「おお振り」×「◆A」1年後
【最後にキャッチボール!】
「本当にごめんなさい!」
いきなり名も知らぬ女子生徒が深々と頭を下げる。
沢村は呆気にとられ、助けを求めるべく御幸を見た。
三橋がいなくなった。
それを聞いた青道高校の部員たちは、手分けして学校中を捜すことになった。
沢村は降谷や小湊たちと、グラウンド周辺を見て回る。
だがすぐに三橋発見の知らせが入り、安堵した。
そして食堂に戻ったところで、御幸に「ちょっと来い」と呼ばれたのだ。
連れて来られたのは、監督室だった。
西浦の面々はもういない。
青道の監督以下、首脳陣。
そして御幸と沢村と1人の女子生徒。
彼女は入ってきた沢村を見るなり「本当にごめんなさい!」と頭を下げたのだった。
「ええと」
沢村は困ったように御幸を見た。
残念ながら沢村の脳は、野球以外のことではあまり働かない。
つまり自分を閉じ込めた犯人である彼女の顔を綺麗さっぱり忘れていたのだ。
御幸はやや呆れながら「お前なぁ」と声を上げる。
だが実際、御幸も沢村のことは言えないのだ。
同じクラスの彼女は眼中になく、顔も名前もうろ覚えだった。
「ごめんなさい。」
彼女はさらにそう言い募ると、説明してくれた。
御幸に好意を寄せていて、沢村に嫉妬したのだと。
だからほとんど使われていない校舎に一晩、閉じ込めることにした。
危害を加えるつもりはなく、朝には解放するつもりだった。
門限破りということで、何かの処罰が加えられればいいと思ったと。
「そう、だったんすか。」
沢村は納得したとばかりに、頷く。
はっきり言って、目的がわからないのが不気味だったのだ。
こうしてタネあかしををされれば、すっきりだ。
だが御幸はそんな沢村に「あのなぁ」とまたしても呆れる。
ひどい目にあった本人が、このリアクションはないと思ったのだろう。
「でも何であっさり白状するわけ?」
横から口を挟んだのは、副部長の高島だった。
彼女を除けば、この場で唯一の女性だ。
片岡、落合、太田は黙ったまま、やり取りを聞いている。
おそらく恋愛沙汰は守備範囲外、ここは高島に任せるつもりだろう。
「西浦の、三橋君でしたっけ。あの子と喋ったらバカバカしくなっちゃって」
彼女はまるで憑き物が落ちたように穏やかだった。
沢村は「あいつ良いヤツですよね」と頷いている。
御幸は思わず「何でお前がドヤ顔?」とツッコミを入れる。
そして彼女の方に向き直った。
「でも何で沢村?倉持なんかしょっちゅうオレと喋ってるけど」
御幸の疑問はもっともなものだった。
同じクラスなら、御幸と倉持が喋るのをよく見るはずだ。
対する沢村とは学年も違うので、学校ではほとんど顔を合わせないのだ。
「沢村君は特別に見えたの。ヤンキーの倉持なんて論外」
あまりの言い様に、御幸も思わず吹き出した。
そして当の沢村は「ワハハ」と高笑いだ。
特別に見えた。
そう言われたことで、すっかり気分が良くなっているのだ。
「とにかくオレは問題ないです!説明してあやまってもらえましたから!」
沢村は元気よく宣言した。
御幸も「沢村が良いなら事を大きくすることもないかな」と半ば渋々納得する。
残った大人たちは困惑し、顔を見合わせるばかりだ。
野球部のことを思えば、このまま終わってしまった方が良い。
だが学校教育の場のこととなれば、それでいいのかとなるのだろう。
「今度、試合とか見に来てください!」
一気に友人認定してしまったらしい沢村だけが、能天気に笑っている。
最初は恐縮していた彼女も「あなた、三橋君に似てる」と苦笑していた。
*****
「倉持先輩は何で気付いたんすか?」
花井はさり気なさを装って、そう聞いた。
人間関係に悩む常識人の花井は、どうしてもその点が気になったのだ。
とりあえず行方不明になった三橋も、元気よく戻ってきた。
監督室に呼ばれていた御幸と沢村も戻り、後は大人の裁定を待つばかり。
こうなればもう食堂に待機している理由もない。
それならば、次の行動に移していいところなのだが。
青道、西浦どちらの部員たちも実に中途半端な気分だった。
試合は途中で中止となった。
もう1度やるには、時間はもう遅い。
だがこのまま終わるのは、どうにもモヤモヤする。
試合を楽しみにしていただけに、不完全燃焼感がハンパない。
「合同練習しようぜ!」
停滞していたムードを吹き飛ばすように叫んだのは、田島だった。
弟分の三橋がすかさず「やる!」と身を乗り出す。
花井が慌てて「お前ら、ここは西浦じゃないんだぞ!」と怒鳴る。
だがそれをかき消す勢いで、沢村が「三橋、キャッチボールしようぜ!」と立ち上がった。
「監督たちに許可を取ってくる。せっかくだし軽い練習ならいいだろう。」
御幸がやれやれと言わんばかりに肩を竦めると、全員が「よし」「やろうぜ」と飛び出していく。
花井は「ハァァ」とため息をついた。
それを見た御幸が「お前も結構、苦労してそうだな」と苦笑した。
そして双方の監督に許可を取り、花井と御幸もグラウンドに向かう。
先に出ていた部員たちは、身体をほぐすストレッチを始めていた。
地面に足を延ばして座って前屈運動をしている三橋と背中を押して補助する沢村。
普段は見られない組み合わせが妙に微笑ましい。
「三橋、身体やわらかいなぁ。」
「そ、そかな。ウヘヘ」
「うん。オレが乗っても全然大丈夫じゃね?」
「た、多分、へーき!」
「バカ、やめろ。ケガしたらどうする!」
微笑ましい会話に慌てて割って入ったのは、阿部だった。
ベタっと地面に上体をつけた三橋の背中に、沢村が乗っかろうとしていたのを止めた。
御幸も「そりゃやり過ぎだ」と沢村を窘めた。
万が一にも他校の投手をケガさせるのは、まずい。
「オレらもやるか」
御幸は花井に声をかけると、花井が「はい!」と答える。
同じ主将だがやはり学年が違えば、タメ口というわけにはいかない。
御幸は三橋の隣に座り込むと、足を伸ばして前屈を始めた。
花井は礼儀正しく「失礼します!」と声を張ると、御幸の背中を押し始めた。
「お、キャプテン同士か」
すぐ前では前屈する田島の背を倉持が押していた。
悪戯好きの倉持はグイグイと力を入れるが、三橋同様柔らかい田島は物ともしていない。
御幸は「おい、間違ってもケガとかさせるなよ」と注意した。
そして「沢村と同じこと、言われてんじゃねーよ」と揶揄い、ニヤリと笑う。
倉持は「沢村と同じ」が気に入らないらしく「うるせぇ」と言い返した。
「倉持先輩は何で気付いたんすか?」
2人の会話が途切れたところで、花井はそう聞いた。
事件(?)が解決したのは、倉持が怪しい女子生徒に気付いたせいだ。
主将として日々悩む花井は、どうしてもその点が気になったのだ。
天下の強豪、青道で御幸の支える副主将の倉持の観察眼が。
「は?んなの、勘だよ。」
「勘、ですか。」
「ああ。そいつの視線ってヤツ?御幸を見ているときは露骨にハートマークだった。」
「ハートマーク、ですか。」
「で、御幸と話しているヤツには露骨に敵を見る目で」
「すごい観察眼っすね。」
「ヤンキーだから、ガン飛ばす視線には鋭いんじゃね?」
倉持のレクチャーと聞き入る花井。
だが田島が割り込んできて、台無しになった。
花井は慌てて「お前、先輩に対して」とフォローしようとする。
だが倉持は「ヒャハ!田島、言ってくれんじゃんか!」と笑っていた。
「こいつは今さらヤンキー呼ばわりされたところで気にしねぇよ。」
御幸は花井にそう言ってやりながら、辺りを見回す。
相変わらずじゃれているような三橋と沢村や、それを睨んでいる阿部。
その他の西浦の部員たちの様子も、花井は注意深く観察しているようだ。
適当にやれと放置状態の御幸とはずいぶん違う。
「うちは少々ハメを外したって、誰も怒んねぇから。」
御幸はヒヤヒヤ顔の花井に、そう言ってやった。
心持ちホッとした表情の花井に、御幸は秘かに同情した。
*****
「コイバナ、だよ!」
三橋はボールを投げながら、元気よくそう言った。
いつの間にか全員が三橋と沢村の会話に聞き入っていたが、当の2人は気付いていないようだ。
ストレッチを終えた一同は、キャッチボールを始めた。
青道と西浦がこの先、公式戦で当たる可能性は限りなく低い。
それでもその万一の可能性を考えれば、本格的な練習はやはり避けるべきだろう。
このキャッチボールで、予定外の合同練習はお開きだ。
だからこそ。
野球少年に戻った頃のようなキャッチボールは楽しい。
和やかに談笑しながら、ボールがグローブに納まる軽やかな音がそこここで響く。
御幸と花井はここでもペアになり、キャッチボールをしていたのだが。
「結局、何もなかったことになるんか?」
関西弁でそう聞いてきたのは、巣山と組んでいた前園だった。
御幸は「まだわかんねぇ」と答える。
彼女の処罰は青道の首脳陣に預けており、最終的には校長が決めるのだろう。
「オレは別に、何もしなくていいっすよ。」
沢村は元気よくそう言った。
だが前園は「そやけど大丈夫なんか?」と聞き返す。
そう、それは全員ほぼ共通の懸念だった。
いくら改心したとはいえ、人1人を閉じ込めるという暴挙を犯した女子生徒。
そのまま無罪放免にして、いいのか。
そもそも本当に改心しているのか。
「三橋はあの人と話したんだよな~?」
沢村が三橋に話題を振りながら、投げた。
勢いがあるボールが、三橋の胸元めがけて飛んでいく。
三橋はそれを難なく補給しながら、何度もコクコクと頷いた。
「お、面白い、人、だった!」
今度は三橋が沢村に投げる。
沢村は「へぇぇ」と感心しながら、ボールを受けた。
だがそこで沢村は「あれ?」と首を傾げた。
性別も年齢も違う彼女と、人見知り気味な三橋。
そんなに短時間で「面白い」などと言えるものだろうか。
「何の話をしたんだよ?」
沢村はまたボールを投げる。
またしても胸元に届く綺麗なフォーシームだ。
三橋はそれを受けると「コイバナ、だよ!」と投げ返した。
コイバナ。すなわち恋の話?
いつの間にかその場にいた全員が、三橋と沢村の会話に聞き入っていた。
そしてその全員が目を剥いている。
だが当の2人は気付いていないようで、まだ会話とキャッチボールが続いている。
「栄純、君に、もう何も、しない。オレ、見張る、から!」
「見張る?」
「うん!」
「埼玉から、どうやって見張るんだよ?」
「メアド、交換、した!」
「メル友になったのかよ!」
「うん。だから、悪さ、したら、オレが、怒る!」
なぜメル友になっている?
全員の心の声が、音もなくユニゾンになっている。
だが当の2人はさらに微笑ましく会話とキャッチボールを楽しんでいる。
「でも今時メアド?ラインじゃなくて?」
「あの人にも、言われた。でもオレ、ガラケー、だから」
「御幸先輩もガラケーだ。」
「し、知ってる、よ!」
「オレもガラケーだけど、困らねぇよな!」
沢村と三橋の会話に、田島が割って入った。
そこから3人の話題はスマホとガラケーの違いに移った。
スマホの便利さを主張する沢村と、困らないと主張する三橋、田島。
そして阿部は「メル友」が気に入らないらしく、人相がますます悪くなっている。
「こういうハメの外し方もありなんすか?」
花井は思わず御幸に助けを求めた。
もちろんこの状況下で彼女とメル友になった三橋のことだ。
だがさすがの御幸も「いや」と首を振った。
「お前、オレより苦労してるな。」
御幸の口から思わず本音が漏れた。
青道の部員たちもなかなか型破りだが、西浦も負けていない。
しかも西浦は上の代がおらず、花井は3年間主将なのだ。
「頑張れ」
御幸は花井に心からのねぎらいの言葉を贈った。
こうして概ね和やかな雰囲気の中、合同練習は終わったのだった。
【続く】
「本当にごめんなさい!」
いきなり名も知らぬ女子生徒が深々と頭を下げる。
沢村は呆気にとられ、助けを求めるべく御幸を見た。
三橋がいなくなった。
それを聞いた青道高校の部員たちは、手分けして学校中を捜すことになった。
沢村は降谷や小湊たちと、グラウンド周辺を見て回る。
だがすぐに三橋発見の知らせが入り、安堵した。
そして食堂に戻ったところで、御幸に「ちょっと来い」と呼ばれたのだ。
連れて来られたのは、監督室だった。
西浦の面々はもういない。
青道の監督以下、首脳陣。
そして御幸と沢村と1人の女子生徒。
彼女は入ってきた沢村を見るなり「本当にごめんなさい!」と頭を下げたのだった。
「ええと」
沢村は困ったように御幸を見た。
残念ながら沢村の脳は、野球以外のことではあまり働かない。
つまり自分を閉じ込めた犯人である彼女の顔を綺麗さっぱり忘れていたのだ。
御幸はやや呆れながら「お前なぁ」と声を上げる。
だが実際、御幸も沢村のことは言えないのだ。
同じクラスの彼女は眼中になく、顔も名前もうろ覚えだった。
「ごめんなさい。」
彼女はさらにそう言い募ると、説明してくれた。
御幸に好意を寄せていて、沢村に嫉妬したのだと。
だからほとんど使われていない校舎に一晩、閉じ込めることにした。
危害を加えるつもりはなく、朝には解放するつもりだった。
門限破りということで、何かの処罰が加えられればいいと思ったと。
「そう、だったんすか。」
沢村は納得したとばかりに、頷く。
はっきり言って、目的がわからないのが不気味だったのだ。
こうしてタネあかしををされれば、すっきりだ。
だが御幸はそんな沢村に「あのなぁ」とまたしても呆れる。
ひどい目にあった本人が、このリアクションはないと思ったのだろう。
「でも何であっさり白状するわけ?」
横から口を挟んだのは、副部長の高島だった。
彼女を除けば、この場で唯一の女性だ。
片岡、落合、太田は黙ったまま、やり取りを聞いている。
おそらく恋愛沙汰は守備範囲外、ここは高島に任せるつもりだろう。
「西浦の、三橋君でしたっけ。あの子と喋ったらバカバカしくなっちゃって」
彼女はまるで憑き物が落ちたように穏やかだった。
沢村は「あいつ良いヤツですよね」と頷いている。
御幸は思わず「何でお前がドヤ顔?」とツッコミを入れる。
そして彼女の方に向き直った。
「でも何で沢村?倉持なんかしょっちゅうオレと喋ってるけど」
御幸の疑問はもっともなものだった。
同じクラスなら、御幸と倉持が喋るのをよく見るはずだ。
対する沢村とは学年も違うので、学校ではほとんど顔を合わせないのだ。
「沢村君は特別に見えたの。ヤンキーの倉持なんて論外」
あまりの言い様に、御幸も思わず吹き出した。
そして当の沢村は「ワハハ」と高笑いだ。
特別に見えた。
そう言われたことで、すっかり気分が良くなっているのだ。
「とにかくオレは問題ないです!説明してあやまってもらえましたから!」
沢村は元気よく宣言した。
御幸も「沢村が良いなら事を大きくすることもないかな」と半ば渋々納得する。
残った大人たちは困惑し、顔を見合わせるばかりだ。
野球部のことを思えば、このまま終わってしまった方が良い。
だが学校教育の場のこととなれば、それでいいのかとなるのだろう。
「今度、試合とか見に来てください!」
一気に友人認定してしまったらしい沢村だけが、能天気に笑っている。
最初は恐縮していた彼女も「あなた、三橋君に似てる」と苦笑していた。
*****
「倉持先輩は何で気付いたんすか?」
花井はさり気なさを装って、そう聞いた。
人間関係に悩む常識人の花井は、どうしてもその点が気になったのだ。
とりあえず行方不明になった三橋も、元気よく戻ってきた。
監督室に呼ばれていた御幸と沢村も戻り、後は大人の裁定を待つばかり。
こうなればもう食堂に待機している理由もない。
それならば、次の行動に移していいところなのだが。
青道、西浦どちらの部員たちも実に中途半端な気分だった。
試合は途中で中止となった。
もう1度やるには、時間はもう遅い。
だがこのまま終わるのは、どうにもモヤモヤする。
試合を楽しみにしていただけに、不完全燃焼感がハンパない。
「合同練習しようぜ!」
停滞していたムードを吹き飛ばすように叫んだのは、田島だった。
弟分の三橋がすかさず「やる!」と身を乗り出す。
花井が慌てて「お前ら、ここは西浦じゃないんだぞ!」と怒鳴る。
だがそれをかき消す勢いで、沢村が「三橋、キャッチボールしようぜ!」と立ち上がった。
「監督たちに許可を取ってくる。せっかくだし軽い練習ならいいだろう。」
御幸がやれやれと言わんばかりに肩を竦めると、全員が「よし」「やろうぜ」と飛び出していく。
花井は「ハァァ」とため息をついた。
それを見た御幸が「お前も結構、苦労してそうだな」と苦笑した。
そして双方の監督に許可を取り、花井と御幸もグラウンドに向かう。
先に出ていた部員たちは、身体をほぐすストレッチを始めていた。
地面に足を延ばして座って前屈運動をしている三橋と背中を押して補助する沢村。
普段は見られない組み合わせが妙に微笑ましい。
「三橋、身体やわらかいなぁ。」
「そ、そかな。ウヘヘ」
「うん。オレが乗っても全然大丈夫じゃね?」
「た、多分、へーき!」
「バカ、やめろ。ケガしたらどうする!」
微笑ましい会話に慌てて割って入ったのは、阿部だった。
ベタっと地面に上体をつけた三橋の背中に、沢村が乗っかろうとしていたのを止めた。
御幸も「そりゃやり過ぎだ」と沢村を窘めた。
万が一にも他校の投手をケガさせるのは、まずい。
「オレらもやるか」
御幸は花井に声をかけると、花井が「はい!」と答える。
同じ主将だがやはり学年が違えば、タメ口というわけにはいかない。
御幸は三橋の隣に座り込むと、足を伸ばして前屈を始めた。
花井は礼儀正しく「失礼します!」と声を張ると、御幸の背中を押し始めた。
「お、キャプテン同士か」
すぐ前では前屈する田島の背を倉持が押していた。
悪戯好きの倉持はグイグイと力を入れるが、三橋同様柔らかい田島は物ともしていない。
御幸は「おい、間違ってもケガとかさせるなよ」と注意した。
そして「沢村と同じこと、言われてんじゃねーよ」と揶揄い、ニヤリと笑う。
倉持は「沢村と同じ」が気に入らないらしく「うるせぇ」と言い返した。
「倉持先輩は何で気付いたんすか?」
2人の会話が途切れたところで、花井はそう聞いた。
事件(?)が解決したのは、倉持が怪しい女子生徒に気付いたせいだ。
主将として日々悩む花井は、どうしてもその点が気になったのだ。
天下の強豪、青道で御幸の支える副主将の倉持の観察眼が。
「は?んなの、勘だよ。」
「勘、ですか。」
「ああ。そいつの視線ってヤツ?御幸を見ているときは露骨にハートマークだった。」
「ハートマーク、ですか。」
「で、御幸と話しているヤツには露骨に敵を見る目で」
「すごい観察眼っすね。」
「ヤンキーだから、ガン飛ばす視線には鋭いんじゃね?」
倉持のレクチャーと聞き入る花井。
だが田島が割り込んできて、台無しになった。
花井は慌てて「お前、先輩に対して」とフォローしようとする。
だが倉持は「ヒャハ!田島、言ってくれんじゃんか!」と笑っていた。
「こいつは今さらヤンキー呼ばわりされたところで気にしねぇよ。」
御幸は花井にそう言ってやりながら、辺りを見回す。
相変わらずじゃれているような三橋と沢村や、それを睨んでいる阿部。
その他の西浦の部員たちの様子も、花井は注意深く観察しているようだ。
適当にやれと放置状態の御幸とはずいぶん違う。
「うちは少々ハメを外したって、誰も怒んねぇから。」
御幸はヒヤヒヤ顔の花井に、そう言ってやった。
心持ちホッとした表情の花井に、御幸は秘かに同情した。
*****
「コイバナ、だよ!」
三橋はボールを投げながら、元気よくそう言った。
いつの間にか全員が三橋と沢村の会話に聞き入っていたが、当の2人は気付いていないようだ。
ストレッチを終えた一同は、キャッチボールを始めた。
青道と西浦がこの先、公式戦で当たる可能性は限りなく低い。
それでもその万一の可能性を考えれば、本格的な練習はやはり避けるべきだろう。
このキャッチボールで、予定外の合同練習はお開きだ。
だからこそ。
野球少年に戻った頃のようなキャッチボールは楽しい。
和やかに談笑しながら、ボールがグローブに納まる軽やかな音がそこここで響く。
御幸と花井はここでもペアになり、キャッチボールをしていたのだが。
「結局、何もなかったことになるんか?」
関西弁でそう聞いてきたのは、巣山と組んでいた前園だった。
御幸は「まだわかんねぇ」と答える。
彼女の処罰は青道の首脳陣に預けており、最終的には校長が決めるのだろう。
「オレは別に、何もしなくていいっすよ。」
沢村は元気よくそう言った。
だが前園は「そやけど大丈夫なんか?」と聞き返す。
そう、それは全員ほぼ共通の懸念だった。
いくら改心したとはいえ、人1人を閉じ込めるという暴挙を犯した女子生徒。
そのまま無罪放免にして、いいのか。
そもそも本当に改心しているのか。
「三橋はあの人と話したんだよな~?」
沢村が三橋に話題を振りながら、投げた。
勢いがあるボールが、三橋の胸元めがけて飛んでいく。
三橋はそれを難なく補給しながら、何度もコクコクと頷いた。
「お、面白い、人、だった!」
今度は三橋が沢村に投げる。
沢村は「へぇぇ」と感心しながら、ボールを受けた。
だがそこで沢村は「あれ?」と首を傾げた。
性別も年齢も違う彼女と、人見知り気味な三橋。
そんなに短時間で「面白い」などと言えるものだろうか。
「何の話をしたんだよ?」
沢村はまたボールを投げる。
またしても胸元に届く綺麗なフォーシームだ。
三橋はそれを受けると「コイバナ、だよ!」と投げ返した。
コイバナ。すなわち恋の話?
いつの間にかその場にいた全員が、三橋と沢村の会話に聞き入っていた。
そしてその全員が目を剥いている。
だが当の2人は気付いていないようで、まだ会話とキャッチボールが続いている。
「栄純、君に、もう何も、しない。オレ、見張る、から!」
「見張る?」
「うん!」
「埼玉から、どうやって見張るんだよ?」
「メアド、交換、した!」
「メル友になったのかよ!」
「うん。だから、悪さ、したら、オレが、怒る!」
なぜメル友になっている?
全員の心の声が、音もなくユニゾンになっている。
だが当の2人はさらに微笑ましく会話とキャッチボールを楽しんでいる。
「でも今時メアド?ラインじゃなくて?」
「あの人にも、言われた。でもオレ、ガラケー、だから」
「御幸先輩もガラケーだ。」
「し、知ってる、よ!」
「オレもガラケーだけど、困らねぇよな!」
沢村と三橋の会話に、田島が割って入った。
そこから3人の話題はスマホとガラケーの違いに移った。
スマホの便利さを主張する沢村と、困らないと主張する三橋、田島。
そして阿部は「メル友」が気に入らないらしく、人相がますます悪くなっている。
「こういうハメの外し方もありなんすか?」
花井は思わず御幸に助けを求めた。
もちろんこの状況下で彼女とメル友になった三橋のことだ。
だがさすがの御幸も「いや」と首を振った。
「お前、オレより苦労してるな。」
御幸の口から思わず本音が漏れた。
青道の部員たちもなかなか型破りだが、西浦も負けていない。
しかも西浦は上の代がおらず、花井は3年間主将なのだ。
「頑張れ」
御幸は花井に心からのねぎらいの言葉を贈った。
こうして概ね和やかな雰囲気の中、合同練習は終わったのだった。
【続く】