【まるで迷路】

大学に行くって？バカなこと考えるなよ。
御幸は散々考えた挙句、結局それだけの短いメールを送信した。
しばらく待ったが、沢村からの返信はなかった。

沢村がまだプロ志望届を出していない。
御幸はそれをかつての母校の野球部のスタッフから聞かされた。
副部長にして敏腕スカウトの高島礼だ。
彼女はときどき野球部の情報をメールで教えてくれるのだ。

ここ最近は、１つ下の学年の近況が多い。
降谷と小湊がプロ志望届を出したとか、金丸や東条が野球推薦で進学が決まりそうだとか。
まだ進路が確定した者はいないが、全員が将来を真剣に考え、模索しているようだ。

だがたった１人、沢村は未だに迷っているらしい。
ドラフトで指名するのでよろしくと、声をかけてきた球団はあったらしい。
それなのにプロ志望届を未だに出さず、大学に行こうなんて言い出したらしい。

投手の肩は消耗品だ。
ごく稀に長く投げ続ける投手はいないこともないが、そういうのは例外中の例外。
現役の投手としてやっていけるのは、人生の中のごく短い間だ。
それならば、なるべく早く最高峰のステージ、プロに進んだ方がいいに決まっている。
指名する球団があるのに、何を迷っているのか。
だから御幸は沢村にメールを送ったのだ。
沢村がプロ入りを躊躇う理由が自分にあるとは知らない御幸は、短い文章でプロ入りを勧めた。

もちろん御幸にもプロの世界で、また沢村の球を受けたいという気持ちはある。
子供の頃からプロになる今まで何人もの投手の球を受けてきた。
その中で一番魅力的だったのは沢村だ。投手としても、人間としても。
それに認めるのは癪だが、かわいいヤツだと思っている。
だが実際、ドラフトがある以上、それはかなわない夢だ。
だからせめて同じ世界で頑張る沢村を見たいと思うのだ。

結局そのメールはますます沢村を悩ませてしまっている。
だが今の時点で、御幸はそのことを知る由もなかった。

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「オレ、やっぱり、２部、に、する！」
ある日の勉強中、三橋は突然そんなことを言い出す。
それを聞いた阿部は、思わず深い深いため息をついてしまった。

ここ最近、三橋は勉強中にこうして弱音を吐くようになった。
阿部はその都度「大丈夫」とか「頑張れ」と励まし続けた。
だが阿部も内心は、焦っている。
三橋が頑張っているのは認めるが、なかなか成績が伴わないからだ。
だけど三橋にプレッシャーをかけたくないので、必死に笑顔を作っていた。

当初は志望校のランクを落としたいと繰り返していた。
だがここ数日は２部、つまり夜間部を受けたいと言い出したのだ。
やはりどうしても六大学で野球をしたい。
それに大学によっては、夜間部から昼の学部に転部することも可能だ。

ったく、どうしてこうネガティブなのか。
阿部はガックリと肩を落としたくなるのを我慢した。
最終的に受験が近くなった時、どうしても無理ならランクを落としてもいい。
それに滑り止めだって受験するのだ。
だからあともう少しだけ、高い目標で努力することは決して無駄ではないはずだ。
それにもう１つ、気になることもある。

「なぁ、野球部って夜間部の生徒でも入れるのか？」
阿部は素朴な疑問を口にした。
詳しく調べていないからわからないが、夜間部でも部活ができるのか。
野球部に入れなければ、何の意味もないのだ。

「へ？あ！」
三橋は指摘されて初めてそこに気付いたようだ。
とたんにオドオドと挙動不審になり「調べ、なきゃ！」と叫ぶ。
だが阿部は「ダメ。今は勉強」と切り捨てた。
そして「俺は夜間部なんて、認めないからな」と付け加える。
夜間部とはそもそも、昼間に通えない事情がある人のための学部。
野球だけやりたいヤツが逃げ込む場所ではない。

「阿部、君、オニ、だ！」
三橋は容赦のない阿部を、恨めし気に見つめる。
だが阿部は「そんな顔しても、ダメだからな！」と突き放した。

【続く】