「おお振り」×「◆A」
【2日目、試合前!】
「なんだ、ありゃ!」
グラウンドの外から、本気で驚く声がする。
だが西浦高校野球部の面々にとっては、もはやすっかりおなじみのリアクションだった。
「サード、行くよ~♪」
監督の百枝の声がグラウンドに響く。
合宿2日目、今日は西浦高校と青道高校Bチームの練習試合だ。
西浦高校の面々は、試合前のシートノックを行なっていた。
驚きの声は、百枝に対しての言葉だ。
若い女性の監督と聞くと、大抵の人間は野球素人だと思い込む。
県立高校と言えばなおさら、人員不足の結果だと思われがちだ。
そういう人間たちは、百枝のノックを見て、度肝を抜かれることになるのだ。
これもある意味、うちの武器だ。
阿部は球出しをしながら、周囲のリアクションを見て、ほくそ笑む。
10人しかいない県立高校というだけで、初見のチームはまず舐めてかかってくれる。
だが百枝のノックを見ると「なんだ、ありゃ!」と混乱するのだ。
とにかく相手を驚かせるという意味では、まずは一本取った感じになる。
それにしても、人が多い。
阿部は改めて、ノックの様子を注視している相手チームのベンチを見た。
そしてBチームにも入れない面々がスタンドにいるのを見て、ため息をつく。
レギュラーのAチームは、別練習でこの場にはいない。
データのない相手と対戦する練習をするので、Bチームの試合の観戦を禁じられているそうだ。
唯一Aチームでこの場にいるのは、先発である投手の沢村だけだ。
指揮を執るのも、あのグラサンの強面監督ではなく、小太りの部長がすると聞いた。
正直言って、AチームよりBチームとの対戦の方が不安だ。
試合に出ていない連中は、データがない。
だからこちらもある程度、出たトコ勝負の試合をしなければならないのだ。
それでも全国制覇を掲げている以上、Bチームに負けるわけにはいかない。
これはかなりのプレッシャーだ。
ふと阿部は青道のベンチ横に、日本人離れした顔立ちの男を見つけた。
滝川・クリス・優だ。
阿部より2つ年上の捕手の彼は、中学のシニアで活躍していたので、面識はないが知っている。
かつて都内ナンバー1と呼ばれた捕手だ。
沢村と何か話しており、沢村の高笑いだけが聞こえてくる。
さすが青道、と阿部はため息をついた。
滝川といい、御幸といい、才能あふれる捕手が集まっている。
もし自分が青道に進んでいたらと想像すると、気が重くなる。
おそらく1年からレギュラーにはなれていないだろう。
「キャッチャー、行くよ!」
百枝の声に、阿部は「はい!」と叫んだ。
垂直に上がる綺麗なキャッチャーフライに、青道ベンチがドッとどよめく。
阿部はミットを軽くたたくと、なんなくフライをキャッチする。
これで試合前の練習はおしまいだ。
捕手としての能力は劣っても、このチームで優勝する。
そのためにも、この試合は落とせない。
阿部は決意を込めて、もう1度青道のベンチを見た。
*****
「いい球、来てるぞ。三橋!」
三橋の球を受けた田島が、元気よくそう言って、投げ返してくれる。
周囲から「遅い」という声が聞こえてくるが、そんなことでは今さら動じない。
試合前、後攻の西浦のシートノックが終わった。
この後は、先攻の青道のシートノックだ。
三橋はブルペンで、田島相手に投球練習をしていた。
本当は阿部に投げたいのだが、阿部は青道のシートノックを見たいと言った。
今回Bチームのデータはないので、少しでもプレイを見ておきたいらしい。
ノックを見ても参考になるのかと思うが、阿部には思うところがあるのだろう。
「あと5球な、三橋!」
田島が声を張って、かまえてくれる。
三橋は大きく頷くと、田島のミットめがけてボールを投げ込んだ。
まったく大きな学校はすごいと思う。
こんな専用グラウンドがあり、しかもブルペンでさえすごく投げやすいのだ。
ちなみにフェンスで囲まれたブルペンは、覗こうと思えば外から見える。
そして今も覗いている人間が、4人いる。
三橋が誰だかわかる人間は1人しかいない。
昨日仲良くなった青道の1年生、小湊春市とよく似た青年。
春市は2つ年上の兄が野球部にいると言っていたから、きっと彼がそうなのだろう。
その彼と親し気に話していることから、おそらく引退したばかりの3年生だろう。
特に顎髭のガラが悪い強面が、三橋が投げるたびに「遅い」を連呼している。
「ここまで遅いと、逆に打ちにくいかもな。」
もの静かな雰囲気の青年が、ポツリとそう言った。
聞こえないように声を潜めているのだろうが、はっきりと聞き取れてしまう。
だが三橋は怯むことも気負うこともなく、投げ続けた。
球が遅いと言われるのには慣れているし、今さら動じない。
むしろ自分の持ち味だと、割り切ってさえいるくらいだ。
「よし、終わりだ。三橋!」
決められた投球数をこなすと、田島が立ち上がった。
三橋が「あり、がとぉ!」と付き合ってくれた田島に礼を言う。
そして2人は並んで、ブルペンを出た。
ブルペンを出ると、ちょうど青道のシートノックが終わったところだった。
もうすぐ試合開始だ。
だが三橋は「おーい、捕ってくれ!」と声がかかり、キョロキョロと辺りを見回す。
そして自分の足元にコロコロと転がってきたボールを見つけた。
どうやらシートノックで取り損ねたボールが1つ、こぼれたのだろう。
三橋がボールを拾い上げると「悪い、こっち!」と声が聞こえた。
捕手用の防具をつけた青道の選手が、手を振っている。
三橋は彼がかまえたミットめがけて、ボールを投げた。
ボールは吸い込まれるように、ミットの中にストンと落ちる。
すると球を受けた捕手が、ミットを見て、次に三橋の顔を凝視した。
そして青道のベンチ横にいる外国人のように整った顔の青年も驚いたように三橋を見ている。
三橋は「う、お!」と声を上げて、落ち着きなく視線を泳がせた。
ただボールを拾って返しただけなのに、どうしてそんな反応をされるのか理解できなかった。
【続く】
「なんだ、ありゃ!」
グラウンドの外から、本気で驚く声がする。
だが西浦高校野球部の面々にとっては、もはやすっかりおなじみのリアクションだった。
「サード、行くよ~♪」
監督の百枝の声がグラウンドに響く。
合宿2日目、今日は西浦高校と青道高校Bチームの練習試合だ。
西浦高校の面々は、試合前のシートノックを行なっていた。
驚きの声は、百枝に対しての言葉だ。
若い女性の監督と聞くと、大抵の人間は野球素人だと思い込む。
県立高校と言えばなおさら、人員不足の結果だと思われがちだ。
そういう人間たちは、百枝のノックを見て、度肝を抜かれることになるのだ。
これもある意味、うちの武器だ。
阿部は球出しをしながら、周囲のリアクションを見て、ほくそ笑む。
10人しかいない県立高校というだけで、初見のチームはまず舐めてかかってくれる。
だが百枝のノックを見ると「なんだ、ありゃ!」と混乱するのだ。
とにかく相手を驚かせるという意味では、まずは一本取った感じになる。
それにしても、人が多い。
阿部は改めて、ノックの様子を注視している相手チームのベンチを見た。
そしてBチームにも入れない面々がスタンドにいるのを見て、ため息をつく。
レギュラーのAチームは、別練習でこの場にはいない。
データのない相手と対戦する練習をするので、Bチームの試合の観戦を禁じられているそうだ。
唯一Aチームでこの場にいるのは、先発である投手の沢村だけだ。
指揮を執るのも、あのグラサンの強面監督ではなく、小太りの部長がすると聞いた。
正直言って、AチームよりBチームとの対戦の方が不安だ。
試合に出ていない連中は、データがない。
だからこちらもある程度、出たトコ勝負の試合をしなければならないのだ。
それでも全国制覇を掲げている以上、Bチームに負けるわけにはいかない。
これはかなりのプレッシャーだ。
ふと阿部は青道のベンチ横に、日本人離れした顔立ちの男を見つけた。
滝川・クリス・優だ。
阿部より2つ年上の捕手の彼は、中学のシニアで活躍していたので、面識はないが知っている。
かつて都内ナンバー1と呼ばれた捕手だ。
沢村と何か話しており、沢村の高笑いだけが聞こえてくる。
さすが青道、と阿部はため息をついた。
滝川といい、御幸といい、才能あふれる捕手が集まっている。
もし自分が青道に進んでいたらと想像すると、気が重くなる。
おそらく1年からレギュラーにはなれていないだろう。
「キャッチャー、行くよ!」
百枝の声に、阿部は「はい!」と叫んだ。
垂直に上がる綺麗なキャッチャーフライに、青道ベンチがドッとどよめく。
阿部はミットを軽くたたくと、なんなくフライをキャッチする。
これで試合前の練習はおしまいだ。
捕手としての能力は劣っても、このチームで優勝する。
そのためにも、この試合は落とせない。
阿部は決意を込めて、もう1度青道のベンチを見た。
*****
「いい球、来てるぞ。三橋!」
三橋の球を受けた田島が、元気よくそう言って、投げ返してくれる。
周囲から「遅い」という声が聞こえてくるが、そんなことでは今さら動じない。
試合前、後攻の西浦のシートノックが終わった。
この後は、先攻の青道のシートノックだ。
三橋はブルペンで、田島相手に投球練習をしていた。
本当は阿部に投げたいのだが、阿部は青道のシートノックを見たいと言った。
今回Bチームのデータはないので、少しでもプレイを見ておきたいらしい。
ノックを見ても参考になるのかと思うが、阿部には思うところがあるのだろう。
「あと5球な、三橋!」
田島が声を張って、かまえてくれる。
三橋は大きく頷くと、田島のミットめがけてボールを投げ込んだ。
まったく大きな学校はすごいと思う。
こんな専用グラウンドがあり、しかもブルペンでさえすごく投げやすいのだ。
ちなみにフェンスで囲まれたブルペンは、覗こうと思えば外から見える。
そして今も覗いている人間が、4人いる。
三橋が誰だかわかる人間は1人しかいない。
昨日仲良くなった青道の1年生、小湊春市とよく似た青年。
春市は2つ年上の兄が野球部にいると言っていたから、きっと彼がそうなのだろう。
その彼と親し気に話していることから、おそらく引退したばかりの3年生だろう。
特に顎髭のガラが悪い強面が、三橋が投げるたびに「遅い」を連呼している。
「ここまで遅いと、逆に打ちにくいかもな。」
もの静かな雰囲気の青年が、ポツリとそう言った。
聞こえないように声を潜めているのだろうが、はっきりと聞き取れてしまう。
だが三橋は怯むことも気負うこともなく、投げ続けた。
球が遅いと言われるのには慣れているし、今さら動じない。
むしろ自分の持ち味だと、割り切ってさえいるくらいだ。
「よし、終わりだ。三橋!」
決められた投球数をこなすと、田島が立ち上がった。
三橋が「あり、がとぉ!」と付き合ってくれた田島に礼を言う。
そして2人は並んで、ブルペンを出た。
ブルペンを出ると、ちょうど青道のシートノックが終わったところだった。
もうすぐ試合開始だ。
だが三橋は「おーい、捕ってくれ!」と声がかかり、キョロキョロと辺りを見回す。
そして自分の足元にコロコロと転がってきたボールを見つけた。
どうやらシートノックで取り損ねたボールが1つ、こぼれたのだろう。
三橋がボールを拾い上げると「悪い、こっち!」と声が聞こえた。
捕手用の防具をつけた青道の選手が、手を振っている。
三橋は彼がかまえたミットめがけて、ボールを投げた。
ボールは吸い込まれるように、ミットの中にストンと落ちる。
すると球を受けた捕手が、ミットを見て、次に三橋の顔を凝視した。
そして青道のベンチ横にいる外国人のように整った顔の青年も驚いたように三橋を見ている。
三橋は「う、お!」と声を上げて、落ち着きなく視線を泳がせた。
ただボールを拾って返しただけなのに、どうしてそんな反応をされるのか理解できなかった。
【続く】