「おお振り」×「◆A」6年後

【日本シリーズ、観戦中】

「悔しい。マジで出たかった!」
御幸一也は、テレビに向かって、呻いた。
彼の恋人である沢村栄純は「まぁまぁ、来年でしょ」と宥めていた。

クライマックスシリーズが終わり、シーズン最後の大イベント、日本シリーズが始まった。
沢村はそれをテレビで見ていた。
本当なら、あの舞台に立っていたい。
だけどプロ入りして4年目になっても、未だに日本シリーズ出場はかなわない。
その年の優勝を決める試合を、沢村はいつもこうしてテレビで見ている。

だが今年は、嬉しいこともある。
ここは都内某所、ホテルの一室だ。
沢村は恋人と一緒に、日本シリーズを見ていた。
そしてそのまま熱い夜を過ごすことになっているのだ。
日本シリーズに出場していたら、とうてい出来ないことだ。

「あ~あ、マジで悔しい!」
御幸は画面を睨みながら、もう何度繰り返したかわからない捨てゼリフを吐いた。
そして缶ビールの中身を一気に飲み干すと、グシャリと手でつぶす。
御幸のチームは、今年リーグ優勝を成し遂げていたのだ。
だがクライマックスシリーズで敗退し、今こうしてテレビの前にいる。

本当はオレはもっと悔しがらなければ、いけないんだろうけど。
沢村は御幸の様子を見ながら、こっそりとため息をついた。
クライマックスシリーズにすら、進めなかったチーム。
そして沢村は、先発ローテーションにも入れていない。
立ち位置としてはセットアッパー、つまり中継ぎ投手だ。

先発するスターター、そして最後を締めくくるクローザー。
その間をつなぐ役割で、試合の展開によっていつ出場するかわからない。
毎試合準備をしているが、結局出ないことだってよくあるのだ。
できれば早く先発ローテーションに入りたいと思いながら、もう4年。
それでも二軍に落ちることなくやれているのは、ささやかな自慢ではある。
だがやはりもう1段階、上に進みたい。
何しろ恋人は入団後すぐにレギュラーポジションを獲得し、今年も全試合フル出場しているのだから。

やがて日本シリーズの第1戦が終わった。
テレビの中では、勝った方の監督がインタビューを受けている。
御幸はリモコンでテレビを消すと「シャワー、浴びてくる」と告げた。
沢村はコクリと頷き、シャワールームのドアが閉まるのを見て、ハァァと大きく深呼吸をした。

「久しぶりだな。ドキドキする。」
思わず独り言が出てしまう。
そう、シーズン中には滅多に会えない。
たまに会えても、食事をして別れるのがせいぜいだ。
こうして身体を重ねるのは、もう何か月ぶりのことだろう?

「よし、頑張れ、オレ!」
沢村は気合いを入れると、両手で頬を勢いよく叩いた。
あまりにも大きなその声がバスルームに筒抜けになり、御幸の頬を緩ませてることなど知る由もなかった。

*****

「来年は、マウンドに沢村がいるかもな。」
阿部隆也は、テレビを見ながら、そう言った。
恋人の三橋廉は「だと、いいね」と笑いながら、ピッタリと阿部に身体を寄せていた。

日本シリーズ第1戦の夜、阿部と三橋は三橋の自宅マンションにいた。
三橋の祖父の持ち物で、大学入学に際して借り受けたものだ。
2人はすでにベットの中で1戦交えた後であり、一息ついているところで試合が始まった。
とりあえずテレビ観戦をしつつ、簡単に食事。
そして夜には2戦目に持ち込もうという予定である。

「御幸、センパイ、惜しかった、よね」
三橋は画面を見ながら、そう言った。
御幸のチームがリーグ優勝しながら、クライマックスシリーズで敗退したことは知っている。
阿部も「今頃、悔しがっているんだろうな」と苦笑した。

「それにしてもあの2人、よく続いてるよな。」
阿部の言葉に、三橋もコクコクと頷いた。
有名なプロ野球選手、しかも同性同士の恋愛。
シーズン中はおちおち会えないし、シーズンオフだって簡単ではない。
2人でデートでもしようものなら、目立って仕方がないだろう。

阿部と三橋は何度も協力したことがある。
シーズンオフには、4人であちこちに出かけた。
旅行にも行ったし、ディズニーランドやら、スカイツリーやら、定番スポットにも行った。
不思議なことに男4人で歩いていれば、デートには見えなくなるらしい。
特に三橋と沢村のはしゃぎっぷりは相変わらずで、単なる友人4人に化けられるのだ。
もちろん単なる協力ではなく、三橋と阿部にとってもデートなのだが。

「オレ、たちも」
三橋はポツリと呟いたが、言い終わらないうちに言葉を切った。
もうすぐ大学を卒業する阿部と三橋も、もうすぐ同じような状態になる。
同じ道に進むという選択肢はない。
阿部は会社勤めになるし、三橋は祖父の経営する三星学園に勤務することが決まっている。
もうすぐ沢村たち同様、遠距離恋愛になるのだ。

「オレたちもきっと大丈夫だ。」
阿部は三橋の言葉を補うようにそう言った。
そう、きっと大丈夫。
御幸と沢村が、これほど制約された状況でも恋愛を続けている。
それを見つめ続けた阿部も三橋も、力をもらっているのだ。

テレビの中で、試合が終わった。
阿部と三橋はテレビを消すと、そのままベットに倒れ込んだ。
卒業するまでの時間は、とにかく濃密に過ごしたい2人だった。

【続く】
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