「おお振り」×「◆A」
【再び合同練習、その9!】
「み、みんな、見てる?」
三橋は異様な状況に、戸惑う。
だが沢村は「スキあり!」と叫んで、一気に加速した。
練習試合は青道高校の勝利で終わった。
これで今日の練習は終わりだ。
後は夕飯までの自由時間、ほぼ全員が自主練習をすることになった。
今日、試合で登板した投手たちは、今日はもう投球練習をしないようにと指示されている。
だから彼らは、グラウンドを走っていた。
足腰を鍛えることが、安定した投球につながる。
だから青道では、投手たちは他の選手よりよく走っている。
なんか、すごい。
三橋は内心驚きながら、グラウンドを走っていた。
その視線の先には、沢村と降谷だ。
2人はかなりのスピードで、競うように疾走している。
そしてその後ろを川上と三橋が続いていた。
「こいつら、いつもこんな感じだよ」
三橋の表情と視線に答えるように、川上が教えてくれる。
沢村は試合のときのように、とにかく大声で叫びながら走っていた。
降谷は口数こそ少ないけれど、ムキになっているのはバレバレである。
毎日こんなテンションで走っているとしたら、体力はかなりつきそうだ。
だが何の気なしに辺りを見回した三橋は「うぇ?」と声を上げた。
自主練習をしていたはずの他の選手たちが、グラウンドに集まっていたのだ。
しかも彼らは明らかにこちらを見ているようだ。
そして一様に「負けるな!」とか「勝て!」などと叫んでいた。
「み、みんな、見てる?」
三橋は異様な状況に、戸惑う。
だが沢村は「スキあり!」と叫んで、一気に加速した。
降谷が「独走はさせない」と呟き、沢村を追走する。
川上も「負けてらんねぇよ」と後に続く。
何で、勝負になっているんだろう?
三橋は首を傾げながらも、とにかく3人の後を追って走り出した。
*****
「この勝負、受けて立つか?」」
御幸がニンマリと笑いながら、阿部を見た。
すると阿部はすかさず「受けます」と答えた。
試合後の自主練の後、野手たちは用具類の片づけをしていた。
ひとしきり身体を動かした後は、やはり腹が減る。
誰かが「今日の夕飯は何かな?」などと言い出し、別の誰かが「昼間のプリン、残ってたよな」と言う。
今日の昼食には、デザートにプリンがついた。
合同練習だからと、父兄たちが差し入れしてくれたのだ。
数に余裕があったから、まだかなりの数が残っている。
だが全員に行き渡るほどの数はない。
「夕食の後は、プリン争奪じゃんけん大会かぁ?」
茶化すようにそう言ったのは、倉持だ。
それはそれで、きっと盛り上がるだろう。
合同練習の思い出になるはずだ。
だが御幸は「それじゃあさ」と口を挟んだ。
「あいつらの中で、誰が1位になるか、当てたヤツが食べられるってのは?」
御幸はグラウンドを指差して、そう言った。
走っているのは、4人の投手。
そのうち3人については、見慣れた光景だ。
ライバル心剥き出しの沢村と降谷、そして1歩引いてはいるけれど負ける気はない川上。
だが今日だけ加わった三橋は、ちょっと変わっていた。
こうして見ると、一番小柄で細身、そして沢村と降谷に圧倒されて、少しビビっているようだ。
だけど毎日タイヤを引いて鍛えている沢村たちに負けていない。
しっかりと3人と同じペースで走っているのだ。
「この勝負、受けて立つか?」」
御幸がニンマリと笑いながら、阿部を見た。
すると阿部はすかさず「受けます」と答えた。
かくして野手たちは全員、この賭けに乗った。
青道の選手の半分は沢村に賭けて、残りは降谷と川上が2分した。
さすがに同じ学校の選手が3人いるのに、三橋に賭ける者はいない。
沢村が大本命なのは、毎日タイヤを引いて走る姿が印象的なのだろう。
対する西浦の選手は全員、三橋だ。
信頼もあるが、試合に負けたのだから、せめてここで勝ちたいという気持ちが強い。
「あと5週!1着はプリンだぞ!」
御幸は投手たちに聞こえるように、大きな声で叫んだ。
投手たちは「はぁ?」と顔を見合わせたが、すぐに全員がスピードを上げた。
*****
「チクショウ、2位かよ!」
ゴールした沢村は、地団駄を踏んで悔しがる。
そして青道の部員たちは、大きなため息をついていた。
「あと5週!1着はプリンだぞ!」
試合後のランニングの最中、不意にそんな声がかかって、思わず「はぁ?」と叫ぶ。
だが次の瞬間、全員が加速した。
わけがわからないけれど、あと5週。
負けん気の強い投手たちは、1着という言葉が大好きなのだ。
「うおおお!負けるかぁぁ!」
沢村は一気に加速した。降谷も続き、川上も追う。
三橋はそれについて行けず、少しずつ遅れ始めたようだが、沢村は関係なく飛ばした。
普段のランニングは自主練だが、今日はギャラリーもいる。
そのことで沢村のテンションも、いつも以上に上がっていた。
このまま誰もが沢村の独走と思ったのだが。
「マジかよ!」
意外な結果に、全員が驚愕することになった。
4週目に差し掛かった頃から、沢村のペースが落ちたのだ。
理由はわかりやすいオーバーワークだ。
そして追走した降谷と川上も、同じように失速。
最後尾から1位でゴールしたのは、脱落したように見えた三橋だった。
「チクショウ、2位かよ!」
ゴールした沢村は、地団駄を踏んで悔しがる。
そして青道の部員たちは、大きなため息をついていた。
だが西浦の部員たちは全員、歓声を上げながらのガッツポーズだ。
ささやかではあったが、リベンジを果たせたのだった。
「やった!プリンだぞ、三橋!」
田島が三橋に勢いよく駆け寄ったのを見て、阿部が慌てて押さえた。
こんなときまで、阿部は三橋の身体を気遣うのか。
沢村は何だかすごく負けた気分で、ハァハァと荒い息を整えていた。
*****
「うまそぉ!」
「いただきます!」
夕食後に、再び響いた、西浦名物の号令。
彼らは食堂の一角で、プリンを見ながら、目をハートマークにしていた。
三橋がランニングで1位になったので、プリンは西浦の部員たちで食べることになった。
恒例の「うまそぉ!」の後、テンション高くプリンを味わう。
青道の部員たちは、それを恨めしそうに見ていた。
沢村は居たたまれないのか「すみません!」と四方八方に頭を下げまくっている。
「なぁ、三橋が勝つって確信があったの?」
阿部の隣に陣取って、話しかけてきたのは御幸だった。
相変わらずの飄々とした態度だ。
阿部はプリンを一気に4分の1ほどスプーンですくうと、バクリと食べる。
そして澄ました顔で「確信、ありましたよ」と答えた。
「何で?うちの馬鹿どもと違って、ペース配分できるから?」
「俺のエースだからですよ。」
阿部はしつこい御幸の問いに、きっぱりと答えた。
うちのエースではなく、俺のエース。
後々思い出すと、自分で恥ずかしくなるのだが、ごく自然にそう言ってしまったのだ。
「そう言えば、御幸先輩は誰に賭けたんですか?」
阿部はふと思いついて、そう聞いた。
青道の3人の投手、捕手の御幸は誰に賭けたのか。
だけど御幸は「誰にも賭けてないよ」と答えた。
「1人に決めると角が立つからさ。プリンは最初から諦めてたんだ。」
「じゃあ、誰に賭けたかったですか?」
阿部はそう言って、食い下がる。
すると御幸は、1人の男をチラリと見た。
だけど首を振って「ノーコメント」と答え、席を立った。
いろいろ大変だな。
阿部は心の中でひとりごちると、御幸が一瞬視線を送った男を見た。
その男の大きな声は相変わらず賑やかに、食堂中に響き渡っている。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
「み、みんな、見てる?」
三橋は異様な状況に、戸惑う。
だが沢村は「スキあり!」と叫んで、一気に加速した。
練習試合は青道高校の勝利で終わった。
これで今日の練習は終わりだ。
後は夕飯までの自由時間、ほぼ全員が自主練習をすることになった。
今日、試合で登板した投手たちは、今日はもう投球練習をしないようにと指示されている。
だから彼らは、グラウンドを走っていた。
足腰を鍛えることが、安定した投球につながる。
だから青道では、投手たちは他の選手よりよく走っている。
なんか、すごい。
三橋は内心驚きながら、グラウンドを走っていた。
その視線の先には、沢村と降谷だ。
2人はかなりのスピードで、競うように疾走している。
そしてその後ろを川上と三橋が続いていた。
「こいつら、いつもこんな感じだよ」
三橋の表情と視線に答えるように、川上が教えてくれる。
沢村は試合のときのように、とにかく大声で叫びながら走っていた。
降谷は口数こそ少ないけれど、ムキになっているのはバレバレである。
毎日こんなテンションで走っているとしたら、体力はかなりつきそうだ。
だが何の気なしに辺りを見回した三橋は「うぇ?」と声を上げた。
自主練習をしていたはずの他の選手たちが、グラウンドに集まっていたのだ。
しかも彼らは明らかにこちらを見ているようだ。
そして一様に「負けるな!」とか「勝て!」などと叫んでいた。
「み、みんな、見てる?」
三橋は異様な状況に、戸惑う。
だが沢村は「スキあり!」と叫んで、一気に加速した。
降谷が「独走はさせない」と呟き、沢村を追走する。
川上も「負けてらんねぇよ」と後に続く。
何で、勝負になっているんだろう?
三橋は首を傾げながらも、とにかく3人の後を追って走り出した。
*****
「この勝負、受けて立つか?」」
御幸がニンマリと笑いながら、阿部を見た。
すると阿部はすかさず「受けます」と答えた。
試合後の自主練の後、野手たちは用具類の片づけをしていた。
ひとしきり身体を動かした後は、やはり腹が減る。
誰かが「今日の夕飯は何かな?」などと言い出し、別の誰かが「昼間のプリン、残ってたよな」と言う。
今日の昼食には、デザートにプリンがついた。
合同練習だからと、父兄たちが差し入れしてくれたのだ。
数に余裕があったから、まだかなりの数が残っている。
だが全員に行き渡るほどの数はない。
「夕食の後は、プリン争奪じゃんけん大会かぁ?」
茶化すようにそう言ったのは、倉持だ。
それはそれで、きっと盛り上がるだろう。
合同練習の思い出になるはずだ。
だが御幸は「それじゃあさ」と口を挟んだ。
「あいつらの中で、誰が1位になるか、当てたヤツが食べられるってのは?」
御幸はグラウンドを指差して、そう言った。
走っているのは、4人の投手。
そのうち3人については、見慣れた光景だ。
ライバル心剥き出しの沢村と降谷、そして1歩引いてはいるけれど負ける気はない川上。
だが今日だけ加わった三橋は、ちょっと変わっていた。
こうして見ると、一番小柄で細身、そして沢村と降谷に圧倒されて、少しビビっているようだ。
だけど毎日タイヤを引いて鍛えている沢村たちに負けていない。
しっかりと3人と同じペースで走っているのだ。
「この勝負、受けて立つか?」」
御幸がニンマリと笑いながら、阿部を見た。
すると阿部はすかさず「受けます」と答えた。
かくして野手たちは全員、この賭けに乗った。
青道の選手の半分は沢村に賭けて、残りは降谷と川上が2分した。
さすがに同じ学校の選手が3人いるのに、三橋に賭ける者はいない。
沢村が大本命なのは、毎日タイヤを引いて走る姿が印象的なのだろう。
対する西浦の選手は全員、三橋だ。
信頼もあるが、試合に負けたのだから、せめてここで勝ちたいという気持ちが強い。
「あと5週!1着はプリンだぞ!」
御幸は投手たちに聞こえるように、大きな声で叫んだ。
投手たちは「はぁ?」と顔を見合わせたが、すぐに全員がスピードを上げた。
*****
「チクショウ、2位かよ!」
ゴールした沢村は、地団駄を踏んで悔しがる。
そして青道の部員たちは、大きなため息をついていた。
「あと5週!1着はプリンだぞ!」
試合後のランニングの最中、不意にそんな声がかかって、思わず「はぁ?」と叫ぶ。
だが次の瞬間、全員が加速した。
わけがわからないけれど、あと5週。
負けん気の強い投手たちは、1着という言葉が大好きなのだ。
「うおおお!負けるかぁぁ!」
沢村は一気に加速した。降谷も続き、川上も追う。
三橋はそれについて行けず、少しずつ遅れ始めたようだが、沢村は関係なく飛ばした。
普段のランニングは自主練だが、今日はギャラリーもいる。
そのことで沢村のテンションも、いつも以上に上がっていた。
このまま誰もが沢村の独走と思ったのだが。
「マジかよ!」
意外な結果に、全員が驚愕することになった。
4週目に差し掛かった頃から、沢村のペースが落ちたのだ。
理由はわかりやすいオーバーワークだ。
そして追走した降谷と川上も、同じように失速。
最後尾から1位でゴールしたのは、脱落したように見えた三橋だった。
「チクショウ、2位かよ!」
ゴールした沢村は、地団駄を踏んで悔しがる。
そして青道の部員たちは、大きなため息をついていた。
だが西浦の部員たちは全員、歓声を上げながらのガッツポーズだ。
ささやかではあったが、リベンジを果たせたのだった。
「やった!プリンだぞ、三橋!」
田島が三橋に勢いよく駆け寄ったのを見て、阿部が慌てて押さえた。
こんなときまで、阿部は三橋の身体を気遣うのか。
沢村は何だかすごく負けた気分で、ハァハァと荒い息を整えていた。
*****
「うまそぉ!」
「いただきます!」
夕食後に、再び響いた、西浦名物の号令。
彼らは食堂の一角で、プリンを見ながら、目をハートマークにしていた。
三橋がランニングで1位になったので、プリンは西浦の部員たちで食べることになった。
恒例の「うまそぉ!」の後、テンション高くプリンを味わう。
青道の部員たちは、それを恨めしそうに見ていた。
沢村は居たたまれないのか「すみません!」と四方八方に頭を下げまくっている。
「なぁ、三橋が勝つって確信があったの?」
阿部の隣に陣取って、話しかけてきたのは御幸だった。
相変わらずの飄々とした態度だ。
阿部はプリンを一気に4分の1ほどスプーンですくうと、バクリと食べる。
そして澄ました顔で「確信、ありましたよ」と答えた。
「何で?うちの馬鹿どもと違って、ペース配分できるから?」
「俺のエースだからですよ。」
阿部はしつこい御幸の問いに、きっぱりと答えた。
うちのエースではなく、俺のエース。
後々思い出すと、自分で恥ずかしくなるのだが、ごく自然にそう言ってしまったのだ。
「そう言えば、御幸先輩は誰に賭けたんですか?」
阿部はふと思いついて、そう聞いた。
青道の3人の投手、捕手の御幸は誰に賭けたのか。
だけど御幸は「誰にも賭けてないよ」と答えた。
「1人に決めると角が立つからさ。プリンは最初から諦めてたんだ。」
「じゃあ、誰に賭けたかったですか?」
阿部はそう言って、食い下がる。
すると御幸は、1人の男をチラリと見た。
だけど首を振って「ノーコメント」と答え、席を立った。
いろいろ大変だな。
阿部は心の中でひとりごちると、御幸が一瞬視線を送った男を見た。
その男の大きな声は相変わらず賑やかに、食堂中に響き渡っている。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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