「おお振り」×「◆A」1年後
【再会前夜】
「どうかしたか?」
田島が心配そうに三橋の顔を覗き込んでくる。
三橋は驚き、我に返ると「なんでも、ない!」と叫んだ。
西浦高校野球部の面々は、コンビニの前にいた。
練習の後は学校に一番近いコンビニに寄って、家に帰り付くためのカロリーを身体に詰め込む。
それはもうほぼ部活の一環になっていた。
季節によって、選ぶメニューは変わる。
だがそれ以外は変わることない、彼らの日常だ。
この日、三橋は肉まんを選んだ。
予算はだいたい1日100円、それが高校生の限界だ。
そして兄貴分の田島のチョイスは、アイス入りのモナカ。
2人はそれぞれ半分に割って、交換する。
これが三橋と田島の最近のブームだった。
「今日の練習はちょっと軽めだったな。」
「でも、明日、え、遠征だ、から」
「だな。頑張ろうな!」
2人は顔を見合わせると、二カッと笑う。
そしてまずはアツアツの肉まんにかぶり付いた。
美味い。練習後の疲れた身体には特に。
三橋は一気に肉まんを食べてしまい、名残惜し気にため息をついた。
明日から遠征。
それは東京の青道高校との練習試合だった。
西浦も1年生が加わり、人数が倍になった。
そこでAチームが青道1軍、Bチームが青道2軍と試合をする。
世間的な評価なら、青道高校の方が断然上だ。
だが一方的な試合にはしたくない。
もっと言うなら、勝ちたいと思っている。
とにかく明日は精一杯やるだけだ。
だが三橋にはそれ以上に気になることがあった。
先日、沢村から閉じ込められたと助けを求める電話が来た。
慌てた三橋はすぐに阿部に連絡。
そして阿部が御幸に電話し、しばらくして沢村発見の知らせが来た。
沢村が無事なら、それで良い。
翌日には沢村本人が元気な声で電話をして来た。
だが気になるのは、それから先だ。
沢村を閉じ込めた犯人は、結局わからなかったらしい。
そしてその後、青道野球部副部長の高島から「この件は内密にしてほしい」と電話が来た。
夏の大会も間近だし、余計な騒ぎは避けたい事情は理解できる。
だから一応監督の百枝と顧問の志賀にだけ話し、他の部員たちには秘密にしていた。
でも大丈夫なのかな。
三橋はぼんやりとそう思った。
犯人がわからないってことは、沢村がまた何かされる可能性もあるのではないか。
だがいつの間にか考え込んでしまい、手が止まっていたらしい。
ふと気づくと、田島が心配そうに三橋の顔を覗き込んでいた。
「どうかしたか?」
「なんでも、ない!」
我に返った三橋は、元気よくモナカにかぶりついた。
本当に?と言わんばかりの表情の田島には申し訳ないが、事情は話せない。
それでもモナカのアイスが美味しくて、三橋は「ウヒ」と笑った。
とにかく明日、沢村に会える。
その時に少しは話せるだろう。
それに沢村には御幸がついているのだし、注意しているはずだ。
三橋は気を取り直すと、一気にアイスを食べ切った。
とにかく彼らとまた試合ができることが楽しみで仕方がなかった。
*****
「一緒に行くから」
普段寡黙な男が、頑固に主張する。
沢村は「ハァァ」とため息をつくと「わかった」と頷いた。
沢村が何者かに呼び出され、地下に閉じ込められるという事件が起こった。
携帯電波の電波も届かず、外と連絡も取れないべない最悪の状況。
それでも諦めずにスマホをイジり続け、何とか助けを求めることができた。
だがまさかその相手が三橋だったとは。
沢村は御幸を呼び出したつもりだったのだ。
何とか見つけてもらえた沢村は、その夜寝込んだ。
思いもよらず、身体にはダメージが大きかったのだ。
練習で汗ばんだ身体のまま、ひんやりした地下に長時間閉じ込められたせいだろう。
身体がだるく、熱っぽい。
とにかく詳しい話は明日とされ、沢村は寮のベットに倒れ込んだ。
一度寝て起きれば、体調は戻っていた。
それでも念のためと言われ、病院に連れていかれた。
あちこちいじくり回され、結果は「まったく問題なし」だそうだ。
そして寮に戻ったところで、事情聴取だ。
監督室に呼ばれ、大人たちによってたかって事情を聞かれた。
そして彼らを大いに呆れさせることになった。
知らない女子生徒、おそらく3年生っぽい人物に声をかけられ、地下に行った。
部屋に入れと言われて、その通りにしたらドアが閉められた。
沢村はそれ以上のことを何も答えられなかったのだ。
副部長の高島に「その女子生徒の顔、覚えていないの?」と聞き返された。
だが思い出そうとしても、のっぺらぼうの白い顔になってしまう。
ひたすら首を振る沢村に、コーチの落合と部長の太田が深いため息をついた。
「もう一度、顔を見てもわからないか?」
監督の片岡にそう問われたが、沢村は「すみません」と頭を下げるしかなかった。
そもそも夏の大会が近づいたこの時期に、未だにクラスメイトの顔を覚えきれていないのだ。
一度チラリと見ただけの女子生徒の顔なんて、見分ける自信がない。
すっかり意気消沈した沢村は、部の練習に参加した。
この日は一応、大事を取って、軽く身体を動かすだけにしておけと言われている。
こんなときこそ、がっつりと練習したいのだが。
とにかくすでに練習は始まっている。
邪魔しないように、こっそりと息を潜めるようにグラウンドへ。
だがその意に反して、沢村は部員たちに囲まれることになった。
「大丈夫か?沢村。」
「もうすっかりいいのか?」
「無理するなよ!」
「練習はほどほどにな!」
次々と声をかけてくる部員たちに、沢村はズズッと鼻を啜った。
そしてじんわりと潤む目元を、練習着の袖でグイッと拭う。
何だかんだで、こんなに心配してもらっている。
普段は口が悪い先輩や仲間たちだが、やっぱり心は優しい。
だが感動していられたのは、その日だけだった。
翌日、登校した沢村は、常に誰かと一緒にいることになった。
授業中はともかく、休み時間も教室を移動するときも誰かしら沢村の横にいる。
それは同じクラスの金丸が多かった。
そしてマネージャーの吉川も、よく声をかけてくれる。
おそらく沢村を1人にしないように、配慮してくれているのだろう。
驚いたのは休み時間、席を立った時降谷がついて来たことだ。
廊下の突き当たりのトイレに行くだけなのに。
沢村が文句を言おうとすると「一緒に行くから」と譲らない。
普段寡黙な降谷が自分から喋るのは、かなり珍しいことだ。
沢村は「ハァァ」とため息をつくと「わかった」と頷いた。
少々鬱陶しいが、心配してくれているということなのだろう。
沢村は何とか割り切ると、2人並んで教室を出た。
週末は練習試合、三橋や阿部とまた会える。
思考をそちらに向けることで、何とか気分転換を図ったのだった。
*****
「沢村が嘆いてたぜ?降谷が便所までついてくるって!」
倉持は声を潜めながら、そう言った。
御幸は「ハハハ」と笑いながら、すっきりしない気持ちを押し隠した。
沢村が閉じ込められた事件は、実に中途半端に終わった。
警察に届けるどころか、犯人捜しもしない。
野球部員たちには緘口令が敷かれ、事件自体を隠す方向に向かったのだ。
まったく不本意だが、仕方がないような気もした。
なぜなら唯一犯人を見ているはずの沢村は、何も覚えていないのだから。
一応この学校の女子生徒で、3年生に見えたという。
だが他の学年かもしれない。
それに沢村が閉じ込められた時間帯、学校の裏門は開いていたという。
つまり制服さえ何とかなれば、部外者が青道の生徒になりすますこともできた。
そうなるともう雲をつかむような話になってくる。
監督の片岡は徹底的な調査を主張したそうだ。
それは当たり前のことだろう。
沢村は実際ひどい目に遭ったわけだし、体調を崩していてもおかしくなかった。
このままにしていいはずがない。
だが学校側がそれを嫌がった。
校長や教頭など、学校を仕切っている教師たちである。
警察沙汰などありえない。
犯人が生徒である可能性が高く、不祥事になると。
結局それは野球部のためにもなることだった。
夏の大会に備えて、練習試合を重ねている大事な時期である。
余計な騒ぎで集中を乱されたくないというのも、間違いなく本音だった。
かくして事件は隠蔽されてしまった。
三橋や阿部たちにも口止めをするほどの徹底ぶりだ。
不幸中の幸いは、沢村がすぐに元気になったことだ。
今まで通りによく声を出し、快調に投球練習を続けている。
それでもやはり部員たちは不安なのだ。
だから誰からともなく、沢村を1人にしないようにしている。
授業中は同じクラスの金丸や降谷。
練習中は部員総出で、とにかく沢村の行方を目で追っている。
「にしても、マイペースな降谷がなぁ」
「一応エースナンバーを争うライバルだけど、友情もあるってことだろ」
授業の合間の休み時間、同じクラスの御幸と倉持は話し込んでいた。
一応事件自体が秘密だから、声を潜めている。
それでも降谷がトイレまで沢村に貼り付いていたというのは、笑える話だった。
「それにしても何で沢村なんだろうな。」
御幸はため息まじりにそう言った。
倉持は「まぁな」と頷きながら、ため息をつく。
実は倉持は犯人だと疑っている女子生徒がいる。
だが証拠がない以上、口にするのを躊躇っていたのだ。
「まぁ今は練習試合に集中するか」
御幸は自分に言い聞かせるようにそう言った。
倉持の内心の葛藤に気付くこともできなかった。
後々御幸はそれを後悔することになる。
ここで気付いて、倉持から聞き出していれば。
後々あんな大事にならずに済んだのではないかと。
だが今は知る由もなく、話題を変えた。
「西浦か。ヤツらも強くなってるんだろうな。」
「ああ。あなどってるとヤラれる。」
「あのちっこいエース、少しはデカくなったかな?」
「沢村や降谷同様、成長してるんじゃねーか?」
御幸と倉持は週末の試合の話題に興じることで、問題を避けた。
何はともあれ、明日は西浦高校野球部が乗り込んでくる。
久しぶりの面々に会うのは、楽しみだ。
とにかく良い試合ができるようにと、御幸は切に願った。
【続く】
「どうかしたか?」
田島が心配そうに三橋の顔を覗き込んでくる。
三橋は驚き、我に返ると「なんでも、ない!」と叫んだ。
西浦高校野球部の面々は、コンビニの前にいた。
練習の後は学校に一番近いコンビニに寄って、家に帰り付くためのカロリーを身体に詰め込む。
それはもうほぼ部活の一環になっていた。
季節によって、選ぶメニューは変わる。
だがそれ以外は変わることない、彼らの日常だ。
この日、三橋は肉まんを選んだ。
予算はだいたい1日100円、それが高校生の限界だ。
そして兄貴分の田島のチョイスは、アイス入りのモナカ。
2人はそれぞれ半分に割って、交換する。
これが三橋と田島の最近のブームだった。
「今日の練習はちょっと軽めだったな。」
「でも、明日、え、遠征だ、から」
「だな。頑張ろうな!」
2人は顔を見合わせると、二カッと笑う。
そしてまずはアツアツの肉まんにかぶり付いた。
美味い。練習後の疲れた身体には特に。
三橋は一気に肉まんを食べてしまい、名残惜し気にため息をついた。
明日から遠征。
それは東京の青道高校との練習試合だった。
西浦も1年生が加わり、人数が倍になった。
そこでAチームが青道1軍、Bチームが青道2軍と試合をする。
世間的な評価なら、青道高校の方が断然上だ。
だが一方的な試合にはしたくない。
もっと言うなら、勝ちたいと思っている。
とにかく明日は精一杯やるだけだ。
だが三橋にはそれ以上に気になることがあった。
先日、沢村から閉じ込められたと助けを求める電話が来た。
慌てた三橋はすぐに阿部に連絡。
そして阿部が御幸に電話し、しばらくして沢村発見の知らせが来た。
沢村が無事なら、それで良い。
翌日には沢村本人が元気な声で電話をして来た。
だが気になるのは、それから先だ。
沢村を閉じ込めた犯人は、結局わからなかったらしい。
そしてその後、青道野球部副部長の高島から「この件は内密にしてほしい」と電話が来た。
夏の大会も間近だし、余計な騒ぎは避けたい事情は理解できる。
だから一応監督の百枝と顧問の志賀にだけ話し、他の部員たちには秘密にしていた。
でも大丈夫なのかな。
三橋はぼんやりとそう思った。
犯人がわからないってことは、沢村がまた何かされる可能性もあるのではないか。
だがいつの間にか考え込んでしまい、手が止まっていたらしい。
ふと気づくと、田島が心配そうに三橋の顔を覗き込んでいた。
「どうかしたか?」
「なんでも、ない!」
我に返った三橋は、元気よくモナカにかぶりついた。
本当に?と言わんばかりの表情の田島には申し訳ないが、事情は話せない。
それでもモナカのアイスが美味しくて、三橋は「ウヒ」と笑った。
とにかく明日、沢村に会える。
その時に少しは話せるだろう。
それに沢村には御幸がついているのだし、注意しているはずだ。
三橋は気を取り直すと、一気にアイスを食べ切った。
とにかく彼らとまた試合ができることが楽しみで仕方がなかった。
*****
「一緒に行くから」
普段寡黙な男が、頑固に主張する。
沢村は「ハァァ」とため息をつくと「わかった」と頷いた。
沢村が何者かに呼び出され、地下に閉じ込められるという事件が起こった。
携帯電波の電波も届かず、外と連絡も取れないべない最悪の状況。
それでも諦めずにスマホをイジり続け、何とか助けを求めることができた。
だがまさかその相手が三橋だったとは。
沢村は御幸を呼び出したつもりだったのだ。
何とか見つけてもらえた沢村は、その夜寝込んだ。
思いもよらず、身体にはダメージが大きかったのだ。
練習で汗ばんだ身体のまま、ひんやりした地下に長時間閉じ込められたせいだろう。
身体がだるく、熱っぽい。
とにかく詳しい話は明日とされ、沢村は寮のベットに倒れ込んだ。
一度寝て起きれば、体調は戻っていた。
それでも念のためと言われ、病院に連れていかれた。
あちこちいじくり回され、結果は「まったく問題なし」だそうだ。
そして寮に戻ったところで、事情聴取だ。
監督室に呼ばれ、大人たちによってたかって事情を聞かれた。
そして彼らを大いに呆れさせることになった。
知らない女子生徒、おそらく3年生っぽい人物に声をかけられ、地下に行った。
部屋に入れと言われて、その通りにしたらドアが閉められた。
沢村はそれ以上のことを何も答えられなかったのだ。
副部長の高島に「その女子生徒の顔、覚えていないの?」と聞き返された。
だが思い出そうとしても、のっぺらぼうの白い顔になってしまう。
ひたすら首を振る沢村に、コーチの落合と部長の太田が深いため息をついた。
「もう一度、顔を見てもわからないか?」
監督の片岡にそう問われたが、沢村は「すみません」と頭を下げるしかなかった。
そもそも夏の大会が近づいたこの時期に、未だにクラスメイトの顔を覚えきれていないのだ。
一度チラリと見ただけの女子生徒の顔なんて、見分ける自信がない。
すっかり意気消沈した沢村は、部の練習に参加した。
この日は一応、大事を取って、軽く身体を動かすだけにしておけと言われている。
こんなときこそ、がっつりと練習したいのだが。
とにかくすでに練習は始まっている。
邪魔しないように、こっそりと息を潜めるようにグラウンドへ。
だがその意に反して、沢村は部員たちに囲まれることになった。
「大丈夫か?沢村。」
「もうすっかりいいのか?」
「無理するなよ!」
「練習はほどほどにな!」
次々と声をかけてくる部員たちに、沢村はズズッと鼻を啜った。
そしてじんわりと潤む目元を、練習着の袖でグイッと拭う。
何だかんだで、こんなに心配してもらっている。
普段は口が悪い先輩や仲間たちだが、やっぱり心は優しい。
だが感動していられたのは、その日だけだった。
翌日、登校した沢村は、常に誰かと一緒にいることになった。
授業中はともかく、休み時間も教室を移動するときも誰かしら沢村の横にいる。
それは同じクラスの金丸が多かった。
そしてマネージャーの吉川も、よく声をかけてくれる。
おそらく沢村を1人にしないように、配慮してくれているのだろう。
驚いたのは休み時間、席を立った時降谷がついて来たことだ。
廊下の突き当たりのトイレに行くだけなのに。
沢村が文句を言おうとすると「一緒に行くから」と譲らない。
普段寡黙な降谷が自分から喋るのは、かなり珍しいことだ。
沢村は「ハァァ」とため息をつくと「わかった」と頷いた。
少々鬱陶しいが、心配してくれているということなのだろう。
沢村は何とか割り切ると、2人並んで教室を出た。
週末は練習試合、三橋や阿部とまた会える。
思考をそちらに向けることで、何とか気分転換を図ったのだった。
*****
「沢村が嘆いてたぜ?降谷が便所までついてくるって!」
倉持は声を潜めながら、そう言った。
御幸は「ハハハ」と笑いながら、すっきりしない気持ちを押し隠した。
沢村が閉じ込められた事件は、実に中途半端に終わった。
警察に届けるどころか、犯人捜しもしない。
野球部員たちには緘口令が敷かれ、事件自体を隠す方向に向かったのだ。
まったく不本意だが、仕方がないような気もした。
なぜなら唯一犯人を見ているはずの沢村は、何も覚えていないのだから。
一応この学校の女子生徒で、3年生に見えたという。
だが他の学年かもしれない。
それに沢村が閉じ込められた時間帯、学校の裏門は開いていたという。
つまり制服さえ何とかなれば、部外者が青道の生徒になりすますこともできた。
そうなるともう雲をつかむような話になってくる。
監督の片岡は徹底的な調査を主張したそうだ。
それは当たり前のことだろう。
沢村は実際ひどい目に遭ったわけだし、体調を崩していてもおかしくなかった。
このままにしていいはずがない。
だが学校側がそれを嫌がった。
校長や教頭など、学校を仕切っている教師たちである。
警察沙汰などありえない。
犯人が生徒である可能性が高く、不祥事になると。
結局それは野球部のためにもなることだった。
夏の大会に備えて、練習試合を重ねている大事な時期である。
余計な騒ぎで集中を乱されたくないというのも、間違いなく本音だった。
かくして事件は隠蔽されてしまった。
三橋や阿部たちにも口止めをするほどの徹底ぶりだ。
不幸中の幸いは、沢村がすぐに元気になったことだ。
今まで通りによく声を出し、快調に投球練習を続けている。
それでもやはり部員たちは不安なのだ。
だから誰からともなく、沢村を1人にしないようにしている。
授業中は同じクラスの金丸や降谷。
練習中は部員総出で、とにかく沢村の行方を目で追っている。
「にしても、マイペースな降谷がなぁ」
「一応エースナンバーを争うライバルだけど、友情もあるってことだろ」
授業の合間の休み時間、同じクラスの御幸と倉持は話し込んでいた。
一応事件自体が秘密だから、声を潜めている。
それでも降谷がトイレまで沢村に貼り付いていたというのは、笑える話だった。
「それにしても何で沢村なんだろうな。」
御幸はため息まじりにそう言った。
倉持は「まぁな」と頷きながら、ため息をつく。
実は倉持は犯人だと疑っている女子生徒がいる。
だが証拠がない以上、口にするのを躊躇っていたのだ。
「まぁ今は練習試合に集中するか」
御幸は自分に言い聞かせるようにそう言った。
倉持の内心の葛藤に気付くこともできなかった。
後々御幸はそれを後悔することになる。
ここで気付いて、倉持から聞き出していれば。
後々あんな大事にならずに済んだのではないかと。
だが今は知る由もなく、話題を変えた。
「西浦か。ヤツらも強くなってるんだろうな。」
「ああ。あなどってるとヤラれる。」
「あのちっこいエース、少しはデカくなったかな?」
「沢村や降谷同様、成長してるんじゃねーか?」
御幸と倉持は週末の試合の話題に興じることで、問題を避けた。
何はともあれ、明日は西浦高校野球部が乗り込んでくる。
久しぶりの面々に会うのは、楽しみだ。
とにかく良い試合ができるようにと、御幸は切に願った。
【続く】