「おお振り」×「◆A」1年後

【不穏な始まり?】

「ムッフ、フ~ン♪」
上機嫌で風呂から上がった三橋は、冷蔵庫に向かう。
そして大好きなアイスバーを取り出すと、ガブッと齧りついた。

三橋廉は至福のひと時を楽しんでいた。
野球部の練習で、ほど良く疲れた身体。
両親は仕事でいないけれど、母が大好きな鶏カレーを用意してくれていた。
それを大盛りで3杯平らげ、お風呂で汗を流してから、大好きなアイスバー。
これが幸せと言わずして、いったい何が幸せか。

あっという間にアイスを食べ終えてしまった三橋はため息をついた。
そして名残惜しく、残った棒をチュバチュバとしゃぶってみる。
かすかに残るアイスの味を楽しんでいたが、それにも飽きて棒をゴミ箱に放り込んだ。
明日も早朝から練習なのだし、さっさと寝てしまうのがいいだろう。

「青道は、いい、よな」
三橋はふとそう呟いた。
昨年から何度か練習試合などで顔を合わせた青道高校のことだ。
寮生活を送る彼らは深夜遅くまで、または早朝から練習ができる。
三橋だって学校まで自転車で15分程度、朝練に行くのは苦ではない。
それでもやはり起きてすぐに練習できる環境は、魅力的だと思う。

「もうすぐ、だな」
三橋はまた呟くと、歯磨きをしようと立ち上がった。
今週末はその青道高校との練習試合だ。
仲良くなった沢村や御幸とまた会える。
そう思うだけでワクワクするし、早く週末にならないかなと思う。

洗面所で歯ブラシに手を伸ばしたところで、携帯電話が鳴った。
三橋は思わず「うぉ!」と声を上げると、リビングに駆け戻る。
そしてテーブルの上に放り出してある携帯電話を取り「へ?」と声を上げた。
表示された名前は、沢村栄純。
今待ち遠しいと思っていた練習試合の相手、青道高校の投手だ。

「もし、もし」
三橋は電話を取りながら「あれ?」と思った。
沢村と時々連絡を取ることはあるが、ほとんどがメールでの近況報告だ。
それがこんな時間に、しかもわざわざ電話など。
いったい何の用事なのだろう。

『たす、けて』
電話の向こうから聞こえてきたのは、ひどく掠れて聞き取りにくい声だった。
しかも電波が悪いらしく、ザワザワとノイズが勝っている。
三橋は驚き「ど、どう、したの!?」と叫ぶ。
すると『閉じ込められた』という不可解な答えが返ってきた。

閉じ込められた?もしかして誘拐とか。
三橋はオロオロしながらも「どこ、に?」と聞き返す。
すると『学校・・・地下・・・』と切れ切れな単語が聞こえた後、電話は切れた。

「え、ウソ!?」
唐突に切れた電話に驚いた三橋は、慌てて沢村に折り返し電話をかける。
だが本人に繋がることなく「おかけになった番号は・・・」と無機質な音声が聞こえるだけだ。
どうしよう。どうしたら。
途方に暮れた三橋は、もう1度電話を取った。
頭に浮かんだのはたった1人、三橋をいつも支えてくれる彼だけだ。

*****

蒸し暑い。息苦しい。腹減った。
沢村は胎児のように身体を丸めて寝そべりながら、そんなことを思った。
かなり格好が悪いが、この際かまわないだろう。
なぜならこの部屋には沢村の他には誰もいないし、そもそも真っ暗で何も見えないのだから。

沢村は校舎の地下の部屋に閉じ込められていた。
どうやら何かの倉庫として使っているようだ。
手探りであちこち触ってみたら、ロッカーとか棚らしきものがあったからだ。
1年以上も通っている学校の中に、こんな部屋があったのかと改めて驚く。
よくよく考えてみれば自分の教室と寮、グラウンド以外の場所はほとんど行ったことがないのだ。

それにしても絶望的な状況だった。
大声を出しても誰も来てくれないし、スマホも電波が悪いのか繋がらない。
それでも何とか時間だけは確認できる。
もう深夜、普段なら食事も終わり、夜の自主練真っ最中の時間だ。

「どうしてこんなことになったかなぁ」
沢村はもう何度目かわからない深いため息をついた。
そう、よくわからないのだ。
それは練習が終わり、一旦寮に戻ろうとしたときだ。
名前も知らない女子生徒に「ちょっと手伝って欲しいんだけど」と声をかけられたのだ。
どうやら3年生、先輩っぽい。
軽い気持ちで「何すか?」とついて行ったところ、ここに閉じ込められることになったのだ。

「知らない人についていっちゃダメとか、言われたよなぁ」
沢村は子供の頃に言われたことを思い出し、またため息をついた。
母親の怖い顔が頭に浮かんだような気さえする。
だけどこれは無理だろうと、誰にともなく言い訳をした。
ここは学校の敷地内であり、相手は制服を着ていたのだ。
まさか拉致監禁されるなんて、夢にも思わない。

沢村はゴロリと寝返りを打つと、もう1度スマホを取り出した。
そしてアドレス帳を開くと、通話ボタンを押す。
もう何度も繰り返し、そのたびに繋がらずに肩を落とした。
どうせ、またダメなんだろうな。
半ばあきらめ気味にかけた電話だったが、今回は奇跡的に通話音が鳴った。

「嘘だろ。やった!」
沢村は勢い込むと、スマホを持つ手に力が入る。
だが電波状態は良くないらしく『もしもし』と応答してくれた声にはひどくノイズが混じっていた。
それでも沢村は「助けて、助けてくれ!」と叫ぶ。
さらに「閉じ込められた!学校の地下の教室だ!」と告げたところで、切れてしまった。
すぐにまた電話をかけてみたが、もう2度とつながることはなかった。

頼む。これで気付いてくれ。
沢村は祈るように、そう思った。
これで助けに来てもらえなければ、絶望的だ。
下手すれば朝まで、いやもっと長い間気付いてもらえないかもしれない。

だけどあの人なら。
沢村は懸命に自分を勇気づけ、奮い立たせた。
頭に浮かんだのはたった1人、沢村をいつも支えてくれる彼だけだ。

【続く】
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