「おお振り」×「◆A」1年後
【2年目の夏が始まる】
『読めない、よぉ』
電話の向こうから、困ったような声が聞こえる。
沢村は思わず「ハァァ?」と声を上げると、電話の向こうから「ウェェ」と悲鳴が聞こえた。
夏の大会直前、青道高校ではベンチ入りメンバーの背番号が発表された。
エースナンバーは降谷か、それとも沢村か。
部員たちの間では、もっぱらそれが関心事だった。
だがその問題に決着がついたのだ。
背番号1、沢村栄純。
それは衝撃ではあったけれど、好意的に受け止められていた。
2人の素質も努力も、みんなが認めるところだったからだ。
おそらく降谷が「1」だとしても、全員納得で受け入れていただろう。
当の沢村はわかりやすく浮かれていた。
何せ念願のエースナンバーだ。
しかも降谷という圧倒的な存在を向こうに回して勝ち取った1番なのだ。
誰もがそれを微笑ましい思いで、見ていた。
そして渡された背番号をつけてくれるのは、マネージャー。
位置決めの仮縫いのときにも、嬉しくてたまらない。
「うぉぉ!」
スマホに収められた画像を見て、沢村は上機嫌だった。
ユニフォームに仮縫いされた1番をつけた、バックショットだ。
それを振り返るような自分の横顔も、そこそこ良く撮れていると思う。
撮影してくれたマネージャーたちも「カッコいいよ!」と言ってくれた。
その後も喜びの余韻は止まらなかった。
沢村は寮の通路のベンチにドッカリと腰を下ろすと、スマホを取り出す。
そして両親と幼なじみの若菜にメールを送った。
もちろん今撮ったばかりの背番号1も添付して。
すぐに「おめでとう」「やったね」とラインには祝福のメッセージが並んだ。
若菜は速攻で、中学時代のチームメイトたちにメールを回したようだ。
「他に誰かいねーかな。」
さらに浮かれる沢村の頭に浮かんだのは、三橋だった。
きっとあいつなら、喜んでくれるに違いない!
そうと決まればと、すぐにメールを送る。
だが数分もしないうちに、その三橋から電話がかかってきた。
『読めない、よぉ』
三橋の第一声は、困ったような声だった。
沢村は思わず「ハァァ?」と文句を言うと「ウェェ」と悲鳴が聞こえた。
どうやら剣幕と大声で驚かせてしまったらしい。
沢村は慌てて「ワリィ」とあやまった後「読めないって?」と聞いた。
『画像、ファイル、バッテンついてる。』
「なんでオレの背番号1の雄姿がバッテンなんだよ!」
『オ、オレ、ガラケー、だから』
「ガラケーだと読めねぇのかよ!?」
「それって常識でしょ?」
最後の言葉はたまたま通りかかった降谷だった。
するとその隣で小湊が「栄純君、知らなかったの?」と笑っている。
さらに金丸が「確かに常識だ!」と断言する。
かろうじて東条が「まぁ知り合いがみんなスマホだと意識しないよね」と苦笑交じりにフォローしてくれた。
『ゴ、ゴメン。栄純、君、おめで、とう!』
電話の向こうから、三橋が申し訳なさそうに祝福してくれる。
だが沢村のテンションはすっかり下がり、ガックリと肩を落とすのだった。
*****
「ゴ、ゴメン」
三橋は慌ててあやまった。
そして大急ぎで「栄純、君、おめで、とう!」と付け加えたのだった。
三橋は沢村からのメールを自宅のリビングで受け取った。
今日も両親は帰りが遅い。
このところ2人とも忙しいらしい。
だが1人ではなかった。
阿部と2人で対戦校のデータをチェックしている最中だったのだ。
「だいたいこんな感じだ。試合までにちゃんと頭に入れとけよ。」
阿部が読み上げたのは、夏の一回戦で当たる相手校の打者のデータだった。
三橋は「わかった!がん、ばる!」と気合いを入れる。
正直言って、覚えるのは苦手だ。
実際1年の時には、データ分析は阿部に頼りっきりだった。
だが今は必死に覚えて、それを試合で生かすことを考えている。
「メール、だ!」
着信音に気付いた三橋は、すぐに画面を確認した。
そして沢村からのメールとわかり、即座に開く。
だがすぐに「あ~」と声を上げた。
メールには文章が何もなく、画像が添付されているだけ。
しかもその画像には×マークがついており、開けない。
未だにガラケーを使う三橋には、理由はすぐにわかった。
スマートフォンから送られた画像は、たまに読めないことがあるのだ。
むずかしいことはわからないが、要はファイルの容量の問題らしい。
「そろそろスマホに変える~?」
母からそう言われたことはある。
だが三橋は「べつに」とやんわりとことわった。
別に必要性を感じないからだ。
実際西浦高校野球部は、ガラケー率が高い。
青道のように地元を離れているものがいないせいだろう。
家族も友人もすぐ近くにいるから、近況を写真で知らせるような知り合いもほぼいない。
それに野球漬けの日々だから、スマホゲームなどする者も皆無だった。
『ガラケーだと読めねぇのかよ!?』
案の定というべきか、沢村に画像が読めないと電話をかけるとそう言われた。
三橋が答える前に、誰かが『それって常識でしょ?』と答える声が聞こえる。
だけど青道は確かスマホユーザーが多かったはずだ。
沢村が知らなかったとしても、無理はない。
「栄純、君、おめで、とう!」
三橋は電話の向こう側でツッコミを入れられまくる沢村に、そう言った。
先程の会話の内容から、沢村がエースナンバー1をもらったとわかったからだ。
おそらくその記念すべき写真を送ってくれたのだろう。
『何だよ。写真で驚かせたかったのに!』
本気で悔しそうな沢村に、三橋は「ウヒ」と笑った。
三橋は中学からずっとエースナンバーをつけている。
それでも今だに嬉しいのだ。
ましてあの降谷から勝ち取った背番号1は格別に違いない。
「だい、じょぶ!甲子園、で、見るから!」
三橋は元気よくそう告げた。
沢村のエースナンバーは画像じゃなく実物を甲子園で見る。
それは一緒に甲子園に行こうという三橋なりの意思表明だ。
電話の向こうから『だな!絶対行こうな!』と元気な声が返ってきた。
「この夏、青道のエースナンバーは沢村か」
電話を終えると、阿部がそう言った。
三橋は「うん。写真、それ。でも」とたどたどしく説明にかかる。
だが阿部は「聞こえてたから」とやんわりと遮られた。
そう、わざわざ言葉にしなくても、阿部は全部わかってくれる。
「ぜったい行こうな。甲子園に」
阿部は力強く笑うと、左手を上げる。
三橋は「行く!」と答えると、右手を重ねた。
いつもの2人のルーティーン。
この熱を分け合えば、どこまででも行けると信じることができた。
*****
「何でガラケーなんだよ。」
沢村がブツブツと文句を言っている。
御幸がその背後から「悪かったな」と言ってやると、沢村は驚き「うわ!」と声を上げた。
「ったく、沢村のヤツ」
「ほんとに見てて、飽きないよね」
食堂の前を通りかかった御幸は、金丸と東条は話しているのを聞いて足を止めた。
そして食堂に入ると「何かあったのか?」と聞く。
すると2人は笑いながら、沢村が三橋に写真を送った話をしてくれた。
「あ~、それガラケーあるあるだな。」
青道では数少ないガラケー派の御幸が苦笑した。
覚えがあるからだ。
1年の頃には、稲実の成宮鳴がよく画像付きのメールを送ってきた。
読めなかったけれど特に返信もせず放っておいたら、そのうちに来なくなった。
おそらくは当てつけだ。
御幸は一緒に稲実に行こうという成宮の誘いをことわり、青道に入学した。
だから稲実で楽しく過ごす写真を送ってきたのだと思う。
食堂を出て、部屋に帰ろうとしたところで沢村に出くわした。
ベンチにどっかりと腰を下ろしたまま「何でガラケーなんだよ」と文句を言っている。
御幸は気配を殺して、そっと背後から近寄った。
そして耳元で「悪かったな」と言ってやる。
期待通りに沢村が「うわ!」と驚いたのを見て、ニンマリと笑った。
そして沢村の隣に腰を下ろすと「聞いたぞ?」と揶揄うモードに入った。
「三橋に送ったメールの画像が読めなかったって?」
「そうっすよ。未だにガラケーって信じらんないっす!」
「悪かったな。」
「そうだ!キャップもガラケーですよね!どうしてるんすか?」」
「知るか!オレは受け取る側だ」
何ともバカバカしいやり取りだが、沢村らしいと言えばそれまでだ。
御幸は苦笑しながら「誰かに聞いたらどうだ?」と水を向けた。
要するに容量が大きいだけだから、送れるサイズに加工すればいい。
御幸はわからないが、その方法を知っている部員もいるだろう。
「1年の瀬戸とかそういうの詳しそうだよな。3年だとナベか。2年は」
「いや、もういいっすよ。サプライズは失敗したんで」
「サプライズだったのか?」
「口で言うより、写真の方がインパクトあるじゃないっすか!」
「そうか?でももういいなら何でそんなに落ち込んでるんだ?」
「何かいろいろ負けた気がして。三橋にも降谷にも」
「なるほど」
御幸は沢村が地味に落ち込んでいる理由を悟り、吹き出した。
スマホからガラケーには写真が送れない。
それを三橋は知っていたし、降谷は「それって常識でしょ?」と言い放った。
2人の投手が知っていたことを、知らなかった。
沢村はサプライズ失敗より、そちらの方が堪えているらしい。
「ったく、投手って生き物は」
御幸はため息まじりに、そう言った。
どこまでも負けず嫌いなのだ。
ガラケーの知識なんて、投球とまったく関係ないところでも負けたくないらしい。
「いけませんか!?」
子供のようにムキになる沢村に、御幸は「別にいいけど」と苦笑した。
初めて手にしたエースナンバーのプレッシャー。
沢村はこれからそれと戦うことになる。
だからこそこんなバカバカしいやり取りも、息抜きになるだろう。
「つまんないこと、引きずるなよ?ちゃんと休んどけ」
御幸は立ち上がると、最後は真面目に会話を締めくくった。
すると沢村も「部屋に戻って、爆睡します!」と立ち上がる。
御幸はまるで飼い犬のようについてくる沢村を見ながら、笑いをかみ殺した。
なぜだろう。自然に隣にいられることがこんなにも嬉しい。
「三橋には甲子園で背番号1を見せるって約束したんすよ!」
「そうか。楽しみだな。」
2人は顔を見合わせると、頷き合った。
あの西浦高校と、甲子園で戦う。
御幸と沢村はそんな愉快な光景を想像しながら、並んで歩いた。
【終】*本編はここまで。以降は番外編です*
『読めない、よぉ』
電話の向こうから、困ったような声が聞こえる。
沢村は思わず「ハァァ?」と声を上げると、電話の向こうから「ウェェ」と悲鳴が聞こえた。
夏の大会直前、青道高校ではベンチ入りメンバーの背番号が発表された。
エースナンバーは降谷か、それとも沢村か。
部員たちの間では、もっぱらそれが関心事だった。
だがその問題に決着がついたのだ。
背番号1、沢村栄純。
それは衝撃ではあったけれど、好意的に受け止められていた。
2人の素質も努力も、みんなが認めるところだったからだ。
おそらく降谷が「1」だとしても、全員納得で受け入れていただろう。
当の沢村はわかりやすく浮かれていた。
何せ念願のエースナンバーだ。
しかも降谷という圧倒的な存在を向こうに回して勝ち取った1番なのだ。
誰もがそれを微笑ましい思いで、見ていた。
そして渡された背番号をつけてくれるのは、マネージャー。
位置決めの仮縫いのときにも、嬉しくてたまらない。
「うぉぉ!」
スマホに収められた画像を見て、沢村は上機嫌だった。
ユニフォームに仮縫いされた1番をつけた、バックショットだ。
それを振り返るような自分の横顔も、そこそこ良く撮れていると思う。
撮影してくれたマネージャーたちも「カッコいいよ!」と言ってくれた。
その後も喜びの余韻は止まらなかった。
沢村は寮の通路のベンチにドッカリと腰を下ろすと、スマホを取り出す。
そして両親と幼なじみの若菜にメールを送った。
もちろん今撮ったばかりの背番号1も添付して。
すぐに「おめでとう」「やったね」とラインには祝福のメッセージが並んだ。
若菜は速攻で、中学時代のチームメイトたちにメールを回したようだ。
「他に誰かいねーかな。」
さらに浮かれる沢村の頭に浮かんだのは、三橋だった。
きっとあいつなら、喜んでくれるに違いない!
そうと決まればと、すぐにメールを送る。
だが数分もしないうちに、その三橋から電話がかかってきた。
『読めない、よぉ』
三橋の第一声は、困ったような声だった。
沢村は思わず「ハァァ?」と文句を言うと「ウェェ」と悲鳴が聞こえた。
どうやら剣幕と大声で驚かせてしまったらしい。
沢村は慌てて「ワリィ」とあやまった後「読めないって?」と聞いた。
『画像、ファイル、バッテンついてる。』
「なんでオレの背番号1の雄姿がバッテンなんだよ!」
『オ、オレ、ガラケー、だから』
「ガラケーだと読めねぇのかよ!?」
「それって常識でしょ?」
最後の言葉はたまたま通りかかった降谷だった。
するとその隣で小湊が「栄純君、知らなかったの?」と笑っている。
さらに金丸が「確かに常識だ!」と断言する。
かろうじて東条が「まぁ知り合いがみんなスマホだと意識しないよね」と苦笑交じりにフォローしてくれた。
『ゴ、ゴメン。栄純、君、おめで、とう!』
電話の向こうから、三橋が申し訳なさそうに祝福してくれる。
だが沢村のテンションはすっかり下がり、ガックリと肩を落とすのだった。
*****
「ゴ、ゴメン」
三橋は慌ててあやまった。
そして大急ぎで「栄純、君、おめで、とう!」と付け加えたのだった。
三橋は沢村からのメールを自宅のリビングで受け取った。
今日も両親は帰りが遅い。
このところ2人とも忙しいらしい。
だが1人ではなかった。
阿部と2人で対戦校のデータをチェックしている最中だったのだ。
「だいたいこんな感じだ。試合までにちゃんと頭に入れとけよ。」
阿部が読み上げたのは、夏の一回戦で当たる相手校の打者のデータだった。
三橋は「わかった!がん、ばる!」と気合いを入れる。
正直言って、覚えるのは苦手だ。
実際1年の時には、データ分析は阿部に頼りっきりだった。
だが今は必死に覚えて、それを試合で生かすことを考えている。
「メール、だ!」
着信音に気付いた三橋は、すぐに画面を確認した。
そして沢村からのメールとわかり、即座に開く。
だがすぐに「あ~」と声を上げた。
メールには文章が何もなく、画像が添付されているだけ。
しかもその画像には×マークがついており、開けない。
未だにガラケーを使う三橋には、理由はすぐにわかった。
スマートフォンから送られた画像は、たまに読めないことがあるのだ。
むずかしいことはわからないが、要はファイルの容量の問題らしい。
「そろそろスマホに変える~?」
母からそう言われたことはある。
だが三橋は「べつに」とやんわりとことわった。
別に必要性を感じないからだ。
実際西浦高校野球部は、ガラケー率が高い。
青道のように地元を離れているものがいないせいだろう。
家族も友人もすぐ近くにいるから、近況を写真で知らせるような知り合いもほぼいない。
それに野球漬けの日々だから、スマホゲームなどする者も皆無だった。
『ガラケーだと読めねぇのかよ!?』
案の定というべきか、沢村に画像が読めないと電話をかけるとそう言われた。
三橋が答える前に、誰かが『それって常識でしょ?』と答える声が聞こえる。
だけど青道は確かスマホユーザーが多かったはずだ。
沢村が知らなかったとしても、無理はない。
「栄純、君、おめで、とう!」
三橋は電話の向こう側でツッコミを入れられまくる沢村に、そう言った。
先程の会話の内容から、沢村がエースナンバー1をもらったとわかったからだ。
おそらくその記念すべき写真を送ってくれたのだろう。
『何だよ。写真で驚かせたかったのに!』
本気で悔しそうな沢村に、三橋は「ウヒ」と笑った。
三橋は中学からずっとエースナンバーをつけている。
それでも今だに嬉しいのだ。
ましてあの降谷から勝ち取った背番号1は格別に違いない。
「だい、じょぶ!甲子園、で、見るから!」
三橋は元気よくそう告げた。
沢村のエースナンバーは画像じゃなく実物を甲子園で見る。
それは一緒に甲子園に行こうという三橋なりの意思表明だ。
電話の向こうから『だな!絶対行こうな!』と元気な声が返ってきた。
「この夏、青道のエースナンバーは沢村か」
電話を終えると、阿部がそう言った。
三橋は「うん。写真、それ。でも」とたどたどしく説明にかかる。
だが阿部は「聞こえてたから」とやんわりと遮られた。
そう、わざわざ言葉にしなくても、阿部は全部わかってくれる。
「ぜったい行こうな。甲子園に」
阿部は力強く笑うと、左手を上げる。
三橋は「行く!」と答えると、右手を重ねた。
いつもの2人のルーティーン。
この熱を分け合えば、どこまででも行けると信じることができた。
*****
「何でガラケーなんだよ。」
沢村がブツブツと文句を言っている。
御幸がその背後から「悪かったな」と言ってやると、沢村は驚き「うわ!」と声を上げた。
「ったく、沢村のヤツ」
「ほんとに見てて、飽きないよね」
食堂の前を通りかかった御幸は、金丸と東条は話しているのを聞いて足を止めた。
そして食堂に入ると「何かあったのか?」と聞く。
すると2人は笑いながら、沢村が三橋に写真を送った話をしてくれた。
「あ~、それガラケーあるあるだな。」
青道では数少ないガラケー派の御幸が苦笑した。
覚えがあるからだ。
1年の頃には、稲実の成宮鳴がよく画像付きのメールを送ってきた。
読めなかったけれど特に返信もせず放っておいたら、そのうちに来なくなった。
おそらくは当てつけだ。
御幸は一緒に稲実に行こうという成宮の誘いをことわり、青道に入学した。
だから稲実で楽しく過ごす写真を送ってきたのだと思う。
食堂を出て、部屋に帰ろうとしたところで沢村に出くわした。
ベンチにどっかりと腰を下ろしたまま「何でガラケーなんだよ」と文句を言っている。
御幸は気配を殺して、そっと背後から近寄った。
そして耳元で「悪かったな」と言ってやる。
期待通りに沢村が「うわ!」と驚いたのを見て、ニンマリと笑った。
そして沢村の隣に腰を下ろすと「聞いたぞ?」と揶揄うモードに入った。
「三橋に送ったメールの画像が読めなかったって?」
「そうっすよ。未だにガラケーって信じらんないっす!」
「悪かったな。」
「そうだ!キャップもガラケーですよね!どうしてるんすか?」」
「知るか!オレは受け取る側だ」
何ともバカバカしいやり取りだが、沢村らしいと言えばそれまでだ。
御幸は苦笑しながら「誰かに聞いたらどうだ?」と水を向けた。
要するに容量が大きいだけだから、送れるサイズに加工すればいい。
御幸はわからないが、その方法を知っている部員もいるだろう。
「1年の瀬戸とかそういうの詳しそうだよな。3年だとナベか。2年は」
「いや、もういいっすよ。サプライズは失敗したんで」
「サプライズだったのか?」
「口で言うより、写真の方がインパクトあるじゃないっすか!」
「そうか?でももういいなら何でそんなに落ち込んでるんだ?」
「何かいろいろ負けた気がして。三橋にも降谷にも」
「なるほど」
御幸は沢村が地味に落ち込んでいる理由を悟り、吹き出した。
スマホからガラケーには写真が送れない。
それを三橋は知っていたし、降谷は「それって常識でしょ?」と言い放った。
2人の投手が知っていたことを、知らなかった。
沢村はサプライズ失敗より、そちらの方が堪えているらしい。
「ったく、投手って生き物は」
御幸はため息まじりに、そう言った。
どこまでも負けず嫌いなのだ。
ガラケーの知識なんて、投球とまったく関係ないところでも負けたくないらしい。
「いけませんか!?」
子供のようにムキになる沢村に、御幸は「別にいいけど」と苦笑した。
初めて手にしたエースナンバーのプレッシャー。
沢村はこれからそれと戦うことになる。
だからこそこんなバカバカしいやり取りも、息抜きになるだろう。
「つまんないこと、引きずるなよ?ちゃんと休んどけ」
御幸は立ち上がると、最後は真面目に会話を締めくくった。
すると沢村も「部屋に戻って、爆睡します!」と立ち上がる。
御幸はまるで飼い犬のようについてくる沢村を見ながら、笑いをかみ殺した。
なぜだろう。自然に隣にいられることがこんなにも嬉しい。
「三橋には甲子園で背番号1を見せるって約束したんすよ!」
「そうか。楽しみだな。」
2人は顔を見合わせると、頷き合った。
あの西浦高校と、甲子園で戦う。
御幸と沢村はそんな愉快な光景を想像しながら、並んで歩いた。
【終】*本編はここまで。以降は番外編です*