「おお振り」×「◆A」2年後

【恋する野球少年】

「久しぶりだな。元気だったか?」
御幸は懐かしさに顔をほころばせながら、そう言った。
三橋は元気よく「はい!」と答え、阿部は「どうも」と頭を下げた。

御幸は球団の練習グラウンドにいた。
いよいよオープン戦が始まり、調整も順調。
今シーズンも開幕から一軍でスタートできそうだ。
キャンプで仕上げた身体を維持しつつ、開幕に向けてゆっくりとテンションを高めていく日々。
御幸が彼らと再会したのは、そんなときだった。

「みゆき、せん、ぱい!」
御幸が練習グラウンドの外野を走っていた時、聞き覚えがある吃音気味の声が聞こえたのだ。
予想通り、声がした方角にいたのは、高校時代に練習試合をした相手校の選手。
西浦高校の三橋と阿部だ。
2人はついこの間まで、受験生だった。
そして再びバッテリーを組むために、頑張っていたと聞いている。

「よぉ!わざわざ会いに来てくれたのか?」
御幸は2人に駆け寄ると、フェンス越しに声をかけた。
ここは彼らの地元、埼玉から簡単に来られる場所ではない。
案の定、阿部は「はい」と答える。
そして三橋が「卒業、旅行、です!」と付け加えた。
さすがバッテリー、合わせ技でわかりやすい。

それにしても2人とも、少し雰囲気が変わっている。
会うのはかなり久しぶりだし、当然と言えば当然なのだが、単に大人っぽくなったというだけではない。
2人、特に三橋が、何だか妙にきれいになったような気がするのだ。
きれい、かわいい、色っぽい。
まるで女子を褒める言葉のオンパレードだが、それがしっくりはまる。

「この辺のホテルかなんかに泊まってんの?」
御幸は三橋の変化は取りあえずスルーして、そう聞いた。
もし時間があるなら一緒に食事でもという軽い気持ちだった。
だがそれを聞いた瞬間、三橋の頬が赤くなった。
しかもほんのり赤いなんて感じじゃない。
まるで漫画のような、それこそ「ボッ」という擬音がふさわしい感じだ。

だが御幸はそのリアクションに、首を傾げる。
別に赤くなるようなことを言ったつもりはないからだ。
いったいどうして、と思った瞬間、御幸は思わず「あ」と声を上げていた。

2年前に練習試合をした頃から、気づいていた。
この2人はお互いに惹かれ合っていると。
そんな2人が今、旅行をしていて、同じホテルに泊まっているということは。
いやいや、まさか。でもやっぱり。
三橋がきれいになっているっていうのも、そういうことなのか。

「もし時間があるなら、一緒にメシでもそう?」
阿部は内心の葛藤を押し殺しながら、そう聞いた。
とりあえず事の真相を確かめなければ、気になって夜も眠れない。

*****

「うぉぉ、何じゃこの3ショットは~!?」
メールに添付された写真を見た沢村は、絶叫した。
その声は壁の薄い寮内に響き渡り、あちこちから「沢村、うるせぇ!」と怒声が響いた。

沢村は残念ながら、開幕一軍とはならなかった。
だが二軍での調整は順調だ。
春季教育リーグや社会人チームとの練習試合で、調子を上げている。
だがもちろん沢村本人は、現状に満足していない。
とにかく1日も早く一軍入りして、御幸や降谷と同じステージに立ちたかった。

今日は登板がなかった沢村は、練習を終えて、選手寮に戻った。
そして部屋に戻ると、携帯電話がメールを着信していることに気付く。
メールは3通、実家の母親と三橋、そして御幸からだった。

母親のメールはいつも通り、大した内容がないのはわかっている。
沢村はまず三橋のメールを開けようとして「お!?」と声を上げた。
タイトルは何と「御幸センパイとごはん」だ。
驚きながらも、メールを開ける。
文面は「卒業旅行で、御幸センパイにあいに行ったよ」という短いもの。
そしてどこかの定食屋のような店で、3人が手を振っている写真が添付されていた。
それを見た沢村は、絶叫したわけである。

沢村は次に御幸のメールを開けた。
タイトルは「元気か?」で、特に写真の添付はない。
そして阿部と三橋が訪ねてきたことと、一緒に食事をしたことが書かれていた。
沢村は「んなの、知ってるし」とふて腐れながら、そう答える。
先に読んだ三橋のメールに書かれている。
この3人が仲良く食事なんて、何だか仲間外れにされたようで、ちょっと寂しい。

だが次の御幸のメールの文章で、沢村はまたしても絶叫することになった。
そしてまたしても寮のあちこちから「うるせぇ!」と罵声を浴びることになる。
沢村が大声を上げてしまうのはよくあることで、怒られたのも1度や2度ではない。
いつもは「さーせん!」とあやまるのだが、今日はそれを忘れてしまうほど動揺していた。

三橋と阿部、ラブラブだぞ。
御幸のその一文は、破壊力満点だった。
あの2人の恋愛は着実に進んでいるのが、微笑ましくもうらやましい。
沢村はもう1度三橋のメールを開くと、画面の中の御幸を見ながらため息をついた。

【続く】
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