「おお振り」×「◆A」6年後

【ドラフト会議、再び】

「マジか!?」
テレビから聞こえた指名の声に、沢村は思わず叫んでしまった。
御幸も目を丸くしながら「驚いたな」と呟いた。

沢村と御幸は、貴重な逢瀬を楽しんでいた。
場所は三橋が住んでいるマンションだ。
しばらくは実家だから、好きに使っていい。
三橋からはそう言われており、合鍵を貸してもらった。

三橋の部屋を使わせてもらえるのは、本当にありがたかった。
何しろプロ野球選手、特に御幸は一軍でフル出場の人気選手だ。
ここまで顔バレしてしまえば、迂闊にデートもできない。
その点、三橋の部屋なら人目につく心配はない。
出入りを見られても、友人宅に遊びに来たと言えば済むのだ。

三橋の部屋で待ち合わせ、2人でキッチンを借りて食事を作った。
本当は外でデートらしいデートをしたいと思うが、これはこれで楽しい。
時間をかけて、いくつもの料理を作り、テーブルに並べる。
そして夕刻、酒を飲みながら、作った料理を食べる。
そうしながら、年に1度のイベントをテレビで見ようというのが、今日の趣向だった。

年に1度のイベント。
それはプロ野球のドラフト会議だった。
地上波放送では上位指名しか見られないが、三橋の部屋はCS放送のスポーツチャンネルを視聴できる。
その局では、ドラフト会議終了まで生中継してくれるのだ。

「「それじゃ、乾杯~!」」
沢村と御幸はグラスを合わせると、2人だけのパーティを開始した。
酒はビールや缶チューハイを買い込んでおり、三橋の部屋の冷蔵庫に詰め込んである。
飲み切れなければ、部屋の借り賃として置いて行けばいい。
そして2人、いや主に御幸が作った料理に舌鼓を打ちながら、ドラフト会議に注目した。

「うわ、春っち、指名された!」
沢村が思わず声を上げると、御幸が「順当だろ。大学で頑張ってたしな」と答える。
2人のかつてのチームメイトの小湊春市が、複数の球団から1位指名されたのだ。
その後、抽選が行なわれ、球団が確定する。
残念ながら御幸や沢村が所属するリーグではないから、対戦するとしたら交流戦か日本シリーズだ。

「何か、同窓会みたいっすね。」
ビールとチューハイでほろ酔い気分の沢村が、楽しそうにそう言った。
小湊だけでなく、同学年の何名かが指名されていく。
名前を聞くだけで、何だか再会したような気分になって、テンションが上がるのだ。

『第6回選択希望選手、三橋廉。投手。××大学』
すっかりリラックスしていた御幸と沢村は、不意にテレビから聞こえてきた声に驚いた。
知り合いもそうでない者も、めぼしい選手は概ね指名されたと思う。
だいたいこんな感じかと気を抜いていた2人は、思わず画面を二度見した。

「マジか!?」
テレビから聞こえた指名の声に、沢村は思わず叫んでしまった。
御幸も目を丸くしながら「驚いたな」と呟いた。
今2人が飲み会を開催中のこの部屋の家主が、まさかの指名。
しかも指名したチームは、まさかの御幸のチームだった。
御幸は「あいつがうちに来るのかよ」と驚いている。

でも沢村は微妙だった。三橋がプロに来るのは嬉しい。
だけど御幸と三橋がバッテリーを組んでいる姿を想像すると、素直に喜べないのだ。
それはいったいなぜなのだろうと、沢村はモヤモヤした気持ちを持て余していた。

*****

『第6回選択希望選手、三橋廉。投手。××大学』
テレビから聞こえた声に「うぉぉ~!」と歓声が起こった。
次の瞬間、拍手が沸き起こり、三橋は「え、えと」とキョドることになった。

沢村と御幸が三橋の部屋でドラフト会議を見ていた頃。
三橋と阿部も別の場所で、同じ放送を見ていた。
事前に指名するという挨拶をもらっていた2人は、大学にいた。
テレビ視聴ができる教室を野球部で借り切り、部員たちと一緒に見ていたのだ。

「おめでとう!プロ野球入り!」
阿部が感極まり、三橋を思い切り抱きしめた。
恋人ではなく、高校大学と球を受けてくれた捕手としての抱擁。
そして集まった野球部員たちが「おめでとう!」「やったな!」と声をかけてくれる。
そんな周りのあまりのテンションの高さに、三橋は逆に冷静になってしまった。
そして恐る恐る「8位、て、言われてた、けど」と告げる。

「ああ、きっと予定していた選手が、他のチームに取られたんだろうよ。」
そう教えてくれたのは、監督だ。
元々球団から事前の連絡で8位で指名すると予告されていたが、蓋を開けてみれば6位指名だった。
だがそれは別に珍しいことではないらしい。
監督は三橋を見ながら、目を潤ませている。
三橋の可能性を信じて、プロ志望届を出すことを勧めてくれた人。
三橋にとっては、いくら感謝しても感謝しきれない。

「プロ、行くんだよな?」
監督は念を押すように、そう言った。
三橋は「行き、ます!」と即答する。
事前に連絡があった時点で、両親や祖父には相談している。
元々祖父の経営する三星学園に就職する予定だった三橋は、あっさりとプロ行きを許されていた。

三橋の両親は基本は放任主義であり、息子自身の意見を尊重する。
だから三橋の好きなようにすればいいと言ってくれた。
問題だった祖父があっさりOKしたのは、単に孫に甘いだけではない。
三橋がプロ野球でプレイして、その後に三星学園に就職すれば、学校の宣伝になる。
元プロ野球選手が職員を務める学校として。
そういう家に生まれたこと自体が、三橋の運の良さなのだ。

「本当によくやったな!」
阿部は三橋の頭に手を乗せると、ガシガシとなでた。
三橋が「髪、から、まる!」と文句を言ったが、少しも勢いが弱まらない。

阿部にとっても、三橋のプロ行きは嬉しい限りだった。
高校に入ったばかりのあの日、まず三橋の才能を見出したのは自分だ。
その三橋がプロに行くまでの投手に成長したのは、自分の力も多分にあるのだと自負している。
それにもっと現実的な話、三橋が群馬に引っ込んでしまえば、なかなか会えなくなる。
どこかに部屋でも借りて住んでくれた方が、逢瀬を重ねるのも楽なのだ。

「御幸先輩のチームだな」
阿部がそう呟くと、三橋が「あ、そっか」と答えた。
どうやら三橋はプロに行くことばかり考えていて、そのことは忘れていたらしい。
阿部は「お前ってやつは」と呆れながら、もう1度三橋の髪をかき回した。

御幸先輩なら、三橋をどう使うかな?
阿部は心の中で、秘かにそう思った。
まだこの時点で、阿部にとって2人が同じチームに進むことは楽しい話題だった。

【続く】
4/31ページ