「おお振り」×「◆A」2年後

【絶好調!】

ダメだったか。
御幸は静かに目を閉じながら、審判の試合終了のコールを聞いた。

プロ野球のシーズンは大詰めにさしかかっていた。
御幸が所属するチームは、リーグ1位でCS(クライマックスシリーズ)に臨んだ。
だが2位のチームにあと1つ及ばず、敗れ去ったのだ。
これで御幸の今シーズンは、終了となる。

それにしても、こいつにやられるとはな。
御幸は相手チームのベンチを見た。
見慣れた笑顔、そして聞き慣れた声が「だーはっはっ」と高笑いしている。
そう、この試合に勝ってリーグ優勝を決めたのは、沢村のチームだった。

それにしても。
御幸はノロノロと帰り支度をしながら、沢村を盗み見た。
あの日、阿部と三橋の計略に乗せられるかたちで、沢村と一夜を過ごした。
とは言っても、軽くキスをして、寄り添って眠っただけだ。
だがそこからの沢村は絶好調。
白星を重ねて、チームの優勝に貢献したのだ。

もしも開幕から一軍にいて、このペースで勝っていたら、間違いなく最多勝だ。
沢村のチームの首脳陣は「なぜ沢村を開幕一軍にしなかったのか」とマスコミやファンに叩かれる始末だった。
そのニュースを見るたびに、御幸はいたたまれないような気分になる。
沢村が調子を上げたきっかけは、間違いなく御幸だからだ。

俺もまだ日本シリーズには行ってないのに。
御幸はため息をつきながら、引き上げていく沢村の後ろ姿を睨みつけた。
まったく複雑な気分だった。
沢村が成長してくれたのは、もちろん嬉しい。
だがあっという間に追い越されたような敗北感もある。
何よりもこのオフは2人の関係を進めようと気合いを入れていたが、沢村はまだオフに入れない。
お預けをくらったような気もする。

まぁいいか。オフは長いし。
御幸はため息をつくと、スタンドを見た。
そこでは見知った2人組が、御幸に手を振っていた。

*****

「御幸、先輩、こっち、見た!!」
三橋はそう叫んで、ベンチに向かって手を振る。
阿部は「たまたまじゃねーの?」と言いながらも、とりあえす手を振っていた。

阿部と三橋は、プロ野球の試合を観戦しに来ていた。
この試合でリーグ優勝が決まる。
しかも沢村と御幸のチームが対戦するとあれば、見ないはずがない。
それもテレビ観戦ではなく、球場で見たかった。

「栄純、君、勝った!」
試合終了の瞬間、三橋は思わず手を上げる。
だがすぐにその手を下ろして、申し訳なさそうな顔になった。
沢村のチームが勝ったことは嬉しいが、御幸のチームは負けた。
どっちが勝っても嬉しいが、どっちが負けても悔しい。
両方に知り合いがいる場合は、複雑だ。

「あの、日、から、栄純君、調子、いい、よね~!」
三橋は嬉しそうに、断言する。
阿部は「まぁ、なぁ」と苦笑した。
あの日。阿部と三橋、御幸と沢村が一緒に食事をした日だ。
その夜、三橋の部屋に2人を泊めた。

あのとき2人はどこまで進んだのだろう。
阿部も三橋も実はそれが気になっている。
恋人同士の話だし、それを口に出して聞くような無粋な真似はしていない。
だがあれ以降の沢村の絶好調を見ると、やはり気にせずにはいられない。

「日本シリーズが終わったら、また一緒にメシでも行くか」
阿部がそう切り出すと、三橋が「そ、だね」と笑う。
そして「その、前、に、日本、シリーズ。降谷君!」と叫んだ。
もう1つのリーグでは、降谷のチームがリーグ優勝を決めている。
つまり日本シリーズでは、うまくすれば青道高校でライバルだった沢村と三橋の投げ合いが見られる。

「オレ、も、頑張る!」
三橋がそう叫ぶと、阿部が「そうだな」と苦笑した。
大学の野球部で、三橋はローテーションの一角を、阿部は4年生の正捕手の後釜の座を勝ち取った。
だが沢村の活躍には、遠く及ばない。
あと3年、まだまだ上を目指させる。
この偉大な友人2人には、絶対に負けなくない。

【続く】
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