「おお振り」×「◆A」1年後

【とりあえず救出】

「あのバカ、いったいどこに行ったんだよ!?」
倉持の声がイライラと尖っている。
御幸は「まったくだ」と同意しながら、不可解な事態に困惑していた。

沢村が姿を消した。
最初にそれに気付いたのは、1年生捕手の由井だった。
夜の投球練習に付き合う約束をしていたのである。
だが室内練習場で待っていたのに、沢村は現れなかった。

これが友人同士の約束なら、すっぽかされたとでも思うだろう。
だがあの沢村が投球練習をすっぽかすなど、ありえない。
練習熱心なこのチームの中でさえ、沢村の熱量は目を瞠るものがあるからだ。
異変を感じた由井は、主将である御幸に相談した。
万が一にも沢村が自主的に姿を消しているなら、懲罰が下る可能性もある。
だから由井は監督の片岡ではなく、御幸に話を持って来た。

だがその由井の気遣いは、無駄になった。
隠していられる事態ではなくなったからだ。
手分けして、寮内や練習施設、教室など沢村がいそうな場所はすべて捜した。
それでも沢村は見つからない。
スマホは持って行ったと思われるが、電話は繋がらなかった。
何度かけても、沢村ではなく無機質な音声が聞こえるだけだった。

「あのバカ、いったいどこに行ったんだよ!?」
「まったくだ。」
倉持のイライラした声に同意しながら、御幸は唇を噛みしめた。
沢村に限って、無断外泊などはないと思う。
それならどこかで倒れて、動けなくなっているんではないか。
この大事な時期に。
いや時期など関係ない、御幸にとって沢村は大事な存在なのだ。

もう何度も捜した室内練習場にまた来たところで、御幸の携帯電話が鳴った。
一緒に捜していた倉持が「あいつか!?」と食いつくような反応をする。
だがガラケーの画面を確認した御幸は「違う」と肩を落とした。
表示された名は「阿部隆也」。
今週末に練習試合をする埼玉の西浦高校の捕手だ。

悪いけど、今は出られねぇ。
御幸は心で阿部に詫びながら、鳴り続ける電話を放置した。
おそらく週末の試合の件で、何かあるのだろう。
だが今は沢村を見つけるのが最優先、阿部と話している余裕はない。

かなり長い間なっていた電話が切れ、また鳴り出した。
そしてまた長い間、鳴り続ける。
それでも出ないでいると電話はようやく切れ、今度はメールの着信音が聞こえた。
2度目の電話も、メールも「阿部隆也」と表示されている。

いったい何事だ。
時刻はもう深夜、あまりにもしつこい電話とメールに御幸は顔をしかめる。
イライラしながらも、愛用のガラケーを開いた。
そしてメールの文面を見た御幸は思わず「ハァ?」と声を上げる。
その声に驚き、画面を覗き込んだ倉持も「どういうことだよ!?」と声を荒げた。

沢村は無事ですか?
阿部からのメールには、挨拶も前置きもなくそう書かれていたのだ。
御幸は驚き、すぐに折り返し電話をかける。
コール1回目で、阿部はすぐに出てくれた。

「どういうことだ!?」
『俺にもよくわかんないんすけど、三橋のところに沢村から電話があったんすよ。』
電話の向こうから聞こえる阿部の説明に、御幸は「なんで三橋?」と思う。
だけどまずは沢村だ。
御幸は勢い込んで「それで!?」と先を急いだ。
とにかく一刻も早く、沢村の無事を確認したかった。

*****

『え、え、栄純、君が!』
阿部が電話に出ると「もしもし」を言うより先に、三橋が叫んだ。
思わず耳から受話器を話す。
そして「ハァァ」とため息をつくと「とりあえず落ち着け!」と一喝した。

それは深夜のことだった。
阿部がベットに入り目を閉じたところで、電話があったのだ。
枕元の携帯電話の表示は「三橋廉」。
もしも他の人物からの電話だったら、阿部はスルーして寝ていただろう。
半分寝ぼけながら電話を取ったところで、三橋の悲鳴のような叫びが聞こえらのだ。

「落ち着いて話せ。栄純君ってのは青道の沢村か?」
『う、うん。そう、だよ!』
「で、沢村がどうした。ゆっくりでいいから順番に話せ。」

阿部はオロオロと取り乱す三橋から根気よく話を聞いた。
時には宥め、時には叱り、足りない言葉を辛抱強く補って。
そして何とか沢村が三橋に電話で助けを求めてきたと理解した。
しかも折り返し沢村に電話をしても、繋がらないらしい。

「それなら御幸先輩に」
連絡してみればいいと言いかけた阿部だが、すぐに思い直した。
ただでさえ説明が下手で、しかも吃音気味の三橋なのだ。
しかもどうやら急いだ方が良いような気がする。
それなら三橋に電話をさせるより、阿部がした方が早そうだ。

「わかった。これから御幸先輩に電話してみる。お前はもう寝とけ!」
『無理。寝れ、ない。』
「・・・わかった。じゃあ待っとけ。あとで連絡する。」

阿部はいったん電話を切ると、御幸に電話をかけた。
だが電話はつながったものの、出てくれない。
10回コールしたところで一度切り、もう1回かけて10回コール。
それでも出ないので、メールの画面を開いた。

沢村は無事ですか?
阿部はそれだけ打ち込むと、タイトルもつけずに送信した。
すると即座に御幸から折り返しの電話がかかってきた。

『どういうことだ!?』
阿部が電話に出るなり、御幸の怒声が響いた。
どうやらこちらで思っていた以上に、騒ぎになっているらしい。
阿部は「俺にもよくわかんないんすけど」と前置きをする。
そして「三橋のところに沢村から電話があったんすよ。」と告げた。

「助けてくれって。学校の地下に閉じ込められているそうです。」
『地下だぁ?』
「はい。どうやら電波が悪かったらしくて。」
『それで』
「聞き取れたのが『助けて』と『閉じ込められた』と『学校』と『地下』だけだったらしいっす。」

電話の向こうの御幸が一瞬、沈黙する。
だがすぐに『わかった。ありがとう』と返される。
そのまま電話を切る感じだったので、阿部は慌てて「御幸先輩!」と叫んだ。
そして「沢村、見つかったら、遅くてもいいんで連絡を下さい」と告げた。

御幸から折り返し連絡が入ったのは、約1時間後だった。
沢村はその言葉通り、学校の校舎の地下、倉庫代わりになっている部屋で見つかったらしい。
ケガもなく元気だが、ひどく疲れている様子で、もう眠っているという。
そんな報告を受けた阿部は「わざわざありがとうございます」と礼を言って、電話を切った。

すぐに三橋に電話をかけた。
三橋は心配していたらしく、ワンコールで出た。
阿部は「沢村、無事に見つかったそうだ」と告げると『よ、よかっ、た~!』と叫ぶように返される。
思わず耳から受話器を離すと「デジャヴか」と文句を言った。
先程の電話でも叫ぶような大声を上げられ、同じ動作をしたばかりなのだ。

「それにしても沢村、何でお前に助けを求めたんだろうな。」
とりあえず深夜、早々に電話を切り上げようとした阿部が、最後に率直な疑問を口にする。
すると電話の向こうの三橋から『わかん、ないの?』と呆れたような口調で返された。
阿部は内心、ムッとしながら「お前はわかるのかよ?」と聞き返す。
三橋は『ウヒ!』と聞き慣れた珍妙な笑いを漏らした後『ヒ、ヒミツ』と答え、電話が切れた。

何だ。この敗北感。
一方的に切られた電話に、阿部はムッとした。
だがさすがに折り返し電話をする気にはなれず、ベットに潜り込む。
最後の最後に謎のパンチを食らった気分。
阿部はその夜なかなか寝付かれず、翌日は寝不足で1日しんどい思いをすることになった。

*****

「どうだ。様子は」
心配そうな顔の御幸がそう聞いてきた。
倉持は「瞬殺で爆睡だ」と答えながら、こんなに動揺した御幸を見られたのはレアだと思った。

倉持は御幸と一緒に、沢村を捜した。
由井から沢村がいなくなったと聞いたときには驚いた。
例えばこれが降谷であるなら「よく捜したか?」などと聞き返しただろう。
降谷は同じ投手だがひどく寡黙で、日常生活では時折空気状態になる。
だが沢村はその真逆、学校でも寮内でも練習中でもとにかく騒々しくて目立つ。
間違っても見失うようなことはなく、寮か練習場にいるならすぐに見つかるはずだ。

「とりあえず捜そう。」
「御幸。オレも行く。」
御幸が急ぎ足で歩き出したのを見て、倉持は後に続いた。
寮で同室の沢村は、倉持にとっても可愛い後輩なのだ。
間違っても口に出したりはできないが。

「あいつに限って、無断外出はありえないよな。」
御幸の言葉に、倉持は頷いた。
何だかんだで真面目で、自主練も決して手を抜かない。
余程のことがない限り、勝手に出ていくことはないはずだ。
それに仮に出かけるなら、それはそれで目立つ男なのだ。
誰にも気づかれずに姿を消すなんて、ありえない。

「何か不測の事態ってやつが、あったってことだよな。」
倉持は言葉を選びながら、そう言った。
不吉なことを具体的に口にすれば、それが本当になりそうで怖い。
そして御幸をチラリと見た倉持は、思わず声を上げそうになった。
こんなに怒っている御幸は初めて見た。
それでいて不安と焦りが滲み出ており、今にも泣き出しそうにも見える。
人間関係にはクールな御幸らしからぬ、見ているだけで切なくなるような表情だ。

ふと気づくと、誰も練習などしていない。
部員たちのほぼ全員が数名ずつのグループになり、学校や寮内、練習場のまわりを捜し回っている。
それなのに沢村を発見したという知らせは届かない。
心配がピークに達しようとしたとき、御幸の携帯電話が鳴ったのだ。

「あいつか!?」
「違う」
ガラケーの画面を確認した御幸が肩を落とす。
一瞬、沢村かと期待した分、落胆も大きい。
だが電話はしつこく鳴り続け、やがてメールの着信音が聞こえる。
それを確認した御幸は驚きながら、電話をかけ始めた。

どういうことだ。
横からメールを覗きこんだ倉持は、混乱した。
阿部隆也は確か今週末、練習試合をする西浦高校の捕手だ。
なんでこいつが沢村の安否を気にしている?
だが電話を切った御幸は「学校の地下だ!」と叫んで、走り出した。
倉持は「どういうことだ!?」と叫び返しながら、後に続いた。

「沢村が三橋に助けを求めたらしい。学校の地下に閉じ込められてるって!」
「三橋?西浦の投手だよな?」
「ああ。そうだ!」
「・・・なるほど。そういうことかよ!」

学校に到着した2人は警備員に声をかけ、地下までついて来てもらった。
そして廊下で「沢村!」「いるのか?」と声を張る。
するとある教室の中から「ここっす」と答える声が聞こえた。
聞き覚えのある、だけど普段からは想像もつかないほど弱々しい声だ。

そこは授業では使っていない、倉庫代わりの部屋だった。
しっかりと施錠されており、ドアは動かない。
だが同行した警備員が、鍵を開けてくれた。
そして2人はその部屋に踏み込み、ぐったりと床に倒れている沢村を発見したのだった。

事情を聞かれた沢村は「知らない女子生徒に閉じ込められた」と言った。
突拍子もない話だが、おそらく嘘ではない。
なぜならドアには鍵がかかっており、沢村は鍵をもっていなかったからだ。
確かに誰かが閉じ込めたとしか、考えられない状況だった。

何はともあれ深夜であり、沢村も憔悴している。
だから細かい事情は明日ということになり、部員たちは部屋に引き上げた。
その表情が一様に明るいのは、もちろん沢村が無事に発見されたからだ。
その沢村は余程疲れたのか、部屋に入るなりベットに倒れ込んだ。
倉持は寝息を立てる沢村に苦笑しながら、そっと部屋を出る。
廊下では心配そうな表情の御幸が立っていた。

「どうだ。様子は」
「瞬殺で爆睡だ」
御幸と倉持は顔を見合わせると、安堵のため息をついた。
そしてどちらからともなく小さく笑う。
終わってみればやれやれだ。
だが残念ながら、問題はここで終わりじゃない。
沢村を閉じ込めた犯人は、絶対に見つけなければならない。
そして倉持にはその心当たりがあった。

「それにしても、何で三橋なんだよ。」
御幸がそう呟いたのを聞いて、倉持は一瞬目を瞠った。
まさか、気付いていないのか。
おそらく沢村のスマホの電話帳で「みゆき」と「みはし」は近い場所にある。
つまり沢村は御幸に助けを求めようとして、間違えて三橋に電話をかけたのだ。

その様子じゃ犯人の見当もついてなさそうだ。
倉持はこっそりため息をつくと「とりあえず寝ようぜ」と言った。
普段は鋭いくせに、自分のことには鈍くなる御幸が妙におかしかった。

【続く】
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