「おお振り」×「◆A」1年後

【練習試合、開始!】

「オ~オオ~♪選んだ道をぉぉ~♪振り返らず、そぉぉ~♪今日も行く~♪」
西浦のベンチから、楽し気な歌声が響く。
沢村も御幸も、他の観戦していた者たちも呆気にとられて彼らの様子を見ていた。

青道高校と西浦高校の練習試合が始まった。
まずは青道二軍対西浦1年生チームだ。
青道高校には、試合ができるグラウンドは2つある。
もう1つのグラウンドでは、青道一軍と別の高校が試合をしていた。

だがスタメンではない沢村と御幸は、西浦との試合を見に来ていた。
昨年は1年生ばかり10名のチームで、思いもよらないポテンシャルを見せた西浦。
その彼らが新しいメンバーを迎え、どう変わったか見たかった。

とはいえ、試合はやはり青道の一方的なペースで進んでいた。
青道の二軍は、並みの高校よりもはるかに強い。
そもそも青道の選手のほとんどは、中学時代に野球でそこそこの実績がある者が集められている。
そして対する西浦は野球好きの普通の高校生、しかもすべて1年だ。
ほとんど勝ち目などないというのが、客観的な判断だろう。
実際、毎回青道二軍は点を取っているが、西浦は未だに無得点。
5回を終わったところで、すでにスコアは14対0だった。

さらに西浦にとっては、完全アウェーだ。
観戦しているのは青道の部員や生徒。
そして趣味で観戦に来ている青道ファンの野球好きおじちゃんばかり。
つまり全員もれなく青道派なのだ。

そんな中、ベンチに控える西浦の2年生たちは高らかに歌っていた。
メガホンを持って、最近流行りの野球アニメのテーマソングを大熱唱だ。
そしてそんな声援に後押しされた1年生は折れていない。
しっかりと前を向き、その表情は闘志に燃えていた。

「オ~オオ~♪選んでよかった~とぉ~♪思えた日は、そぉぉ~♪」
元気よく合唱する三橋や田島たちを見て、御幸は笑った。
そしてこういうのは見習うところだと思う。
青道だって、チームワークは悪くない。
だが1年ばかり10名でチームの基礎を築いた彼らの結束力はそれ以上だ。
人数が少ないとポジション争いも少ないから、闘争心に欠けているという者もいる。
だが西浦に関しては、勝ちたいという欲求は決して強豪校に負けていない。

「な~んか、ちょっと懐かしいっす!」
沢村は西浦のベンチを見て、目を細めて微笑している。
御幸はそんな沢村の心中を察して「そうかよ」と頷く。
今でこそ青道で降谷とエース争いをしているが、沢村も中学時代はこんな感じだったのだろう。
沢村の母校の野球部は友達同士で作ったサークルのようで、強豪どころか弱小と言える。
青道の中では、異色のキャリアだ。
それでもきっと元気よく前を向き、格上の相手にも臆することなく戦っていたのだろう。

だが試合が6回に突入した時、異変が起こった。
5回まで投げていた1年生投手が降板し、この回から別の1年生がマウンドに上がっている。
その2番手投手に、ピッチャーライナーが直撃したのだ。
しかも当たった場所は、利き腕である右の肩だ。
本人は「大丈夫」と繰り返し、腕を回している。
だがタイムが取られ、西浦のベンチが慌ただしくなった。

程なくして西浦のベンチから三橋と阿部が出てきた。
そしてファイルラインの外側で、投球練習を始める。
どうやら投手交代のようだ。
西浦の1年生には、試合で登板できる投手が他にいないのだろう。

「事前に見られるか」
御幸は思わず「ラッキー」と言いかけて、慌てて口を噤んだ。
軽傷そうではあるとはいえ、ケガ人が出ているのに不謹慎だ。
だが次の試合にも間違いなく登板するであろう三橋の球を、事前に見られる。

「ピッチャー、交代!」
西浦の監督、百枝の声が聞こえる。
御幸も三橋も力強い足取りでマウンドに向かう三橋を見ていた。

*****

「はじまりの~♪うたを~♪こ~ころの空で歌ってよ~♪」
自軍のベンチから、頼もしい歌が聞こえる。
三橋は「ウヒ」と笑うと、力強い足取りでマウンドに向かった。

青道高校のグラウンドは久しぶりだ。
わざわざ野球部のためだけに、試合ができるスペースが2面もある。
しかも手入れが行き届いていて、使いやすそうだ。
それだけでも西浦の部員たちにとっては、涙が出るほどうらやましい。

三橋たち2年生が出場するのは、2試合目。
だから1試合目は後輩たちを応援することに専念するつもりだった。
向こうのベンチからも、ギャラリーからも青道の応援ばかりが聞こえる。
実はこういう環境さえも、三橋たちにとっては練習になる。
公式戦も強豪校と対戦するときは、アウェイ状態が多い。
相手校にベンチに入れなかった部員やブラバンなど、100名超の応援がいることもザラだ。

だが今回はベンチメンバーも迎え撃つことにした。
相手はいかに二軍とはいえ、甲子園を経験した超名門チームなのだ。
1年生だけでこんな強豪と戦うのは、これが初めて。
それなら先輩として、全力で後押しするべきだろう。
というわけで、全力でアニソン応援することになったのだが。

「う、わわ!」
メガホンを使って元気よく歌っていた三橋は、思わず声を上げた。
頑張って投げていた1年生投手を、打球が直撃したのだ。
すぐに「大丈夫です!」と答える様子は頼もしい。
だが何しろ利き腕の肩、無理はできない。

「三橋君、悪いけど」
監督の百枝がこちらを見て、そう言った。
すると阿部も「肩、作るぞ」と立ち上がる。
三橋は「はい!」と返事をすると、阿部と共にベンチを出た。

三橋は阿部相手に投球練習を始めた。
この試合は1年生投手2人でつなぐはずだった。
だがよりによって2番手投手に変わった途端のアクシデント。
総勢20名しかいない西浦に、緊急登板できる投手は早々いないのだ。

「じゃあ行くぞ!」
「え?阿部、君も、変わる、の?」
「ああ。監督に直訴した。」
「・・・いつの、間に」
「イヤなのかよ!」
「ち、ちがう、よ!」

そんなやり取りをしている間に、バッテリーの交代が告げられた。
マウンドに向かう三橋に阿部が「あいつら、見てるぞ」と声をかける。
あいつら。言われなくてもわかる。
沢村と御幸、青道のバッテリーだ。

本気、出さない方がいいのかな。
三橋はふとそんなことを考える。
沢村は2試合目の先発と聞いているし、御幸も出てくるだろう。
つまり次の試合で対戦するバッテリーにバッチリ見られるということだ。

だが三橋は首をブンブンと振った。
その辺のさじ加減のために、阿部も交代したのだ。
だから何も考えなくていい。
三橋はただ阿部を信じて、投げればいい。

三橋はマウンドに立つと「ウヒ」と笑った。
圧倒的に青道への応援が多いが、自軍ベンチの歌の方がはっきりと聞こえる。
さぁ、勝負の時だ。
三橋はおおきく振りかぶると、この日の第一球を投げ込んだ。

*****

「スゲェな!三橋!」
御幸が右腕で三橋の頭を抱え込むと、頭をガシガシとなでる。
沢村はそんな様子を見ながら、不可解な感情を持て余していた。

青道二軍対西浦1年生の試合が終わった。
結果は15対2。
青道二軍の圧倒的な勝利である。
だが青道ベンチは淡々としている。
それに反して西浦ベンチの空気は明るかった。

それもそのはずである。
三橋が登板した後、青道二軍は1点しか取れなかった。
逆に西浦はフォアボールでランナーが出た後、阿部のホームランで2点取った。
つまり三橋と阿部、西浦正バッテリーが出てからの展開だけ見ると負けているのだ。

「やっぱりあいつも成長してんだな!」
沢村は素直に感心していた。
降谷に比べれば、スピードはない。
沢村に比べれば、変化球の球種も少ないし、キレも負けている。
だが三橋の制球力は、2人を上回る。
案の定、阿部の構えたミットは1ミリも動かずに三橋の球を受けるのだ。

「フォーム変わったな。そのせいでスピードも上がってる。」
御幸はすっかり上機嫌だ。
捕手の御幸は、コントロールが良い投手が大好物なのだ。
やはり実際リードするときのことが、頭にあるのだろう。
どんなにスピードや変化球のキレがあっても、要求する場所に投げられなければ話にならない。

「三橋!」
沢村はベンチから出てきた西浦メンバーの中から、三橋を見つけて声をかけた。
三橋はその大声にドキッと身体を跳ね上げる。
まったく相手の声援にはまったく動じないくせに、こんなところは小心だ。

「カッコ、よかったぜ!」
「・・・そ、そかな」
「そうだよ!カンペキなリリーフじゃん!」
「ウヘヘ」
「フォーム変えるの、大変だっただろ!」
「沢村、悪いけどそろそろ」

なおも話しかけようとする沢村に、阿部が割って入ろうとする。
だがそれにかぶせるように、割り込んだのは御幸だった。
右腕で三橋の頭を抱え込むと「スゲェな!三橋!」とガシガシ頭をなでた。

「やめてください。首の筋とか痛めたらどうしてくれるんです!?」
「そんなに力、入れねーよ」
「そんなの、わからないじゃないですか!」
「信用ねーな、オレ」
「グシャグシャ、すると、か、髪が、い、傷む!」
「そりゃ悪いな。でもお前の髪フワフワで、気持ちいいんだよ!」

阿部と三橋、御幸のやり取りを聞きながら、沢村は何とも不可解な気分になった。
首の筋云々はともかく、三橋の髪は確かにフワフワで気持ちいい。
沢村も何度か触ったことがあるので、それはよく知っていた。
男子高校生らしからぬ感触に、何度もワシャワシャしたものだ。
それなのに御幸が同じことをするだけで、なぜか心がザワつく。
それ以上、触って欲しくないなどと思ってしまうのだ。

あれ?
沢村は辺りをキョロキョロと見回した。
誰かに見られているような気がしたからだ。
そう言えば、試合前にも視線を感じたような気がするのだが。

「沢村、どうした?」
御幸に声をかけられて、沢村は我に返った。
そしてもう1度、辺りを見回す。
だが試合を見ていた者は案外多く、視線の主は特定できない。

「なんでもないっす!」
沢村はそう答えると「そろそろ戻りましょう」と言った。
この状況をうまく説明できないし、そもそも気のせいではないという自信もない。
そして何とも割り切れない気分のまま、沢村は次の試合で登板することになった。

【続く】
6/20ページ