「おお振り」×「◆A」1年後

【賑やかに再会!】

「髪、切ってる!!」
「め、目が、見え、てる!!」
田島と三橋は「彼」を見るなり、叫んだ。
その瞬間、青道高校野球部の面々はシンと静まり返った。

週末の青道グラウンド。
西浦高校野球部の面々が到着した。
ぞろぞろとグラウンドに入ってくる彼らを、青道野球部は出迎えていた。

「すっげぇ!久しぶり!相変わらず広れぇ~!」
元気いっぱいに先陣を切って飛び込んできたのは、田島だ。
それを見た御幸が「相変わらず元気だな」と苦笑する。
その田島に手を引かれて、次に入ってきたのは三橋だった。
オドオドと田島に従いながら「そう、だね」と答えている。

「御幸先輩、久しぶりっす。あ、倉持先輩も。沢村、元気だったか~?」
田島は手当たり次第に知った人間を見つけると、声をかけていく。
遅れて入って来た主将の花井が「田島、うるさい!」と怒るが、効力はない。
そして小湊のところで視線を止めると「あ!」と声を上げた。

「髪、切ってる!!」
「め、目が、見え、てる!!」
田島も三橋もマジマジと小湊を凝視していた。
そこで御幸は「あ、そうか」と気付く。
少し前まで小湊春市は、目が隠れるほど前髪を伸ばしていたのだ。
だがセンバツが終わった後、その前髪を短く切った。
青道でも最初はみんなが驚き、どよめきが起こったほどだ。
久しぶりに会う彼らが驚くのは無理もないことなのだが。

小湊の表情がぎこちなく固まった瞬間、その場の空気が凍った。
実は4月某日、初めて小湊の短い前髪を見た沢村も同じことを言ったのだ。
半ば揶揄うように大声で呼ばわったのを見て、小湊は切れた。
そして「そろそろ黙ろうか」と冷たく言い放ったのだ。
兄譲りの氷のオーラに全員が震え上がり、沢村はしばらく口をきいてもらえなくなった。

青道高校野球部の面々は、そのときのことを思い出したのだ。
まさか他校の選手相手に、氷のオーラ発動か?
だが次の瞬間、三橋が「カッコ、いい!」と叫ぶ。
すると田島が「だな。カッケ―な!」と頷いた。

「それにやっぱりお兄さんに似てるな!」
「2人、とも、イケメン、だ!」
「いいよな~!モテそうだし、強そうだし!」
「うん!長いのも、フンイキ、あったけど、短い、のも、いい!」
「だよな~!」

天然ホメ殺し攻撃に、小湊は「ありがとう」とぎこちない笑顔を見せる。
その微妙なリアクションに、御幸は思わず「ブハ!」と吹き出した。
沢村が「オレんときは春っち、怒ったじゃねーか!」と文句を言う。
だが倉持は「これが正解だ、沢村」と肩を叩いた。
揶揄いも悪意もなく正面切って褒められたら、大抵の人間は怒るに怒れない。

「全員、整列!」
花井の掛け声に、西浦高校の面々が横一列に並んだ。
1年生も加わり、久しぶりに会う彼らの表情は以前より頼もしい。
御幸は「こっちも整列!」と声をかけた。

「今日一日、よろしくお願いします!」
花井の掛け声とともに、全員が「お願いします!」と頭を下げる。
こうして久しぶりに顔を合わせた彼らの1日が始まったのだった。

*****

「何でダブルヘッダーなんですか?」
奥村にしてみれば、それは素朴な疑問なのだろう。
だが御幸は「それだけの価値があるからだ」と答えた。

西浦高校野球部がやって来た。
今回、彼らとは2試合やることになっている。
午前中に青道二軍対西浦1年、午後には青道一軍対西浦2年だ。
ちなみに午後、青道一軍の先発は沢村だ。
西浦は当然、三橋が投げてくるのだろう。

「すげぇな。向こうの監督」
さっそくアップを始めた西浦高校の面々。
青道のメンバーはグラウンドの外から、その様子を見ている。
するとすぐに青道の1年生たちから声が上がった。
そう、このチームでまず目立つのは監督だ。
若い女性というだけで珍しいのに、ノックがやたらと上手い。
御幸も最初、真っ直ぐ垂直に打ち上げたボールに度肝を抜かれたものだ。

「すごいよね。打つ場所も絶妙だ。」
由井が隣の結城にそう言った。
そう、ノックの打球も見事なのだ。
野手が捕れるか、捕れないか。
そのギリギリのところへ、正確にボールを打ち込む。

「確かに監督はすごいみたいですけど」
冷静にノック練習を見ていたのは、奥村だった。
そして「県立ですよね。ここ」と聞いてくる。
御幸は「まぁな」と頷きながら、ニヤリと笑った。
奥村が何が言いたいのか、わかるような気がしたからだ。

やはり高校野球は、私立が強い。
それなりに金をかけて設備を整え、人材をスカウトしているからだ。
西浦高校はノックを見る限り、決してレベルが低いとは思われないだろう。
それどころか、そこそこ上手い。
だがすごく上手いかと聞かれれば「県立にしては」と注釈がつく。
そんな感じなのだ。

「何でダブルヘッダーなんですか?」
案の定というべきか、奥村は御幸にそう聞いてきた。
夏の大会まで、練習試合の日程はキツキツに組んでいる。
センバツ出場も果たした青道高校に試合を申し込んでくる学校は多い。
なんならお断りしている学校もあるのだ。
そんな中1つの高校とわざわざ二試合、しかも県立高校と。

「それだけの価値があるからだ。」
御幸は迷わずそう答えた。
世間的な評価は、間違いなく青道の方が高い。
だけど西浦には単に「たかが県立」と片付けられない力があるのだ。

「まぁ試合してみりゃわかるよ。」
「意味あり気ですね。」
「三橋のコントロールは、うちの投手陣でもかなわない精度だぞ?」
「それは楽しみですね。」
「あと阿部は戸田北で正捕手だったそうだ。その意味わかるか?」

奥村も由井も息を飲んだ。
戸田北は埼玉のシニアチーム。
だが現在高校生で将来はプロ入り確実と言われる榛名元希が所属していたチームとして有名だ。
そこの正捕手ということは、当時から破格の才能と言われる榛名の球を受けていたということなのだ。

「楽しみですね。」
奥村の目が不敵に光った。
御幸も「そうだろ」とニヤリと笑う。
2人ともわかりやすく悪そうな顔になっていたけれど、幸いツッコミを入れる者はいなかった。

*****

「元気、そうで、よかった」
三橋は沢村の耳元でこっそりと囁いた。
そして沢村が「おお!」と元気よく答えたのを、慌てて「シィ!」と指を立てた。

まずは青道二軍と西浦1年の試合が始まる。
三橋たち2年生はベンチだ。
1年生も10人、しかも投手は1人だけ。
だからアクシデントがあれば、三橋もリリーフの可能性がある。

試合直前のネット裏では三橋と阿部、そして沢村が話をしていた。
もちろん話題は沢村のこと。
誰かに地下に閉じ込められたという、かなり悪質な事件の話だ。
青道の部員たちは、みな知っている。
だが西浦は三橋と阿部しか知らない。
だからこうして青道側のネット裏に隠れるようにして、話している。

「まぁまずは無事で何よりだよな。」
阿部の言葉に、三橋が何度も頷く。
2人とも心配していたのだ。
だけど当の沢村は変わらず、いや前以上に元気に見えた。

「犯人、捕まってねーんだよな?」
「だ、だい、じょぶ?」
「大丈夫、大丈夫!もう知らない人に話しかけられても、ついて行かねーから!」

心配する阿部と三橋だが、沢村は動じた様子もない。
そこへ「お前は子供か」と揶揄うように割って入ったのは御幸だった。
阿部は「どうも」と、三橋は「こ、こんにちは」と頭を下げる。
沢村は「子供って何すか!」と声を上げた。
だが「知らない人に話しかけられてもついて行かない」は、高校生がドヤ顔で胸を張る話ではない。

「バカが世話になった。ありがとな。三橋。阿部も」
「バカって何すか!」
「オ、オレは、全然」
「オレもです。バカが無事なら問題ないっす。」
「あ~!またバカって!」

子供のように地団駄を踏む沢村に、御幸も阿部も三橋も笑う。
試合となれば敵味方に分かれるが、今は良き友人だ。
沢村が無事で、こうして笑い合えることが嬉しかった。

「あんまりここにいても変だし、そろそろ戻ります。」
ひとしきり笑った後、阿部がそう言った。
三橋は一瞬名残惜しそうな表情になったが、すぐに阿部の後に従う。
御幸は腕を伸ばすと、三橋の髪をわしゃわしゃとかき回した。
三橋は御幸の手が頭に乗った瞬間、驚いた顔になったが、逆らうことはない。
そして御幸が「また後でな」と腕を引っ込めると「ウヒ」と笑った。

三橋と阿部がベンチに向かうのを、御幸が笑顔で見ている。
だがその瞬間、沢村は視線を感じた。
誰かがこっちを見ている。
そう思った三橋は慌てて辺りをキョロキョロと見回す。
だが怪しい人物は見つからず、視線もなくなった。

「気のせいか?」
首を傾げた沢村に、御幸が「どうした?」と聞く。
だが沢村は「何でもないっす!」と首を振った。
ありもしない視線を感じるなんて、まだ事件を引きずっているのか。
沢村は両手でピシャリと自分の頬を叩くと「頑張るぞ!」と気合いを入れた。

【続く】
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