「おお振り」×「◆A」
【初日、練習後の夜!】
「「「うまそぉ!」」」
見事に揃った、大きな声が食堂に響き渡る。
青道の部員たちは思わず動きを止めて、西浦の部員たちを凝視した。
練習が終わった後、両校の部員たちは寮に移動した。
西浦の部員たちは「すごい」とか「デカい」なんて言葉を連発しながら、感心している。
それを見る青道の部員たちは、何だか懐かしい気分になった。
青道の面々だって、初めてこの施設を見た時には、大きさと立派さに驚いたのだ。
そのときの気持ちを思い出すと、西浦の部員たちのリアクションはもっともなことだ。
「中、案内してやろうか?」
三橋に声をかけてるのは、沢村だった。
練習でちょっとしたアクシデントがあったせいで、この2人はすっかり仲良くなった。
すると田島が「オレも!一緒に案内してくれ!」と手を上げる。
結局泉も加わり、夕食までの間、4人が寮の中を賑やかに歩き回っていた。
そして夕食の時間。
両校の野球部員は、食堂に集まった。
青道の部員たちにとっては、10名増えたところであまり変わったという感覚はない。
だけど西浦の部員たちは、この人数に圧倒されているようだ。
そして青道の部員たちが食べ始めようとした瞬間に、それは起きた。
「「「うまそぉ!」」」
見事に揃った、大きな声が食堂に響き渡る。
青道の部員たちは思わず動きを止めて、西浦の部員たちを凝視した。
だが西浦の部員たちは、そんな視線など物ともしない。
次の瞬間には「いただきます!」とさらに元気な掛け声が響く。
そして彼らは一斉に箸を伸ばすと、ものすごい勢いで食べ始めた。
「まるで欠食児童だな。もしかして昼メシ食ってねーんじゃねぇ?」
呆れた様子で苦笑するのは、副主将の1人、倉持だ。
食欲旺盛な様子なら、少し前まで同室だった先輩で見慣れている。
そんな倉持でさえ、驚くほどの食べっぷりだ。
「1年だけ10人だと、やっぱり仲良くなるんだなぁ」
しみじみとした様子でそう呟いたのは、もう1人の副主将、前園。
青道の部員たちは同じチームの仲間ではあるが、過酷なレギュラー争いや妬みなどもある。
だから西浦のような、同学年10名だけのほのぼのした感じには絶対にならない。
「いや、多分そんな単純なもんじゃねーよ。」
2人の副主将の意見を、主将の御幸はやんわりと否定した。
見かけほど彼らはヤワではないと思う。
だが倉持と前園は顔を見合わせると、何となく納得いかないような顔で御幸を見ている。
とにかく明日はBチームの試合、それで彼らの実力はある程度見えるだろう。
今くどくど何か言うより、その方がわかりやすい。
御幸は2人の副主将の視線を無視しながら、黙々と食事に没頭した。
*****
あれじゃまるで恋人じゃん。
沢村は2人の背中を見送りながら、ふとそう思った。
「三橋、一緒に自主練しねぇ?」
夕食後、沢村は三橋を誘った。
最初は御幸が妙に三橋を気にかけているのが、何となく嫌だった。
だが沢村をかばって怪我をしたことで、印象が180度変わる。
そして病院への往復の間、話をしたことで、さらに好感度が上がった。
素直だし、練習熱心だし、何よりも投げることが大好きであることが伝わってくるのだ。
「ゴメ、ン。オレ、明日、試合」
「少しだけ、だよ。オレも明日、先発だし。」
明日が先発なのでとことわろうとした三橋を、沢村がさらに誘う。
すると横から別の人物が割り込んできた。
「ダメだぞ、三橋。今日の分の球数はもう投げてる。」
「あ、阿部、君」
「それと今から、明日の配球の打ち合わせ。」
案の定、割り込んできたのは、西浦の捕手、阿部だ。
まるで沢村からひったくるように、強引に三橋の肩を抱き寄せた。
そして沢村に背を向けると、三橋を引きずるように歩き出してしまった。
「沢村、君。また、明日」
三橋は沢村を振り返ると、困ったようにそう言った。
そして「阿部、君、自分、で、歩く」と阿部の手を外そうとする。
だが阿部は「いいから行くぞ」とガッチリ三橋をロックしていた。
「何だよ。少しくらいいいじゃん」
沢村はポツリと文句を言う。
すると阿部が振り向いて、沢村を睨んだ。
タレ目のくせに目つきが悪いという定評の視線に、沢村は怯む。
すると阿部は何事もなかったように、また背中を向けた。
あれじゃまるで恋人じゃん。
沢村は2人の背中を見送りながら、ふとそう思った。
まるで惚れた相手が他の男と喋っているのを見て、嫉妬しているみたいだ。
捕手のことを恋女房なんて言い方をするけど、阿部はまさにそんな感じだ。
御幸はそんな風に沢村を気にかけてくれたことなんかない。
当たり前だ。青道のエースは降谷であり、リリーフには川上もいる。
残念ながら沢村のポジションは3番手なのだ。
「明日は負けねーぞ!」
沢村は気合いを入れると、1人で自主トレをすることにした。
とにかく目の前の試合に勝つこと、今はそれだけだ。
*****
手持ち無沙汰だ。
御幸は落ち着かない気分を持て余していた。
「何か不気味なんだよな」
御幸は文句ともグチともつかない口調でそう言った。
夕食もすんで閑散とした食堂に残っていたのは、、御幸と前園と倉持だ。
表向きは主将ミーティング。
だが実際にはただ雑談をしているだけだった。
「まぁ10人の新設校にしちゃ、しっかりした感じだよな。」
倉持はそう答えたが、御幸の感じているこの不穏な気持ちはわからないようだ。
御幸もあえて説明するつもりはない。
初見の相手と当たってどれだけできるかが、今回の練習試合の目的。
だから作戦を立てるような話は一切禁じられているのだ。
「事前に策を考えちゃいけないっていうなら、気にしても仕方ないだろう。全力でやるだけだ。」
前園がもっともなことを言う。
その通り、今何も考える必要はないし、することもない。
わかってはいるが、手持ち無沙汰だ。
御幸は落ち着かない気分を持て余していた。
ちょうどそのとき、食堂の前の廊下を、見慣れた後輩が通り過ぎようとしていた。
嫌な予感がした御幸は「ちょっと待て、沢村!」と呼び止める。
「どこへ行く?」
「いや、ちょっと、最終調整を。。。」
「バカ。お前、明日、先発だろう。今日はもうダメだ。」
予感的中。やはり沢村はこれから屋内練習場で投げ込むつもりだったようだ。
いくら練習試合とはいえ、試合前日にそんなことを許すわけにはいかない。
「え~?20球!いや10球だけでも」
不満そうに食い下がる沢村に、倉持が「ダメだ、バカ」と頭をはたいた。
「なんか西浦の連中を見てると、中学時代を思い出して、刺激されちゃうんっすよ」
沢村が言い訳がましく、ブチブチと呟いている。
確かに中学時代、仲間内で作った弱小野球部の沢村には、西浦を身近に感じるのかもしれないが。
「お前の中学時代とは全然違うぞ。」
御幸は沢村にきっぱりとそう告げた。
そしてますます増していく不安に、頭を抱えたくなった。
沢村は夏の大会のトラウマでイップスになり、まだ完全にそこから脱していない。
ここでせっかく戻りかけた調子と自信を打ち砕かれるようなことになったら。
しかも明日、Aチームの御幸は沢村の球を受けられないどころか、試合観戦も禁じられている。
「とにかく油断するな。それから今日はさっさと休め!」
御幸は強い口調で命令を下した。
予感ばかりでできることが何もないのは、ただただつらい。
だけどそれを表に出さないことが、御幸の主将としてのプライドだ。
【続く】
「「「うまそぉ!」」」
見事に揃った、大きな声が食堂に響き渡る。
青道の部員たちは思わず動きを止めて、西浦の部員たちを凝視した。
練習が終わった後、両校の部員たちは寮に移動した。
西浦の部員たちは「すごい」とか「デカい」なんて言葉を連発しながら、感心している。
それを見る青道の部員たちは、何だか懐かしい気分になった。
青道の面々だって、初めてこの施設を見た時には、大きさと立派さに驚いたのだ。
そのときの気持ちを思い出すと、西浦の部員たちのリアクションはもっともなことだ。
「中、案内してやろうか?」
三橋に声をかけてるのは、沢村だった。
練習でちょっとしたアクシデントがあったせいで、この2人はすっかり仲良くなった。
すると田島が「オレも!一緒に案内してくれ!」と手を上げる。
結局泉も加わり、夕食までの間、4人が寮の中を賑やかに歩き回っていた。
そして夕食の時間。
両校の野球部員は、食堂に集まった。
青道の部員たちにとっては、10名増えたところであまり変わったという感覚はない。
だけど西浦の部員たちは、この人数に圧倒されているようだ。
そして青道の部員たちが食べ始めようとした瞬間に、それは起きた。
「「「うまそぉ!」」」
見事に揃った、大きな声が食堂に響き渡る。
青道の部員たちは思わず動きを止めて、西浦の部員たちを凝視した。
だが西浦の部員たちは、そんな視線など物ともしない。
次の瞬間には「いただきます!」とさらに元気な掛け声が響く。
そして彼らは一斉に箸を伸ばすと、ものすごい勢いで食べ始めた。
「まるで欠食児童だな。もしかして昼メシ食ってねーんじゃねぇ?」
呆れた様子で苦笑するのは、副主将の1人、倉持だ。
食欲旺盛な様子なら、少し前まで同室だった先輩で見慣れている。
そんな倉持でさえ、驚くほどの食べっぷりだ。
「1年だけ10人だと、やっぱり仲良くなるんだなぁ」
しみじみとした様子でそう呟いたのは、もう1人の副主将、前園。
青道の部員たちは同じチームの仲間ではあるが、過酷なレギュラー争いや妬みなどもある。
だから西浦のような、同学年10名だけのほのぼのした感じには絶対にならない。
「いや、多分そんな単純なもんじゃねーよ。」
2人の副主将の意見を、主将の御幸はやんわりと否定した。
見かけほど彼らはヤワではないと思う。
だが倉持と前園は顔を見合わせると、何となく納得いかないような顔で御幸を見ている。
とにかく明日はBチームの試合、それで彼らの実力はある程度見えるだろう。
今くどくど何か言うより、その方がわかりやすい。
御幸は2人の副主将の視線を無視しながら、黙々と食事に没頭した。
*****
あれじゃまるで恋人じゃん。
沢村は2人の背中を見送りながら、ふとそう思った。
「三橋、一緒に自主練しねぇ?」
夕食後、沢村は三橋を誘った。
最初は御幸が妙に三橋を気にかけているのが、何となく嫌だった。
だが沢村をかばって怪我をしたことで、印象が180度変わる。
そして病院への往復の間、話をしたことで、さらに好感度が上がった。
素直だし、練習熱心だし、何よりも投げることが大好きであることが伝わってくるのだ。
「ゴメ、ン。オレ、明日、試合」
「少しだけ、だよ。オレも明日、先発だし。」
明日が先発なのでとことわろうとした三橋を、沢村がさらに誘う。
すると横から別の人物が割り込んできた。
「ダメだぞ、三橋。今日の分の球数はもう投げてる。」
「あ、阿部、君」
「それと今から、明日の配球の打ち合わせ。」
案の定、割り込んできたのは、西浦の捕手、阿部だ。
まるで沢村からひったくるように、強引に三橋の肩を抱き寄せた。
そして沢村に背を向けると、三橋を引きずるように歩き出してしまった。
「沢村、君。また、明日」
三橋は沢村を振り返ると、困ったようにそう言った。
そして「阿部、君、自分、で、歩く」と阿部の手を外そうとする。
だが阿部は「いいから行くぞ」とガッチリ三橋をロックしていた。
「何だよ。少しくらいいいじゃん」
沢村はポツリと文句を言う。
すると阿部が振り向いて、沢村を睨んだ。
タレ目のくせに目つきが悪いという定評の視線に、沢村は怯む。
すると阿部は何事もなかったように、また背中を向けた。
あれじゃまるで恋人じゃん。
沢村は2人の背中を見送りながら、ふとそう思った。
まるで惚れた相手が他の男と喋っているのを見て、嫉妬しているみたいだ。
捕手のことを恋女房なんて言い方をするけど、阿部はまさにそんな感じだ。
御幸はそんな風に沢村を気にかけてくれたことなんかない。
当たり前だ。青道のエースは降谷であり、リリーフには川上もいる。
残念ながら沢村のポジションは3番手なのだ。
「明日は負けねーぞ!」
沢村は気合いを入れると、1人で自主トレをすることにした。
とにかく目の前の試合に勝つこと、今はそれだけだ。
*****
手持ち無沙汰だ。
御幸は落ち着かない気分を持て余していた。
「何か不気味なんだよな」
御幸は文句ともグチともつかない口調でそう言った。
夕食もすんで閑散とした食堂に残っていたのは、、御幸と前園と倉持だ。
表向きは主将ミーティング。
だが実際にはただ雑談をしているだけだった。
「まぁ10人の新設校にしちゃ、しっかりした感じだよな。」
倉持はそう答えたが、御幸の感じているこの不穏な気持ちはわからないようだ。
御幸もあえて説明するつもりはない。
初見の相手と当たってどれだけできるかが、今回の練習試合の目的。
だから作戦を立てるような話は一切禁じられているのだ。
「事前に策を考えちゃいけないっていうなら、気にしても仕方ないだろう。全力でやるだけだ。」
前園がもっともなことを言う。
その通り、今何も考える必要はないし、することもない。
わかってはいるが、手持ち無沙汰だ。
御幸は落ち着かない気分を持て余していた。
ちょうどそのとき、食堂の前の廊下を、見慣れた後輩が通り過ぎようとしていた。
嫌な予感がした御幸は「ちょっと待て、沢村!」と呼び止める。
「どこへ行く?」
「いや、ちょっと、最終調整を。。。」
「バカ。お前、明日、先発だろう。今日はもうダメだ。」
予感的中。やはり沢村はこれから屋内練習場で投げ込むつもりだったようだ。
いくら練習試合とはいえ、試合前日にそんなことを許すわけにはいかない。
「え~?20球!いや10球だけでも」
不満そうに食い下がる沢村に、倉持が「ダメだ、バカ」と頭をはたいた。
「なんか西浦の連中を見てると、中学時代を思い出して、刺激されちゃうんっすよ」
沢村が言い訳がましく、ブチブチと呟いている。
確かに中学時代、仲間内で作った弱小野球部の沢村には、西浦を身近に感じるのかもしれないが。
「お前の中学時代とは全然違うぞ。」
御幸は沢村にきっぱりとそう告げた。
そしてますます増していく不安に、頭を抱えたくなった。
沢村は夏の大会のトラウマでイップスになり、まだ完全にそこから脱していない。
ここでせっかく戻りかけた調子と自信を打ち砕かれるようなことになったら。
しかも明日、Aチームの御幸は沢村の球を受けられないどころか、試合観戦も禁じられている。
「とにかく油断するな。それから今日はさっさと休め!」
御幸は強い口調で命令を下した。
予感ばかりでできることが何もないのは、ただただつらい。
だけどそれを表に出さないことが、御幸の主将としてのプライドだ。
【続く】