「おお振り」×「◆A」2年後

【意外な2人】

「お前、どうしたんだよ。」
阿部はそう問いかけながら、この状況に困惑していた。
三橋がいない三橋の部屋で、なぜこの男と向かい合っていなければならないのだろう。

三橋の部屋での日課の勉強会も、今日は休みだった。
理由は田島が三橋を野球観戦に誘ったからだ。
三橋から「行って、いい?」と聞かれて、阿部は了承した。

本当はそんなことをしている場合じゃない気がする。
だが実は三橋に言われる前に、田島から頼まれていたのだ。
三橋を気分転換に誘うから、1日だけ休ませてやってほしいと。
それはつまり田島から見て、三橋には休養が必要と思えたということだろう。

阿部だって、三橋が揺らいでいるのはわかっている。
今の三橋では到底無理な大学を目指せと、半ば命令のように勉強させているのだから。
早々に三橋の手が届く範囲の志望校を決めた方がいいのかもしれない。
だが今はどうしても諦めたくなかった。
六大学でバッテリーを組むという夢を、まだ追いたかったのだ。

とにかく三橋不在の日、阿部も休養日にしようと思った。
家で1人、のんびりとすごすつもりだったのだ。
だがこの日の阿部は、まったく予定と違う行動をすることになる。
発端はとある電話だ。
珍しく家の電話にかかって来て、母に「電話よ」と取り次がれた。

それは三橋の家、つまり三橋の母からだった。
そのおかげで阿部は自転車を飛ばして、三橋の家に急行するハメになったのだ。
三橋母は突然のことに困惑したのか、玄関前で阿部を待っていた。
そして阿部の姿を見ると、ホッとしたような表情で大きく手を振った。

「ごめんなさいね。突然呼んで」
「いいえ」
「廉もいないし、どうしていいかわからなくて」
「大丈夫です。」

三橋母との短いやり取りの後、阿部は三橋の部屋に通された。
待っていたのは、沢村だった。
かつて練習試合をした東京の強豪校の投手。
阿部とはさほど付き合いはなかったが、三橋とは仲が良かった。
メールのやり取りをしたり、時にはここに泊まりに来たりしていたと聞いている。

「お前、どうしたんだよ。」
阿部はそう問いかけながら、この状況に困惑していた。
三橋がいない三橋の部屋で、なぜこの男と向かい合っていなければならないのだろう。

*****

「お前、御幸先輩が好きなんだな。」
阿部の言葉に、沢村は「はぁ!?」と声を上げてしまう。
まさか、そんなバカな。
だけどそれが嘘だと言い切ることはできなかった。

沢村は真剣に悩んでいた。
卒業後の自分が行く場所はどこなのかと。
いや、希望ははっきりしている。
プロ野球に進んで、また御幸に投げたいのだ。
だがドラフトという制度がある以上、不可能だった。

同じ場所を堂々巡り。
迷う沢村は、まるで吸い寄せられるように三橋の家に来ていた。
どうしても出口が見つからない今、誰かに聞いてほしい。
だけどなぜか同じ学校の人間に話す気にはなれなかったのだ。
三橋は気の利いたことは言わないけれど、一緒にいれば和むことができる。だが。

「お前、どうしたんだよ。」
そう問われて、沢村は絶句した。
三橋は田島と出かけてしまったとかで、不在だったのだ。
そんな事態を予想しなかった沢村は、事前に連絡しなかったのだ。
わざわざここまで来て、何もせずに帰るなんて空しすぎる。

だが三橋母に、三橋の部屋に通された。
茶と菓子を出され「ちょっと待ってて」と言われる。
そして菓子を食べ終わった頃、現れたのは意外な男。
三橋の相棒であり、西浦の捕手だった男、阿部だった。

「何でお前が三橋の家に来るんだよ。」
「そりゃこっちのセリフだ。バカ」
沢村が文句を言うと、あっさりと言い返されてしまった。
どうやら三橋母が呼んだらしいが、いったいどうしたものか。

「沢村はプロ志望なんだろうけど、三橋も俺も受験生だぞ。いきなり遊びに来るな。」
「遊びに来たんじゃねーよ!」
「じゃあ何しに来たんだ。どうせくだらねー用だろ」
「くだらなくねーし!」

実はこれは阿部の誘導だった。
いきなり遊びに来るなというのは本音だが、目的は挑発だ。
沢村が何だか喋りにくそうにしていて、このままでは話が進まない。
だからわざと怒らせれば、テンションにまかせて喋ると思ったのだ。

案の定というべきか。
沢村はペラペラと自分の気持ちを話してしまった。
阿部の誘導にまんまとはまったなんて、知る由もない。
そして全部聞き終わった阿部は、静かに口を開いた。

「お前、御幸先輩が好きなんだな。」
阿部の言葉に、沢村は「はぁ!?」と声を上げてしまう。
まさか、そんなバカな。
だけどそれが嘘だと言い切ることはできなかった。

【続く】
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