕事と野球以外でか?」
「資格を取りたいと思ってまして」
「へぇ?何の?」
「スポーツトレーナー。またはそれに類するものを」
「・・・それって」
御幸は驚き、言葉を続けることができなかった。
スポーツトレーナーの資格。
御幸は詳しくないからわからないが、そんなに簡単なものではないと思う。
おそらくは専門学校に年単位で通うのではないだろうか。
そしてそうまでしてそれを取ろうとする理由は1つしかない。
阿部は三橋の専属トレーナーになるつもりなのだ。
「そりゃまた壮大だな。」
「やっぱりそう思いますか?」
「意地悪い言い方をすれば、お前が資格を取る前に、三橋が引退する可能性だって低くない。」
「そうはならないと信じたいです。」
「そのことを三橋には?」
「言ってないです。資格を取るまでは内緒にします。プレッシャーをかけたくないんで。」
阿部の決意を聞いた御幸は、ただただ感心するしかなかった。
三橋が一軍として、そこそこの成績を上げない限り、専属トレーナーなんて雇えないはずだ。
そこまで行ける保証はない、むしろ確率的には行けない可能性の方が高い。
だけど阿部は三橋の隣に行くために、新たな挑戦を始めるつもりなのだ。
「それより沢村、大丈夫なんですか?」
阿部は唐突に話題を変えた。
確かに今はそちらの方が、緊急課題には違いない。
御幸はため息を1つつくと「とりあえず出ようぜ。もう限界だし」と言った。
ごまかすつもりなどではなく、サウナで思いがけず長話をしてしまい、のぼせそうだったのだ。
【続く】
「ここも久しぶりだな~♪」
御幸は明るくそう言った。
沢村はそんな御幸を見ながら、モヤモヤする自分の心を持て余していた。
ドラフト会議が終わって、約1か月後。
12月某日、御幸と沢村、そして阿部と三橋の4人は合同の自主トレを組んだ。
これは沢村がプロに入った年から、恒例行事になっている。
場所は三橋の祖父の伝手で借りることができる、九州某所の施設だ。
キャッチボールやランニングができるグラウンドに、フィットネスジムもある。
何より完全に個人の持ち物なので、マスコミなどをシャットアウトできるのがいい。
「栄純、君、御幸、先輩、お久しぶり、です!」
先に来ていた三橋が挨拶して、阿部が「どうもっす」と会釈する。
御幸が「今年もありがとな」と礼を言った。
贅沢な設備を、4人でゆったり使えることへの感謝だ。
「ありがとう。三橋」
沢村も慌ててそう言ったが、いつもの元気さはなかった。
毎年、ここに来るのは楽しみで仕方がないのに、今年はどうしてもモヤモヤする。
そして何より困るのは、沢村自身がモヤモヤの理由がわからないことだ。
ここに来る道中も、御幸はモテていた。
羽田空港でファンだという女の子に声をかけられ、サインを求められた。
こちらについてからもバスターミナルで、やはり女の子に握手を求められた。
御幸が笑顔でそれに応じるのは、もちろんファンサービスだ。
そのときもモヤモヤしたが、これに関しては理由は明確。
御幸に熱い視線を送る女の子に嫉妬したのである。
所詮行きずりの女の子なのだから、別れてしまえばもう終わりだ。
だが今のモヤモヤはなんだろう?
しかも女の子に感じたような奇妙な感情を、三橋に対して感じるのだ。
三橋がプロ入りしたから?御幸のチームに入ったから?
いや、そんな今さら。
御幸は散々別の投手の球を捕っているのだし、ありえないと思うのだが。
「栄純、君。オレに、いろいろ、教えて、下さい!」
三橋は昔と変わらない笑顔で、沢村に深々と頭を下げた。
それは先にプロ入りしている同じ投手の沢村に対して、教えを乞いたいという純粋な気持ち。
だが沢村はそれさえも妙に気に障った。
だから思わずぶっきらぼうに「オレが教えられることなんてないと思うけど」と答えてしまった。
「そっか。ごめん」
三橋が困ったように笑い、阿部がどうしたんだと言わんばかりに御幸を見た。
3人とも沢村は豪快に「まかせろ!」と高笑いすると思っていたのだ。
御幸は阿部に1つ頷き返すと、何となく元気のない沢村をじっと見ていた。
*****
自主トレの初日は、身体をほぐすだけで終わった。
ランニングやストレッチ、そしてジムでの筋トレだ。
三橋も沢村も投げたがったが、今回は軽いキャッチボール程度しかしない。
あくまでも身体を慣らすことが目的だった。
阿部と御幸は、サウナに入っていた。
この施設は、まぁまぁ広い風呂になんと温泉を引いている。
そしてその他に、最大2人まで入れるサウナ室まであるという充実ぶりだ。
そこで捕手2人は、他愛もない話に興じていた。
「阿部はもう野球、やらないのか?」
御幸はそう聞いた。
三橋のプロ入りも決まり、阿部だけが会社員になる。
野球を辞めてしまえば、こうして自主トレをするのも最後になるかもしれない。
「どうでしょうね。余裕があれば草野球チームにでもと思いますが。」
「もったいねーな。」
「そう言っていただけると、光栄ですね。」
阿部はそう言いながら、御幸を見た。
こうしてタオルを腰に巻くだけの姿になってみれば、よくわかる。
プロとアマでは、根本的に身体がちがうことが。
一見細身だが、しっかりと野球に、そして捕手に特化した筋肉の鎧。
やはりかなわないと、阿部はこっそりため息をついた。
「やっぱり会社勤めになると、続けるのはむずかしいか。」
「それもありますが、やりたいこともあるんですよ。」
「やりたいこと?仕事と野球以外でか?」
「資格を取りたいと思ってまして」
「へぇ?何の?」
「スポーツトレーナー。またはそれに類するものを」
「・・・それって」
御幸は驚き、言葉を続けることができなかった。
スポーツトレーナーの資格。
御幸は詳しくないからわからないが、そんなに簡単なものではないと思う。
おそらくは専門学校に年単位で通うのではないだろうか。
そしてそうまでしてそれを取ろうとする理由は1つしかない。
阿部は三橋の専属トレーナーになるつもりなのだ。
「そりゃまた壮大だな。」
「やっぱりそう思いますか?」
「意地悪い言い方をすれば、お前が資格を取る前に、三橋が引退する可能性だって低くない。」
「そうはならないと信じたいです。」
「そのことを三橋には?」
「言ってないです。資格を取るまでは内緒にします。プレッシャーをかけたくないんで。」
阿部の決意を聞いた御幸は、ただただ感心するしかなかった。
三橋が一軍として、そこそこの成績を上げない限り、専属トレーナーなんて雇えないはずだ。
そこまで行ける保証はない、むしろ確率的には行けない可能性の方が高い。
だけど阿部は三橋の隣に行くために、新たな挑戦を始めるつもりなのだ。
「それより沢村、大丈夫なんですか?」
阿部は唐突に話題を変えた。
確かに今はそちらの方が、緊急課題には違いない。
御幸はため息を1つつくと「とりあえず出ようぜ。もう限界だし」と言った。
ごまかすつもりなどではなく、サウナで思いがけず長話をしてしまい、のぼせそうだったのだ。
【続く】