「おお振り」×「◆A」2年後
【ペアリング】
「これ、お礼!」
三橋は沢村に、小さな箱を手渡した。
沢村は不思議そうな顔で、それを受け取った。
三橋と阿部、沢村と御幸の合同自主トレは、淡々と進んでいた。
基本的には、プロの沢村、御幸と、大学生の三橋、阿部では強度がかなり違う。
だがそれなりにうまくいっていた。
個人的な課題はそれぞれのペースでやって、一緒にできることは一緒にやる。
そうして濃密で充実した自主トレをこなして、あっという間に時間は過ぎた。
そしていよいよ最終日、それぞれの場所に帰る朝。
4人で朝食をとった後、三橋は沢村にお礼と称して、小さな箱を渡した。
沢村はそれを受け取りながらも、首を傾げている。
そしてそれを見ていた御幸も「は?」と声を上げた。
「いろいろ、勉強、に、なった、から!」
三橋は元気よく、そう付け加える。
プロの投手である沢村の練習は、三橋の刺激にも参考にもなった。
そのお礼ということらしい。
そして笑顔のまま「オレ、と、お揃い」と付け加える。
「つまり、ペアリング?」
御幸が呆気にとられながら、そう聞いてきた。
そう、三橋が沢村に渡したのは、指輪だった。
宝石などはついていない、シンプルなプラチナの指輪だった。
「投手が着けてると、指から血行がよくなって、投球にいいらしいぞ」
阿部がもっともらしい顔で指輪の効能を説明すると、沢村が「マジで!?」と声を上げる。
よく見ると三橋の左手の薬指にも、同じものがはまっていた。
どうやら沢村は信じたようだ。
さっそく指にはめて「ピッタリだ」などと笑っている。
「三橋、サンキューな」
「気に、しない、で。安物、だし。」
投手2人が喜んでいるのを見て、御幸は「んなアホな」と呟いた。
そして阿部に「どういうつもりだ!?」と詰め寄った。
三橋と沢村ならともかく、阿部が「投球にいい指輪」なんて信じるとは思えない。
「まぁまぁ、ちょっとした仕掛けですから。」
阿部はどうやらカラクリを知っているらしい。
だが意味あり気なことを言うだけで、澄ましている。
御幸は何だか面白くない気分で、攻める方向を変えてみた。
「お前は平気なのか?恋人が別の男とペアリングって。」
「相手が沢村なら別に。御幸先輩がいるってわかってますし。」
「まぁ確かに、オレも三橋相手なら気にならないな。」
「でしょ。それにオレたちにとっても、悪くないことですよ。」
あくまでも正解を言うつもりがないらしい阿部に、御幸は秘かに肩を落とす。
だが全体的には、有意義な時間だった。
野球選手として、また恋人同士としても。
こうして最後の最後、御幸に1つの謎を残した合同自主トレは終了したのだった。
*****
合同自主トレを終えた御幸は、チームの春季キャンプに参加していた。
沢村も自分のチームのキャンプに参加しているだろう。
阿部や三橋も大学のチームで始動しているはずだ。
自主トレでしっかりと動かしたせいで、身体はいい感じで仕上がっている。
自主トレと完全に違うのは、ギャラリーが増えたことだ。
マスコミの記者やスポーツキャスター、そしてファン。
とにかく毎日のように見に来る者がいる。
落ち着いてやりたいのに、雰囲気はやたらと慌ただしい。
特に御幸にとって鬱陶しいのは、女子アナと女性タレントだった。
キャンプ地にやって来て、とにかく隙あらば誰かしらが声をかけてこようとする。
自分のルックスがまぁまぁ整っていることは、御幸自身も理解している。
だが彼女たちが寄って来るのは、そんな理由だけではないと思う。
人気の野球選手と付き合っている、もしくは結婚するというステータスが目的である気がしてならない。
バッティング練習をした後、御幸は一度ロッカールームに戻った。
某局の女子アナに追いかけられていて、ベンチでは落ち着かないのだ。
ここなら選手以外は立入禁止、マスコミ関係者は入れない。
汗を拭き、スポーツドリンクを飲みながら、ため息をついた。
「御幸選手、ロッカールームに入っちゃったよ。」
ドア越しに女子アナの声が聞こえる。
するとおそらく記者と思われる別の女性が「逃げられたんでしょ」と笑っている。
女子アナは「うるさいわね」と尖った声を上げている。
おいおい、聞こえてるぞと御幸は苦笑した。
「あんたは御幸選手狙いじゃないの?」
「私は・・・の沢村投手がいいな。プロ1年目でかわいいし。何とかおとしたいな。」
それを聞いた御幸は、思わず「は?」と声を上げそうになった。
今年プロ1年目の沢村という投手は、あいつしかいない。
そうか、女子アナや女性タレントの魔の手は、あいつにも向くかもしれないのか。
御幸は今更のように、その事実に気付いた。
恋人同士だし、それなりに絆はあるつもりだが、何しろバカだ。
騙されて、引っかかることがないとは言い切れない。
だが不安になった御幸を救ったのは、件の女子アナだった。
「ダメよ。沢村投手、指輪してるもの。左手の薬指に」
「え?そうなの?」
「うん。友だちとお揃いって言ってるらしいけど、間違いなく女よね」
ドア越しに聞こえる会話を聞きながら、御幸は必死に笑いを堪えた。
それにオレたちにとっても、悪くないことですよ。
あのときの阿部の言葉の意味が、ようやくわかった。
友情のペアリングは、沢村、そして三橋に言い寄る女を確実に減らしてくれる。
なるほど、これがヤツらの礼か。
御幸はゆっくりとスポーツドリンクのボトルを飲み干す。
それでもまだ笑い出したい衝動はおさまらなかった。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
「これ、お礼!」
三橋は沢村に、小さな箱を手渡した。
沢村は不思議そうな顔で、それを受け取った。
三橋と阿部、沢村と御幸の合同自主トレは、淡々と進んでいた。
基本的には、プロの沢村、御幸と、大学生の三橋、阿部では強度がかなり違う。
だがそれなりにうまくいっていた。
個人的な課題はそれぞれのペースでやって、一緒にできることは一緒にやる。
そうして濃密で充実した自主トレをこなして、あっという間に時間は過ぎた。
そしていよいよ最終日、それぞれの場所に帰る朝。
4人で朝食をとった後、三橋は沢村にお礼と称して、小さな箱を渡した。
沢村はそれを受け取りながらも、首を傾げている。
そしてそれを見ていた御幸も「は?」と声を上げた。
「いろいろ、勉強、に、なった、から!」
三橋は元気よく、そう付け加える。
プロの投手である沢村の練習は、三橋の刺激にも参考にもなった。
そのお礼ということらしい。
そして笑顔のまま「オレ、と、お揃い」と付け加える。
「つまり、ペアリング?」
御幸が呆気にとられながら、そう聞いてきた。
そう、三橋が沢村に渡したのは、指輪だった。
宝石などはついていない、シンプルなプラチナの指輪だった。
「投手が着けてると、指から血行がよくなって、投球にいいらしいぞ」
阿部がもっともらしい顔で指輪の効能を説明すると、沢村が「マジで!?」と声を上げる。
よく見ると三橋の左手の薬指にも、同じものがはまっていた。
どうやら沢村は信じたようだ。
さっそく指にはめて「ピッタリだ」などと笑っている。
「三橋、サンキューな」
「気に、しない、で。安物、だし。」
投手2人が喜んでいるのを見て、御幸は「んなアホな」と呟いた。
そして阿部に「どういうつもりだ!?」と詰め寄った。
三橋と沢村ならともかく、阿部が「投球にいい指輪」なんて信じるとは思えない。
「まぁまぁ、ちょっとした仕掛けですから。」
阿部はどうやらカラクリを知っているらしい。
だが意味あり気なことを言うだけで、澄ましている。
御幸は何だか面白くない気分で、攻める方向を変えてみた。
「お前は平気なのか?恋人が別の男とペアリングって。」
「相手が沢村なら別に。御幸先輩がいるってわかってますし。」
「まぁ確かに、オレも三橋相手なら気にならないな。」
「でしょ。それにオレたちにとっても、悪くないことですよ。」
あくまでも正解を言うつもりがないらしい阿部に、御幸は秘かに肩を落とす。
だが全体的には、有意義な時間だった。
野球選手として、また恋人同士としても。
こうして最後の最後、御幸に1つの謎を残した合同自主トレは終了したのだった。
*****
合同自主トレを終えた御幸は、チームの春季キャンプに参加していた。
沢村も自分のチームのキャンプに参加しているだろう。
阿部や三橋も大学のチームで始動しているはずだ。
自主トレでしっかりと動かしたせいで、身体はいい感じで仕上がっている。
自主トレと完全に違うのは、ギャラリーが増えたことだ。
マスコミの記者やスポーツキャスター、そしてファン。
とにかく毎日のように見に来る者がいる。
落ち着いてやりたいのに、雰囲気はやたらと慌ただしい。
特に御幸にとって鬱陶しいのは、女子アナと女性タレントだった。
キャンプ地にやって来て、とにかく隙あらば誰かしらが声をかけてこようとする。
自分のルックスがまぁまぁ整っていることは、御幸自身も理解している。
だが彼女たちが寄って来るのは、そんな理由だけではないと思う。
人気の野球選手と付き合っている、もしくは結婚するというステータスが目的である気がしてならない。
バッティング練習をした後、御幸は一度ロッカールームに戻った。
某局の女子アナに追いかけられていて、ベンチでは落ち着かないのだ。
ここなら選手以外は立入禁止、マスコミ関係者は入れない。
汗を拭き、スポーツドリンクを飲みながら、ため息をついた。
「御幸選手、ロッカールームに入っちゃったよ。」
ドア越しに女子アナの声が聞こえる。
するとおそらく記者と思われる別の女性が「逃げられたんでしょ」と笑っている。
女子アナは「うるさいわね」と尖った声を上げている。
おいおい、聞こえてるぞと御幸は苦笑した。
「あんたは御幸選手狙いじゃないの?」
「私は・・・の沢村投手がいいな。プロ1年目でかわいいし。何とかおとしたいな。」
それを聞いた御幸は、思わず「は?」と声を上げそうになった。
今年プロ1年目の沢村という投手は、あいつしかいない。
そうか、女子アナや女性タレントの魔の手は、あいつにも向くかもしれないのか。
御幸は今更のように、その事実に気付いた。
恋人同士だし、それなりに絆はあるつもりだが、何しろバカだ。
騙されて、引っかかることがないとは言い切れない。
だが不安になった御幸を救ったのは、件の女子アナだった。
「ダメよ。沢村投手、指輪してるもの。左手の薬指に」
「え?そうなの?」
「うん。友だちとお揃いって言ってるらしいけど、間違いなく女よね」
ドア越しに聞こえる会話を聞きながら、御幸は必死に笑いを堪えた。
それにオレたちにとっても、悪くないことですよ。
あのときの阿部の言葉の意味が、ようやくわかった。
友情のペアリングは、沢村、そして三橋に言い寄る女を確実に減らしてくれる。
なるほど、これがヤツらの礼か。
御幸はゆっくりとスポーツドリンクのボトルを飲み干す。
それでもまだ笑い出したい衝動はおさまらなかった。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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