「おお振り」×「◆A」2年後
【投げたい相手】
「お前は、やればできるんだよ。」
阿部はいつものセリフを繰り返す。
それは三橋のモチベーションを上げようとしてくれているのだとわかっている。
だけど今の三橋にとっては、ただただプレッシャーだった。
「阿部、君、話、が、ある。」
季節に秋の気配が見え始めた頃、三橋は阿部にそう告げた。
いつもの通り、三橋邸で勉強を始めようとしていた時のこと。
三橋は意を決して、話を切り出したのだ。
「オレ、受ける、学部、変えよう、かと、思う。」
三橋は断固とした口調で、そう言った。
阿部は「は?」と怒りを込めた口調で聞き返す。
実はこの話をしたのは、初めてではない。
だがあくまで冗談めかしての言葉であり、真剣に口にしたのは初めてだ。
六大学のどこかを目指す阿部と三橋の志望学部は、経営学部だ。
阿部はいずれ父の会社を継ぐつもりだし、三橋は祖父が理事を務める三星学園で働くつもりだ。
だからそのために役に立つ学部と思った。
でもそれでは、三橋の学力ではまだ苦しい。
それならもっと合格点の低い学部、もしくは2部と呼ばれる夜間の学部にするのもありだ。
だがそれを聞いた阿部は、露骨に顔をしかめて、反対の意を示した。
「お前は、やればできるんだよ。」
「でも、成績、上がって、ない」
阿部の言葉に、三橋はすかさず反論した。
三橋はこと野球に関しては、ちゃんと記憶ができる。
例えば過去に対戦した打者にどういう配球をして、打たれたとか、打ち取ったとか。
そういう情報は、きちんと脳内で整理されているのだから、記憶力はいいはず。
阿部はそれをもって「やればできる」といつも励ましてくれる。
だけど三橋は、そう言われるたびにつらかったのだ。
頑張って合格するしかない、逃げ道を塞がれているような気になるのだ。
三橋だって、別に逃げるつもりはない。
だけど合格率は今のところ10パーセント弱なのだ。
安全な滑り止めだって、用意しておきたい。
「三橋、わかってるか?目先の合格のために学部を落としたら、将来は」
「将来、より、野球、できる、4年、を。大事、に、したい!」
阿部が怒りを抑えて、穏やかに話しかけてくれる。
だけど三橋は思わず、声を荒げてしまっていた。
それだけ追い詰められていたのだ。
阿部は大学卒業後のことまで考えて、今頑張れと言う。
だが三橋はそんな先のことより、まずは目の前のことしか考えられなかった。
卒業したらもう野球をすることはないと思えば、なおのことだ。
「オレ、絶対、合格、したい、のに」
三橋はつらい心中を吐露する。
その心中を察してくれたらしい阿部は「そうだよな」と言ってくれた。
だが泣き言を言ったところで、問題は何1つ解決しないのだ。
*****
「・・・ったく、何だってんだ!」
周囲のあまりの扱いに、沢村は文句を言った。
プロ志望届の受付が始まったが、沢村はまだ提出していなかった。
いくつもの球団が挨拶に来た降谷は、受付開始直後に出した。
春市や他の何名かの部員も、ダメ元なんて言いながら出している。
それなのに、沢村だけがまだ出していない。
理由は進路について、迷い始めていたからだ。
希望する球団からの指名がかからない可能性が高いから、大学も視野に入れ始めたのだ。
「本当によく考えたのか?」
こう言ったのは、監督である片岡だった。
「悪いけど、君は大学って感じじゃないと思う。」
これは副部長の高島。
「壊滅的な成績のくせに、進学?」
これは3年間、沢村を赤点から救い続けた金丸だ。
その他にも「大学に失礼」とか「世の大学生にあやまれ」なんていうのもあった。
賛同者がいないだけではなく、とにかく貶す意見ばかりが出てくる。
これはある意味、沢村の自業自得ではある。
何しろ授業中は寝てばかり、テストは金丸たちの手を借りて赤点スレスレ。
とにかく勉学のイメージと対極のところにいるのだから。
だが文句を言いながらも、沢村は迷っていた。
沢村の望みは、プロでまた御幸に投げることなのだ。
このままプロに行っても、それはできそうもない。
かといって、4年後に先送りして、できるという保証もない。
4年後のか細い可能性にかけるより、いっそ諦めた方がいいとわかっている。
それでも割り切れないのが、微妙な男心なのだ。
そんな時、沢村の携帯電話がメールを受信した。
差出人は捕手としてもっとも敬愛する、そして沢村に進路を迷わせる先輩だ。
彼が卒業した後、メールを寄越したのは数えるほどしかない。
いったい何事かと、沢村はメールを開いた。
大学に行くって?バカなこと考えるなよ。
御幸のメールは、短く素っ気なかった。
ドキドキしながら開けたのに、これだけ?
沢村は肩透かしを食らった気分だった。
念のために、メールを下の方までスクロールしてみたが、特に何も隠れていない。
あの人はオレの球を捕りたいと思ってないのかな。
沢村はそう考えて、少しだけ悲しくなった。
そして送られてきたメールの意図を考える。
だがそこは貶されまくった頭脳、いくら悩んでも答えなど出なかった。
【続く】
「お前は、やればできるんだよ。」
阿部はいつものセリフを繰り返す。
それは三橋のモチベーションを上げようとしてくれているのだとわかっている。
だけど今の三橋にとっては、ただただプレッシャーだった。
「阿部、君、話、が、ある。」
季節に秋の気配が見え始めた頃、三橋は阿部にそう告げた。
いつもの通り、三橋邸で勉強を始めようとしていた時のこと。
三橋は意を決して、話を切り出したのだ。
「オレ、受ける、学部、変えよう、かと、思う。」
三橋は断固とした口調で、そう言った。
阿部は「は?」と怒りを込めた口調で聞き返す。
実はこの話をしたのは、初めてではない。
だがあくまで冗談めかしての言葉であり、真剣に口にしたのは初めてだ。
六大学のどこかを目指す阿部と三橋の志望学部は、経営学部だ。
阿部はいずれ父の会社を継ぐつもりだし、三橋は祖父が理事を務める三星学園で働くつもりだ。
だからそのために役に立つ学部と思った。
でもそれでは、三橋の学力ではまだ苦しい。
それならもっと合格点の低い学部、もしくは2部と呼ばれる夜間の学部にするのもありだ。
だがそれを聞いた阿部は、露骨に顔をしかめて、反対の意を示した。
「お前は、やればできるんだよ。」
「でも、成績、上がって、ない」
阿部の言葉に、三橋はすかさず反論した。
三橋はこと野球に関しては、ちゃんと記憶ができる。
例えば過去に対戦した打者にどういう配球をして、打たれたとか、打ち取ったとか。
そういう情報は、きちんと脳内で整理されているのだから、記憶力はいいはず。
阿部はそれをもって「やればできる」といつも励ましてくれる。
だけど三橋は、そう言われるたびにつらかったのだ。
頑張って合格するしかない、逃げ道を塞がれているような気になるのだ。
三橋だって、別に逃げるつもりはない。
だけど合格率は今のところ10パーセント弱なのだ。
安全な滑り止めだって、用意しておきたい。
「三橋、わかってるか?目先の合格のために学部を落としたら、将来は」
「将来、より、野球、できる、4年、を。大事、に、したい!」
阿部が怒りを抑えて、穏やかに話しかけてくれる。
だけど三橋は思わず、声を荒げてしまっていた。
それだけ追い詰められていたのだ。
阿部は大学卒業後のことまで考えて、今頑張れと言う。
だが三橋はそんな先のことより、まずは目の前のことしか考えられなかった。
卒業したらもう野球をすることはないと思えば、なおのことだ。
「オレ、絶対、合格、したい、のに」
三橋はつらい心中を吐露する。
その心中を察してくれたらしい阿部は「そうだよな」と言ってくれた。
だが泣き言を言ったところで、問題は何1つ解決しないのだ。
*****
「・・・ったく、何だってんだ!」
周囲のあまりの扱いに、沢村は文句を言った。
プロ志望届の受付が始まったが、沢村はまだ提出していなかった。
いくつもの球団が挨拶に来た降谷は、受付開始直後に出した。
春市や他の何名かの部員も、ダメ元なんて言いながら出している。
それなのに、沢村だけがまだ出していない。
理由は進路について、迷い始めていたからだ。
希望する球団からの指名がかからない可能性が高いから、大学も視野に入れ始めたのだ。
「本当によく考えたのか?」
こう言ったのは、監督である片岡だった。
「悪いけど、君は大学って感じじゃないと思う。」
これは副部長の高島。
「壊滅的な成績のくせに、進学?」
これは3年間、沢村を赤点から救い続けた金丸だ。
その他にも「大学に失礼」とか「世の大学生にあやまれ」なんていうのもあった。
賛同者がいないだけではなく、とにかく貶す意見ばかりが出てくる。
これはある意味、沢村の自業自得ではある。
何しろ授業中は寝てばかり、テストは金丸たちの手を借りて赤点スレスレ。
とにかく勉学のイメージと対極のところにいるのだから。
だが文句を言いながらも、沢村は迷っていた。
沢村の望みは、プロでまた御幸に投げることなのだ。
このままプロに行っても、それはできそうもない。
かといって、4年後に先送りして、できるという保証もない。
4年後のか細い可能性にかけるより、いっそ諦めた方がいいとわかっている。
それでも割り切れないのが、微妙な男心なのだ。
そんな時、沢村の携帯電話がメールを受信した。
差出人は捕手としてもっとも敬愛する、そして沢村に進路を迷わせる先輩だ。
彼が卒業した後、メールを寄越したのは数えるほどしかない。
いったい何事かと、沢村はメールを開いた。
大学に行くって?バカなこと考えるなよ。
御幸のメールは、短く素っ気なかった。
ドキドキしながら開けたのに、これだけ?
沢村は肩透かしを食らった気分だった。
念のために、メールを下の方までスクロールしてみたが、特に何も隠れていない。
あの人はオレの球を捕りたいと思ってないのかな。
沢村はそう考えて、少しだけ悲しくなった。
そして送られてきたメールの意図を考える。
だがそこは貶されまくった頭脳、いくら悩んでも答えなど出なかった。
【続く】