「おお振り」×「◆A」2年後
【先輩と後輩】
「気分転換しようぜ!」
田島が元気よく三橋に差し出したのは、2枚の紙切れ。
それはプロ野球の公式戦のチケットだった。
三橋の兄貴分である田島悠一郎は、すでに進路を決めている。
野球が盛んな有名大学から誘いが来ているのだ。
もしも三橋が希望する大学に進めれば、対戦することになるかもしれない。
田島本人はプロ志望届を出すかどうか、かなり迷った。
だけど結局大学進学を選び、今はのんびりと卒業を待っている状態だ。
だから受験勉強に励む三橋などを見ていると、大変だと思う。
そして何より納得がいかなかったりもする。
三橋ほど努力する選手を、田島は知らない。
練習だって一生懸命だし、何よりもあのコントロールは努力の賜物なのだ。
そんな三橋にどこの大学も声をかけないなんて、おかしいと思うのだ。
そして最近の三橋の様子が気になっている。
三橋と阿部は大学でもバッテリーを組もうと決めて、頑張っている。
だが2人は普段の成績が違いすぎるのだ。
阿部が三橋に合わせるなら、かなりランクを下げなければならない。
逆に三橋が阿部に合わせるなら、かなり無理をする必要がある。
だから戦略として、まずは三橋の成績を上げられるだけ上げようということらしい。
だが最近、三橋は表情に余裕がなくなっているように見える。
西浦高校野球部は、とにかく効率にこだわった練習をしている。
青道高校みたいに、環境に恵まれていないのだから、どうしてもそうなるのだ。
狭い場所で、短い時間で、そうやって成果をあげるか。
田島は受験勉強だって同じではないかと思っている。
そして今の三橋は、ただガムシャラにやっているように見えるのだ。
そんな三橋のためにと、田島が思いついたのは「息抜き」だった。
「行こうぜ!」
「で、でも、オレ、勉強」
「1日くらい、大丈夫だって!それにさ」
田島がチケットのチーム名を指さす。
三橋は思わす「おおお、御幸、センパイ」と声を上げる。
そう、昨年の青道高校の捕手、御幸がいる球団なのだ。
田島が「行くよな」とダメ押しをすると、三橋はコクンと頷いた。
なんだかんだで、誘惑には逆らえないのが三橋なのだ。
*****
「久し振りだな。元気だったか!」
御幸は懐かしい2人を見て、思わず顔を綻ばせていた。
プロ野球の場合、球場に入れるのは試合開始時間の2時間くらい前。
そんな時間にやって来るのは、なかなかコアなファンだ。
彼らは試合前の練習などを眺めながら、球場の雰囲気を楽しむ。
学生や勤め人にはなかなかできない贅沢だ。
そんな試合前の練習の時、御幸はチラホラと座っている客の中に、知っている顔を見つけた。
内野席の手前で、瞳を輝かせてみている少年2人。
いや、少年なんていう年齢ではないのだが、御幸にとっては野球少年だ。
休日の試合中なら、知った顔とはいえ、絶対に見分けられない。
平日の早い時間だったからこそ、見つけることができたのだと思う。
御幸はチームスタッフに断りをいれると、練習を抜け出した。
バッティングゲージを出したフリー打撃の練習なら、少しくらいいなくても平気だ。
そして客席でテンションが上がっている2人の背後から近づき、脅かすことに成功した。
「よく来たな。三橋、田島!」
「御幸センパイ!」
「う、おお!」
「久しぶりだな。三橋のそのリアクション」
突然のサプライズ。
だが、田島も三橋も嬉しそうにしてくれる。
御幸は何だか癒されたような気分になった。
やはりプロは高校時代に比べれば、はるかに厳しい。
金をもらう分、要求されるレベルはかなり高くなるのだ。
そんなとき懐かしくも可愛い後輩2人に会えると、それだけで励みになる。
「2人とも、進路は決まったのか?」
御幸はふと思いついて、そう聞いた。
この2人のことを、御幸は高く評価している。
プロはさすがに無理かもしれないが、大学でレベルの高い野球をするものだと思っていた。
だがその瞬間、三橋は御幸から視線を逸らし、困ったような顔になった。
なにか地雷を踏んでしまったのか。
御幸は俯いてしまった三橋を見る。
その表情になぜか、ここにはいない沢村の顔が重なって見えた。
【続く】
「気分転換しようぜ!」
田島が元気よく三橋に差し出したのは、2枚の紙切れ。
それはプロ野球の公式戦のチケットだった。
三橋の兄貴分である田島悠一郎は、すでに進路を決めている。
野球が盛んな有名大学から誘いが来ているのだ。
もしも三橋が希望する大学に進めれば、対戦することになるかもしれない。
田島本人はプロ志望届を出すかどうか、かなり迷った。
だけど結局大学進学を選び、今はのんびりと卒業を待っている状態だ。
だから受験勉強に励む三橋などを見ていると、大変だと思う。
そして何より納得がいかなかったりもする。
三橋ほど努力する選手を、田島は知らない。
練習だって一生懸命だし、何よりもあのコントロールは努力の賜物なのだ。
そんな三橋にどこの大学も声をかけないなんて、おかしいと思うのだ。
そして最近の三橋の様子が気になっている。
三橋と阿部は大学でもバッテリーを組もうと決めて、頑張っている。
だが2人は普段の成績が違いすぎるのだ。
阿部が三橋に合わせるなら、かなりランクを下げなければならない。
逆に三橋が阿部に合わせるなら、かなり無理をする必要がある。
だから戦略として、まずは三橋の成績を上げられるだけ上げようということらしい。
だが最近、三橋は表情に余裕がなくなっているように見える。
西浦高校野球部は、とにかく効率にこだわった練習をしている。
青道高校みたいに、環境に恵まれていないのだから、どうしてもそうなるのだ。
狭い場所で、短い時間で、そうやって成果をあげるか。
田島は受験勉強だって同じではないかと思っている。
そして今の三橋は、ただガムシャラにやっているように見えるのだ。
そんな三橋のためにと、田島が思いついたのは「息抜き」だった。
「行こうぜ!」
「で、でも、オレ、勉強」
「1日くらい、大丈夫だって!それにさ」
田島がチケットのチーム名を指さす。
三橋は思わす「おおお、御幸、センパイ」と声を上げる。
そう、昨年の青道高校の捕手、御幸がいる球団なのだ。
田島が「行くよな」とダメ押しをすると、三橋はコクンと頷いた。
なんだかんだで、誘惑には逆らえないのが三橋なのだ。
*****
「久し振りだな。元気だったか!」
御幸は懐かしい2人を見て、思わず顔を綻ばせていた。
プロ野球の場合、球場に入れるのは試合開始時間の2時間くらい前。
そんな時間にやって来るのは、なかなかコアなファンだ。
彼らは試合前の練習などを眺めながら、球場の雰囲気を楽しむ。
学生や勤め人にはなかなかできない贅沢だ。
そんな試合前の練習の時、御幸はチラホラと座っている客の中に、知っている顔を見つけた。
内野席の手前で、瞳を輝かせてみている少年2人。
いや、少年なんていう年齢ではないのだが、御幸にとっては野球少年だ。
休日の試合中なら、知った顔とはいえ、絶対に見分けられない。
平日の早い時間だったからこそ、見つけることができたのだと思う。
御幸はチームスタッフに断りをいれると、練習を抜け出した。
バッティングゲージを出したフリー打撃の練習なら、少しくらいいなくても平気だ。
そして客席でテンションが上がっている2人の背後から近づき、脅かすことに成功した。
「よく来たな。三橋、田島!」
「御幸センパイ!」
「う、おお!」
「久しぶりだな。三橋のそのリアクション」
突然のサプライズ。
だが、田島も三橋も嬉しそうにしてくれる。
御幸は何だか癒されたような気分になった。
やはりプロは高校時代に比べれば、はるかに厳しい。
金をもらう分、要求されるレベルはかなり高くなるのだ。
そんなとき懐かしくも可愛い後輩2人に会えると、それだけで励みになる。
「2人とも、進路は決まったのか?」
御幸はふと思いついて、そう聞いた。
この2人のことを、御幸は高く評価している。
プロはさすがに無理かもしれないが、大学でレベルの高い野球をするものだと思っていた。
だがその瞬間、三橋は御幸から視線を逸らし、困ったような顔になった。
なにか地雷を踏んでしまったのか。
御幸は俯いてしまった三橋を見る。
その表情になぜか、ここにはいない沢村の顔が重なって見えた。
【続く】