「おお振り」×「◆A」

【2日目、試合開始!】

なんだ、ありゃ。
沢村はマウンド上の2人を見て、何だか気恥ずかしい気分になった。

いよいよ青道Bチーム対西浦、試合開始の時間になった。
沢村はBチームで先発する。
Bチームでの先発に不満はなかった。
夏の大会の後、インコースが投げられなくなり、投手が続けられるかどうかさえ危うかったのだ。
こうして他校との試合で先発できることは、大きな一歩だ。

青道は表攻撃なので、試合開始直後にマウンドに上がるのは西浦の三橋だ。
そして試合開始の整列直前、ベンチ前で話している西浦のバッテリー。
何となく彼らを見ていた沢村は「ああ!?」と驚きの声を上げた。
捕手の阿部がおもむろに左手を胸元にかざすと、三橋がそれに右手を合わせたからだ。
ハイタッチ風でもあり、犬のお手のようでもある。
彼らにとってはおなじみのルーティーンなのだろう。
それは本当に、自然な流れではあったのだが。

なんだ、ありゃ。
沢村はマウンド上の2人を見て、何だか気恥ずかしい気分になった。
見ようによっては、カップルのスキンシップという風に見えるのだ。
その瞬間、クラスメイトの女子に貸してもらった漫画を思い出した。
確かボーイズラブ、通称BLと呼ばれるジャンルのものだ。
沢村の頭の中で、漫画のキャラの抱き合う2人の少年が、阿部と三橋に置き換わる。
その瞬間、頭に血が上り、顔が熱くなった。

オレはどうだ?
沢村は自分に置き換えて、考えてみた。
御幸の手に、自分の手を重ねる自分。
だが想像しただけで「うわぁ!」と声を上げ、首をブンブンと首を振った。
御幸と手を繋いでいるシーンなんて、想像するだけで恥ずかしくてたまらない。

じゃあクリス先輩は?
沢村は次なる想像をしてみるが、これは無理だった。
恥ずかしい以前に、そんなイメージさえできないのだ。
投手と捕手というより師匠と弟子という関係であるクリスと、BLチックなことなど考えられない。

それでは今度はと、御幸と別の投手のカップリングを想像することにした。
御幸と降谷。もしくは御幸と川上。
だがこの想像は別の意味でダメだった。
自分以外の投手が御幸とと考えるだけで、何だかモヤモヤして、イライラするのだ。

「沢村、何してる。整列だぞ!」
Bチーム捕手の小野に促されて、沢村は我に返った。
何だかまずい世界に足を踏み入れかけたのを、今の一声で助けてもらったような気がする。
沢村はごく自然に「あざっす!」と叫んでいた。

*****

こいつら、違う。
回が進むにつれ、沢村は自分の考えを改めざるを得なくなった。

「何でこんなに打てねーんだよ。」
「球、遅いんだけどな。」
「逆に遅すぎるって話じゃねーの?」
「こいつら10人しかいねーんだろ?しかも全員1年」

青道の選手たちが、ベンチで口々に喋っている。
もはやグチのレベルだ。
それほど打線は当たっていなかった。
3回の表、青道の攻撃中だが、今のところは2対4。
青道は西浦に2点のリードを許している。

点が入っているのだから、もちろんヒットがゼロというわけではない。
だがイメージ通りのプレイができていないのだ。
青道は選手が多いので、ほとんどの選手がどこかで交代させられる。
グチは主に3回で交代させられる選手たちのものだ。

こいつら、違う。
回が進むにつれ、沢村は自分の考えを改めざるを得なくなった。
10名ばかり、全員が同じ学年。
それだけで中学時代の自分と重ね合わせて、親近感を持っていたのだ。

中学時代の沢村は、ただ野球ができることを楽しんでいた。
勝ちたいという意思は強かったが、じゃあどうするかと具体的に考えたことはない。
しいて言うなら、根性とか気合いとか。
そういうもので技術は補えると、漠然と思っていたのだ。

だけど彼らは違う。
西浦高校野球部は、頭を使って野球をしている。
どうすれば打てるのか、勝てるのかを、きちんと理論的に考えているように見える。
そういえば夕べ、三橋は阿部と打ち合わせをしていた。
多分配球に関するものだろう。
沢村は配球なんて、まともに考えたことはない。
中学の頃は適当だったし、高校に入ってからは捕手に任せっきりだ。

「小野先輩、ちょっと配球の話、しないっすか?」
沢村は思い切って、小野の隣に腰を下ろすと、そう声をかけてみた。
すると小野は「は?」と声を上げ、沢村の顔をマジマジと見た。

「ストレートしかないし、インコースも投げられないのに、何を話すんだよ!?」
小野のもっともな言葉に、沢村は肩を落とした。
確かに三橋は何種類も変化球を持っているようだが、ストレートだけ。
話も何もあったもんじゃない。

「アウト!」
コールと共に、この回の攻撃が終わった。
残念ながら、点差は依然2対4だ。
沢村は「うっしゃ!」と気合を入れると、3回裏のマウンドに向かった。
今は全力で投げる、それ以外に今の沢村にできることはない。

【続く】
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