「おお振り」×「◆A」
【初日、打撃練習+アクシデント】
「うそ、マジかよ?」
「自分の目で見ても、信じらんねぇ!」
青道の選手たちは、口々に感嘆の声を上げた。
三橋や沢村たちが投球練習をしている間、野手たちは打撃練習だ。
バッティングゲージは5台セッティングされた。
3台は青道、2台は西浦が使う。
青道の3台は、東条らのレギュラーの投手の座を狙う者たちが志願した。
彼らは未だに公式戦に投手としてマウンドに立つことを諦めていない。
こういう機会は逃さずに、ここぞとばかりにアピールしてくる。
対する西浦は、1台はマシン、そしてもう1台は監督の百枝が投げていた。
これだけでもう青道の選手たちは「マジ?」と見張る。
そして投げ始めると、さらに驚くことになる。
百枝の球は、そこらの弱小校の投手よりははるかにキレがある。
それに西浦の2台のセッティングの意図もよくわかる。
マシンの方は、かなり速い球にセットしてある。
そして左投手の百枝は、おそらくわざと球の出処がわかりにくいフォームで投げている。
つまり仮想の降谷と沢村だ。
彼らは勝つつもりで、ここに乗り込んできている。
彼らの練習を見ていた青道の部員たちの反応は、おおむね2通りだ。
生意気な真似をしてという冷やかな者。
油断したら、足元をすくわれるかもしれないと警戒する者。
だけどいずれも負けるとは思っていない。
県立高校、新設1年目の野球部。
東京の強豪、青道が負けると考える方が難しいだろう。
「でも結構当ててやがるよな。」
ボソリとそう呟いたのは、副主将の倉持だ。
西浦高校の部員たちは、確かにいい当たりを連発している。
特によく当てているのは、長身の坊主頭と、一番小柄な明るい男。
おそらく150キロに設定しているマシンの球をことごとくミートしている。
その他の選手たちも、そこそこの当たりをしていたのだ。
「それでも負けねーだろ。」
もう1人の副主将、前園がそう言った。
というか、負けられないのだ。
1年生だけの県立に負けたとあっては、青道の存続にすらかかわる。
*****
「あぶ、ない!」
その声と共に、沢村は腕を引かれて、倒れ込んだ。
次の瞬間「いた、い!」と叫んで、蹲ったのは三橋だった。
「なぁ、ちょっとでいいから受けさせてくれない?」
投球練習を終えた投手と捕手たちは、バッティングゲージに向かっていた。
だがその最中も、御幸が三橋に声をかけている。
その口調は軽く、冗談とも本気ともつかない。
なんであんなに三橋の球、受けたがるんだ?
沢村はなんとなくモヤモヤした気持ちで、歩いていた。
御幸がどうしてそんなに三橋の球を受けたがるのかがわからないのだ。
沢村にしてみれば、三橋の球は少々変化こそするものの、とにかく遅い。
そこまで御幸がこだわる理由が理解できない。
「これから試合する相手に受けさせるわけないでしょう。」
「練習試合だろ」
「試合は試合です。絶対に三橋の球は受けさせません。」
「代わりにお前に降谷の球、捕らしてやってもいいぜ。」
「いりませんよ。」
「剛速球は捕れないってか?」
「必要ないですよ。もっとすごい球、捕ってたんで。」
御幸と阿部が牽制し合う声が響く。
そして阿部の最後の言葉に、降谷の表情が強張った。
だが沢村はそんなやりとりも耳に入らず、ずんずんと進んでいく。
向かうのは倉持たちがいる青道のバッティングゲージ。
だがあまりにも考え込んでしまったために、周りが見えていなかった。
沢村は、西浦のバッティングゲージの前に出てしまった。
しかも150キロに設定されたマシンの前に。
「何やってんだ、沢村!」
「危ねぇ!よけろ!」
聞き慣れた部員の声に、ようやく気付いた沢村にボールが発射された。
時すでに遅し、沢村はボールに気付いたものの反応できない。
だがその瞬間、信じられないことが起きた。
「あぶ、ない!」
その声と共に、沢村は腕を引かれて、倒れ込んだ。
次の瞬間「いた、い!」と叫んで、蹲ったのは三橋だった。
*****
「悪かった!」
沢村は勢いよくそう叫んで、その場に膝をついた。
まさに土下座せんばかりの勢いに、三橋は引き気味に「へ、へーき!」と答えた。
三橋と沢村は病院にいた。
沢村が不注意で、バッティング練習中のゲージの前に出てしまった。
あやうくボールが当たりそうになったところを、三橋がかばったのだ。
幸いボールが当たったのは腰のあたりで、大したケガではない。
少々痣になっているが、痛みもほとんどなかった。
ちなみに沢村も病院に来ているのは、三橋が沢村をかばって腕を引いた瞬間、その場に倒れたからだ。
こちらのケガは三橋よりもさらに軽い。
とっさに地面に手をついて、手のひらを擦りむいただけだ。
繊細な投手なら投球に影響が出るのかもしれない。
だがそこは沢村、この程度はないも同然だ。
「悪かった!」
沢村は勢いよくそう叫んで、その場に膝をついた。
まさに土下座せんばかりの勢いに、三橋は引き気味に「へ、へーき!」と答えた。
そしてなおも心配そうな沢村に「いたく、ないよ!」と付け加える。
その言葉にようやく沢村も安心したような表情になる。
「なぁ、三橋。明日、投げるのか?」
「投げる、よ!明日。あさって、も」
「一応、念のために休んだ方がいいんじゃねーか?」
沢村は心配の余り、三橋にそう提案する。
だが三橋は「投げる!」と首を振った。
「うち、青道と、違う。から。」
そう言われて、沢村も思い至る。
10人しかいない野球部のエース。
その肩にかかる責任は、大変なものだ。
三橋の調子1つでチームの勝敗を左右する。
そう、中学時代の沢村もそうだったのだ。
何があっても自分が投げるしかなかったし、少々のケガなら無理もした。
そう思うと、今は恵まれている。
沢村がケガをしても、降谷も川上もいる。
彼らにマウンドを譲るのはやぶさかではないが、まかせて調子が上がるのを待つことだってできるのだ。
「三橋、ほんとにありがとな。」
沢村は手を伸ばすと、三橋の髪をガシガシとかき回した。
なんだか応援したくなるような雰囲気が、三橋にはある。
これでは御幸がどんなに三橋の球を受けたがろうが、文句なんか言えない。
この後、チームに戻った沢村は軽率な行動を散々絞られることになる。
そして三橋もまた、延々と阿部に説教されることになる。
だがこの件で2人の距離は一気に縮まり、友情が結ばれた。
まるで長年の友人のように親しくなり、同時にまたよき好敵手としてお互いに良い影響を与え続けることになった。
【続く】
「うそ、マジかよ?」
「自分の目で見ても、信じらんねぇ!」
青道の選手たちは、口々に感嘆の声を上げた。
三橋や沢村たちが投球練習をしている間、野手たちは打撃練習だ。
バッティングゲージは5台セッティングされた。
3台は青道、2台は西浦が使う。
青道の3台は、東条らのレギュラーの投手の座を狙う者たちが志願した。
彼らは未だに公式戦に投手としてマウンドに立つことを諦めていない。
こういう機会は逃さずに、ここぞとばかりにアピールしてくる。
対する西浦は、1台はマシン、そしてもう1台は監督の百枝が投げていた。
これだけでもう青道の選手たちは「マジ?」と見張る。
そして投げ始めると、さらに驚くことになる。
百枝の球は、そこらの弱小校の投手よりははるかにキレがある。
それに西浦の2台のセッティングの意図もよくわかる。
マシンの方は、かなり速い球にセットしてある。
そして左投手の百枝は、おそらくわざと球の出処がわかりにくいフォームで投げている。
つまり仮想の降谷と沢村だ。
彼らは勝つつもりで、ここに乗り込んできている。
彼らの練習を見ていた青道の部員たちの反応は、おおむね2通りだ。
生意気な真似をしてという冷やかな者。
油断したら、足元をすくわれるかもしれないと警戒する者。
だけどいずれも負けるとは思っていない。
県立高校、新設1年目の野球部。
東京の強豪、青道が負けると考える方が難しいだろう。
「でも結構当ててやがるよな。」
ボソリとそう呟いたのは、副主将の倉持だ。
西浦高校の部員たちは、確かにいい当たりを連発している。
特によく当てているのは、長身の坊主頭と、一番小柄な明るい男。
おそらく150キロに設定しているマシンの球をことごとくミートしている。
その他の選手たちも、そこそこの当たりをしていたのだ。
「それでも負けねーだろ。」
もう1人の副主将、前園がそう言った。
というか、負けられないのだ。
1年生だけの県立に負けたとあっては、青道の存続にすらかかわる。
*****
「あぶ、ない!」
その声と共に、沢村は腕を引かれて、倒れ込んだ。
次の瞬間「いた、い!」と叫んで、蹲ったのは三橋だった。
「なぁ、ちょっとでいいから受けさせてくれない?」
投球練習を終えた投手と捕手たちは、バッティングゲージに向かっていた。
だがその最中も、御幸が三橋に声をかけている。
その口調は軽く、冗談とも本気ともつかない。
なんであんなに三橋の球、受けたがるんだ?
沢村はなんとなくモヤモヤした気持ちで、歩いていた。
御幸がどうしてそんなに三橋の球を受けたがるのかがわからないのだ。
沢村にしてみれば、三橋の球は少々変化こそするものの、とにかく遅い。
そこまで御幸がこだわる理由が理解できない。
「これから試合する相手に受けさせるわけないでしょう。」
「練習試合だろ」
「試合は試合です。絶対に三橋の球は受けさせません。」
「代わりにお前に降谷の球、捕らしてやってもいいぜ。」
「いりませんよ。」
「剛速球は捕れないってか?」
「必要ないですよ。もっとすごい球、捕ってたんで。」
御幸と阿部が牽制し合う声が響く。
そして阿部の最後の言葉に、降谷の表情が強張った。
だが沢村はそんなやりとりも耳に入らず、ずんずんと進んでいく。
向かうのは倉持たちがいる青道のバッティングゲージ。
だがあまりにも考え込んでしまったために、周りが見えていなかった。
沢村は、西浦のバッティングゲージの前に出てしまった。
しかも150キロに設定されたマシンの前に。
「何やってんだ、沢村!」
「危ねぇ!よけろ!」
聞き慣れた部員の声に、ようやく気付いた沢村にボールが発射された。
時すでに遅し、沢村はボールに気付いたものの反応できない。
だがその瞬間、信じられないことが起きた。
「あぶ、ない!」
その声と共に、沢村は腕を引かれて、倒れ込んだ。
次の瞬間「いた、い!」と叫んで、蹲ったのは三橋だった。
*****
「悪かった!」
沢村は勢いよくそう叫んで、その場に膝をついた。
まさに土下座せんばかりの勢いに、三橋は引き気味に「へ、へーき!」と答えた。
三橋と沢村は病院にいた。
沢村が不注意で、バッティング練習中のゲージの前に出てしまった。
あやうくボールが当たりそうになったところを、三橋がかばったのだ。
幸いボールが当たったのは腰のあたりで、大したケガではない。
少々痣になっているが、痛みもほとんどなかった。
ちなみに沢村も病院に来ているのは、三橋が沢村をかばって腕を引いた瞬間、その場に倒れたからだ。
こちらのケガは三橋よりもさらに軽い。
とっさに地面に手をついて、手のひらを擦りむいただけだ。
繊細な投手なら投球に影響が出るのかもしれない。
だがそこは沢村、この程度はないも同然だ。
「悪かった!」
沢村は勢いよくそう叫んで、その場に膝をついた。
まさに土下座せんばかりの勢いに、三橋は引き気味に「へ、へーき!」と答えた。
そしてなおも心配そうな沢村に「いたく、ないよ!」と付け加える。
その言葉にようやく沢村も安心したような表情になる。
「なぁ、三橋。明日、投げるのか?」
「投げる、よ!明日。あさって、も」
「一応、念のために休んだ方がいいんじゃねーか?」
沢村は心配の余り、三橋にそう提案する。
だが三橋は「投げる!」と首を振った。
「うち、青道と、違う。から。」
そう言われて、沢村も思い至る。
10人しかいない野球部のエース。
その肩にかかる責任は、大変なものだ。
三橋の調子1つでチームの勝敗を左右する。
そう、中学時代の沢村もそうだったのだ。
何があっても自分が投げるしかなかったし、少々のケガなら無理もした。
そう思うと、今は恵まれている。
沢村がケガをしても、降谷も川上もいる。
彼らにマウンドを譲るのはやぶさかではないが、まかせて調子が上がるのを待つことだってできるのだ。
「三橋、ほんとにありがとな。」
沢村は手を伸ばすと、三橋の髪をガシガシとかき回した。
なんだか応援したくなるような雰囲気が、三橋にはある。
これでは御幸がどんなに三橋の球を受けたがろうが、文句なんか言えない。
この後、チームに戻った沢村は軽率な行動を散々絞られることになる。
そして三橋もまた、延々と阿部に説教されることになる。
だがこの件で2人の距離は一気に縮まり、友情が結ばれた。
まるで長年の友人のように親しくなり、同時にまたよき好敵手としてお互いに良い影響を与え続けることになった。
【続く】