「おお振り」×「◆A」1年後
【その後の彼らは】
「うぉぉ!」
携帯電話を確認した三橋は、声を上げた。
野球部の練習、数時間。
その間にいくつものメールが来ていたからだ。
夏の大会まであとわずか。
週末は練習試合ばかりだし、平日の練習も実戦形式が増えている。
早朝から夜、練習ができるギリギリの時間まで。
西浦高校は青道のように、夜間の練習施設はない。
そのために限られた時間に集中し、濃密な練習をこなしている。
この日も練習を終え、部室に戻った。
部員たちは手早く着替えながら、帰りの相談をしている。
とりあえず腹を満たすためにコンビニに行く者、またはまっすぐ帰る者。
賑やかな声を聞きながら、三橋は携帯電話を確認して驚いたのだ。
「どうした?メール?」
三橋の様子を見て、田島がすかさず声をかけてきた。
そして「見て、いい?」と聞く。
三橋はコクコクと頷いた。
それは本来、三橋ではなくメールの差出人に取るべき許可だろう。
やり取りを聞いていた部員の何人かはそう思ったが、誰も何も言わなかった。
「おお!いっぱい、来てるな!」
「どれどれ。」
「沢村に御幸先輩、降谷と春市。倉持先輩もか?」
「青道ばっかじゃん!」
田島がマシンガンのように喋り、三橋はいちいち「うんうん」と頷いている。
短時間に来たメールは、青道高校野球部の面々からばかり。
ならば用件は察することができる。
あの事件の女子生徒とメールをやり取りしている三橋から、状況を聞きたいのだろう。
「あの、人から、も、来てる!」
受信メールの画面をスクロールさせた三橋は、件の女子生徒からのメールがあることに気付いた。
田島が「へぇぇ」と言いながら、すっと離れていく。
さすがにその文面を見るのはマナー違反と思ったのだろう。
三橋はメールを開いて、思わず「ながい」と声を上げた。
いつもなら数行しか書かれていないメールは、今回はその数倍はありそうだ。
その途端、部室のドアがバタンと勢いよく開いた。
もう着替え終わった阿部が「じゃあ」と出ていく。
わかりやすく不機嫌な様子に、三橋は「ハァァ」とため息をついた。
青道との練習試合の後から、阿部はずっとあんな感じなのだ。
部活の間は普段通り、三橋に声をかけてコンディションを気遣ってくれる。
だがそれ以外のこんな時間は、どこかよそよそしかった。
まるで入部したばがりのギクシャクしていた時期に戻ったようだ。
「オレたちも早く着替えて、コンビニ行こうぜ!」
田島が俯く三橋に声をかけてくれる。
だが三橋はフルフルと首を振り「今日は、帰る」と答えた。
気分も浮上しそうにないし、メールも読みたいし。
こんな日はとっとと帰って、食べて寝るに限る。
「そっか。わかった!」
何もかも心得た兄貴分の田島が二カッと笑った。
三橋も同じように笑顔を作ると、少し明るくなれたような気がした。
*****
「みゆき、せんぱい!」
寮の部屋のドアがバンと開いたのを聞き、御幸はため息をついた。
ノックもせずにいきなり押し入ってくるのは、青道の部員多しといえどこの男だけなのだ。
「お前、ノックぐらいしろよ。」
御幸は呆れたと言わんばかりに、もう1度深いため息をついた。
実際、御幸自身は沢村の襲来には慣れてしまっており、今さらどうでもよい。
だが後輩たちのことを思えば、沢村にはノックの習慣を身につけて欲しいと思う。
「こ、これ、三橋、から!」
当の沢村は、ノックに関してはまるっとスルーだ。
手にはスマホを握りながら、ゼイゼイと息を切らしている。
どうやら自分の部屋を飛び出して、全力でここまで来たようだ。
「子供かよ」
御幸は思わずツッコミを入れずにはいられない。
廊下を全力疾走とか、お前は何歳だ?と。
だが沢村は息が切れているようで、それ以上言葉が出ない。
御幸は「三橋からのメールだろ」と苦笑しながら、携帯電話の画面を見せた。
「そうそう、それっす!」
「見たよ。そもそも宛先がオレとお前、2人になってるだろ。」
「そう、なんすか?」
「そうなんだよ。よく見ろ。」
軽口を叩いている間に、沢村の呼吸も整ってきたようだ。
御幸は「で?どうする?」と聞いた。
三橋は御幸と沢村に同じメールを送ってきた。
その内容は「あの人がふたりと話したいそうです。大丈夫ですか?」だ。
あの人とはもちろん、あの事件を起こした女子生徒のことだ。
「オレは別にいいっすけど」
「いいのかよ。お前を閉じ込めた犯人だろ?」
「逆にそっちはいいんすか?御幸先輩に片想いしている人でしょう?」
「片想い、ねぇ」
2人は顔を見合せると、黙り込んでしまう。
御幸としては「会いたいような、会いたくないような」という感じだ。
正直なところ、関わり合いたくはない。
だが何の話があるか、聞いてみたい気もするのだ。
「とりあえず、話を聞いてみませんか!?」
沈黙を破ったのは、沢村だった。
明日、投球練習に付き合ってもらえませんか。
そんなノリであっさりと話を聞こうと言い出したのだ。
「わかった。そうするか。」
沢村がその気ならと、御幸も頷く。
そして返事をしようとして、思わず「ハハハ」と苦笑した。
青道の生徒である御幸と沢村が、同じ青道の女子生徒と会う。
その待ち合わせの段取りを、埼玉にいる三橋がするのが妙に滑稽に思えたのだ。
「もしかして、あの人と付き合いたいなんて思ってます?」
突然沢村が、突っかかってきた。
どうやら御幸が笑ったのを誤解したようだ。
御幸は「んなわけあるか」と苦笑しながら、メールの返信を打ち始めた。
*****
「いいかげんにしておけよ。」
コンビニ前でおにぎりを頬張っていると、花井がパンを片手に隣に立った。
そして視線を合わせないまま、諭すような口調で話しかけてきたのだった。
阿部と花井、そして1年生部員の数名はコンビニに来ていた。
練習後、空腹の身体に家に帰り付けるくらいのカロリーを入れる。
もちろん用事があったり、真っ直ぐ帰る部員もいる。
またさっさと着替えて来る者もいれば、ゆっくり着替えて遅れて現れる部員もだ。
阿部は着替えるのは早いが、三橋を待ってゆっくり来るのが普段のルーティーンだ。
だがここ最近は三橋を待たずに、早く来るようになった。
理由は簡単、三橋に腹を立てていたからだ。
青道高校との練習試合の後、三橋は青道の女子生徒とメールのやり取りをするようになった。
御幸に好意を寄せ、沢村を閉じ込め、三橋にも危害を加えようとした人物だ。
何でそうなると思うが、そこは三橋だ。
それに青道の部員たちとも頻繁にメールをしているらしい。
この大事な時期に、他校のトラブルに首を突っ込むなんてどうかしていると思う。
練習中は普通にしていたつもりだった。
だがやはり隠し切れない。
特に主将の花井は、事あるごとに非難がましい視線を向けてきた。
いつ文句を言われるかと思っていたが、どうやらついにその時が来たらしい。
「いいかげんにしておけよ。」
「何のことだよ。」
とりあえずとぼけて見せたら「ハァァ」とため息をつかれてしまった。
何だかんだ言って、部員たちに気を配る頼もしい主将。
その花井を誤魔化すのは、無理のようだ。
「だって腹が立つだろ。この大事な時期に」
「別に練習後に誰とメールをしても、問題ないだろう。」
「投球に支障がでたら、どうするんだよ!」
「だったらそう言ってやればいい。もっとも三橋の投球に支障は出ていないけど」
花井にもっともな反論をされて、阿部は残っていたおにぎりを一口に頬張った。
言い返せない悔しさをまぎらわすためだ。
すると花井に真剣な表情で「冷静になれ」と諭された。
「オレにはお前が拗ねているようにしか見えないけど」
「ハァァ?」
「三橋がその女子生徒の力になってることに嫉妬してんだろ」
「そんなんじゃねぇよ」
阿部は憮然として言い返しながら、ショックを受けていた。
そしてショックを受けている自分に驚く。
拗ねて、嫉妬して、三橋に当たっていた。
そんなつもりはまったくなかったが、そう考えればしっくりくる。
ここ最近、モヤモヤと晴れない気持ちはそれだったのかと。
「あ、いたいた!阿部!花井!」
ここでゆっくり着替えていた田島と泉が追いついてきた。
花井が「遅かったな」と応じる。
だが田島はそれを無視して「三橋が大変なんだ!」と叫んだ。
「あいつがどうした!」
阿部は思わず声を上げると、田島に詰め寄った。
部室を出る時には普通に元気そうだった三橋にいったい何があったのか。
そして田島と泉の話を聞き終えた阿部は、自転車に飛び乗った。
拗ねるとか嫉妬とか、そんなことはどうでもいい。
とにかく一刻も早く三橋の様子を確認しなければならない。
阿部は猛然とペダルを漕ぎ、三橋の家へ急いだのだった。
【続く】
「うぉぉ!」
携帯電話を確認した三橋は、声を上げた。
野球部の練習、数時間。
その間にいくつものメールが来ていたからだ。
夏の大会まであとわずか。
週末は練習試合ばかりだし、平日の練習も実戦形式が増えている。
早朝から夜、練習ができるギリギリの時間まで。
西浦高校は青道のように、夜間の練習施設はない。
そのために限られた時間に集中し、濃密な練習をこなしている。
この日も練習を終え、部室に戻った。
部員たちは手早く着替えながら、帰りの相談をしている。
とりあえず腹を満たすためにコンビニに行く者、またはまっすぐ帰る者。
賑やかな声を聞きながら、三橋は携帯電話を確認して驚いたのだ。
「どうした?メール?」
三橋の様子を見て、田島がすかさず声をかけてきた。
そして「見て、いい?」と聞く。
三橋はコクコクと頷いた。
それは本来、三橋ではなくメールの差出人に取るべき許可だろう。
やり取りを聞いていた部員の何人かはそう思ったが、誰も何も言わなかった。
「おお!いっぱい、来てるな!」
「どれどれ。」
「沢村に御幸先輩、降谷と春市。倉持先輩もか?」
「青道ばっかじゃん!」
田島がマシンガンのように喋り、三橋はいちいち「うんうん」と頷いている。
短時間に来たメールは、青道高校野球部の面々からばかり。
ならば用件は察することができる。
あの事件の女子生徒とメールをやり取りしている三橋から、状況を聞きたいのだろう。
「あの、人から、も、来てる!」
受信メールの画面をスクロールさせた三橋は、件の女子生徒からのメールがあることに気付いた。
田島が「へぇぇ」と言いながら、すっと離れていく。
さすがにその文面を見るのはマナー違反と思ったのだろう。
三橋はメールを開いて、思わず「ながい」と声を上げた。
いつもなら数行しか書かれていないメールは、今回はその数倍はありそうだ。
その途端、部室のドアがバタンと勢いよく開いた。
もう着替え終わった阿部が「じゃあ」と出ていく。
わかりやすく不機嫌な様子に、三橋は「ハァァ」とため息をついた。
青道との練習試合の後から、阿部はずっとあんな感じなのだ。
部活の間は普段通り、三橋に声をかけてコンディションを気遣ってくれる。
だがそれ以外のこんな時間は、どこかよそよそしかった。
まるで入部したばがりのギクシャクしていた時期に戻ったようだ。
「オレたちも早く着替えて、コンビニ行こうぜ!」
田島が俯く三橋に声をかけてくれる。
だが三橋はフルフルと首を振り「今日は、帰る」と答えた。
気分も浮上しそうにないし、メールも読みたいし。
こんな日はとっとと帰って、食べて寝るに限る。
「そっか。わかった!」
何もかも心得た兄貴分の田島が二カッと笑った。
三橋も同じように笑顔を作ると、少し明るくなれたような気がした。
*****
「みゆき、せんぱい!」
寮の部屋のドアがバンと開いたのを聞き、御幸はため息をついた。
ノックもせずにいきなり押し入ってくるのは、青道の部員多しといえどこの男だけなのだ。
「お前、ノックぐらいしろよ。」
御幸は呆れたと言わんばかりに、もう1度深いため息をついた。
実際、御幸自身は沢村の襲来には慣れてしまっており、今さらどうでもよい。
だが後輩たちのことを思えば、沢村にはノックの習慣を身につけて欲しいと思う。
「こ、これ、三橋、から!」
当の沢村は、ノックに関してはまるっとスルーだ。
手にはスマホを握りながら、ゼイゼイと息を切らしている。
どうやら自分の部屋を飛び出して、全力でここまで来たようだ。
「子供かよ」
御幸は思わずツッコミを入れずにはいられない。
廊下を全力疾走とか、お前は何歳だ?と。
だが沢村は息が切れているようで、それ以上言葉が出ない。
御幸は「三橋からのメールだろ」と苦笑しながら、携帯電話の画面を見せた。
「そうそう、それっす!」
「見たよ。そもそも宛先がオレとお前、2人になってるだろ。」
「そう、なんすか?」
「そうなんだよ。よく見ろ。」
軽口を叩いている間に、沢村の呼吸も整ってきたようだ。
御幸は「で?どうする?」と聞いた。
三橋は御幸と沢村に同じメールを送ってきた。
その内容は「あの人がふたりと話したいそうです。大丈夫ですか?」だ。
あの人とはもちろん、あの事件を起こした女子生徒のことだ。
「オレは別にいいっすけど」
「いいのかよ。お前を閉じ込めた犯人だろ?」
「逆にそっちはいいんすか?御幸先輩に片想いしている人でしょう?」
「片想い、ねぇ」
2人は顔を見合せると、黙り込んでしまう。
御幸としては「会いたいような、会いたくないような」という感じだ。
正直なところ、関わり合いたくはない。
だが何の話があるか、聞いてみたい気もするのだ。
「とりあえず、話を聞いてみませんか!?」
沈黙を破ったのは、沢村だった。
明日、投球練習に付き合ってもらえませんか。
そんなノリであっさりと話を聞こうと言い出したのだ。
「わかった。そうするか。」
沢村がその気ならと、御幸も頷く。
そして返事をしようとして、思わず「ハハハ」と苦笑した。
青道の生徒である御幸と沢村が、同じ青道の女子生徒と会う。
その待ち合わせの段取りを、埼玉にいる三橋がするのが妙に滑稽に思えたのだ。
「もしかして、あの人と付き合いたいなんて思ってます?」
突然沢村が、突っかかってきた。
どうやら御幸が笑ったのを誤解したようだ。
御幸は「んなわけあるか」と苦笑しながら、メールの返信を打ち始めた。
*****
「いいかげんにしておけよ。」
コンビニ前でおにぎりを頬張っていると、花井がパンを片手に隣に立った。
そして視線を合わせないまま、諭すような口調で話しかけてきたのだった。
阿部と花井、そして1年生部員の数名はコンビニに来ていた。
練習後、空腹の身体に家に帰り付けるくらいのカロリーを入れる。
もちろん用事があったり、真っ直ぐ帰る部員もいる。
またさっさと着替えて来る者もいれば、ゆっくり着替えて遅れて現れる部員もだ。
阿部は着替えるのは早いが、三橋を待ってゆっくり来るのが普段のルーティーンだ。
だがここ最近は三橋を待たずに、早く来るようになった。
理由は簡単、三橋に腹を立てていたからだ。
青道高校との練習試合の後、三橋は青道の女子生徒とメールのやり取りをするようになった。
御幸に好意を寄せ、沢村を閉じ込め、三橋にも危害を加えようとした人物だ。
何でそうなると思うが、そこは三橋だ。
それに青道の部員たちとも頻繁にメールをしているらしい。
この大事な時期に、他校のトラブルに首を突っ込むなんてどうかしていると思う。
練習中は普通にしていたつもりだった。
だがやはり隠し切れない。
特に主将の花井は、事あるごとに非難がましい視線を向けてきた。
いつ文句を言われるかと思っていたが、どうやらついにその時が来たらしい。
「いいかげんにしておけよ。」
「何のことだよ。」
とりあえずとぼけて見せたら「ハァァ」とため息をつかれてしまった。
何だかんだ言って、部員たちに気を配る頼もしい主将。
その花井を誤魔化すのは、無理のようだ。
「だって腹が立つだろ。この大事な時期に」
「別に練習後に誰とメールをしても、問題ないだろう。」
「投球に支障がでたら、どうするんだよ!」
「だったらそう言ってやればいい。もっとも三橋の投球に支障は出ていないけど」
花井にもっともな反論をされて、阿部は残っていたおにぎりを一口に頬張った。
言い返せない悔しさをまぎらわすためだ。
すると花井に真剣な表情で「冷静になれ」と諭された。
「オレにはお前が拗ねているようにしか見えないけど」
「ハァァ?」
「三橋がその女子生徒の力になってることに嫉妬してんだろ」
「そんなんじゃねぇよ」
阿部は憮然として言い返しながら、ショックを受けていた。
そしてショックを受けている自分に驚く。
拗ねて、嫉妬して、三橋に当たっていた。
そんなつもりはまったくなかったが、そう考えればしっくりくる。
ここ最近、モヤモヤと晴れない気持ちはそれだったのかと。
「あ、いたいた!阿部!花井!」
ここでゆっくり着替えていた田島と泉が追いついてきた。
花井が「遅かったな」と応じる。
だが田島はそれを無視して「三橋が大変なんだ!」と叫んだ。
「あいつがどうした!」
阿部は思わず声を上げると、田島に詰め寄った。
部室を出る時には普通に元気そうだった三橋にいったい何があったのか。
そして田島と泉の話を聞き終えた阿部は、自転車に飛び乗った。
拗ねるとか嫉妬とか、そんなことはどうでもいい。
とにかく一刻も早く三橋の様子を確認しなければならない。
阿部は猛然とペダルを漕ぎ、三橋の家へ急いだのだった。
【続く】