「おお振り」×「◆A」2年後

【迷える野球少年】

阿部と三橋は、三橋邸の庭にいた。
最後の夏の大会を終えた2人は、今は受験モードに突入している。
放課後は一緒に予備校に通ったり、三橋の部屋で勉強したりする。
全ては同じ大学に進むためだ。

少し前まで、この場所には手作りの投球練習場があった。
だがそれも今は片づけてしまっている。
これは三橋が自分で決めたことだった。
投球練習できる状態にしておけば、絶対に投げたくなる。
だから投球練習場は、受験が終わるまで封印した。
受験が終わるまで、ボールは投げないつもりだった。

だが阿部は週に1回だけ、キャッチボールをしようと提案した。
毎日何十球も投げては確かに逆効果だが、週に1度5分程度なら、気分転換になると。
そしてそれは、その通りだった。
やはり野球ばかりしていた頃に比べれば、受験生はストレスが溜まる。
だが週1回、少しだけキャッチボールをするだけで、気が晴れるのだ。

「模試、どうだった?」
今日もその週1回のストレス解消をした後、阿部は三橋にそう聞いた。
三橋は「ちょっと、だけ、上がった」と答えた。
だがその口調は、どんよりと曇っている。
阿部が「見せて」と手を伸ばして来たので、三橋は結果が印刷された紙を渡した。

それは2週間ほど前に受けた、塾の模試の結果だった。
志望校も記入しており、現時点での合格の確率が数字で出る。
阿部と三橋は六大学のうち、日本最高峰のあの国立大学を除いた5校を書いた。
そして今日、その結果が返ってきたのだ。

「W大とK大は5パーセント。R大が8で、H大が9。M大は10パーセントか。」
「・・・とても、受か、ん、ない」
「今の時点ではな。」
「あと、半年、しか、ない、のに」
「1月前はどれもほぼゼロだったじゃん。進歩だよ。」

阿部はそう言って、励ましてくれる。
だけど三橋は、絶望的な気分だった。
確かにここ1ヶ月、必死で勉強して、少しくらいは成績が上がっているかもしれない。
だけどそんな微々たるもの、どうでもいいような気がするのだ。
いくら成績が伸びたって、志望校に合格しなければ意味がない。
そして今のところ、合格できる気がしなかった。

「この調子で頑張れ。よし、勉強するぞ。」
阿部はそう言って、玄関の方へと歩き出す。
三橋はその後ろ姿を追いかけながら、こっそりとため息をついた。
本当に受かれるのかわからないが、今はやるしかないのだ。

*****

沢村は寮で、久し振りにチームメイトだった小湊春市と再会した。
そう、まさに再会だ。
春市の実家は神奈川で、少し遠いが通学できない距離ではない。
だから春市は、最後の夏の大会の後、寮を出たのだ。
かつては沢村と寝食を共にしてきたけれど、今はなかなか顔を合わす機会もない。

「何だよ。寂しいのか?寮が懐かしくなったのか?」
沢村は茶化すように、そう言った。
だけど本当に寂しいのは、沢村の方だ。
春市ばかりでなく、東京に自宅がある金丸や東条も寮を出てしまった。
あの降谷でさえ、東京の祖父の家から通っている。
気を許した話し相手がいない状況は、かなりつらい。

しかも野球部の練習への参加も禁止されていた。
最初は身体を動かす程度ならいいと言われていたが、そこは沢村。
後輩部員たちより、テンション高く、動き回ったせいだ。
監督の片岡に「先輩のくせに後輩の邪魔をするな」と盛大に怒鳴られた。
そして練習グラウンドへの出入りを禁止されたのだ。

「進路相談だよ。野球推薦で大学に行けないかと思って。」
「え、春っち、プロじゃねーの?」
友人の意外な進路に、沢村は声を上げて驚いた。
強豪である青道で、1年生からレギュラーポジションを獲得した青道だ。
当然プロ野球に進むものと思っていた。

「一応プロ志望届は出すけど。でもきっと無理だと思う。」
「何で!?」
「どこの球団からも、オファーがないから」

ドラフトで指名する場合、基本的には指名する球団は挨拶をするものだ。
表向きは事前交渉は禁止だが、水面下ではいろいろある。
今の時点で、そこの球団からもオファーがないのは、つまりほぼ指名がないということだ。
だから春市は、大学野球に向かって動き出していたのだ。

「そっか。大学か。それはそれでスゲーな。」
「すごくないよ。栄純君だって、野球推薦なら行けるよ。」
「そうかぁ?」
「そうだよ!」

久し振りに話す春市からは、まったくブランクを感じない。
その後、しばらく沢村と春市は雑談に興じた。
沢村はここ最近寮で起こった話を披露し、春市が兄から仕込んだ先輩たちに近況を暴露する。
そして春市と別れた後、沢村はある可能性に気付いた。

オレも大学に進んで、プロ入りを4年後に伸ばしたら。
沢村はそれを選んだ場合のことを考えた。
今は行きたい球団から指名がないが、4年後ならあるかもしれない。
4年後に先延ばししたら、きっと結果は変わる。
もしかしたらあの人に、もう1度投げることができるかもしれない。

大学進学という、自分ではありえないと思っていた選択肢。
それが沢村の中で、にわかに明確な形になっていた。

【続く】
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